柿の葉日記

主にドラマ『あばれはっちゃく』について語る個人ブログです。国際放映、テレビ朝日とは一切関係がありません。

恵子ちゃん

恵子ちゃん役の岡田ゆりさんについて

あばれはっちゃく』の出演者の方々について、現在も調べている途中ですが、初代『俺はあばれはっちゃく』にレギュラー出演された方々については、ほぼ、経歴を調べることが出来ました。

しかし、その中で唯一、殆ど経歴が分からなかった人がいます。

それが恵子ちゃんを演じた岡田ゆりさんです。

岡田さんに関しては、『俺はあばれはっちゃく』以外の出演作が分からず、また、誕生日や血液型などのプロフィールも分かりません。

『俺はあばれはっちゃく』を見た方なら分かると思いますが、岡田さんの演技力は『俺はあばれはっちゃく』初回から高いです。

既に子役としてキャリアがあった状態で『俺はあばれはっちゃく』に出演されていたと考えられるのですが、私の調べた限りだと『俺はあばれはっちゃく』以前の出演作が見つかりません。

他のレギュラー子役の人達には『俺はあばれはっちゃく』以前の出演作(レギュラー、準レギュラー、ゲストを含めて)があり、それらの作品を見つけることが出来たのですが、岡田さんだけないのです。

また、『俺はあばれはっちゃく』以後の作品の出演作も見つかっていません。

『俺はあばれはっちゃく』は私の幼稚園入園前後の作品であり、岡田さんが『俺はあばれはっちゃく』以外の作品に出ていても、恵子ちゃんを演じた人と同じ人だと認識していない可能性はあると思いますが、私の思い出の中でも岡田さんは恵子ちゃん以外に思い当たるとこがありません。

それで、大人になってからネット検索やらを駆使して岡田さんについて調べているのですが、『俺はあばれはっちゃく』で恵子ちゃんを演じたことしか出てこないのです。

『俺はあばれはっちゃく』にレギュラーで出演していたのですから、当然、素人ではなく、また『俺はあばれはっちゃく』の初回から安定した演技力を持っていたのですから、とても『俺はあばれはっちゃく』がデビュー作とも考えられず、では、それ以前の出演作は?と探して見ても見つからないのは謎です。

初代『俺はあばれはっちゃく』は主役の長太郎役の吉田友紀さんが1966年生まれ、ヒロインのヒトミちゃん役の早瀬優香子さんが1967年生まれ、長太郎の親友役の公一の妹尾潤さんが1966年生まれ、長太郎のライバル役の正彦役の草間光行さんが1966年生まれ、ヒトミちゃんと恵子ちゃんの友人の明子役の小宮山京子さんが1966年生まれですので、岡田さんも1966年生まれか1967年生まれだと推測していますが、恵子ちゃんは体が大きく背も高かったので、もしかしたら同級生役の人達より2、3歳実年齢は年上だったりするのかなって思ったりもするのですが、岡田さんについて詳しいことが分からない状態では、全くの憶測であり妄想に過ぎません。

岡田さんについて、何か少しでも情報が分かるといいなと思っています。

上原正三さん

今朝、早く、脚本家の上原正三さんの訃報を知りました。

子どもの頃に見た児童ドラマ、特撮、大人になってからCSや深夜の再放送で見た私が生まれる前の特撮などで大好きな作品を生み出してくれた作家の1人でした。

『がんばれ!レッドビッキーズ』で『透明ドリちゃん』で『がんばれ!!ロボコン』で『電子戦隊デンジマン』で『太陽戦隊サンバルカン』で『宇宙刑事ギャバン』で『宇宙刑事シャリバン』で『宇宙刑事シャイダー』で『鉄人タイガーセブン』で『ウルトラセブン』で『シルバー仮面』で『ウルトラQ』で『怪奇大作戦』で『帰ってきたウルトラマン』で他にも多くの作品から厳しさの中で生きる強さを教えてもらっていた気がします。

とても悲しく、とても残念でなりません。

ご冥福をお祈りします。

長く深く作品を人を愛する人達

深い深い愛情

あばれはっちゃく』について調べていく時、『あばれはっちゃく』と同時代やそれよりも前の時代の作品や俳優や脚本家、監督を好きな人達のブログやサイトに行きつきます。

あばれはっちゃく』を生み出してくれた人達が、『あばれはっちゃく』を生み出す前にどのような作品に関わってきたのか、どの作品がデビュー作なのか、『あばれはっちゃく』の後にはどんな作品に携わってきたのか、と興味を持ち、また、作品内で出てきた流行語や行事について、その起源を知りたくなるのは、当然の感情であり好奇心だと思いますが、そういうのを調べていくと、それに詳しく、流行や時代に流されることなく、現在進行形で好きな気持ちを継続して、ブログやサイトを運営されている方々を知る事になり、その方達の持続力、より深く作品や俳優、脚本家や監督の事を知ろうとして、そういう人達と接触をとっていく行動力に私は「好き」から生まれる力の大きさを知って圧倒されます。

例えば、『あばれはっちゃく』の原作者の山中恒先生や監督の山際永三監督の事を調べていくと『コメットさん(九重版)』を深く愛していて、とても作品や放送当時の事、出演者や制作者の人達に詳しい人のブログに行きつき、その流れで『悪魔くん』や『ジャイアントロボ』で主演だった金子光伸さんを5歳の頃からずっと今でも大好きな人のサイトに行きつき、『小さなスーパーマンガンバロン』の主演で『透明ドリちゃん』にも出演した安藤一人が小学生の頃からずっと今でも大好きな人のサイトに行きつき、その流れで、長坂秀佳さんを尊敬する人のサイトに行きつき、そこから山田太一さんをこよなく尊敬する人のサイトに行きつき、石立鉄男さんを今も深く愛している人のブログへ行き、坂詰貴之さんを大好きな方のサイトに行きつきました。

皆さま、大好きを原動力に他のどこにも負けない詳しい知識と深い観察力と考察力、洞察力を持ち合わせ、好きな作品や人物への変わらない愛情を注いでいて、その姿勢と探求心の深さやその方々が蓄えた知識から学ぶ事が多く、私も、また、大好きな『あばれはっちゃく』に関して、子どもの頃に見ていた記憶だけではなく、それだけでは忘れている事も含めて、まだまだ、勉強していかないといけないなって我が身を振り返っています。

他にも、多くの方々の好きな物に対する献身的で、深く長く続く愛情にこのエネルギーの源は「好き」という感情からくるものだろうけども、それを持続させるだけの力を持つ作品や人というのは、すごい力があるんだなって思うのです。

明けましておめでとうございます。

40年

明けましておめでとうございます。

ついに2020年になりましたね。昨年はいろいろな事がありました。

今年はどうなるか、不安も渦巻く中、新年が明けました。

昨年は『俺はあばれはっちゃく』放送開始から40年でしたが、今年は『俺はあばれはっちゃく』の放送が1980年3月8日に最終回を迎えてから40年であると同時に、新シリーズ2代目『男!あばれはっちゃく』の放送が始まってから40年という区切りの年でもあります。

このブログの過去記事をお読みくださっている方々には周知の通り、『あばれはっちゃく』は、そもそも2クール(26話)で終わる予定のドラマ化で当初はシリーズとして企画された作品ではありませんでした。

それが20%近くの視聴率を獲得し、当時の子ども達の心を掴み人気ドラマになったことで、シリーズ化された作品でした。

あばれはっちゃく』は山中恒先生の『あばれはっちゃく』を原作とし、初代『俺はあばれはっちゃく』は山中先生の原作を元にした人物設定、物語を基盤としながらも、ドラマ独自のオリジナル要素を持った作品でした。

2代目以降にはそのドラマのオリジナル要素が大きくなり、例えば桜間家の長子が姉から兄へ変更になり、(これは4代目『痛快あばれはっちゃく』まで続いた原作、初代『俺はあばれはっちゃく』からの設定変更)母ちゃんが専業主婦から自営業で家で店を開いているなどの設定の変更がありました。

桜間家に家族以外の親戚、例えば2代目の長太郎の従姉のカヨちゃんなど、母ちゃんの仕事を手伝う従業員が桜間家に同居している設定も2代目以降のドラマ版オリジナル設定です。

2代目以降で生まれた設定変更はシリーズで長く続いたものが多く、『あばれはっちゃく』を覚えている人達の多くは2代目以降の設定が強く印象づいていると思います。

しかしながら、初めて『あばれはっちゃく』をドラマ化した時点で、原作にはない設定は初代『俺はあばれはっちゃく』でも既に作られていて、これがシリーズの定番設定になったのもあります。

例えば、長太郎がアイディアを考える時の逆立ちは初代の1話から登場しますが、原作にはない設定です。

また、長太郎のライバルとしてドラマに登場してきた正彦の父親が長太郎の父親の上司であるという設定は原作にはないものです。

2代目以降は、長太郎、父ちゃん(長治)、母ちゃん(和子)以外は、長太郎の担任の先生も長太郎のきょうだいの名前も、ヒロインの名前もクラスメイト達やその保護者達の名前も設定もドラマオリジナルになっています。

初代にもドラマオリジナルの人物、明子と小百合が登場していますが、基本的には山中先生の原作に登場する人物の名前を使っています。

ただ、同じ名前を持つ登場人物でも、原作の公一や正彦、恵子ちゃん、佐々木先生はドラマの公一や正彦、恵子ちゃん、佐々木先生と人物像は若干違うので、ドラマに馴染んで原作を読むとその違いに戸惑うかもしれません。

ちなみに私は少し戸惑いました。

2代目以降の登場人物のドラマオリジナルの名前の中で、初代の正彦にあたる人物名に必ず「彦」がつくところは面白く、初代で原作とは微妙に違うキャラクター付けをした正彦の系譜がドラマでシリーズ化して定着していった設定の1つだと思います。

2代目が邦彦と克彦、3代目が輝彦、4代目が信彦、5代目が秀彦。

2代目の2年目から登場した克彦を演じた織田さんの名前が「真早彦」、5代目の秀彦を演じた阪田さんの名前が「智彦」である偶然も面白いなって思いました。

初代から原作の引き写しでドラマ化にはしていないのですが、ドラマ独自の設定や原作の話を基盤にしながらも、話の核の部分はしっかり原作を受け継いでドラマにしているので、その大事な根本のところが共感を呼び『あばれはっちゃく』が長く愛された作品になったのだと思います。

私はこのドラマの常に子ども達の視点でドラマを作り、大人達の押し付けではない、私達の子ども時代の為の作品として存在していてくれたことがとても嬉しかったです。

子どもの立場や視点を忘れずに作られていながら、大人になって見ると、父ちゃんや母ちゃん、先生の気持ちが少しでも分かる形で作品を子ども時代とは別視点で見る事が出来て、子ども時代とは違う感情を持つことが出来る事に驚き、話はあの頃から全く変わらないのに、違う立場になっても大人になっても作品を楽しめる事に、子どもの為の作品とは決して子ども騙しではないのだと知りました。

『俺はあばれはっちゃく』終了から40年、『男!あばれはっちゃく』が始まってから40年。

その40年の間に社会の価値観や社会を取り巻く環境は変わりましたが、人の心の理不尽な事に関する怒りや悲しさ、人に対する優しさや親切、嬉しさや寂しさなどはそうそう変わることがなく、立場によって苦渋な選択をしなければならないままならさ、大切な人と喧嘩してしまった時の居たたまれなさなどは、そうそう変わらずあるのだろうと思います。

だからこそ、今も『あばれはっちゃく』を楽しめるんだと私はそう思っています。

赤ひげ2第8話(最終回)『養成所の危機』感想

『赤ひげ2』最終回を見ました。

小石川養生所を取り潰したい役人岡野から費用削減を言われ、それを飲まなければ赤ひげがやめると迫られ、ただでさえ費用が少ない中、これ以上の費用削減は小石川養生所が運営出来ないことを示し、使用人や医師達は慌てます。

一方で、おいねという女性が亡くなり、その祖母のおつたはおいねの墓に手を合わせていた男をおいねの恋人だと勘違いして、咳をしている男を小石川養成所に連れていきます。

その男は金銭の関係で揉めた男の仲間に追われていた男であり、その追手から逃れるために、おつたの勘違いを利用します。

小石川養成所の存続の危機と、ひょんなことから小石川養成所の世話になることになった半七はおいねの恋人、繁二郎として小石川養成所に身を寄せますが、およねが繁二郎ではないと見抜いて、半七の生い立ちを聞きます。

また、半七は保本と外ですれ違っていました。

最終的に半七を裏切り、半七から恨みを買っていた栄治とその仲間二人が小石川養成所に乗り込んできて、そこに岡野が来ていた事で、二つの事柄が繋がり、小石川養成所は危機を脱するのですが、それぞれに無関係に見えていた事でも、そういう経緯を意図していなくても、起きた出来事を自分達の境遇に有利にするために、その場で判断して動くという対応の巧さを感じました。

半七が栄治の手下から逃げた時に、偶然、おいねの墓に手を合わせ、おつたに繁二郎と間違えられたのを使って手下から逃げたのも、半七を殺しに来て失敗に終わり、養成所に来ていた岡野を人質にとった栄治に対して、赤ひげが取った行動も、その場の機転の1つに見えました。

また、この話ではおよねが過去の自分と重なる半七に人を殺したい程憎んでいた憎しみが消えると語る場面が印象的でした。

およねが前回までに気持ちが浄化して落ち着き、憎しみから解放されていたからこそ、半七に話す言葉に説得力があったと感じました。

信じていた人に裏切られ、希望を打ち砕かれ、病に倒れて絶望していた半七を見ていて、その気持ちが分かる一方で、生きている限り、希望というのは無くならないのではと感じました。

それは「綺麗ごと」の1つではあるのですが、冒頭で若くして亡くなったおいねの姿を見ていると、死んでしまったおいねにはこれから先の未来がないのに対して、半七はまだ生きている。

お金は栄治に取られてしまったけど、生きている限りもう一度稼ぐことが出来る。

死んでしまえばおしまいだと感じたのです。

岡野も賄賂で私腹を肥やし、小石川養成所を潰してとしても、栄治に殺されたら意味がないからこそ、命を優先して小石川養成所を潰さないから「助けてくれ」と赤ひげに懇願したのだろうと、バラバラな出来事が良く見ると、共通点を持っていて、それが1つに繋がった時に、小石川養成所にとっても半七にとっても、良い方向へ話がまとまっていったのだろうと思います。

今回で『赤ひげ2』は最終回を迎えましたが、小石川養成所は存続していくので、いずれ、また、『赤ひげ3』が始まるのかもしれないとそんなふうに思いました。

今年は、もう、今日で終わりですね。

『赤ひげ2』の中でも、餅つきをしていて、新たな年を迎えたようです。

皆様もお体に気をつけて良い年をお迎えください。

ここに来たきっかけは何ですか?

みなさん、ここに来たきっかけはなんですか?

このブログに来るきっかけは何でしょうか。

柿の葉は単なる一般人。好きな事、日常のことを書いていて、特に大きく余所で宣伝している訳でもなく、有名人でもありません。

多分、私の好きな事を書いていて、その好きなことで検索された方がこのブログに目を留めてくれたのだろうと思います。

単に情報収集の場として訪れてくれる人が多いのは、『あばれはっちゃく』の出演者を紹介している記事へのアクセスが多く、そこだけを見て去っていく人が多いので、そういうもんだろうなって思っています。

ただ、私の主に『俺はあばれはっちゃく』の感想にも目を通してコメントを下さる方々がいてくれるので、私の当たり前に思った感想を楽しみにしてくださる人もいるんだろうとも自惚れています。

この有名人でもない一般人のどこにも宣伝していない(私のTwitterFacebookという小さなコミュニティでの更新したよ報告程度)ブログに来てくださる人達がどういう経緯で、ここを知ってくれたのかなってちょっと不思議に感じたので、ふと書いてみました。

幸せは他人との比較で実感するのか

赤ひげ第7話『育ての親』感想

浪人沖田が風邪をひいた息子赤ん坊の鶴之助を小石川養生所につれてきたことから話が始まります。

沖田の妻は鶴之助を産んで間もなく亡くなり、1人で乳飲み子を育ててましたが、病気になるまでほっといては生活が出来ないと、沖田が仕える先を探して出世するまでは小石川養生所に預かっていて欲しいと手紙が届き、小石川養生所で預かる事になり、およねが鶴之助の世話をしていきます。

保本は、沖田の境遇を不憫に思いますが、その保本の心境を津川に指摘されます。

津川からの指摘で保本は自身の恵まれた環境に対して後ろめたさを心の中で感じる場面があるのですが、その時に保本の心の中の言葉を聞いて私が思ったことは、「幸せ」とは人との比較で成り立つのだろうか?ということでした。

「幸せ」は自分よりも不幸な人を見て感じる事なのだろうか?そう感じたのです。自分よりも恵まれている人がいてその人を見ると自分は不幸せに見えるだろうけども、自分よりも不幸な人を見れば、その人よりも「マシ」と感じて幸せになるのか?という疑問。自分よりも上の環境の人を見なければ「幸せ」になれるのだろうかと思うと、そうでもないような気がするのです。

人によって、幸せの形が違う。人の好みが千差万別のように、人が感じる幸せの在り方も千差万別のように思います。人にはそれぞれに価値観があり、人の考えや感じ方はひとそれぞれです。

それなのに、自分の考えや感じた事、学んできた事、体験こそが一番正しくて、他人のそれを否定して、自分の価値を押し付けて人の心を押さえつける人が、逆な事をされると自由の侵害だと反発したり、逆に押し殺して自分を見失う人がいるんじゃないかって思うのです。

鶴之助の父親が仕事先が見つかって暮らしが安定するまで小石川養成所に預けた時に、最初はおよねも田山も鶴之助は捨てられたと判断し、田山が番所に鶴之助を連れていこうとした時におよねは鶴之助の父親が迎えにくるからとそれを引き留めます。

ついさっきと言っていることが矛盾するおよねは、この後に鶴之助を迎えに来た父親に対して矛盾する言動をします。およねは、鶴之助の気持ちを代弁して鶴之助を捨てた父親に文句を言うのですが、まだ言葉を話せない鶴之助の気持ちは本当の鶴之助の気持ちではありません。これは、ずっと鶴之助の面倒を下の世話まで見ていたおよねが鶴之助を見ていて感じたおよねの感情です。

およねは自身の境遇と一時期でも父親に捨てられた鶴之助を重ねてみて、幼い時に親を亡くし、大人達に利用されてきたおよねの辛い気持ちを鶴之助の父親に鶴之助の気持ちだと言うことで、自分の過去の悲しく辛い気持ちを吐き出したように思えました。

私はおよねが鶴之助の面倒を見ている時に、優しく声をかけたお雪さんにお礼を言う場面や鶴之助が小石を飲み込んで赤ひげに診てもらって小石を取り出してもらった後に、目を離した隙に小石を飲み込ませたことを落ち込んでいたおよねをよくある事だと嘘を言って子育て経験のあるお常さんがさりげなく励ました場面が今回の話の中では、とても好きな場面でした。

人からいいように利用されて相手からも、人からも信頼されなかったおよねが鶴之助の世話だけでなく、この第1話からこの話の間までに、小石川養成所の人達から信頼され愛されてきたことが分かる場面で、鶴之助の思いにのせて自分の過去の悲しさを吐き出したおよねの心が癒されて、必要とされる人間だと感じられたことは、およねが「幸せ」を感じたことにならないかと思ったのです。

およねが赤ひげに諭されて、鶴之助を父親に返すことを決めた時に、鶴之助を寝かしつけながら、自分の身の上を鶴之助に語る場面で、およねの過去の傷、小石川養成所の人達の自分に対する温かく優しい対応がおよねを救っていたことが分かります。

いつのまにか、人を信じるようになったんだよ。 

 およねが信じたように鶴之助の父親が迎えに来てそれは嬉しいことなのに、およねが反発したのは、鶴之助との別れが淋しかったから。

およねが鶴之助の世話を続けることが幸せなのは、およねの一時期の幸せ。でも、それはおよねの自己満足。それが分かったから、およねは鶴之助を父親の沖田に返せたのだと思いました。

鶴之助の感じる思う「幸せ」はまだ本当に誰も知らない。鶴之助自身もまだそれを伝える術はない。でも、およねが思う鶴之助の幸せも、父親の沖田が思う鶴之助の幸せも、それは「およねの」であって、「沖田の」思う幸せであることを忘れてしまうと、他人の為と言いながら、自分の都合だけを他人に押し付けてしまう怖さを感じたのです。

最後に保本が自分が幸せである事の後ろめたさが、医師をしている理由だと言い、赤ひげに赤ひげはどうして医師をしているのか尋ねる場面があります。

保本が自分より不幸な人達に対する後ろめたさを解消する為に、医師として人を救うとするのならば、恵まれた境遇にいる保本は、幸せなのだろうか?と感じ、恵まれた環境にいる者はそういう後ろめたさ、申し訳なさを感じて生きなければいけないのか?それは、まるで罰ゲームのようで、心ある人だからこそ、そう感じるのならば、不幸を全て他人のせいにして、人が自分より良い生活をすることを阻害する人間はそんな痛みも後ろめたさも感じないのではないか。優しい人ほど「不幸」を感じるのは理不尽ではないかと思いました。

だからこそ、赤ひげは保本の生き方を「難儀な生き方」と言ったのでしょう。

赤ひげが医師として働くのは欲の為と言い、それは理不尽で苦しく生きる人達が笑って楽しく生きる風景を見たいという欲からという。

赤ひげの幸せは小石川養成所に来る人達が楽しく生活できる風景を見る事、その為に病人を診て病気や怪我を直す事が幸せならば、赤ひげは幸せな人で、救えなかった人がいる時は悲しく不幸な気持ちが襲うのだろうと思い、およねの母親を救えなかったのは赤ひげの心を深く傷つけたのだろうと感じました。

他人の不幸が自分の不幸と重なる時、人は人に対して共感して涙を流したり、腹が立ったりするのかなって、そんなことを感じた第7話でした。