柿の葉日記

主にテレビドラマ「あばれはっちゃく」について語る個人ブログです。国際放映、テレビ朝日とは一切関係がありません。

『男!あばれはっちゃく』19話「出て来いカブト虫」感想

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『男!あばれはっちゃく』19話より

1980年7月26日放送・脚本・安藤豊弘さん、監督・松生秀二さん

 

カブト虫が好きな男の子

今回はみゆきちゃんのお父さんの友達の子ども、ジュン君が登場します。

最初は愛想の悪いジュン君は、長太郎がカブト虫に詳しいことが分かると長太郎に対して好意を向けていきます。

長太郎も愛想の悪いジュン君に対して、最初は嫌な感情を抱いているようでしたが、みゆきちゃんの知り合いの子であることや、話のきっかけとしてジュン君が熱心に読んでいる絵本に注目して、カブト虫好きということから、自分の持っているカブト虫の知識を引き出して歩み寄っていきます。

最初は互いに警戒したり、興味がなかったり、愛想が悪くても、拒絶するのではなく相手に歩み寄っていく長太郎の柔らかな明るさと優しさが感じられて、とても心が和みます。

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『男!あばれはっちゃく』19話より
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『男!あばれはっちゃく』19話より

お寺でキャンプ

長太郎は、夏休みに山中湖にキャンプに行く予定だった、兄の信一郎がそれを止めて、図書館で勉強をすることになり、信一郎の為に父ちゃんが借りたキャンプ道具一式が余ったのを見て、これを使って合気道で通っているいつものお寺でキャンプをやることを決めます。

長太郎はいつものメンバーに声をかけますが、邦彦と和美ちゃんは乗り気ではなく、みゆきちゃんと洋一は賛成派、邦彦と和美ちゃんは親からの許可をもらってからと返事を渋ります。みゆきちゃんの方は大丈夫かと思いきゃ、みゆきちゃんにはあのママがいて、弘子ちゃんのママともども、長太郎とお寺でキャンプなんて騒動が起こるに違いないと、娘達が参加することに対して、大反対。

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『男!あばれはっちゃく』19話より

それをカヨちゃんがたまたま見て、怒り心頭。桜間家に戻ってきて、その不満を母ちゃんにぶちまけます。長太郎もそれを聞きながらも平気な様子。この時に長太郎が林檎をかじっていくのですが、この場面を見ていたら、『俺はあばれはっちゃく』18話の台所で長太郎、てるほ、母ちゃんがいる場面を思い出しました。なんか、こうカヨちゃんって、長太郎の母方の従姉なんですが、初代のてるほと被る部分があるんですよね。

2代目ではてるほの役割をカヨちゃんと信一郎に分けたなって、私はずっと思っているんですが、皆さんはどうですか?

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左『男!あばれはっちゃく』19話より、右『俺はあばれはっちゃく』18話より

反対していたみゆきちゃんのママと弘子ちゃんのママも、その後で、和美ちゃんが寺山先生もキャンプに参加するという情報を持ってくると、態度を豹変。もう、このあたりのみゆきちゃんのママと弘子ちゃんのママの態度の変わりようが、見ていて面白い。

寺山先生の参加のお陰で長太郎は洋一だけでなく、いつものメンバーとジュン君でキャンプをすることになるのですが、このお陰でキャンプが滅茶滅茶になってしまうのですね。なにせ、寺山先生目当てでみゆきちゃんのママ、弘子ちゃんのママ、和美ちゃんのママ達が乱入してくるのですから。

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『男!あばれはっちゃく』19話より

もう、キャンプの意味が分かっていないというか、飯盒炊飯も立てたテントも関係なし。それは、テントの数が少ないからお寺の本堂で寝るメンバーがいたとしても、キャンプというよりは食料も持って来て、ただのお泊り会にしてしまうママ達のパワー。寺山先生の人気ぶりが分かる一方で、長太郎が可哀想。

また、長太郎がキャンプの前に寺山先生の夕食のおかずが出来合いのコロッケだと指摘する場面がその前にあるものだから、この豪華な食事の場面は独身で夏休みに入った寺山先生にとっては、有難かったのかなって思ったりして、こう大人になって見直すと、みゆきちゃんのママ達の勢いの凄さもあったかもしれないけれども、寺山先生の食卓の事情も理解出来て、長太郎の悔しさだけでなく、寺山先生の気まずさもなんとなく分かって、より面白く、身に沁みてきます。

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『男!あばれはっちゃく』19話より

なんとか逃げて長太郎に謝って去っていく寺山先生。みゆきちゃんのママ達にキャンプを台無しにされた長太郎は、唯一、長太郎のところに来て、飯盒炊飯で作ったご飯を食べ、長太郎達が作った味噌汁を飲んでくれたジュン君と一緒にオバケになって、みゆきちゃんのママ達を驚かします。

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『男!あばれはっちゃく』19話より
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『男!あばれはっちゃく』19話より

事件が起きて

朝になって長太郎とジュン君以外が掃除をしているのに、長太郎がいない。洋一がテントで寝ていると思って、テントを覗くと長太郎がいない。どこに行ったのか、無責任と和美ちゃん達がいう中で、洋一が長太郎はカブト虫を探しにいったのだと思いつき、キャンプの初日にジュン君にカブト虫がいる場所を教えていたところへ行って、長太郎達を見つけます。

そこで木に登ってカブト虫を探していたジュンが足を滑らせて落ちて怪我をする場面に遭遇、それを見て和美ちゃんと邦彦はキャンプを止めると帰って行ってしまいます。

みゆきちゃんのママもジュン君が怪我をしたということで、桜間家に怒鳴り込んできます。

面白いなって思うのは、長太郎とジュン君に驚かされたことでは怒鳴り込んでなくて、みゆきちゃんのママが怒鳴り込んだのは、ジュン君が怪我をしたからなんですよね。確かに、預かっていた子どもが怪我をしたら、信頼して預けたジュン君の父親に対して合わす顔がなくなるし、怒鳴り込みたくもなるんだろうなって。自分が驚かされたことは、ジュン君もいたからなんでしょうけれども、桜間家に怒鳴り込んでくるものではないと弁えているんだろうなって感じました。

 

闇雲に長太郎を悪者にしているようでいて、長太郎が原因で起きた腹が立ったこと全てに対して桜間家に文句を言っているのではない、ちゃんと区別をつけているのを見て、みゆきちゃんのママは意外にも、感情的に怒る人ではないんだなって感じました。この辺の怒りの区別というか、怒る対象の区別が出来ている人って大人でも案外と少ないんだなって大人になってから分かったので、みゆきちゃんのママって、実は私が現実で子ども頃から大人になるまでに出会ってきた大人の人よりも大人なんだなって思いました。

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『男!あばれはっちゃく』19話より

それでも、みゆきちゃんのパパがみゆきちゃんのママも宥めていて、この夫婦のバランスの絶妙さを感じます。こういう強気で勝ち気、怪我をしたのは、長太郎だけのせいではない。というより、今回は長太郎は悪くないのだけども、こう責任を感じて誰かのせいにしてしまう心理と言うか、最初はキャンプに参加するのに反対していたのにって気持ちもあって、また、人から頼まれて預かったという責任感もあり、はたまた、話の憎まれ役をはたす為にヒステリックに怒鳴り込んでくるみゆきちゃんのママ。

そんな役回りだなって感じるのですが、こう愛嬌があって憎めないところが演じる藤江リカさんのお人柄なんだなって思ったりするのです。

長太郎お兄ちゃんのために!

長太郎を悪く言われて一番、怒ったのがジュン君。

長太郎の名誉を挽回する為に、ジュン君は怪我をした足を引きずって、長太郎が言った場所にカブト虫がいることを証明する為に、カブト虫を捕りに出かけます。

長太郎に為に、しっかりみゆきちゃんのママに反論し、かつ怪我をしながらもカブト虫を捕りに行ったジュン君はカブト虫が好きだからの理由だけでなく、自分と向き合ってカブト虫のことを教えてくれて、一緒にカブト虫を探してくれた長太郎のことが好きだからこそ、長太郎の汚名を晴らしたい一心でカブト虫を探しに行ったのだと思うと、胸が熱くなりました。

誰の手も借りずに一人で行く姿、自分に好意を向けてくれた相手に対して恩を返したいという心意気。

こうした優しい気持ちの交流。人の好意を好意で返す姿は、『あばれはっちゃく』シリーズの話の中で多く書かれてきて、やっぱり、いい物だなって常に思います。

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『男!あばれはっちゃく』19話より
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『男!あばれはっちゃく』19話より

等身大の同じ子どもが主役だったからこそ

ジュン君が見つかって、カブト虫も捕れて一件落着の後で、みんなで食事。それを陰で見ているみゆきちゃんのママ。

その所在なさげな感じがとても可愛い。そして、ママを気遣うみゆきちゃんの優しさが心憎いです。こういう可愛い面があるから、みゆきちゃんのママは憎めないのですね。

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『男!あばれはっちゃく』19話より
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『男!あばれはっちゃく』19話より

ジュン君がいなくなったと慌てて助けを求める場面も、変なプライドがなく、預かった責任感を強く持っている人なんだなってことが分かります。

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『男!あばれはっちゃく』19話より

長太郎が幸せだなって思うのは、寺山先生だけでなく、自分の悔しい気持ちを受け止めてくれる大人がいることですね。合気道の先生で、寺の住職の存在、みゆきちゃんのパパ、従妹のカヨちゃんの存在。もちろん、母ちゃんもいるし、長太郎が悪い事をすると怒る父ちゃんだって、長太郎の味方だし、長太郎に呆れることが多い信一郎も基本的には長太郎を信じている。『男!あばれはっちゃく』の3話を見ると、信一郎の長太郎への思いがよく分かります。

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『男!あばれはっちゃく』19話より

大人や子ども達の中で敵もいるけども、理解者、味方もちゃんといる。世の中、敵だけでもなく、味方だけでもないことをちゃんと書いている児童向けドラマの存在はとても多きかったと思います。それも、私が生きる現実と殆ど変わらない世界で見せてくれたことに私はとても感謝しています。

特殊な力がなくても、自分と同じ等身大子ども達が互いに信頼を得ていく姿、信頼を失ってしまう出来事を通して、再び信頼を得ていく姿に自分を重ね、励まされてきたことがどれだけ心の支えになっていたか、40年以上経っても私が『あばれはっちゃく』シリーズが好きな理由の一つがここにあります。

小ネタ

最後に小ネタですが、長太郎が悔しい気持ちを和尚さんにぶつけていた時に、洋一がその様子を見ているのですが、この時の洋一の動きが面白いのです。なんだか、投げ飛ばされる長太郎を見て痛がっているという。

人が痛い思いをしているのを見て、自分はなんでもないのに、痛く感じるってことが私にはあるので、洋一の動きも面白いと感じながらも、その動き分かるわって思って見てました。

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『男!あばれはっちゃく』19話より

次回予告

これまでしなかったのですが、次回はコイキングさんから頂いたコメントに関連して『俺はあばれはっちゃく』17話のカラスウリに関して少しと、後、わらさんのコメントを読んで『痛快あばれはっちゃく』42話を見たので、その感想というか、ツッコミを書きたいなって思っています。あくまで予定です。

『男!あばれはっちゃく』18話「大当たり!占い」感想

 

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『男!あばれはっちゃく』18話より

1980年7月19日放送・脚本・田口成光さん、監督・川島啓志さん

お久しぶり

今回は占い師役として、初代『俺はあばれはっちゃく』の正彦の父親・吉井部長役を演じた頭師孝雄さんが登場しました。

前回、17話の「ボタン戦争」の記事でも書きましたが、またまたスピンオフ起用の役者さんの登場です。

父ちゃんが占い師に占ってもらう場面は、初代の関係性を知っていると、よりおかしみを感じますね。

頭師さんが演じる占い師は、大阪弁を使っているのですが、頭師さんは大阪の出身。今回はそれがいかんなく発揮されているなって思いました。

吉井部長の時は、全く関西弁を(私は)感じなかっただけに、やっぱり役者さんの発音やイントネーションというのは、ちゃんとしているんだなって思いました。

声優やアナウンサーの人達も地方出身の人が多いですが、訛りや他の都道府県の人が聞いて不自然に感じるイントネーションやアクセントが出ている人はいないし、それでいて俳優(声優も含む)の人達は、役によって使う方言を使って演じていたりする。

中には生まれ故郷、幼い頃に長く育った土地や、両親、祖父母の故郷の言葉を習得している人がその土地の人を演じることもありますが、今回の場合は大阪出身の頭師さんの大阪弁を生かして、前作の『俺はあばれはっちゃく』の吉井部長とは、また違った個性で『あばれはっちゃく』シリーズに再登場させたのだなって思いました。

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『男!あばれはっちゃく』18話より

Nゲージ模型店

父ちゃんが占い師に占ってもらったのは、明日の仕事がうまくいくかどうか。

長太郎も成績が上がったら、Nゲージを買ってもらうということで、明日もらう通知表の結果を占ってもらうために、父ちゃんと一緒に占い師に占ってもらいます。

すると、成績があがること間違いなしと太鼓判を押されて、長太郎は喜び勇んで、模型店に駆け込んでいきます。

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『男!あばれはっちゃく』18話より

長太郎が入っていったお店。模型専門店のようです。看板の名前を見ると『JOY』と書かれています。実在するお店ならば、この看板を見ただけでどこのお店か分かるんだと思いますが、私は分かりませんでした。

長太郎は、これより前に学校帰りにこの店に洋一と邦彦と一緒に来ていて、Nゲージブルートレインを見ているんですね、これは初代『俺はあばれはっちゃく』44話でも長太郎が正彦と公一と同じように鉄道模型を見ているので、それを思い出しました。

私の記憶だと、3代目『熱血あばれはっちゃく』からは、Nゲージを見ている(欲しがる)場面って、そうそうないと思うのですが、初代『俺はあばれはっちゃく』(1979年2月~1980年3月)と2代目『男!あばれはっちゃく』(1980年3月~1982年3月)の時代は、Nゲージが小学生男児の中での流行りだったのでしょうか。

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『男!あばれはっちゃく』18話より

なんとなく、時代を感じますね。

人捜し

長太郎は成績が上がると信じて、いっぱい予約しちゃうんですが、翌日にもらった通知表の成績はさんざん。

占い師のとこに行って占いが外れた事に文句を言って、商売道具の手相を見る虫眼鏡を取って行っちゃう。

おまけに、軽トラックが動かなくて難儀しているおばさんの軽トラックを動かす手伝いをした時に、通知表の袋を川に落として水浸し。占い師のとこから取っていった虫眼鏡で通知表を乾かしてみたら、燃えてしまうという、泣きっ面に蜂状態。

父ちゃんの方はというと、占いが当たって、仕事がうまくいったと大喜びで帰宅。

信一郎が泣いているので、聞いてみると、オール5だと思っていた通知表に一つだけ「4」評価があるとのこと。父ちゃんはそれでも、満足だと言って、カヨちゃんも大丈夫だったでしょと信一郎に声をかける。さて、長太郎の方はと父ちゃんが聞くと、長太郎は燃えカスの通知表を指さし。

訳の分からない父ちゃんに母ちゃんが説明。事の顛末を知った父ちゃんは、長太郎に大怒り。虫眼鏡を返して、謝罪とお礼を言うために長太郎と一緒に占い師の下に。

母ちゃんも一緒に行って、その途中で寺山先生にもう一度、通知表を出してもらうお願いに行きます。

父ちゃんと長太郎は占い師とお店で食事をしていて、寺山先生のとこに行ってきた母ちゃんがそこに合流。

占い師が母ちゃんに見とれている時は少しドキッとしましたが、それは占い師が母ちゃんにいなくなった奥さんを見ていたから。

そこで、占い師が失踪した奥さんを捜していることを知り、長太郎はお詫びの為にその奥さんを捜すように父ちゃんに言われます。長太郎はNゲージを買ってもらう約束を取り付けて、占い師の奥さんを捜すことを引き受けます。

この時に、占い師は奥さんの写真を出して見るのですが、この時に長太郎に写真を見せていれば、話は解決したのになって思ってしまったんです。

だって、写真に写っているのは、長太郎が助けた軽トラックの運転手の女性だったのですから。

最終的には

けれども、それでは話が終わってしまうし、よく当たる占い師とは言っても、まさか長太郎が既に探している奥さんに会っているなんて知る由もないですから、仕方がないですよね。

長太郎が提案した占い師のおじさんは既にテレビの人捜しの番組に4回も出たけども、効果なし。得意の占いで、この町に奥さんがいると探しているけれども、見つからない。

自分の手相を見せて、占いの結果を長太郎達にいいながら、この町の松の木の下にいると手掛かりを伝えます。

長太郎はその松の木と奥さんの首にある黒子を手掛かりに探し出します。

ふと、占い師は自分の事は占えないと聞いた事があるんですが、これは奥さんの事をうらなっているからいいのか、でも、占い師は自分の手相で占っているしなって思ったのですが、そんな細かいことは気にしない。(気にしているけど)

で、長太郎はいろいろと積極的に人捜しをするんですが、度が過ぎてお巡りさんに怒られてしまうという。

それでも、なんとか占い師の奥さんを見つけるのですね。

長太郎は最初は本当の松の木を目当てに探していたんですが、ある「松の木」と書いた看板に目が行って(なんか、とってつけたような松の木)、これも「松の木」だよなってその下を見ると、あの時助けた軽トラックの女性が軽トラックで八百屋の移動販売をしている。

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『男!あばれはっちゃく』18話より

その時に落とした野菜を拾った時に見た女性の首に黒子があったので、この女性が捜していた人だと長太郎はその女性に質問を投げて、女性が答えると、ビンゴ。

長太郎は長太郎は占い師を呼んできて、ひと悶着あるものの、見事に人捜しを解決させます。

この女性も関西弁を話していて、この夫婦は大阪の人なんだなって思うのですが、この2人の子どものヤスシ君は関西弁を話さないんですよね。

占い師の奥さんの名前はレイコさん。演じた西川ひかるさんは大阪の人なんですが、ヤスシ君を演じた圓山淳也さんは関西出身ではなかったのかなって思います。

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『男!あばれはっちゃく』18話より

人捜しを成功させて、長太郎はNゲージを買ってもらって、ヤスシ君にそれを見せていたところ、寺山先生が新しい通知表を持って来てくれるんです。

長太郎は既に見た通知表の中身に関心がないんですが、母ちゃんが執拗に通知表を見ろって言うんですね、すると通知表の「責任をもって最後までやり遂げる」の項目が「5」になっていて、成績が上がっている。

結果的に、占い師の占いは大当たりで、母ちゃんはヤスシ君のお父さんが占いをやめたことを残念がります。

結果的に長太郎が占いの結果に怒って、虫眼鏡を取り上げ、ヤスシ君のお母さんを助けた事で、通知表を落として虫眼鏡を燃やし、その結果、人捜しをしたことで成績が上がったという流れになっていて、全ては長太郎の成績が上がる為の出会いと出来事だったのではないかなって思ってしまう不思議な話でした。

そうした縁を良いものにしていく、長太郎の実行力と人柄が当たるも八卦、当たらぬも八卦の占いを良いものにしたともとることが出来て面白い話だったなって思います。

ちょいとした小ネタ

長太郎が占い師の奥さんを捜している時に、いろいろな女性が出てくるのですが、植木を見ている女性達を捜している場面と、移動販売の八百屋で奥さんを見つけた場面を見てみると、服装は違うのですが、同じ女性が登場しているのに気づきました。

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『俺はあばれはっちゃく』18話より

話の流れとしては、植木を見ている方が先なんですが、収録はどっちが先だったのか。ドラマの中では同じ日なので、この女性が同一人物だとして、いったん家に帰って着物に着替えて、再び買い物に出たのかって思うと面白いですね。

後、ヤスシ君が地面にドラえもんの落書きをしているのも、ああ、初代『俺はあばれはっちゃく』の黒板にもこんなドラえもんの落書きがあったな、この頃はドラえもんの絵描き歌で覚えた描き方でドラえもんを描いていたなって懐かしく思い出しました。

くるくるてれびのカセットにも『ドラえもん』の絵描き歌があって、何度も繰り返し見て覚えた思い出。とても懐かしく感じました。

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『俺はあばれはっちゃく』18話より

 

2代目あばれはっちゃく・長太郎の5年生の同級生(ドラマを見て分かる設定102)

 

2代目長太郎の同級生

過去にも教室の黒板や通知表を渡す場面などから、話に絡んでこない、レギュラーではない初代長太郎の同級生達を記事で取り上げたのですが、今回は同じく2代目長太郎の話に絡んでこない同級生達を取り上げたいと思います。

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今回は、『男!あばれはっちゃく』18話を見てのものです。

後々、1話から17話を見直したり、6年生時の『男!あばれはっちゃく』3代目『熱血あばれはっちゃく』、4代目『痛快あばれはっちゃく』、5代目『逆転あばれはっちゃく』のレギュラーではない、話に絡んでこない同級生達を取り上げて行く予定ですが、ここでは、2代目『男!あばれはっちゃく』18話で分かった同級生の名前を紹介していきます。

18話で判明する、登場する2代目長太郎の同級生

まず、黒板に書かれた日直から、中嶋と松岡の2名の名前が分かります。

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『男!あばれはっちゃく』18話より

これは1学期の通知表を渡す場面。

この後、寺山先生が一人一人名前を読み上げて、通知表を渡していきます。

まず、最初に呼ばれた名前が「アイダ テツヤ」

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『男!あばれはっちゃく』18話より

「アイダ テツヤ」と呼ばれて、画面向かって右の赤と白の縞の服を着た男の子が立ち上がって通知表を取りに行くので、その子がアイダ テツヤだと分かります。

この次に呼ばれるのが邦彦、続いて洋一の名前が呼ばれます。

洋一の次に呼ばれる名前が「サエキ カズオ」、その次が長太郎です。

サエキ カズオと呼ばれた生徒が寺山先生の元へ行く姿が確認出来るのですが、顔は分かりません、キャプチャーで取ることが出来なかったので、DVDがある人は確認してみてください。

続いて、長太郎の次に呼ばれたのが、「サヤマ ユミコ」。下の画像の机に手をついて、歩き出しているピンクと白のボーダーの服を着た女の子です。

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『男!あばれはっちゃく』18話より

この後、長太郎が通知表を見ている場面に画面が集中され、その後の通知表のやり取りの声は背後で小さく聞こえるだけになり、児童の姿は見えなくなります。

その後は寺山先生の声のみで、長太郎の同級生達の名前を聞き取れます。

私が聞き取れたのは、「シムラ トモミ」「スドウ タケシ」「セガワ ジロウ」。

音だけしか同級生の名前は分からなかったので、名前表記が不明の為、聞き取った児童の名前は全員、カタカナ表記にしました。

男女混合・あいうえお順

この通知表を渡す場面で、アイダ テツヤから呼ばれ、男女が混ざっているということは、名簿が男女混合のあいうえお順になっていると推測できるのですが、それならば、アイダ テツヤの次に呼ばれるのは、和美ちゃん(秋山和美)になり、その次がみゆきちゃん(大島みゆき)になるはずが、アイダ テツヤの次に呼ばれたのは邦彦(佐藤邦彦)、邦彦の次は弘子ちゃん(立花弘子)なのに、呼ばれたのは洋一(古川洋一)になっているのです。

洋一の後は、サエキ カズオ、長太郎(桜間長太郎)、サヤマ ユミコ、シムラ トモミ、スドウ タケシ、セガワ ジロウと問題なく男女混合であいうえお順に続いていきます。

みゆきちゃん、和美ちゃん、弘子ちゃんの姿も教室の中で確認が出来ているので、これは一見、あいうえお順の名簿に見えて、誕生日順の名簿になっているんじゃないかなって思う訳です。

そうすると、邦彦の誕生日は8話で5月だと分かっているので、邦彦が2番目に呼ばれても何の疑問もありません。

各地方や世代、同じ地方でも学校によって名簿があいうえお順だったり、誕生日順だったり、男女混合だったり、男女別になっていたりしますが、18話から分かる情報では、長太郎が通うちとせ第一小学校の名簿は、男女混合の誕生日順になっていると推測できるのです。

ちなみに私が小学生の時は、男女別の誕生日順の名簿でした。

皆さんはどうでしたか。

私は、今回見返して見て、1980年に男女混合の名簿になっていることが時代を先取りしているなって思いました。

私の時代では、小学校は男女は分かれているのが当たり前で普通。男女混合になるのは中学校からという認識でしたから。

おれは男だ(『男!あばれはっちゃく』挿入歌)

 

『男!あばれはっちゃく』93話予告

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上記の記事のコメントに、こうさんから『おれは男だ』は93話の予告でも聴けるとのコメントを頂いたので、確認して見ました。

こうさん、コメントありがとうございました。

 

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『男!あばれはっちゃく』92話より93話予告

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『男!あばれはっちゃく』92話より93話予告

引用した画像よりも前、ドン平が長太郎に向かって駆けていくところから、長太郎の声で『おれは男だ』が歌われていました。

次回予告のタイトルが出たところで、歌はプツリと切れ、ほんの僅かな無音の後にタイトルコール。

一瞬の音の途切れが、より悲しさを演出していました。

『俺はあばれはっちゃく』の次回予告についての過去記事

あばれはっちゃく』は、10年前に記事にも書きましたが、次回予告にもドラマ性を作っています。

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10年前は、まだ初代『俺はあばれはっちゃく』しかDVDが出てなかったので、初代しか振り返ることが出来なかったのですが、各代でも次回予告はそれぞれに予告にも趣向が凝らされていました。

また、取り上げていませんが、初代の最終回の次回予告も物悲しい演出になっていて、心にグサリと刺さるような、落ち着かない寂しさを感じました。

初代の最終回予告と、2代目93話の予告は、これまで当たり前にあった日常の形が壊れる前触れを感じさせるもので、心が不安定に揺さぶられる気持ちが起きて、落ち着かない気持ちになります。

初代最終回はヒトミちゃんが転校していなくなってしまう、2代目93話はドン平と別れるかもしれない。

これまでヒトミちゃんやドン平はいて当たり前の存在であり、長太郎にとって大切な存在であると同時に視聴者にとっても、お馴染みの『あばれはっちゃく』の世界の人や犬であり、それが長太郎から離れていくというのは、とても不安になる要素になります。

そうした不安も掻き立てる演出が心に残り、次回が気になってしまいますね。

カバーしてくれないかなあ

今回、確認で改めて『おれは男だ』を聴いてみて思ったのですが、この歌を5代目長太郎役酒井一圭さん率いる純烈にカバーして欲しいなって思いました。

今の時代、簡単に変えることの出来ない生まれ持った属性の性別で、こうあるべきだという型に当てはめる歌は、非難されてしまうかもしれません。

長い歴史の中で築かれた性別による、こうであるべきだという姿、これまで世間一般が共有してきた「男らしさ」や「女らしさ」は1つの分かりやすい目標の形。

個人らしさ、自分らしさは人それぞれに違い、目標になる形が既にあるものではない。

目標の形があると、ゴールが見えているから、目指し易くなるんじゃないかなって。

その形を目指しながら、自分の中で違和感を感じたりして、その目標と自分の違和感の差から「自分らしさ」が見えてくるんじゃないかなって思ったりもして、「自分らしさ」を見つけるためにも、ステレオタイプのそれぞれに属する性別の「らしさ」を知っておくっていうのも、いいんじゃないかなって思ったりもします。

ただし、ステレオタイプが絶対に正しいと信じて人に押し付けるのは反対です。

本人がそのタイプの中で納得できるものは、押し付けなくても理解され、目指すあるべき姿になると思いますから。

私は性別に関係なく、人間としていいなって共感出来る生き方に関しては、それが「男らしさ」の中にあっても、「女らしさ」にあっても、自分が属する性別とは違う中にあっても自分の人生に取り入れてもいいんじゃないかなって思うんですよね。

私は女ですが、女でも『おれは男だ』に共感できる部分がありますもの。

誤解されないように付け足しますが、私は男の人に、こうあって欲しいという願望ではなくて、自分も人としてそうでありたい、という部分で共感するのですね。

それに男や女でもない、どちらの性別にも自認のある人や、どちらの性別にも自認がない人などもいたりするので、性別に拘らずに「人間らしさ」で捉えてもいいんじゃないかなって。

『おれは男だ』の歌詞に共感出来ない人達(性別問わず)もいるかもしれませんが、共感出来る人達もいる。

人の生き方の一つとして、純烈の包み込む温かく優しい声とムードで歌ってくれたらいいのになって、私は思うんですよね。

私のささやかなちょっとした望みです。

3代目あばれはっちゃく荒木直也さん出演のCM

あばれはっちゃく以前

さとうさんからの情報で国際羊毛のCMが吉田友紀さん出演CMだと確定しました。

下記リンクで情報の確認が出来ます。

さとうさん、情報提供ありがとうございました。

検索結果 ウールマーク「ふれあい」 - 放送ライブラリ公式ページ

 そこで、ついでにさとうさんから教えて頂いた放送ライブラリーで、吉田友紀さん以外の4人の長太郎役の方達のCM出演に関する情報もないか調べてみました。

特に荒木直也さんに関しては、東京電力のCM情報がないかなって思って検索をかけてみました。

すると、放送ライブラリーに荒木直也さんが出演した東京電力のCMに関する情報はなかったのですが、代わりにそれ以外の荒木直也さんの出演していたCMが分かりました。

それは、1978年に放送されていたコダカラーフィルム「ジャンボパトローネ」CM。

荒木直也さんは1970年10月13日生まれなので、CM放送当時は7歳~8歳の頃。

『熱血あばれはっちゃく』(1982年)の4年前。

荒木直也さんは、『熱血あばれはっちゃく』以前のドラマ出演経歴を見つけることが出来ず、『あばれはっちゃく』の出演がほぼデビュー作なのかなって思っていたのですが、それ以前にCM出演をされていたので、少なくとも小学校低学年に芸能界デビューされていたことが分かりました。

下記リンクで確認出来ます。

検索結果 コダカラーフィルム「ジャンボパトローネ」 - 放送ライブラリ公式ページ

他の3人、栗又厚さん、坂詰貴之さん、酒井一圭さんに関しては、放送ライブラリー公式ではラジオ・テレビCMに関する情報はありませんでした。

母ちゃんと岩崎先生

ついでに、浅川薫さんと鈴木輝江さんが出演していると思われるCMに関する情報も調べてみたのですが、この2人に関してもCM情報がありませんでした。

どうも、放送ライブラリー公式ではCMに関しては、なにかしらの賞を受賞されているCMに関する情報しかないようです。

他に父ちゃん役の東野英心さん、てるほ役の島田歌穂さんに関するテレビ・ラジオCM情報もないかなって検索しましたが、ありませんでした。

ただ、母ちゃん役の久里千春さんのCM情報はあって、それには初代『俺はあばれはっちゃく』13話に岩崎先生役でゲスト出演した上原ゆかりさんの名前もありました。

他には、声優としてお馴染みだった熊倉一雄さんの名前も。

 上原ゆかりさんは、YouTubeで明治マーブルチョコのCMで検索すると出演したCMを見つけることが出来ます。

1967年のCMです。

検索結果 明治ココア「ココアよろしく」 - 放送ライブラリ公式ページ

久里さんはラジオCMに関する情報もありました。こちらは1965年。

こちらには『ルパン三世』(1977年)の峰不二子(2代目)、『キューティーハニー』(1973年)の如月ハニー、『一休さん』(1975年~1982年)の伊予の局でお馴染みの声優・増山江威子さんの名前もありました。

検索結果 トランジスタラジオ「世界中で大好評」 - 放送ライブラリ公式ページ

今思うと

小学5年生の時に我が家でビデオデッキで録画が出来るようになって、好きなドラマやアニメが録画できるって当時は嬉しくって、当時はCMカットをして録画していたんですが、今思うと、当時流れていたCMは貴重なもので、カットしなければ良かったなって思います。

今も録画したVHSビデオは何本か手元にあり、ビデオデッキも一応持っているのですが、再生して見る事はありません。

ビデオデッキを繋ぐ、ずくがないのです。

CMをもっと大事に扱っていれば良かったなって思います。

放送ライブラリー公式では、他の『あばれはっちゃく』の出演者の人達の名前で検索してみるのも、新しい発見になると思うので、また、時間がある時に検索してみたいと思います。

映画『学校』(1993年)

オグリキャップ」と書ける喜び

俳優の田中邦衛さんが老衰のため、88歳でお亡くなりになりました。

私の両親の世代ならば、加山雄三さん主演の映画『若大将シリーズ』(1961年~1981年)の青大将としてお馴染みですが、子である私の代になるとやはり、小学生の時から見ていた『北の国から』(1981年~2002年)の印象の強い俳優さんでした。

北の国から』も好きなドラマではあるのですが、私が田中邦衛さんの作品で思い出すのが、山田洋次監督の映画『学校』(1993年)で演じた生徒役です。

『学校』は夜間中学が舞台の映画で、様々な事情で全日制の高校に進学できなかった老若男女の生徒と先生達の関係を描いた映画でした。

当時、映画の中の生徒と同じように、進学した全日制を退学し、通信制高校に通っていた私は映画の中の生徒と自分自身を照らし合わせて、映画館でこの作品を見ました。

田中邦衛さんが演じたイノさんは、読み書きが出来ませんでしたが、学校で文字を覚えて大好きな競馬の馬の名前が書けるようになります。

黒板に大きく、不揃いでバランスの悪い字で『オグリキャップ』と満足気に嬉しそうに書くのです。

文字を書ける喜びにあふれていて、微笑ましく、見ているだけでこちらも嬉しくなる場面でした。

そのイノさんが亡くなってしまい、その後でその死を知らせれた生徒達が悲しみにくれている時に、イノさんが嬉しそうに文字を書いていたのを思い出しながら、死んでしまった悲しみを吐き出す同級生のみどりの姿がイノさんが亡くなった悲しみを増幅させました。

みどりを演じたのは、裕木奈江さん。

私は裕木奈江さんのラジオ番組ANNを聴いていて好きな女優さんの1人で、この映画で更に好きになりました。その裕木奈江さんが田中邦衛さんの死に対してお悔やみのツイートをされたのを見て、イノさんが亡くなった時の『学校』の教室の雰囲気を思い出しました。

家庭の事情で学べなかった分、大人になってから学び、字を覚えてとても嬉しくてはしゃいでいたイノさん。

通信制の高校とはいえ、土日には学校に来て授業を受けていた私は、そんなイノさんと同じく大人になってから高校に通って熱心に勉強していた同級生達を見ていたので、学べる喜びや覚える楽しみを表現する田中邦衛さんの演技が深く印象に残りました。

『学校』は不登校になったえり子(演・中江有里さん)が母親と一緒に職員室で担任になる黒井先生と話すところから始まったと記憶しているのですが、それも私自身の姿と重なっていて、『学校』という映画は自分の現実にとても近い映画として心に刻み込まれています。

好きな映画は数多くありますが、私にとって現実的で身近で、登場人物達の気持ちに強く共感出来る映画は、この映画以外にはなく、私自身にとって一番思い出深い映画です。

『学校』はその後、シリーズ化されましたが、私にとってはこの第一作になる作品が一番忘れ難く、そこで生き生きとイノさんを演じた田中邦衛さんを忘れることは出来ません。

様々な映画やドラマで活躍された田中邦衛さん。

とても悲しく、残念です。

ご冥福を心よりお祈りします。 

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卑下と同居する傲慢

 

私以外誰も読まないブログだった

一般人の素人の私のブログなんて誰も読まない。私の好きな事、日常の出来事で感じた事をただ書いているだけの、それだけのブログ。

そんな素人の文章に目を留めて、時間を割いて読む人なんて一人もいない。それが基本。それが当たり前。

なんの反応もなかった頃は、なにかしら反応が欲しい時もあったけど、書いてない事を書いてあると偽って紹介されたり、文章が下手で伝え方が悪いせいか、意図した事と違う受け取り方をされたりすることもあって、反応があればあったで自分の思う通りの反応がないとがっかりしたり。

私が好き勝手に受け取ったものに対して、あーだこーだと書いているんだから、私のブログを読んだ人が私が書いた意図とは違うものを受け取って、あーだこーだとコメントを書いてもそれは自由。

でも、それらのコメントに対して私がどんな気持ちになるかも自由。

誰も読まないと思っていたのに、気晴らしに書いていただけなのに、こうして公開してブログを書いていると、ど素人な私でもブログの文章と言う作品を評価される立場に立ってしまうんだなって、私が感想や考察をしている作品をプロとして出している人と同じ立場に立つんだなって思い知る。

素人はそれでお金を稼がないけど、趣味の範囲で書いてもプロと同じクオリティーを要求されることもある。

誰にも褒められず、認められないことが多いけど、たまに褒められたり、認めてくれる人が現れる。

16年もブログを書いていると、素人で見る価値のないと思い込んでいた私のブログを認めて読んでくれる人達が現れる。

やがて、こちらも私生活が忙しくなったりして更新か滞ると訪問しなくなる。

読んでくれる人達も私生活が忙しくなったり、興味が他に移って、私のブログに訪問する時間も無くなり、やがて忘れていくんだろう。

そうやって見送っていった人達もたくさんいる。

私のブログに温かいコメントをくれた人達は、もう訪問しなくなっても私にとっては数少ない私を認めてくれた大切な人達。

不思議な事

どうして、私のブログを読んでくれるのだろう。

どうして、私のブログにコメントを残してくれるのだろう。

どうして、私のブログにスターを贈ってくれるのだろう。

それだけのものを私は書いているのだろうか。

ただの好きな作品の感想と妄想と考察。

たまに私生活の愚痴。

それだけのただそれだけのブログ。

それでも、自分なりにいろいろ調べたり、思い出したりして書いて、ミスもあるけど、それなりに頑張っているので、卑屈な気持ちがありながらも、いい加減に書いていないという自負がある。

その自負が傲慢でとても嫌だ。

私のブログは一定の人達に認められている。それを馬鹿にされると腹が立つ。

自信がないくせに、そんなプライドだけは一丁前だ。

嫌な奴だな。

なんで、こんな奴のブログがいいのだろう。

でも、それって読んでくださる人に対して失礼な感情だ。

大切な人達だと思っているのに、相反する感情。

私のブログを卑下することは、私のブログを大事に思ってくれる人達を卑下することになってしまう。

自分を大切にするっていうのは、私を好きだと思ってくれる人達を大切にすることに繋がるんだなって分かった。

私は私のブログを否定する人達の言葉ばかりを気にして、私のブログを好きになってくれた人達を見ていない事に気づく。

大事なのは否定する人達ではなく、大事にしてくれる人達なんだ。

16年はてなブログを書いてきて分かったこと。

すぐに届かなくてもやがて誰かのとこにこのブログに書いた思いが届く。

反応がないと悲しいけれど、いつか届くと信じて書ける間は書いていこう。

真夜中にそんなことを思った。