柿の葉日記

主にテレビドラマ「あばれはっちゃく」について語る個人ブログです。国際放映、テレビ朝日とは一切関係がありません。

夢破れても人生は続く

『熱血あばれはっちゃく』38話より

今から40年前のお正月

新年、明けましておめでとうございます。今年は2023年ですが、今から40年前1983年のお正月1月8日に放送されたのが『熱血あばれはっちゃく』38話「燃えろ!グランドマル秘作戦」(脚本・市川靖さん・松生秀二監督)です。この話でのお正月らしさは、アバンタイトルで長太郎が大きな筆を使って書いた書初めの場面でしょうか。(上記引用画像参照)

まだ、お正月気分も残る冬休みに放送された『熱血あばれはっちゃく』38話では、それ以外のお正月要素は殆どなく、この話はある一人の野球選手に話の焦点が当てられた話になっています。

『熱血あばれはっちゃく』で3代目あばれはっちゃくこと桜間長太郎を演じた荒木直也さんは、この年、1983年10月に当時中日ドラゴンズ西武ライオンズに在籍していた田淵幸一さんの応援歌である『ブッチィー音頭』のレコードを出していますが、そのことと合わせて38話を見ると、また感慨深いものがあります。

先ほど、野球選手に話の焦点が当てられたと書きましたが、この話のゲスト登場人物の名前は「真淵幸一」。荒木直也さんが歌った応援歌『ブッチィー音頭』の田淵幸一さんと名前がとても似ていると思いませんか。

『熱血あばれはっちゃく』38話より

モデルは島野修さん

真淵さんは京浜ベアーズのピッチャー。長太郎が真淵さんの娘のヒロコちゃんと知り合ったことから、野球選手を辞めて野球のグラウンドを去る決意をした真淵さんの考えを変えようと、長太郎が働きかけます。

長太郎がヒロコちゃんと知り合うきっかけになったのは、ヒロコちゃんが自分の父親がプロ野球選手だと嘘を言ったと男の子達から集団で責められていたところを助けたから。

最初は長太郎も真淵選手のことを知らなかった訳ですが、堀内先生の話を聞いて、堀内先生より2歳上で堀内先生の大学のライバル大学の選手だったこと、甲子園でも活躍し、特に大学に入ってから記録を次々に更新して活躍しプロ野球に入団した選手だったことを知ります。

堀内先生は昭和25年(1950年)生まれですから、それより2歳上の真淵さんは、昭和23年(1948年)生まれ。大学からプロ野球入りしたと考えると、入団した時の年齢は22歳。2年目で肩を故障したとすると、24歳か25歳頃に一軍のマウンドを降りてしまったと推定できます。

『熱血あばれはっちゃく』が放送されていたのは、1982年~1983年。この話に登場した真淵さんは34歳。長太郎は11歳なので、長太郎が赤ん坊の頃には、真淵さんは表舞台からは姿を消してしまったので、長太郎もヒロコちゃんを嘘つき扱いしていた男の子達も知らなかった訳です。

やがて、長太郎は真淵さんは、現在はバッティングピッチャーとして在籍していたこと、それさえも出来ない体になって引退を決めたことを知ります。

長太郎は真淵さんを辞めさせないように球団のオーナーに言いに行くのですが、オーナーは親会社のデパートで真淵さんに働いてもらおうと考えていると長太郎に伝えます。しかし、野球しかしてこなかった真淵さん、野球が好きでグラウンドで活躍することに未練を持つ真淵さんや野球のグランドで活躍する父親の姿を見たいというヒロコちゃんの気持ちを感じ取った長太郎は、野球が出来なくなった真淵さんが野球のグラウンドで活躍する方法を考え出します。それが、球団マスコットとして球団を応援することでした。

この話から、プロ野球の球団マスコットについて調べてみて、今回の真淵選手とよく似た阪急ブレーブスの球団マスコットのブレービーの着ぐるみで活躍された島野修さんの事を知りました。おそらくは、この島野修さんが『熱血あばれはっちゃく』38話の話のモデルなのだろうと思います。

島野さんも投手であり、大学野球へは行かず高卒で巨人に1969年に入団するものの、高校時代に無理をしたことで、肩を痛めていて、故障が続き、1976年にトレード交換で阪急ブレーブスに移籍、2年後の1978年に引退。引退後はバッティングピッチャーとして在籍。その後、1980年に阪急ブレーブスのマスコットキャラクターブレービーの着ぐるみのスーツアクターとして長年に渡って活躍された人であることを知って、それが、今回話のゲスト登場人物の真淵さんによく似ていると思ったのです。

また、1969年には、田淵幸一さんも中日ドラゴンズ阪神タイガースにドラフト1位で入団をしていて、島野さんと田淵さんが球団は違えど、プロ野球の同期であること。38話の話のモデルが島野さんであり、また、名前のモデルは恐らく田淵さんであり、長太郎を演じた荒木直也さんが田淵選手の応援歌である『ブッチィー音頭』を歌っているということで、繋がりを感じました。

この島野さんの実話を元にした話は、長太郎の拘りが新たな夢を叶えた話になったように思います。子どもの拘りが現実になった。そんな話がこの38話が放送された数年前に現実にあったこと。当時、この話を家族で見ていて、ブレービーの島野さんのことを思い出して、子どもに語った親がいたかもしれません。長太郎のいない現実で、38話の真淵さんのような話があったこと。「事実は小説(テレビドラマ)よりも奇なり」とはよく言ったものです。

選ぶのは自分

プロ野球選手としての活躍は絶たれても、人生には続きがあり、夢が破れても生きていかないといけない。安定した職場を提供されていた真淵さんは幸せな方で、セカンドキャリアは難しい。慣れない仕事を頑張ろうとした真淵さんも凄いけれども、好きなことから逃げないで、そこでもう一度、違う形で頑張ってみる選択肢を真淵さんに示した長太郎。

今回は、長太郎のアイディアで完全に野球から離れることなく、真淵さんは第二の活躍の場を得ることが出来ましたが、全ての人がそうなるとは限りません。生活の為に一番好きな仕事を諦める選択が必要な時もある。

それでも、好きな所で培った経験が全て無駄になる訳でもないんじゃないかなって思ったのは、野球で培った経験を生かして、球団の親会社のデパートの社員として働いてもらいたいと球団のオーナーが長太郎に語ったのを見た時でした。

長太郎は野球と野球のグラウンドで働くことに拘りましたが、オーナーは違うところで働いても経験は活かせると考えていて、長太郎に「君も大人になれば分かるよ」と語り、長太郎は「分かりたくない」と返答しています。

ドラマの結末ではなく、現実で長太郎の拘りが実を結んだ話。それでも、私はオーナーの考えも1つの正しい答えなのだろうと思いました。セカンドキャリアの選択の答えは、1つではなくて複数あるのだろうと思います。

その中で、どれを選ぶかは本人次第ですが、どれを選ぶことが自分にとって幸せなのかを考えることが大切なんだろうと思います。人は選択肢は与えてくれるけれども、その選択した人生を歩むのは自分自身なのですから。

真淵さんも島野さんも球団マスコットになることを選んだのは自身の選択。周囲はその選択を与えただけ。そして、一度、人生が終わったと思っても、生きている限り人生は続いているからこそ、生き続けなければいけない、そんな人の人生の長さを感じた話でした。また、一度ダメになったと思っても、人は何度でもやり直しが出来る、人の可能性に終わりはないということも感じました。

この話は、多分、大人になってから見た方が、よりよく話の意味が分かるのだろうなって思いました。その時に長太郎が分かりたくもないと言った球団オーナーが言っていた「大人になれば分かる」という意味を知ることになるんじゃないかなって、そう思ったのです。

また来年

今年も後数時間

今年も後僅かになりました。今年は年女でもあったので、とてもワクワクした気持ちで2022年を迎えました。良いことばかりでもありませんでしたが、無事に今日を迎えて1年を終えることが出来たので、ホッとしています。

今朝、外を歩いていて、近所の家にある門松やお店にある正月飾りや、正月休暇の貼り紙を見ながら、もしかしたら、年女としてこうした大晦日の風景を見るのは、これが最後かもしれないなって思いました。

次の年女の時は還暦になるのですが、還暦の大晦日まで生きられるかな、なんて思っています。なんとなく、私は60歳~75歳の間で亡くなるような気がするんです。自分の両親がその年齢の間で亡くなっているので、両親の寿命が私自身の寿命ではないかなって思っています。

世界が終わる

大人になって、特に30代くらいから私自身が子どもの頃に、この国の社会や文化(サブカルを含む)を生み出し、育て、私の子ども時代を彩ってくれた方々が鬼籍に入ることが多くなりました。

年齢的に仕方がないと思う方、病気や事故などによって突然に去られた方など、その去り方は様々でしたが、やはりどんな去り方であっても、とても衝撃で悲しく寂しいものでした。今年もまた多くの方々が亡くなられ、とても悲しい思いをしました。

私は近頃、特に子どもの頃に好きだった人達が亡くなられると、自分自身が生きてきた世界が終わりを告げているという恐怖を感じることが多くなりました。自分の子ども時代も、青春時代もどんどんと過去になっていき、思い出を共有する人達が、その世界を生み出した人達が消えていく寂しさ。

若い人達が新たに生み出してくる文化に押されていき、その文化を理解出来ない、若い人達が「老害」という古い感性を持つようになった自分に、世界から取り残されていく焦燥感を強く感じるのです。

どうにも、こうしたセンチメンタルな気持ちに酔うのが気持ちいいのかもしれません。気持ち悪いですよね。そんな時に、今も新しい世界に目を向けて、輝く特に同世代の姿を見ると元気が出来て、私も、まだまだこれからだと気持ちを新たにしたりします。

どうにも、根が暗いといいますか、悲観的な人間なものですから、すぐにマイナスの感情に引っ張られてしまうんですが、もっちょっと気持ちを奮い立たせて、元気にやっていこうと思います。

生きてる限りは

なんか、書いているうちに『俺はあばれはっちゃく』の最終回でヒトミちゃんが長太郎に言った言葉を思い出しました。それから、最終回の長太郎の言葉も。私の子ども時代も、生きていた時代も、いつしか間遠になり消えていくのかもしれません。けれども、生きている限りは、精一杯生きてみようと思います。だって、それが『あばれはっちゃく』を作り出してくれた人達のメッセージだと思うから。

今年一年、当ブログをお読みくださりありがとうございました。どうぞ、良いお年をお迎えください。自分自身と自分にとって大切な人、あなた自身を大事にしてくれる人を大切に。もし、よろしかったら、来年もまたよろしくお願いします。

はっちゃくクイズ8・解答編

はっちゃくクイズ8

こんにちは。12月24日、クリスマスイブに出題した「はっちゃくクイズ8」の問題の解答です。問題文も合わせて紹介しますが、詳しくは下記のリンクの「はっちゃくクイズ8・問題編」をご覧ください。

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問題1の解答と解説

次の『俺はあばれはっちゃく』の登場人物の中で、原作『あばれはっちゃく』に登場しない人物は?

  1. 小川明子
  2. 秋山小百合
  3. 安倍文太
  4. 吉野タマエ
  5. 児玉ルミ

答え

1と2

解説

『俺はあばれはっちゃく』2話より

小川明子と秋山小百合は『俺はあばれはっちゃく』の1話から登場する長太郎のクラスメイトでレギュラーメンバーですが、原作『あばれはっちゃく』には、登場しないテレビドラマオリジナルの登場人物です。

上記引用画像の2人が明子と小百合で、お下げの方が小百合で演じたのは大平佳奈子さん、隣にいるのが明子で演じたのは、小宮山京子さんです。なお、明子役だった小宮山京子さんに関しては、古い情報になりますが、下記の過去記事もお読みくださると嬉しいです。

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残りの3人は、それぞれ原作『あばれはっちゃく』に登場しています。3の安倍文太は原作の16話「ガードマン作戦」と17話「ワンワン作戦」に登場。ドラマでは、16話「ガードマンマル秘作戦」に登場しています。演じたのは、上野郁巳さんです。下記引用画像の眼鏡をかけた青い帽子を被った少年です。

『俺はあばれはっちゃく』16話より

4の吉野タマエは、原作の14話「スケバン作戦」と15話「花の輪作戦」に登場しています。ドラマでは、17話「走れ!初恋マル秘作戦」に登場します。タマエを演じたのは、秋山昌代さんです。

『俺はあばれはっちゃく』17話より

5の児玉ルミは、原作の4話「アネサマ作戦」と5話「ニャゴニャゴ作戦」に登場します。また、その後の6話「キラキラ作戦」15話「花の輪作戦」にも名前が登場しています。ドラマでは、6話「アネキくたばれマル秘作戦」に登場していて、ルミを演じたのは、藤谷美和子さんです。

『俺はあばれはっちゃく』6話より

原作に登場した文太、タマエ、ルミの3人は、ドラマでは1話限りのゲスト登場人物でしたが、原作では登場話数がドラマより多くなっています。特にルミは自身中心の話の後も作品の中で存在感を示していました。初代のドラマでは基本的に原作の人物を踏襲していますが、エピソードに関しては微妙な違いがあり、特にタマエは原作とドラマでは違いが大きかったように思いました。文太はかなり原作に近いです。

原作を読むとドラマでは、こんなふうにあのエピソードをまとめたのかとか、この部分を生かして変えたのかとかという差を見ることが出来て、面白く感じます。さらに初代『俺はあばれはっちゃく』が他の代よりも、原作を基本にして、ドラマ化されているのが良く分かります。

問題2の解答と解説

『俺はあばれはっちゃく』は、サブタイトルを紹介する時に話にちなんだイラストが描かれていましたが、途中からそれがなくなりました。では、話にちなんだイラストが描かれたのは『俺はあばれはっちゃく』の何話まででしたか。

答え

26話「モヤシも男だ!マル秘作戦」まで。

解説

内容にちなんだサブタイトル絵があったのは、26話まででした。27話「はっちゃく祭りだマル秘作戦」以降からは、イラストが固定化され、2代目『男!あばれはっちゃく』からはサブタイトル絵が同じ物になりました。5代目でイラストがなくなり、5代目長太郎がポーズをとっているところにサブタイトルが出てくるパターンになりました。

初代『俺はあばれはっちゃく』1話~26話までのサブタイトル絵。

『俺はあばれはっちゃく』1話より

『俺はあばれはっちゃく』2話より

『俺はあばれはっちゃく』3話より

『俺はあばれはっちゃく』4話より

『俺はあばれはっちゃく』5話より

『俺はあばれはっちゃく』6話より

『俺はあばれはっちゃく』7話より

『俺はあばれはっちゃく』8話より

『俺はあばれはっちゃく』9話より

『俺はあばれはっちゃく』10話より

『俺はあばれはっちゃく』11話より

『俺はあばれはっちゃく』12話より

『俺はあばれはっちゃく』13話より

『俺はあばれはっちゃく』14話より

『俺はあばれはっちゃく』15話より

『俺はあばれはっちゃく』16話より

『俺はあばれはっちゃく』17話より

『俺はあばれはっちゃく』18話より

『俺はあばれはっちゃく』19話より

『俺はあばれはっちゃく』20話より

『俺はあばれはっちゃく』21話より

『俺はあばれはっちゃく』22話より

『俺はあばれはっちゃく』23話より

『俺はあばれはっちゃく』24話より

『俺はあばれはっちゃく』25話より

『俺はあばれはっちゃく』26話より

以上の26話までが話の内容にちなんだサブタイトル絵が使われた話です。これ以降の27話「はっちゃく祭りだマル秘作戦」からは、下のイラストが使われるようになりました。

『俺はあばれはっちゃく』27話より

問題3と解答と解説

『男!あばれはっちゃく』の章の父ちゃんのフルネームは?

解答

加納良介

『男!あばれはっちゃく』66話より

問題4の解答と解説

次の長太郎のクラスの転校生は、それぞれどこの都道府県からきた転校生でしょうか。

  1. 吉井正彦(初代『俺はあばれはっちゃく』)
  2. 加納章(2代目『男!あばれはっちゃく』)
  3. 江藤克彦(2代目『男!あばれはっちゃく』)

解答

  1. 吉井正彦 東京都
  2. 加納章  長野県
  3. 江藤克彦 大阪府

解説

初代『俺はあばれはっちゃく』のドラマの舞台は神奈川県。2話から登場する正彦は東京から来た転校生です。これは、原作と同様です。(ただし原作の舞台は美玉市という設定だけで神奈川県まで設定されていません。ドラマが神奈川県の設定になっていることに関しては、下記の当ブログの過去記事をお読みください)

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問題5の解答と解説

長太郎のクラスから転校していったクラスメイトのそれぞれの転校先の都道府県を答えてください。

  1. 宮村ヒトミ(初代『俺はあばれはっちゃく』)
  2. 古川洋一(2代目『男!あばれはっちゃく』)
  3. 佐藤邦彦(2代目『男!あばれはっちゃく』)
  4. 水島実(3代目『熱血あばれはっちゃく』)
  5. 桜間長太郎(5代目『逆転あばれはっちゃく』)

解答

  1. 宮村ヒトミ 北海道
  2. 古川洋一  大阪府
  3. 佐藤邦彦  福岡県(博多)
  4. 水島実   和歌山県
  5. 桜間長太郎 宮崎県

あばれはっちゃく』をより深く知るきっかけに

答えの解説に関しては、後で簡単に別記事にするかもしれません。問題1は答えが2人になるところがひっかけ、意地悪問題だったと思います。ただ、原作を読んでいれば分かる問題であること、あえて1人だけを選ぶ問いかけにしなかったことで、(人によっては、1人だけだと思う人もいるかもしれませんが)正解が出るようにしてみました。

問題2に関しては、今回、分かりやすいように、1話~27話のサブタイトル絵を出しました。過去記事を見れば分かると思いますが、5代目『逆転あばれはっちゃく』のサブタイトルを紹介する画像は、途中で変わっているので、それについて何話で変わっているかも、後で調べて追記したいと思います。

また、同様に問題4と問題5に対しても、それぞれ何話で分かるかも後で追記したいと思います。

今回は『あばれはっちゃく』の原作も読んでもらえたらいいなっていう気持ちを多く持って、問題を作成してみました。この「はっちゃくクイズ」が皆様の楽しみと『あばれはっちゃく』の世界をより深く知るきっかけになってくれたら幸いです。

同名異人?古谷徹

古谷徹さん

『痛快あばれはっちゃく』には、古谷徹さんがゲスト出演されています。下記の過去記事でも紹介しましたが、古谷徹さんがゲスト出演したのは、64話「握手だ!アニメスターマル秘作戦」です。

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『痛快あばれはっちゃく』64話より

ところで『痛快あばれはっちゃく』では、76話「たたけ!パソコン塾マル秘作戦」のオープニングテロップでも、再び「古谷徹」の名前を見ることが出来ます。しかし、この76話に皆さんご存じの声優の古谷徹さんは出演されていません。76話のオープニングで紹介されるゲスト俳優の人達は次の3名です。

『痛快あばれはっちゃく』76話オープニングより

76話のメインゲストはパソコンしつけ塾のキタムキ先生とキタムキ先生の息子で小学5年生のジロウ君です。キタムキ先生を演じているのは、小野ヤスシさんです。すると、ジロウ君を演じたのは、上記引用画像から古谷徹さんか田中治さんのどちらかになります。

『痛快あばれはっちゃく』76話より

ジロウ君はどっち?

田中治さんについて調べてみると、1970年1月15日公開『座頭市と用心棒』(岡本喜八監督・大映)に小仏の一家の権役で映画作品に出演されていることが分かりました。また、さらに調べてみると『座頭市と用心棒』に出演されていた田中治さんは1934年1月1日生まれだと分かりました。

ジロウ君は、長太郎より1つ下の5年生なので、おそらくジロウ君を演じた子役の人は、1973年生まれか、1974年生まれだと思います。すると、1970年に『座頭市と用心棒』に出演されていた田中治さんは、ジロウ役ではないという推測が成り立ちます。

そうなると、76話のオープニングで紹介されたゲスト俳優の3名の中で、残るのは「古谷徹」さんだけになります。よって、ジロウを演じた子役の人の名前は「古谷徹」さんと考えられるのです。

『痛快あばれはっちゃく』76話よりジロウ君

同名異人

『痛快あばれはっちゃく』76話に声優の古谷徹さんが出演されていない以上、76話のオープニングテロップで紹介され、76話にゲスト出演された古谷徹さんは、『痛快あばれはっちゃく』64話に出演し、声優として知られる古谷徹さんとは別人だということになります。恐らく、声優の古谷徹さんと同姓同名の当時子役の古谷徹さんが76話のゲストキャラであるキタムキ・ジロウ君を演じたのでしょう。

調べていて困ったのは、声優の古谷徹さんも顔出しの子役からキャリアを重ねている俳優で、古谷徹、子役で調べてみても、声優の古谷徹さんの情報しか収集が出来なかったこと。また、声優の古谷徹さんも『痛快あばれはっちゃく』に出演されているので、『痛快あばれはっちゃく』の出演者に限定しても、やはり声優の古谷徹さんの情報しかなかったことでした。

ジロウ君を演じた古谷徹さんは、たぶん、私の1歳上か同い年なんだろうなって思っていて、今も当時を知る人も結構いるんだろうなとは思うんです。もしかしたら、私の調べが甘くて、ジロウ君を演じたのは田中治さんの方かもしれないけれど。

私は声優の古谷徹さんと同名の古谷徹君がジロウ君を演じたのだろうと思っています。

はっちゃくクイズ8・問題編

今年最後のはっちゃくクイズ

こんにちは。今日はクリスマス・イブですね。今年最後になる「はっちゃくクイズ」を出題します。今回は、初代『俺はあばれはっちゃく』からの出題が多くなっています。また、出題数もそんなに多くはありません。では、クリスマスの夜にちょっとした楽しみとして挑戦してみください。

問題1

次の『俺はあばれはっちゃく』の登場人物の中で、原作『あばれはっちゃく』に登場しない人物は?

  1. 小川明子
  2. 秋山小百合
  3. 安倍文太
  4. 吉野タマエ
  5. 児玉ルミ

問題2

『俺はあばれはっちゃく』は、サブタイトルを紹介する時に話にちなんだイラストが描かれていましたが、途中からそれがなくなりました。では、話にちなんだイラストが描かれたのは『俺はあばれはっちゃく』の何話まででしたか。

問題3

『男!あばれはっちゃく』の章の父ちゃんのフルネームは?

問題4

次の長太郎のクラスの転校生は、それぞれどこの都道府県からきた転校生でしょうか。

  1. 吉井正彦(初代『俺はあばれはっちゃく』)
  2. 加納章(2代目『男!あばれはっちゃく』)
  3. 江藤克彦(2代目『男!あばれはっちゃく』)

問題5

長太郎のクラスから転校していったクラスメイトのそれぞれの転校先の都道府県を答えてください。

  1. 宮村ヒトミ(初代『俺はあばれはっちゃく』)
  2. 古川洋一(2代目『男!あばれはっちゃく』)
  3. 佐藤邦彦(2代目『男!あばれはっちゃく』)
  4. 水島実(3代目『熱血あばれはっちゃく』)
  5. 桜間長太郎(5代目『逆転あばれはっちゃく』)

問題4と問題5について

今年、最後のはっちゃくクイズは以上の5問です。問題4と問題5についてですが、ドラマの中で明確にどこから転校してきたのか、どこへ転校していったのかが分かる人物に限らせて頂きました。

4代目『痛快あばれはっちゃく』の2年目に、山本けい子ちゃんが転校してきますが、初登場の場面で、どこからきた転校生かという説明がありませんでしたので除外しました。また、同じく4代目でヒロインのまゆみちゃんが最終回に転校する話がありますが、小学校卒業まで待つことになったので、これも除外しています。

では、今年最後のはっちゃくクイズをお楽しみください。解答編に関しては、都合がつけば今年中に。無理なら年明けになります。では、皆様、よいクリスマスを。

あばれはっちゃくの意味

アバンタイトルで自己紹介

今から12年前に、下記の記事を書きました。

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あばれはっちゃく」の言葉の意味は、初代『俺はあばれはっちゃく』のアバンタイトルの中で、長太郎が最終回まで説明をしています。また、それも全56話の中でマイナーチェンジしていて、説明が全部で3種類存在しています。

上記リンク先の記事に、アバンタイトルの長太郎の3種類の自己紹介文を紹介しています。リンク先のこのブログの過去記事を読んで頂きたいのですが、リンク先を読んでくださる方達は少ないと思うので、上記リンク先の記事から、以下に引用して紹介します。

第1回〜第8回

「俺は桜間長太郎。美玉市立第一小学校の5年生だ。成績はクラスで1番ビリだけど。悪戯と喧嘩なら誰にも負けやしねぇんだ。だから、みんな俺の事をあばれはっちゃくって呼ぶんだ。手に負えない暴れ坊って意味さ。俺はカッコいいと思っているんだ。よろしく頼むぜ」

第9回〜第24回

「俺は桜間長太郎。美玉市立第一小学校の5年生だ。悪戯と喧嘩なら誰にも負けやしねぇ。だから、みんな俺の事をあばれはっちゃくって呼ぶんだ。手に負えない暴れん坊って意味さ。よろしく頼むぜ」

第25回〜最終回

「俺は桜間長太郎。悪戯と喧嘩なら誰にも負けやしねぇ。だから、みんな俺の事をあばれはっちゃくって呼ぶんだ。手に負えない暴れん坊って意味さ。よろしく頼むぜ」

また、この引用の後にも、元記事には、2014年に追記した2代目『男!あばれはっちゃく』のアバンタイトルでも、28話まで初代の最終バージョンの自己紹介を使っていたことも紹介しています。過去記事でも書きましたが、2代目の長太郎が通った小学校は「ちとせ第一小学校」なので、「美玉市立第一小学校」が消えた最後のバージョンの自己紹介を使うことが出来たのです。

あばれはっちゃく」は方言(どこの?)

私は、ネットをするようになってから「あばれはっちゃく」の意味を知らなかった人が多かったことにびっくりしました。世代的に「あばれはっちゃく」を見られなかった世代の人達だけでなく、「あばれはっちゃく」を見ていた世代の中にも、意味が分からないという方達を数人、ネットで目にしていたので、見ていたのにどうして知らないのだろう?と疑問に感じました。

初代長太郎と2代目長太郎が「あばれはっちゃく」についてアバンタイトルで説明をしていたのに知らなかったのかとか、原作本に「あばれはっちゃく」の言葉について書かれているのになって不思議だったんですね。また、ドラマを見ていたら、「あばれはっちゃく」がどういう人物を指す言葉かは分かると思っていたので、とても不思議に感じたのです。

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上記のリンク記事の中で「はっちゃける」の記事は、Twitterで拡散されたためか、現在アクセス数が多くなっています。私はその「はっちゃける」の記事の中で、引用画像の文章と作者の山中恒先生が北海道出身であること、その山中恒先生の故郷である北海道の方言に「はっちゃきこく」「はっちゃこく」という「元気に頑張る様子」を表す言葉があることから、「あばれはっちゃく」は北海道の方言だと推測したのですが、文章では、山中恒先生の知り合いのおばあさんのいなかの方言とあるだけで、北海道の方言とは書かれていないのですね。

あばれはっちゃく」というのは、手のつけられないあばれものという意味だそうです。知りあいのおばあさんが教えてくれました。そのおばあさんのいなかの方言だそうです」

理論社あばれはっちゃく」はじめに 作者よりから引用

あばれはっちゃく」という言葉が方言であることに間違いはありませんが、「あばれはっちゃく」という言葉を山中恒先生に教えてくれた知り合いのおばあさんの田舎の方言であって、必ずしも北海道の方言とは限らないのですね。

また、北関東にも「あばれはっちゃく」に似た言葉が存在しているそうです。2代目『男!あばれはっちゃく』から、長太郎が北関東からの転校生になりましたが(4代目『痛快あばれはっちゃく』の長太郎を除く)、「あばれはっちゃく」が北関東の方言だとしたら、4代目を除く2代目からの長太郎達が北関東(群馬県、栃木県、茨城県)から東京にきた転校生の設定になったのも納得できますね。

でも、「あばれはっちゃく」がどこの方言かまでは、はっきり断言することはできません。

ただ、候補としては北海道、北関東の方言というのが有力ですね。一番は山中恒先生の知り合いのおばあさんの田舎が分かるのが一番なんですけれども、現在91歳の山中恒先生がおばあさんと呼んでいた方ですから、今はもう会えない方だと思いますし、それを考えると「あばれはっちゃく」という言葉は、とても古い言葉、方言なのだと思います。今はそのおばあさんの田舎でも使う人はいないのでしょうね……。

「はっちゃけた」は「ひらめいた」?

さて、「あばれはっちゃく」から発展して、4代目『痛快あばれはっちゃく』になると、長太郎が何かアイディアを出す時に「ひらめけ、ひらめけ、ひらめいた」の代わりに「はっちゃけ、はっちゃけ、はっちゃけた」と言うようになります。

これをして、「はっちゃけ」というのは、「ひらめけ」という意味で、「はっちゃけた」というのは「ひらめいた」という意味だという人もいます。確かにその意味も含まれているとは思いますが、一方で4代目長太郎は最終回でまゆみちゃんが転校することに落ち込んでいた時に、「はっちゃけろよ」と励ましています。

もしも、「はっちゃけ」が「ひらめけ」の意味だったら、転校するかもしれない大好きな女の子に「ひらめけよ」って言ったことになり意味不明です。それに、長太郎はまゆみちゃんだけでなく、落ち込んでしょげている人に対しても言っている場面があるので、「はっちゃけ」「はっちゃけた」には、「ひらめけ」「ひらめいた」以外に、「はっきゃきこく」の「元気に頑張るさま」やドラマで描かれてきた「手のつけられない暴れん坊」の意味もあるのではないかと思います。

あばれはっちゃく』のドラマの中で次第に「あばれはっちゃく」は「はっちゃく」という短縮形で呼ばれたりすることが増えていきました。4代目で「ひらめけ」の代わりに使われるようになった「はっちゃけ」という言葉は、「あばれはっちゃく」の短縮形の「はっちゃく」の変形の言葉のように思うんです。だから、元々の「あばれはっちゃく」の言葉の意味が、「はっちゃけ」「はっちゃけた」の中にもあるんだと私は思っています。

微かな願いを込めて

上記のリンク先の記事は今から12年前(2010年)に書いた記事であり、追加記事も8年前(2014年)に書いた古い記事です。私のブログは「あばれはっちゃく」で検索をしても、検索上位に来ることはなく、読まれることは殆どありません。上位に来るのは、私のブログ記事よりも新しいまとめサイトです。

私のブログで少しずつ書いてきて、分割されている内容が、すっきりとまとめられていて、1回で知りたい情報が把握できるので、私のブログまで来てくださる方は少なく、私が調べたり、検証したり、ドラマを見返して確認したこと、『俺はあばれはっちゃく』のメイン監督であり、『男!あばれはっちゃく』の監督であった以下の私のブログの山際永三監督のインタビュー記事も殆ど読まれていません。

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17年間書いてきても、私のような無名の個人が書いているブログでは、全く情報を伝える力がないんだなって、無力感を感じています。今回は、少し私のブログに目を通してくれた人が増えたのを確認したので、ここ最近、閲覧が増えた記事を元に、それを補強し、また最初に書いた時期から10年以上経って、新たに分かったことから考察しなおしたことを加えて、記事を書いてみました。

この記事を通して少しでも「あばれはっちゃく」の意味を知る人が増えてくれたらと願っています。

訃報が続き辛いです

『俺はあばれはっちゃく』24話より

言葉がありません

news.yahoo.co.jp

先ほど、Yahoo!のトップページを見ていたら、高見知佳さんの訃報を伝える記事が目に入りました。立て続けの訃報に言葉がありません。高見知佳さんは『俺はあばれはっちゃく』24話「やったぜデートマル秘作戦」(1979年7月14日放送)に初代長太郎(演・吉田友紀さん)の姉、てるほ(演・島田歌穂さん)の同級生のチカ役で出演されました。チカはとても元気な女の子で役名も同じこともあって、高見さん自身と重なって見えました。

また、『俺はあばれはっちゃく』から少し離れますが、私は昔高見知佳さんが司会をされていたNHKの『スタジオパークからこんにちは』も大好きで、まだ新社会人だった頃仕事の休憩時間に見ていて、その番組でも高見知佳さんに馴染みがありました。かんたん短歌というコーナーがあって、それに投稿して番組内で2回採用された思い出もあります)

こんなにも、続けて昔から(一方的ですが)テレビで馴染みのある方達の訃報を知るのは本当に辛いです。心よりお悔やみを申し上げます。