柿の葉日記

主にテレビドラマ「あばれはっちゃく」について語る個人ブログです。国際放映、テレビ朝日とは一切関係がありません。

自分の為にしてくれること

あばれはっちゃく』を見返してきて

まだまだ、見返していない話もあって、思い出の中だけの話で記憶が曖昧な話もあったりするんですが、DVDで『あばれはっちゃく』を見返しみて私の琴線に触れるのは、人が人の為に動いて、その行為に対してとても嬉しくなって感謝する姿なんだなって分かってきました。

この記事の前に書いた『男!あばれはっちゃく』38話についても、そうなんですけれども、私はみゆきちゃんのママはみゆきちゃんのパパのプレゼントの品物よりも、みゆきちゃんのママの為にみゆきちゃんのパパがプレゼントを買ってくれたという行為が嬉しかったんだと思うんですよね。

値段とかはあまり関係がなくて、自分を思って自分の為に時間を割いてプレゼントを選んでくれるというのは、その時間は自分のことだけを考えてくれている訳で、それってなんというか、大事にされているなあって感じられることなんだって思うんです。

自分の為に話を聞いてくれる、自分の為に惜しまず労力をかけてくれる、自分のことを考えてくれるっていうのは、その存在を認めてくれることに通じているんだなって思うんですよ。ないがしろにされることほど、悲しいことはないんですから。

『男!あばれはっちゃく』38話「笑顔だみゆきちゃん」感想

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『男!あばれはっちゃく』38話より

1980年12月13日放送・脚本・安藤豊弘さん・川島啓志監督

ヒロインのママの個性

みゆきちゃんの両親の結婚記念日は毎年ふらんす亭で食事をしていて、みゆきちゃんはとても嬉しそうに今日がその日だと言います。それを聞いた長太郎は学校から帰ってくると、母ちゃんに自分の両親の結婚記念日を聞きますが、10月10日で既に過ぎていてがっかり。

来年は忘れないでくれよ、と母ちゃんに言うと、母ちゃんの方から母ちゃんとの約束を忘れないでくれよ、とふられて、尋ねると、物置小屋の片づけのことを言われ、長太郎はしぶしぶ物置の片づけを始めます。ここで、長太郎は物置小屋の片づけをするとともにいらないものを捨てるために外に出て、ふらんす亭に行こうとするみゆきちゃんとみゆきちゃんのママに遭遇するんですね。

で、ここで乱暴に物置のガラクタを捨てた長太郎に対して、いつものようにみゆきちゃんのママが嫌な顔をして文句を言うんです。そんなみゆきちゃんのママを見て疑問を呈します。

「あんなおばさんから、みゆきちゃんが生まれたんだろう?世界の七不思議のひとつだ」

これは、初代の長太郎もヒトミちゃんのママを見て、同じようなこと(初代4話で言った「カラスがクジャクを生んだ」)を言っていましたね。初代長太郎の方が言い方が強烈でしたけれども。

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3代目の『熱血あばれはっちゃく』のヒロインあけみちゃんのママ、アサコさんもかなり強烈な人でしたけれども、ヒロインのママの個性の強さは2代目のみゆきちゃんのママまでが一番強かったんじゃないかなって思います。

4代目『痛快あばれはっちゃく』のまゆみちゃんのママは歴代のヒロインのママの中では目立ってなかったかな。4代目はヒロインの父親の春日教頭、信彦の母親の方が目立っていましたし、5代目『逆転あばれはっちゃく』のヒロインのあかねちゃんのママも歴代の中ではあまり目立っていなかったように思います。

長太郎がみゆきちゃんのママを見て、文句を言ったのは、勝手に身に覚えのないゴミ捨ての犯人されるわ、頭を小突かれたからもあるんですが、この長太郎を疎ましく思う言動が、この話の後で、ああ、みゆきちゃんのママってなんだかんだ言っても、いいなあ、いい人だなあって思ってしまうんですよ。

みゆきちゃんのママはこの話に限らず、長太郎のことは疎ましく思っていて、それがこれまで描かれてきて、今回もいつも通りに長太郎をやっかんでいるなあ、いつも通りだなあって、いつも通りに見ていて、最後まで見て、ああ、いい人なんだなあ、だからやっぱりみゆきちゃんのママなんだって納得出来ちゃうところが、私はいいなあって思います。

恋愛結婚

長太郎はみゆきちゃん達が立ち去った後で、もう一度、自分が出した物置小屋のガラクタを見直して、そこで古い手紙を発見します。この手紙の封筒を見てみると、父ちゃんの名前が書いてあるんです。宛先を見ると、「佐野」という文字。この封筒から、母ちゃんの旧姓の表記が明確に「佐野」だと分かるんですね。

この後で長太郎は群馬のお祖父ちゃん宛のお歳暮を贈ってきてくれって母ちゃんから頼まれて、13話で登場した母方のお祖父ちゃんの名前を改めて母ちゃんが言ってくれるので、間違いなく長太郎が見つけた手紙が父ちゃんが母ちゃんに送った手紙だと分かるんです。

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『男!あばれはっちゃく』38より

これで、母ちゃんの結婚前の名前が「佐野和子」だと分かり、36話では推測ですが母ちゃんの誕生日が11月30日だということが分かりました。母ちゃんのプロフィルが少しずつでも分かっていくのは楽しいですね。

それと、ちょっと読みにくいんですが、結婚前の父ちゃんの住所も分かって、父ちゃんが「群馬県高崎市谷野六三の二」に住んでいたことが分かるんです。ここで、父ちゃんもまた群馬の人で父ちゃんと母ちゃんは群馬で知り合ったという可能性が生まれてくるんですね。

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『男!あばれはっちゃく』38話より

長太郎はこのラブレターを見つけて、夕食の時に読み上げるんですけれども、その時に父ちゃんが自分が昔に書いたラブレターだと気づかずに、漢字が読めなくて変な読み方をする長太郎から取り上げて、自分でラブレターを読んでしまうという。

途中まで読んで、母ちゃんと父ちゃんが気が付いて、読むのをやめて長太郎を怒るんですけれども、その隙に信一郎が父ちゃんからラブレターをとっちゃう。信一郎にしては珍しい行動。長太郎、信一郎、カヨちゃんの3人で父ちゃんと母ちゃんをからかう。

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『男!あばれはっちゃく』38話より

父ちゃんと母ちゃんが恋愛結婚だっていうのは、初代『俺はあばれはっちゃく』の最終回でも判明して、てるほが父ちゃんと母ちゃんをからかっているんですけれども、2代目の父ちゃんと母ちゃんも熱烈な恋愛結婚で子ども達にからかわれていますね。

今回の話の冒頭でみゆきちゃんの両親が結婚記念日ということで、和美ちゃん達が寺山先生に結婚は恋愛がいいか、お見合いがいいかって尋ねていて、寺山先生は「恋愛がいい」って答えていて、なんかこうしてみると『あばれはっちゃく』は恋愛結婚を推奨しているようです。今回の話の主役はみゆきちゃんの両親だと思いますが、この2人もなんだかんだで恋愛要素が強い夫婦だなあって思います。

初代や2代目の長太郎の両親の時代は恋愛結婚がお見合い結婚を少し上回り始めた時代だったのかもしれないなあってことを思いました。

巡り合わせ

少し話を戻して、長太郎は母ちゃんにおつかいを頼まれて、大丸デパートでお歳暮を頼みに行きます。そこには、結婚記念日のプレゼントを買うみゆきちゃんのパパもいて、同じデパートに長太郎とみゆきちゃんのパパがいたことによって、ある事故で怪我をした人を助けたことで、みゆきちゃんのパパがみゆきちゃん達が待つふらんす亭に行けなくなったという事態が発生してしまいます。

長太郎が事故現場に居合わせたこと、みゆきちゃんのパパがたまたまそこを通りかかったこと、そしてここで遅刻以外に、みゆきちゃんのママが怒る理由、大切なプレゼントがなくなってしまう原因が生まれていて、なんとも言えない不幸の連続がさりげなく続いてしまいます。本当にそこには、何の悪意も工作もないのに、何も知らないみゆきちゃんのママから見たら、わざとやられたと思ってしまってもしょうがないことの連続。

長太郎が荷物を片付けていたのも、そこで声をかけて指示を出したみゆきちゃんのパパも悪くない。それにこの時点で後に問題となる長太郎の行動が自然の流れの中で映されていて、後で長太郎がその場面を思い出す時にその場面が出てきた時に、「あ、あの時か!」って見ている方も分かる演出がいいなあって思いました。

みゆきちゃんのママの父(みゆきちゃんのお祖父ちゃん)の存在

結婚記念日にふらんす亭で食事が出来なかったことで、みゆきちゃんのママはカンカンに怒り、みゆきちゃんのパパを強く責めます。プレゼントを渡そうとした時にみゆきちゃんのパパがプレゼントをなくしたことに気づき、一生懸命に探しますが出てこない。みゆきちゃんのママは買ってないからないんだと悪態をつきます。段々とみゆきちゃんのパパも腹を立て始め、みゆきちゃんが止めに入っても2人の喧嘩は収拾がつかず、ついには、みゆきちゃんのママが父の家に帰るという始末。

ここで注目したいのは、みゆきちゃんのママが実家ではなくて、「(自分の)父の家に帰らせていただきます」とみゆきちゃんのパパに言っているところなんですよね。これって、みゆきちゃんのママの実家は今住んでいるところで、それとは別にみゆきちゃんのママの父親の家があるってことになるのかなって思ったんです。

そこで考えられるのは、例えば、娘夫婦に家、大島医院を引き渡して、別居している可能性とみゆきちゃんのママの父親も婿養子で別に実家のある可能性が考えられるんじゃないかなって、そんなことを思いました。

私は『あばれはっちゃく』の設定資料を持っていませんし、ドラマの映像や台詞やこれまでの話を見て推理するしか術はないんですけれども、そんな風にドラマでは明確に描かれていない部分も出てくる情報で推理していくのもドラマの楽しみ方の一つだなって思っています。

長太郎への悪印象を持っているからこそ

さて、話を戻して、みゆきちゃんのパパは遅刻の理由やプレゼントのことは長太郎に聞けば分かると話しますが、長太郎のことを信じていないみゆきちゃんのママはそんな言い訳に対しても腹を立ててしまいます。

ここでも、みゆきちゃんのママの長太郎に対する悪印象が強く出ていて、嫌だなって思って見てしまうのですが、こうしてふらんす亭に行く前の長太郎への悪態、ここでの長太郎に対するみゆきちゃんのママの信頼度を見ていると、本当にみゆきちゃんのママは長太郎が嫌いなんだなって思ってしまうんですね。

けれども、長太郎がみゆきちゃんが元気がないのを気にして、みゆきちゃんのパパに事情を聞いて、なくしてしまったプレゼントを探すために奔走を始めて、ちゃんとプレゼントを見つけてくる。そのプレゼントが見つかったのは、長太郎とみゆきちゃんのパパが助けた青年が荷物の中に紛れ込んでいたプレゼントをレシートナンバーを頼りにして、売り場に届けに来たのに出くわしたから。

助けられた青年はちゃんと届けにきて、長太郎も諦めずに探していたから、青年が届けた時に出くわした。丁度良いタイミングで、それは確かにドラマだからだけど、ちゃんと届けにきた青年と諦めないで探していたから巡り合えたという。悪いことも連鎖するけれども、良いことも連鎖していく、そんなことを思いました。

長太郎はそこで、プレゼントがなくなったタイミングを思い出すんですね。自分の行動に原因があったと。長太郎は最初はそれを誤魔化すために、アイディアを出して長太郎は見つかったプレゼントを取りにきたみゆきちゃんのパパをデパートの屋上に誘導して、みゆきちゃんにみゆきちゃんのママを屋上に呼び出してもらって、2人を合わせて仲直りしてもらおうとします。

けれども、2人は意地を張って悪態をつくから、みゆきちゃんがたまらなくなって飛び出して、見つかったプレゼントを渡すように促して、そのプレゼントを渡しても、みゆきちゃんのママは「今さっき買ったって遅いんだ」と悪態をつくから長太郎も見ていられなくなって、飛び出してきて、正直に自分のせいでなくしたことをみゆきちゃんのママに言うんです。

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『男!あばれはっちゃく』38話より
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『男!あばれはっちゃく』38話より

みゆきちゃんのママは呆れて、長太郎を追い払うんですけれども、ちゃんと長太郎が言ったことを信じて許してくれるんです。なんというか、あんなに長太郎を信じていなかったのに、ちゃんと長太郎の話を聞いて信じて、しっかり謝った長太郎を許してくれる。その許し方も、ものすごい優しいものではなかったし、その後で長太郎をおいはらってしまうんですけれども、それもみゆきちゃんのママらしいなって思ってしまうんですね。

ああ、なんだかんだ言って、口悪くいっても長太郎のことを信じているんじゃん。迷惑だと思っても、心底嫌だとは思っていないんだなって、みゆきちゃんのママの態度を見て思うんです。長太郎が去った後で、みゆきちゃんのパパにプレゼントのネックレスをつけてもらう時のみゆきちゃんのママが幸せで楽しそうで良かったなって思いました。去っていく長太郎の晴れ晴れとした笑顔もとても気持ちが良かったです。

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『男!あばれはっちゃく』38話より

ほっぺにキス

今回の騒動が収まって、改めて結婚記念日を祝うことになった大島家。長太郎は自転車の籠に赤い薔薇の花とプレゼントを入れて走っているみゆきちゃんに声を掛けます。みゆきちゃんは長太郎にとても感謝していることを伝え、長太郎がこのくらいと手を広げえて、みゆきちゃんの感謝の大きさを例えていくと、みゆきちゃんは次々と否定していくので、長太郎がどのくらいってきくと、自転車を降りてみゆきちゃんが長太郎の頬にキス。

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『男!あばれはっちゃく』38話より

「このくらいよ」

いいですねぇ、長太郎。今回は大島家と桜間家の夫婦の愛の形を見た話でしたけれども、長太郎の恋の話も見ることが出来て、それぞれ3組の恋愛を見たような気がしました。そういえば、最近、このブログ内の注目記事で過去記事にかなり昔に書いた「ほっぺにキス」という記事が上がってきて、びっくりしました。

あの11年前に書いた記事の時は、初代『俺はあばれはっちゃく』しかDVDが発売されていなかったので、初代を見返しただけで書いた記事なんですが、改めて2代目を見返してみて、2代目長太郎は初代長太郎が空想の中でしかもらえなかった好きな子からのキスを貰えていたんだなあ。いいなあ、羨ましいななんて思いました。

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2代目長太郎(栗又厚さん)の逆立ち

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『男!あばれはっちゃく』38話より

逆立ちが出来ない?

今から11年前、ある雑誌のインタビューで栗又厚さんが『あばれはっちゃく』について語ったことがありました。当時、購入したのですが捨てられてしまったので今は手元にありません。その記事を読んで驚いたのは、栗又さんが「当時は太っていたので、逆立ちが出来なくてスタッフの人に足を持ってもらいました」と発言されていたことです。今は手元に雑誌を持っていないのですが、当時、書いた記事が下記の記事です。

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逆立ちしてるよ、ね

当時はまだ2代目からの『あばれはっちゃく』のDVDが発売されていなかったので、確認が出来ず、その後、購入した後も、なかなか確認をとれなかったのですが、今になって改めてDVDを見返してみると、栗又さんがちゃんと補助なしで逆立ちを綺麗に決めている場面が出てくるんですよね。

初期とか中盤あたりなんかは、逆立ちが苦手な栗又さんに配慮して、二段ベッドを巧みに使って見たりして逆立ちに近い形にしているなあって思うんですが、これは私の中に栗又さんは逆立ちが出来ないから、その代替えをしているんだとか、また、カメラのカットの切り替えをうまく使って逆立ちをしているように見せているんだって思うところはあります。

けれども、『男!あばれはっちゃく』の1年目の終わりが近づいてきた、11月、12月頃に放送された37話や38話を見ると、ワンカットで流れるように栗又さんの長太郎が逆立ちをしているんです。

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『男!あばれはっちゃく』36話より
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『男!あばれはっちゃく』36話より

これ、栗又さんの「逆立ちが出来なかった」という証言が本当だったとしたら、吹き替えってことが考えられるのですが、子どもで栗又さんと同じ体型のスタントマンとかっているんでしょうか?私はいないと思うので、栗又さんの中でインタビュー当時でも30年以上前の出来事の記憶が曖昧だったのではないかなあっておもっちゃうんですよね。

当時は『男!あばれはっちゃく』は全話DVD化されていなかったし、1話と中盤と最終話の3話だけのVHSはあったけれども、全話を振り返ることは出来ませんでしたからね。今は映像でしっかり逆立ちをしている栗又さんを確認できるので、逆立ちは出来なかったかもしれないけれど、長太郎を演じていく中で栗又さんは逆立ちが出来るようになったんだなあって、私は思っています。

配役テロップの並び順

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『男!あばれはっちゃく』36話オープニングより

順番

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上記の記事で『男!あばれはっちゃく』の新オープニング映像と35話から新たに加わった加納章(かのう あきら)役の阿部行雄さんの配役順について書きました。配役の順番は役柄が関係するのか、出演参加順なのかと思いを巡らせたのですが、この後、36話、37話、38話と見ていくと、阿部行雄さんは立花弘子ちゃんやくの戸川絵夢さん、秋山和美ちゃん役の伊藤月子さんの後に表示されていました。

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『男!あばれはっちゃく』37話より

こうして見ていくと、章の初登場以外では、この順番なので、登場順での配役表示になっているのかなって思います。また、『男!あばれはっちゃく』は、長太郎達が6年生の進級をすることによって、みゆきちゃんと章以外の同級生がリセットされるので、オープニング映像もレギュラー同級生の配役表示も、また、いったんリセットされています。

子どもの頃って、映像はともかくとして、オープニングの配役表示やその順番なんて気にも留めないから、何にも注意を払って見ていなかったんですけれども、こうして大人になってDVDで見返すと、配役が気になって、どんな人が出演していたのかなあとか、レギュラーの配役順ってどうなっていたのだろうって見るようになりましたね。

すると、ドラマでの役の重要度が分かってきますし、また、ゲスト出演した俳優の人達の格というか、どれだけのクラスの人が出演されていたのかが分かって、作品を見る楽しみに広がりが生まれました。

ちょっと離れて、単独テロップになっていたりとか、『あばれはっちゃく』ではめったにない桜間一家や先生以外に役名のテロップがある場合なんかは、その俳優が話の重要なゲストキャラだったり、ゲスト俳優の中でも、大物の人だったんだなっていうのがありますね。オープニングもエンディングもそうなんですが、映像にはたくさんの情報が詰まっています。

それを見つけるのが私はとても楽しいです。私のようにドラマの情報を集めて推測して楽しむ人っていうのは、あんまりいないみたいで、こいう話で盛り上がることが出来ないのが寂しいなって思ったりしています。だから、ブログに書いてたりするわけなんですけれどもね。

ヒロインの後に来るのは長太郎の親友かライバルか

後で改めて確認しますが、たぶん、2年目からは邦彦の代わりに来た克彦役の織田真早彦さんが章役の阿部行雄さんの後に表示されているんだと思います。そうなれば、登場順番になるし、配役順にもなるからです。

また、こちらも確認が必要ですが、初代『俺はあばれはっちゃく』、3代目『熱血あばれはっちゃく』、4代目『痛快あばれはっちゃく』、5代目『逆転あばれはっちゃく』の配役表示についても、桜間一家と2代目からは従業員の後の同級生の並び順はヒロインの後に誰がきているのか、長太郎の親友か、長太郎のライバルかというのにも注目して見直したいなって思いました。

簡単にいえば、初代の場合はヒトミちゃんの次が公一か正彦か。3代目はあけみちゃんの後は実か輝彦か。4代目は清か信彦か、5代目はワタルか秀彦か問題ですね。5代目の場合はこれまでの登場人物とはちょっと違っているので、見極めが難しいなって思っています。

おまけ・宝塚歌劇団の配役順

ちなみに、聞いた話なんですが、宝塚歌劇団の場合配役の順番がトップスター、トップ娘役以外では、役に関係なく成績順、学年順にパンフレットに書かれているそうなんですね。役が付く生徒さんはもちろん成績が良い人が多いんですけれども。また、宝塚歌劇団では、入団3年目と入団5年目にもテストがあって、成績がつけられ、入団5年目の最終テストの成績が一番人事に影響すると聞きます。

それを聞いて、過去の舞台の配役順を調べてみると、確かに成績順に配役が並べられているんですね。だから、誰が成績がいいかが一目瞭然で分かってしまうという。後は、誰が誰よりも上級生で下級生かも分かるようになっている。

そういえば、以前テレビ番組にゲスト出演した元花組トップスターの真矢みきさんが在団中に受けるテストについて話していて、真矢さんは成績が悪い方だったんですけど、段々と成績が上がってきて喜んでいたら、劇団の先生から「それはあなたよりも成績の良かった同期生が退団したから、相対的に上がっただけ」と言われて、しょんぼりしちゃったって話していて、それを真矢さんがとてもあっけらかんと楽しく話していて、真矢さんって強いなあ、面白いなあって思いました。

真矢さんは1981年に宝塚歌劇団に入団した67期生。中学卒業後に宝塚音楽学校に入学。真矢さんは1月の早生まれなので、中学卒業後から高校卒業後まで入学資格のある宝塚音楽学校生の同期の中では一番若かったんじゃないかなって思います。

同期生には元月組トップスターの涼風真世さん(入団成績9番・1993年退団)、元月組トップ娘役の黒木瞳さん(入団成績3番・1985年退団)、元星組トップ娘役の毬藻えりさん(入団成績7番・1992年退団)、Sexy Zoneのマリウス葉さんの母親である元星組男役スターの耀明さん(入団成績1番・1988年退団)、日航機墜落事故で亡くなってしまわれた元雪組娘役の北原遥子さん(入団成績8番・1984年退団)、現在も専科で活躍している梨花ますみさん(入団成績20番・現在在団中)達がいます。

真矢さんは元宝塚音楽学校に入学後の成績は39人中37番、入団した時の成績は39人中21番だったのですが、自身の努力と頑張りで良い役を掴んでいき花組トップスターに登り詰めた人。

真矢さんは1998年まで在籍していたので、現在も在籍中の梨花ますみさんを除けば、67期生の中では、かなり長く宝塚歌劇団に在籍されていました。花組トップ就任も同期生の涼風さんより4年遅く就任しています。そういう意味では遅咲きのトップスターの一人だと言えます。(涼風さんが1991年トップスター就任、真矢さんが1995年トップスター就任)

ちなみに涼風さんは高校卒業後に宝塚音楽学校に入学して宝塚歌劇団に入団しているので、同期生とはいっても真矢さんより3学年、年齢では4歳年上です。真矢さんが1964年1月31日生まれ、涼風さんが1960年9月11日生まれです。

真矢さんと涼風さんはそれぞれに組替えがなく、真矢さんは生粋の花組生、涼風さんは生粋の月組生。配属した組の違いもあって、トップスター就任時期は重なることはなかったわけですが、それでも2人ともに人気のあるトップスターとして今も語られることが多いので、なんていうか成績も大事だけだども、その後での活躍や頑張りも大事なんだなって、真矢さんの生きざまを見て思いましたね。

『男!あばれはっちゃく』37話「売るゾ焼き芋」感想

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『男!あばれはっちゃく』37話より

1980年12月6日放送・脚本・市川靖さん・川島啓志監督

巡り合わせ

今回は合気道の稽古にきた長太郎がお寺の前にある焼き芋屋の屋台を長太郎が親切心で勝手に持ち出したことからすべてが始まります。みゆきちゃんがいて、一応の心配はするものの、長太郎と一緒に屋台を引いて回り、さらには公園で遊んでいた和美ちゃん、弘子ちゃん、邦彦、章を巻き込んでいきます。長太郎がみゆきちゃんと一緒に焼き芋屋の屋台を引いて回っていく道中で、本来の屋台のおばさんと事件に巻き込まれていくいつものメンバーが出てくるところがとても面白いです。

ほんのちょっとの時間のズレですれ違ってしまう長太郎と焼き芋屋の屋台のおばさん。屋台を引く長太郎とみゆきちゃんを見かけて協力したことで、事件に巻き込まれる和美ちゃん、弘子ちゃん、邦彦、章の4人。その話に絡んでくる人物がこの長太郎とみゆきちゃんが屋台を引いていく過程で、次々に流れるようにストレスなく登場してくるのがいいですね。この一連の流れは、本当に映像で見た方が楽しいです。

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『男!あばれはっちゃく』37話より

引用画像では分かりにくいのですが、映像で見るとより明確に長太郎とみゆきちゃんが去った後で奥の方の道から屋台のおばさんの姿が見えるので、このタッチの差のすれ違いに、「あ!」と声が出てしまいます。続いて、長太郎とみゆきちゃんが屋台を引いている途中でジャングルジムで遊ぶ和美ちゃんが2人を見つける姿があり、屋台が通りすぎた後で、弘子ちゃん達も出てきてこの4人が長太郎とみゆきちゃんと合流する流れも視線です。

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『男!あばれはっちゃく』37話より

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『男!あばれはっちゃく』37話より

山際監督もそうなんですが、川島監督も画面の手前と奥を巧みに使って、話や登場人物の情報をストレスなく、見事に話の流れの中にいれているなって素人のながらに感じます。『あばれはっちゃく』は正味25分程度の話なんですが、内容がとても濃く感じるのは、映像情報がしっかり濃密にあるからなんだって個人的に思うんですね。

それでいて情報がごちゃついていない、ちゃんと見ている人間の生理にあっているというか、不自然じゃなく見ている方がストレスを感じないように綺麗にいれているから、見ていて疲れないんです。こういうのって、私の下手な説明よりも、本当にDVDで見てもらう方が一番分かりやすい。ああ、どこかで配信してくれないかなあ。

映像の中でのすれ違いや人との関わり合いの流れを映像を通して、面白おかしく伝えるって静かな和みの笑いの癒しだなって感じて、ほのぼのとして、それでいて、ハラハラしていて楽しいなって思いました。

 

何もしなければ何も起きない

長太郎は親切心から道に迷ってなかなかこない屋台のおばさんの代わりに屋台を引いて焼き芋を売っていたわけです。それで、その行為が無駄にならなければ、そこで話は終わったわけですが、長太郎達が売っていた焼き芋が生焼けで客のクレームと返品が来てしまい、屋台のおばさんは怒り、長太郎は例のごとく父ちゃんに大目玉を食らうことになってしまいます。

お詫びとして、焼き芋を買い取るのは当然として、長太郎が屋台を手伝うことを父ちゃんが申し出るのですが、屋台のおばさんは長太郎ではなく、弘子ちゃんにやってもらうと言い出します。これにはみんなびっくり。長太郎は弘子ちゃんは悪くない自分が悪いからと自分がやると言い出しますが、おばさんは弘子ちゃんじゃないとダメだ、と。

本当に弘子ちゃんは巻き込まれた形なので、とても気の毒で。それでも、ちゃんと次の日の放課後に弘子ちゃんを迎えにきたおばさんに嫌な顔をしながらも、ついていって手伝う弘子ちゃんはいいなあって思いました。本当に弘子ちゃんは嫌で嫌で迷惑なんだってのは、その表情や態度から分かるんですけれども、一緒に屋台を引いて回っている時の弘子ちゃんのおばさんに対する態度や全く売れない焼き芋の売り方に対するアドバイスなんかを見ていると、弘子ちゃんって優しいなって感じてしまいました。

そうそう、弘子ちゃんは、いったん家に帰ってからおばさんを手伝うのですが、その時弘子ちゃんの団地の部屋の前に弘子ちゃん宛のプレゼントがあって、それを弘子ちゃんは長太郎のご機嫌取りだと解釈して、長太郎への文句を口にします。これ、この時点で長太郎の仕業じゃないって分かるんですけども、弘子ちゃんはそう思うんですね、多分、当時初めて見た時は、私もそう思っていたかもしれませんし、当時の視聴者の中にもそう思った子ども達が多かったかもしれません。

けれども、翌日に弘子ちゃんがそのプレゼントを長太郎に返して長太郎がそのプレゼントを知らないといったところで、長太郎じゃなければ、誰だろうってなったところで、そのプレゼントの主が誰だか分かる情報が映像で流れてくる。そこも、今見ると、当然の処理なのに、巧いなあって感じました。また、このプレゼントの主が判明したことで、より深く長太郎や弘子ちゃんが屋台のおばさん、名前をカンバラさんと深く関わっていくきっかけになっていくのもいいなあって思いました。

弘子ちゃんへプレゼントを贈ったのはカンバラさん。長太郎が弘子ちゃんのプレゼントを否定した後で、カンバラさんが弘子ちゃんへのプレゼントを今度は直接渡すんだと持っている映像が映り、芋を焼こうとして芋の袋を持ち上げたところでぎっくり腰になり、そこへ和尚さんがやってくる。

和尚さんが学校の門から出てきた長太郎と弘子ちゃん、みゆきちゃんに声をかけて、ことの成り行きを説明したことで、迷惑がっていた弘子ちゃんがカンバラさんの見舞いに駆けつけ、それに長太郎とみゆきちゃんもついていく。こうして、長太郎達は岩手から出稼ぎにきたカンバラさんとより深く関わっていくことになっていきます。

長太郎がいらぬ親切心を出さなければ、何も起きなかったことが、人を巻き込んで関わり合いのなかった人との交流を生んでいくというのは、ドラマの始まりや発端って、こんなにも些細なことから展開するんだっていう面白味を感じさせました。また、このカンバラさんを見舞いにいったことで、カンバラさんが弘子ちゃんに固執する理由も同時に判明するのも面白いところです。

人となりを知らない時と知った後での人への見方

カンバラさんを見舞いにきて、弘子ちゃんがカンバラさんの娘のイクエちゃんにそっくりだというのが分かります。岩手から出稼ぎに来て、寂しいかったカンバラさんが弘子ちゃんにイクエちゃんの面影を見ていたんだってことが分かると、カンバラさんが焼き芋が売れなくても弘子ちゃんと一緒だから嬉しいと言っていたことも、長太郎ではなく弘子ちゃんに手伝ってほしいと言ったことも、一気に氷解します。

自分に娘の面影を見ていて、プレゼントをくれ、腰を痛めているカンバラさんに対して警戒心を解いて、優しく接する弘子ちゃんを見ていると、弘子ちゃんが最初、嫌な顔をしていたのは、カンバラさんが何者かよく分からなかったからなんだろうなって思いました。

また、売る時に声を出すのが恥ずかしいというカンバラさんをよく知らない時にみゆきちゃんに話して笑っていましたが、それは怖さの中に変だなと思う気持ちがあったからではないかなって。

なんだか得体のしれない人間に会うと人は不気味に感じて怖がり、また、自分やこれまでの自分の周囲との差異を見て笑ってしまうってことがあって、それが悪くすると、その人物を排除するいじめに発展すると思うんですが、どんな人か分かって、自分のその人に対する見方が偏見だったり、過度な必要のない恐怖心だったことが分かると、相手に対してそれまでマイナスに感じていたことを悪かったって思うんじゃないかなって思うんですよね。

弘子ちゃんは、元々、優しい子だっていうのもあって、自分を頼ってくれたカンバラさんのことが心配になって、元気になって欲しいと思ったから、会いに来たんだなって。弘子ちゃんからしてみれば、カンバラさんとの出会いは最初はマイナスの感情から始まったけれども、「なぜ?」という疑問が消えれば、歩み寄ることが出来たのは良かったなあって思うんですよ。

ちょっとした出来事で相手の人となりを決めつけて、悪く見るのではなくて、何かしらのきっかけで人の良さを知ることで理解出来る、しようとすることが出来れば、人は人を見下したり、いじめたりなんかしないんじゃないかなあって、私はそんなふうに思うんです。

今度は

長太郎とみゆきちゃんはぎっくり腰になって、焼き芋が売れないと、お正月に田舎の岩手で待つイクエちゃん達はどうなるのかを心配して、カンバラさんの代わりに今度は正式に屋台で焼き芋を売りに歩きます。それを仕事帰りに見かけた父ちゃんと寺山先生は、また長太郎が勝手をしたと怒るのですが、一番の被害を受けていた弘子ちゃんが止めに入り事情を説明すると、父ちゃんは長太郎を「さすが俺のせがれだ」と褒めます。

いいなあって思うのは、父ちゃんは悪いことをしたら全力で長太郎を叩いて怒るんですけども、長太郎がいいことをすると、怒る時と同じ勢いで全力で褒めるんですよね。褒める時って、なんかストレートに褒める親ってあんまりいないって思うんですけども、(私が知らないだけで褒める時に全力で褒めることの出来る褒め上手な親もいるのかもしれませんね)父ちゃんは楽しく嬉しそうに全力で褒めてくれる。

父ちゃんって長太郎に怒るイメージが強くあると思うんですが、ちゃんと長太郎を自慢の息子だと褒めることもあって、これは初代『俺はあばれはっちゃく』で26話「モヤシも男だ」でもありましたね。怒る時は怒り、褒める時は褒める。

こういうのって大事だなって思います。父ちゃんは自分の感情の八つ当たりで長太郎を怒鳴ることもあって、それを長太郎にズバリ指摘されることもあります。それを大人になってみると、親だって成長過程の親なんだなって思えるようになりました。以前にも書いたと思いますが、『あばれはっちゃく』は子どもの頃は子どもの視点で楽しめ、大人になると父ちゃん達の視点で楽しめるドラマで、それは大人達のドラマも人間性もドラマの中にちゃんと描かれているからなんでしょうね。

力仕事は男の子

弘子ちゃんの話を聞いて、長太郎達が屋台をすることは褒められたものの、小学生がアルバイト的なことをするのはと寺山先生が苦言を呈すると、父ちゃんが自分がやると言い出します。弘子ちゃんは自分達がやらないと意味がないと言い出し、困ってしまうと、寺山先生が自分がついてやることで許可を出します。

寺山先生にとっては職務外の仕事になってしまって大変だなって思ったり、初代『俺はばれはっちゃく』で長太郎の代わりに蕎麦屋の出前をすることになった佐々木先生を思い出したりして、メタ的な面白さを感じてしまうわけですが、当時でも少し問題はあったにせよ、現在では小学校の先生が児童の監視、安全確保のための引率だとしても、一緒に屋台をやるというのは、無理があるだろうなって感じました。

ドラマ(フィクション)なので、そこは現実と違うと割り切ればいいでしょうけれども、『あばれはっちゃく』は極めて現実に近いドラマなので、ちょっとごっちゃにしてみてしまうんですね。で、寺山先生は長太郎だけに一言話があると言って、長太郎に故郷を離れて東京で独り暮らしをしている人が家族を恋しがっていることを伝えます。長太郎はそれを素直に聞いて、屋台を寺山先生に任せてどこかにいくんですれども、長太郎が抜けた後で、屋台で特に頑張っていたのが邦彦と章。

この2人、この回ではあまり目立たないんですけれども、長太郎が抜けた後で屋台を引くのが邦彦、押すのが章で、さつま芋を石の中に入れてならして焼くのが邦彦、薪をくべて火を起こしているのが章。この一番大事で大変な作業を邦彦と章でやっているんですよね。最初は屋台のおばさんに怒られてからは、あんまり関わりたくないと言って逃げた邦彦と章なのに、一番大変な部分をちゃんと手伝ってやっている。

邦彦は肝心な時にいなくなってしまった長太郎に文句を言ってましたけど、口だけじゃなく手はちゃんと動いていましたし、それにお前、塾は大丈夫なんかって思いましたが、ちゃんとそれもやっているんだろうなあって。もし塾をほったらかしにしたら、佐藤部長が怒鳴り込んでくると思いますが、それもありませんでしたからね。

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『男!あばれはっちゃく』37話より
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『男!あばれはっちゃく』37話より

弘子ちゃんと瓜二つ

焼き芋屋の屋台を弘子ちゃん達に任せて長太郎は何をしていたかといいえば、イクエちゃんに東京に来るようにと電話をかけていました。長太郎はそれをカンバラさんに報告して、カンバラさんのとこに来ていた弘子ちゃんが駅にイクエちゃんを迎えに行った長太郎に顔も分からないのに大丈夫かしらと心配しますが、カンバラさんはイクエちゃんが弘子ちゃんにそっくりだからすぐに分かると笑顔。

長太郎はイクエちゃんと一緒にカンバラさんの部屋に向かっていて、イクエちゃんと弘子ちゃんが対面すると、弘子ちゃんがイクエちゃんを見て「私だ」と一言。本当に2人はそっくりで、違いはホクロだけ。これは、弘子ちゃん役の戸川絵夢さんの一人二役で髪型以外にも違いを出すために、イクエちゃんを演じる時にホクロのメイクをしたのだと思います。

また、前回のゲストである太陽先生役の増田順司さんも検索をして見つけた画像では、太陽先生の特徴であるホクロがなかったので、多分、太陽先生を捜すのに特徴の一つにホクロを加えて、増田順司さんにホクロのメイクをしたんじゃないかなって思います。自然に特徴や区別をするのに、ホクロというのは、とても都合の良い体の特徴なんだろうなって思いました。

さて、話を戻して、岩手からやってきたイクエちゃんはかなりのしっかり者。ポンポンと的確にカンバラさんの欠点を上げていくんですが、世話の焼けるお母さんの面倒とちゃんと見てくれる女の子なんだなってことが伝わってきます。

弘子ちゃんが指摘した焼き芋を売る時に声を上げるのが恥ずかしいという部分もちゃんとイクエちゃんは分かっていて、弘子ちゃんに言われるよりも、前にイクエちゃんに指摘されてきたんだろうなって思ってしまいます。弘子ちゃんは顔だけでなく、そんな部分でもカンバラさんにイクエちゃんを思い出させてくれていたんだろうなって思うんです。

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『男!あばれはっちゃく』37話より

じょっぱりの癖に気が弱いんだから、これでも俺、忙しいんだよ」

 

イクエちゃんの登場場面は少ないんですけれども、そんな僅かな時間でも、イクエちゃんの存在感、カンバラさんにとっての弘子ちゃんとイクエちゃんの重要度や関係性がしっかりと分かるっていうのはすごいなって思います。どうして、その人がそこに拘りを持つのか、どうしてそれを選ぶのかっていう理由っていうのがあって、それをちゃんと推測できるだけの情報と余裕があるのは、見ていてとても楽しいですね。

ひょうんなことから

長太郎のいらぬ親切心から、関わり合うことのない人との関係が生まれて起きた今回の騒動。もしも、長太郎達と関わらなかったら、声をあげて売ることが恥ずかしいと言っていたカンバラさんは焼き芋を売れたのだろうかとか、ぎっくり腰になった後にどうなっていたのかと思ってしまいました。

長太郎は弘子ちゃんにカンバラさんの手伝いをさせるわけにはいかないと、弘子ちゃんが帰った後で駆けつけて、弘子ちゃんと入れ替わる形でカンバラさんのお手伝いをして屋台を引いて焼き芋を売っていったわけですが、これも長太郎だからこそ出来たところはあるわけで、長太郎と関わらなかったら焼き芋も売れなかったろうなって思ってしまいます。

この場合は良い方向へ関係が転がりましたけれども、全てが良い関係や人間との巡りあわせとも言えないので、現実的にはいろんなことに首を突っ込むのも考えものではあるんですが、人と人の出会いや関係性って、本当にひょうんなことから始まるんだなって思います。

現在の視点から文句は出ると思うが

それと、見ていて思ったのは屋台の仕事の分担が男女で力仕事やきつい仕事は男子、軽い仕事を女子が担当していたことや、長太郎がカンバラさんと弘子ちゃんのとこに駆けつける前に弘子ちゃんだけに手伝いをさせるカンバラさんに腹を立てながらも「やっぱり女じゃ無理だな」と言っているのが気になりました。

恐らく、女の子は男が守るべきもの、自分が原因で巻き込んだのだから弘子ちゃんを助けないといけない長太郎の責任感、男の子のほうが女の子よりも体力があるから力仕事という男女の区別からの長太郎の言葉や屋台での男女の仕事分担であり、放送された1980年当時の男女に対する価値観の違いなんだろうと思います。

けれども、現在の視点で見られると、長太郎の言葉や男女の仕事分担、また、弘子ちゃんのプレゼントの中にパンツが入っていて、それが長太郎が手にしてしっかり見られた場面とかは、現在の視聴者の一部からは批判が出てしまうだろうなって思いました。当時の視聴者の中にも不愉快に思う視聴者もいたかもしれません。けれども、そういう意見が出てきたとしても、それ以上にドラマの中で描かれる人間関係の良さにも目を向けてもらえたらいいなって、一人のファンとして思います。

『男!あばれはっちゃく』36話「ご対面プレゼント」感想

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『男!あばれはっちゃく』36話より

1980年11月29日放送・脚本・三宅直子さん・松生秀二監督

大まかな粗筋

今回はもうすぐ誕生日の母ちゃんの為に母ちゃんが会いたがっていた母ちゃんの小学校時代の音楽の先生、太い陽じ先生こと太陽先生を捜し出す話。

※太陽先生のフルネームと愛称の「太陽」については、母ちゃんが長太郎に説明しているのですが、全ての名前の表記がドラマでは分からないので、フルネームの「太い陽じ(ふとい ようじ)」はこのような表記にしました。でも、愛称の「太陽」はこの表記で間違いないと思います。以後、母ちゃんの恩師である先生の名前は「太陽」と表記していきます。

章の設定

長太郎は太陽先生を見かけたという母ちゃんの小学生時代からの友人のシゲコさんに似顔絵を描いてもらい、それを手掛かりに捜していくのですが、この時に協力してくれたのが章。

この話では章の両親が登場してきて、章の父ちゃんの話から章にこれまで友人がいなかったことが分かるんですね。といっても、前回の章の初登場の回で既に章自身の言葉から、それは分かるんですけれども、それが裏付けされたというか、だからこそ、前回の章がどれだけ自分の為に頑張ってくれた長太郎の行為が嬉しかったのかが分かって、ああ、そうなんだなあってしんみりしちゃいます。

章の初登場回の脚本は田口成光さんで、今回の脚本は三宅直子さんと違うので、こうした章の長太郎に出会うまでは友人がいなかったという章の境遇は、既に章の人物像として作品内で設定されていたんだろうなって思いました。

長太郎は章と一緒に夜遅くまで捜したことで、章の母親から怒りを買ってしまうわけですが、章はそれでも長太郎と一緒に行動することを選んでいて、そういうのを見るだけでも、私は胸が痛くなってしまうのですね。

怒られる前に長太郎のことを両親に話す時の章を見ていても、ああ、章は長太郎と友人になれたのがとても嬉しかったんだなって分かって、と、同時にどれだけ章がそれまで孤独だったんだろうかって思ってしまって、涙が出てくるんです。長太郎と友達になれて本当に良かったねって……。

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『男!あばれはっちゃく』36話より

心の支え

ちょっと話が脱線しますが、私は宝塚歌劇団の『ベルサイユのばら』で歌われる歌が好きなんですね。その歌の中でマリー・アントワネット役のトップ娘の人が歌う『恋の花散れど』という歌があるんですけれども、その歌詞の中に「たった一つの言葉だけが支えとなるでしょう」という歌詞があるんです。

これは、マリー・アントワネットが恋しいフェルゼンを思って歌う歌なのですが、それぞれに立場的にも運命的にも結ばれることはなく、フランス革命の中、苦しい立場に追い込まれていくマリー・アントワネットの心の支えがフェルゼンの言葉だという解釈で私はこの歌を聴いています。

マリー・アントワネットに関わらず、人には誰かしらの言葉や行為が、それがどんなにささやかなものであっても、心の支えになって辛い時を乗り越えることが出来るんじゃないかなって思うんですね。

そこで『男!あばれはっちゃく』36話で母ちゃんが小学生時代の時に太陽先生が言ってくれた言葉について語ったのを、DVDで見返した時に先に紹介した『恋の花散れど』の歌詞を思い出したんです。

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『男!あばれはっちゃく』36話より

「その先生がね、『一生の仕事には自分の好きなことを生かすのがいい』って、教えてくれたんだよね。だから、母ちゃん、その言葉通り、やってきたんだ」

この言葉が支えになってきたと母ちゃんは後でシゲコさんと長太郎の前で言っていて、小学生時代の太陽先生の言葉がどれだけ母ちゃんの人生の支えになっていたのかって思うと、人の言葉は人を生かすことが出来るんだなって思ったんです。なんだか、人の心を支える言葉は心の中に大切にされる温かい心の拠り所なんだなって思います。

辛い時や苦しい時、くじけそうな時に支えてくれる言葉。自分の為にしてくれた人の行為というのは、人が倒れそうな時に本当に支えてくれる。それがたった一つでも、それがあるだけで、生きていけるってことは、本当にあって、母ちゃんが愛おしそうに太陽先生の話をする姿や長太郎に対する章の態度を見ていると、人の言葉や行為はどれだけ人を生かしてくれるんだろうかと思わずにはいられなかったです。

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『男!あばれはっちゃく』36話より

言葉も行為(態度)も人を生かすことが出来るのと同時に、人を傷つけ行き過ぎると殺すこともしてしまうから、相手に向ける言葉や態度は慎重に選ばないといけないのかもしれないって思うんです。感情的になって売り言葉に買い言葉で酷いことを言ってしまってきた私が言えた義理ではないんですけどね。

人の行動が人を動かす

太陽先生はクラリネット奏者の夢を捨て、家業を継いで失敗したことで、音楽を忘れて落ちぶれた自分をかつての教え子に見せたくない気持ちが強く、母ちゃんと対面して欲しい長太郎の頼みを断るのですが、長太郎はそんな程度では引き下がりません。

太陽先生の家までついてきて、太陽先生が運び出したクラリネットを見て、まだ音楽を捨てていないクラリネットを大事にしているんだと分かって説得するのですが、太陽先生はそれを否定するもんだから、長太郎はクラリネットを壊して、楽譜を破こうとすると、太陽先生がそれを必死で阻止するんです。

長太郎は太陽先生の本心が分かって、今度は優しく明るい表情で母ちゃんのことを話すんですね。母ちゃんが太陽先生の言葉のお陰で理容師として働いているってことを。その時に、それまで長太郎を無視して楽譜を集めていた太陽先生の動きが止まって、表情が変わるんです。

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『男!あばれはっちゃく』36話より

その時に、母ちゃんの生き方が太陽先生のすさんだ心を少しだけ戻してくれたんだって思ったんですよね。太陽先生が言った言葉が母ちゃんの生き方を決めて、今も生かされて頑張っているんだって分かって、太陽先生はどんなに嬉しかっただろうなって。

太陽先生の言葉に母ちゃんは支えられて生きてきて、その母ちゃんの生き方が自分なんて、もう駄目な人間なんだって思い込んでいた太陽先生の心を立て直してくれたように感じて、人は人の言葉で生かされ、人の行為で生き直すことが出来るんだって感じて、どうにも、涙が出てしまうんです。

情けは人の為ならず巡り巡って我が身の恩

仏教の言葉で「情けは人の為ならず」という言葉がありますが、人への情けは自分に返ってくるから人に親切を施すという教えが私は好きです。「巡り巡って我が身の恩」という続きの言葉は以前、マイミクさんから教えてもらった言葉で、これがついていたら、「情けは人の為ならず」の間違った解釈が広がらなかったんじゃないかなって思いました。

今回の話はこの「情けは人の為ならず」という言葉も思い出した話でした。自分にとっては当たり前で些細なことだったとしても、人の心の支えになり、人を生かすことになっていく。こうした人の優しさに触れて、それに報いようと生きる姿に、私はとても弱くて、ああ、いい話だなあ。こういう人間関係、社会で生きていきたいなって思うんです。

おまけ・母ちゃんの誕生日

あ、そうそう、これは母ちゃんの誕生日の為の話なんですけど、話の中での長太郎の言葉で母ちゃんの誕生日が今度の日曜日っていっていて、放送日や1980年のカレンダーとかで調べてみると、母ちゃんの誕生日は11月30日なんだなってことが推測出来ました。あくまで推測なんですけれどね。

パソコンの調子

ゆっくり

パソコンの調子、動作が物凄く遅くて、ブログを更新するにしても、文字入力やスクロールがもっさりしていたかと思うと、急に動きだす始末で、まともに文章が入力できず、更新ボタンを押しても、ちょっと前のスクロールが動き出して、意図しないところをクリックした結果になってしまったりして、まともに文章を書くことが出来ない状態になったりしています。

現在は改善して、パソコンから文章を書くことが出来ていますが、また、いつなんどき、不調になるかわかりません。おととし買い替えたばかりのパソコンですが、あまりに安い買い物をすると後が大変です。

他のブログやネットニュースを見るにしても、表示がなかなかでないは、スクロールもなかなか進まないと思ったら、一気に下まで行ってまともに読むことも難しい状態になったりします。

コメント返信に関しても、「いいね」はつけることは出来ても、文章での返信はすぐに出来ない状態になっています。更新も返信もパソコンの調子のよい時になっていくと思います。スマホなどを駆使して、なんとか補っていこうと思いますが、しばらくは更新はのんびりやっていこうかなって思っています。