柿の葉日記

主にテレビドラマ「あばれはっちゃく」について語る個人ブログです。国際放映、テレビ朝日とは一切関係がありません。

『男!あばれはっちゃく』51話「踊れ!あばれ組」感想

『男!あばれはっちゃく』51話より

1981年3月21日放送・脚本・三宅直子さん・川島啓二監督

みんな主役希望

5年生最後の日が近づき、進級でクラス替えで別れる前に、5年3組はお別れ会をやることに、長太郎のグループでは、長太郎脚本の劇をやることに。長太郎はお別れ会の話が出る前に、拾った亀をヒントにして、『浦島太郎』をモチーフにしたオリジナル劇『マリーンランドの海祭り』。

長太郎は自分とみゆきちゃんを主役にした話を考えるものの、いつものメンバーにおおまかな登場人物と粗筋を伝えると、みんなが主役をやりたがり、長太郎を物で買収したり、弱みを握って脅してみたり、情に訴えてくるありさま。まさにみんなが劇の主役状態で、劇が成立出来ない状態になってしまいます。

弘子ちゃんはショートケーキで長太郎にお願いをして長太郎は断るものの、その時に落としたケーキをドン平が食べてしまうし、和美ちゃんは長太郎が0点のテストを紙飛行機にして捨てたことを内緒にする代わりに、邦彦は何故か木彫りの熊を渡して長太郎にお願いをして、章は長太郎の情に訴えてくるという……。邦彦がお願いする時の貢物が木彫りの熊というのが謎。

『男!あばれはっちゃく』51話より
『男!あばれはっちゃく』51話より

迷った長太郎はくじ引きで配役を決めようとしますが、全員がそれを拒否。劇はしないで、お別れ会に長太郎達のグループは不参加を決めます。長太郎はそれぞれにもらったものを返したりして、借りを返すことで取り引きをチャラにして終わらせます。

寺山先生の敗北

みゆきちゃんから劇の中止と不参加を聞き、長太郎の取り引きチャラの現場を見た寺山先生は長太郎を問い詰め、ふざけた口調で劇の代わりに自分が逆立ちをしてへそ踊りをしてかくし芸をするというと、寺山先生は長太郎を叱責。長太郎は劇をすると喧嘩になるなら、しない方が円満解決だという長太郎に、何もしないで何が円満解決だと長太郎をさらに叱ると、長太郎はどうして自分ばかり叱るのかと反発。

寺山先生もそれを聞いて、邦彦達にも問題があるとしながらも、長太郎に反省するとこはないかと問います。長太郎は「ないやい」とさらに反発。寺山先生はそんな長太郎に問いかけますが、長太郎はその問いを否定していきます。

『男!あばれはっちゃく』51話より

「別れるからこそ、お互いの友情を確かめ合い、また会う日まで、友情の灯を絶やさないことが大切なんじゃないか」

「別れても、惜しくない奴だっていらい」

「そんなふうにしか、考えられないのか」

長太郎をさらに叱ろうとする寺山先生でしたが、その言葉が止まり、今度は寺山先生自身に対しての呟きの言葉に変わります。

『男!あばれはっちゃく』51話より

「いや、これはお前を責めるより、先生自身が反省すべきことなのかもしれない」

寺山先生はそういうと、長太郎のもとを立ち去っていきます。寺山先生にとって、自分の言葉が長太郎に届かなかったことは、とてもショックな出来事で、この時の言葉だけでなく、この1年間の間で5年3組で培った「絆」が長太郎達の中で育ってなかったことが分かってしまったことも含まれていたのが、後で父ちゃんに会った時に口にした寺山先生の言葉から分かります。

それは、寺山先生にとっては、ある意味、教師としての敗北だったのだな、と思いました。

みゆきちゃんの為に

寺山先生から話を聞いた父ちゃんに怒られ、みゆきちゃんがみゆきちゃんのママに叱られているのを見て、さらにこんな状態でみんなとクラスが別れてバラバラになることを泣くみゆきちゃんを見て、長太郎はどうにか劇が出来るようにと気を入れ直して、奔走します。

邦彦、弘子ちゃん、和美ちゃん、章に希望の役をやらせることを約束して、長太郎達は劇をすることに。一方で、寺山先生が6年生の持ち上げで担任をすることをやめて、1年生の担任として、一からやり直すことを決めてしまいます。長太郎達がそれを知って、自分達もお別れ会に参加するからと言って、ギリギリで寺山先生が1年生担当になることを阻止。

長太郎の原動力には、みゆきちゃんが大きく影響するんだなと感じたのと、寺山先生の思い詰めた決意を感じました。長太郎が最初の自分の思惑から離脱して、悪役を買って出たり、それでも自分がやりたかったみゆきちゃんの相手役のおいしい役に嫉妬して、最後の最後で我慢できなくなったりするところは、長太郎のカッコいいとこも、辛抱が少し足りないところも含めて長太郎らしさが出ていたな、と思いました。

長太郎の原動力には、みゆきちゃんが大きく影響するんだなと思いました。みゆきちゃんは寺山先生がまた担任になることも望んでいたので、長太郎が劇をやることを決めて、それが出来るように頑張ったのは、みゆきちゃんの為になるのと同時に、自分の教育方針に自信をなくしていた寺山先生も救ったことになったのだなと思いました。

5年3組の最終回

今回の話は、1年間の5年3組というか、長太郎達レギュラー6人の絆を確認する話だっと思うのですが、みんなが自分が自分がでは、纏まることも出来ないんだなとか、みんなの為に、好きな人の為に自我を犠牲にする必要もあるんだなって感じた話でした。

ただ、長太郎は自分を犠牲にして、悪役や雑用係をしたわけですが、自分の感情までは犠牲にしていなくて、完全な自己犠牲ではなくて、最後は自分だけが損な役回りなことに反発して自分の欲求を開放しているところがいいなと私は思いました。

劇や物を作るのに、一番目立って、得をする人だけでは成立しなくて、いろいろな役割があって出来ている。誰かの為にしたことが、別の誰かを助け、最終的に自分も助けられていると感じられた話でした。

また、寺山先生が人と人の絆を大切にしていることは、別れの多い話の中では、とても重要なことだとも思います。消えてしまう絆や縁もありますが、互いに助け合い、必要とされて、大事にされる絆は途絶えさせたくはないなとも思います。

物理的な距離、心理的な距離、年月の距離などで、それはとても難しいのですけれども。後、1話を残して『男!あばれはっちゃく』の5年生編は終わってしまうことを考えると、この話は5年3組としての最終回の一つだったと思いますし、それがハチャメチャで、はっちゃくらしい楽しい終わり方だったのも良かったと思います。

『男!あばれはっちゃく』50話「はずれろ団地」感想

『男!あばれはっちゃく』50話より

1981年3月14日放送・脚本・市川靖さん・磯見忠彦監督

章の母ちゃん

今回の話は章の家が団地に当選するか否かの話でした。団地に当選すると章は引っ越す可能性があって、章はまた転校して、長太郎と別れることがいやで団地の当選を望んでいません。長太郎は今のちとせ第一小学校に通える団地に当選するものだと思い込んで、章の気持ちも知らずに、最初は団地に当選するといいなと言って章を怒らせてしまいます。

長太郎の中では、弘子ちゃんも団地住まいなので、弘子ちゃんのような団地に章が引っ越すようになれば、章の部屋も出来るし、いいなってぐらいの感覚だったので、章の怒りが分からなかったわけですが、寺山先生の言葉で自分の軽率な言葉が章を傷つけてしまったのだと知ります。

長太郎がいいなと思うのは、章を傷つけたことを素直に認めて、しっかりと章に謝り、且つその章がどうして怒ったのかという気持ちを考えた上で、章が長太郎は章との別れを何とも思っていないなんていうのは、章の誤解で、章の転校を望んでいないことを明確に行動でも示していることです。

長太郎は寺山先生の言葉から、章の気持ちを悟り、章が東京以外の埼玉や神奈川の団地に当選して引っ越すのを阻止するために、章の母ちゃんや父ちゃんがした神頼みと同じ神頼みを反対の方向へお願いして、章の為に願掛けの絵馬を自分で作ってしまったというのが、長太郎が示した章への誠意の行動。

お願いをするだけなら、証拠は残らないわけなんですが、絵馬という形でお願いを記した証拠を作ってしまったことで、長太郎は章の母ちゃんから怒りを買ってしまいます。今回の話の中で、私が引っかかったのは、この章の母ちゃんの怒りの部分です。

『男!あばれはっちゃく』50話より

この章の母ちゃんの怒りの部分だけでなく、この話は冒頭からお願いをしている章と章の母ちゃんのところへ長太郎が来た時点で、章の母ちゃんが長太郎を厄介者として扱っているところにも違和感を感じました。

それは、この話が48話「でこぼこ母ちゃんマル秘作戦」の後にある話だからです。48話で章の母ちゃんは長太郎に好意的で、長太郎の親切や優しさに触れて、また自分の寂しい思いを気遣ってくれたことをとても有難く受けとめてくれたと感じました。それなのに、この50話では冒頭から長太郎を邪険に扱っている、それが私にはとても悲しく、寂しく感じたのです。

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本放送では、2週間前の話で当時は殆どの家庭に録画機がなかった時代ですし、話を見返すこともなく、『あばれはっちゃく』は基本1話完結なので、当時はそんなに気にはならかったのかもしれませんが、DVDで続けて見られるようになると、人物の関係性がちょっと前にリセットされてしまうのは、やはり、見ていて少し違和感を感じます。これは、50話だけでなく、過去記事にも書きましたが、24話でも感じた違和感です。

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1話完結で一つ一つの独立した話は良くても、連続で見ていくと人間関係の関係性がリセットされてしまっていると感じてしまうのは、残念だなあって思います。今回は章の母ちゃんの長太郎への感情がリセットされ、同時に母ちゃんと章の母ちゃんの人間関係もリセットされてしまった印象を受けました。

その一方で長太郎と章、長太郎の父ちゃんと章の父ちゃんの人間関係はリセットされず、継続されていたので、一方の人物の人間関係はリセットされていて、もう一方はリセットされていないので、なんだか奇妙に感じてしまいましたね。

父ちゃんと章の父ちゃん

長太郎と章の願いも虚しく、章の家に埼玉の団地の当選のハガキが届きます。長太郎は章に転校させないために、自分の家に章を下宿させる話を父ちゃんにしますが、父ちゃんは章と一緒に桜間家に来た章の父ちゃんとの将棋勝負で喧嘩をしてしまって、章との付き合いをやめるように長太郎にいい、章たちを追い出してしまいます。ここでは、44話の「勝ったら負けだ」を思い出しました。

50話は章の家が団地に当選して、章が転校してしまうかどうかの話なのですが、一方で長太郎の父ちゃんと章の父ちゃんの本来は仲が良い2人が些細なことで、喧嘩をしてしまい、互いに相手が気になるものの、素直になれずに邪険にしてしまう気持ちを乗り越えて、相手の為に力を寄せる、素直に謝り、相手の行為に感謝をするという、父ちゃんと章の父ちゃんの気持ちの流れが話にあって、父ちゃんと章の父ちゃんの友情の話になっている点にも注目してしまいます。

個人的な好みの話になりますが、父ちゃんと章の父ちゃんの関係性の話としては、44話よりも、この50話の方が好きです。父ちゃんと章の父ちゃんの短気なところや、意地っ張りで素直になれないところ、相手に怒りながらも、心配をしたり、相手のことを気にしたり、頼りたいけど喧嘩した手前頼ることが出来ない気持ちの処理の仕方に困ったり、最終的には素直に相手を頼り、相手を助けるという行動に出るところの流れが自然だからです。

また、そこにさり気ない息子達(長太郎と章)のフォローの入り方も、スマートでいいなって思います。

『男!あばれはちゃく』50話より
『男!あばれはっちゃく』50話より

長太郎の思い・章の思い

長太郎と章のそれぞれを思う気持ちも、この話の中ではとても心に響いていて、章が初めて来たときに自転車を長太郎が調達してくれた思い出の回想は、章にとっていかに大事な出来事だったのかを噛みしめることが出来ました。

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私はこの回想された話がとても好きなんですが、やはり長太郎と章の仲を語るには外すことの出来ない話なんだなって再確認しました。章が引き出しの中にしまっていた自転車を作る時に使った器具、クラクションなどは章の宝物になっているんだなって思いましたし、同時に章の勉強机を見せることで、章の家が団地を希望している理由も感じられる場面でもあって、見ていて巧いなあって思いました。

『男!あばれはっちゃく』50話より
『男!あばれはっちゃく』50話より

長太郎は、父ちゃんに章の下宿を却下されたことで、今度は寺山先生に章の下宿をお願いします。長太郎は、洋一に続いて章も転校してしまうのが寂しいと寺山先生に言いますが、寺山先生は章はそんな弱い人間ではないと長太郎に言います。

『男!あばれはっちゃく』50話より

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ここで、長太郎が34話で大阪に転校してしまった洋一の名前を出したことで、ああ、長太郎は洋一のことを忘れていなかったんだなということが分かって、ちょっと嬉しくなりました。長太郎にとっては、洋一も章も大事な友達なんだなって。

また、長太郎が転校しないように下宿を考えるのは、初代長太郎が最終話でヒトミちゃんの転校を知って、ヒトミちゃんに自分の家への下宿を提案したのに似ているなと感じました。親しい友人、大好きな女の子との別れは寂しく、下宿という発想が出てくるのもそんな思いからなんだろうなと思います。

章の家の場合は無理かもしれませんが、ヒトミちゃんの場合だったら、単身赴任というのもあったかもと思うのですが、43年前はまだ単身赴任もそんなに一般的ではなかったかなって思います。

長太郎は章の家の引っ越しに複雑な思いを抱きますが、章の団地への引っ越しに対して、邦彦が前向きな発言をしていて、それがまっとうなだけに長太郎の章との別れへの気持ちがさらに複雑になった印象を受けました。そこへ、自分なりに気持ちの整理をつけて、引っ越す事実を受け入れた章の言葉が、長太郎に別れの決断をさせたところも含めて、寂しい別れを受け入れた2人の勇気ある決断に心が動かされました。

相手を思う気持ち

今回は、章の母ちゃんの長太郎のマイナス感情の気持ちが前半にあったところ以外は、とても好きな話で、特に長太郎と章、父ちゃんと章の父ちゃんの人間関係と互いを思う気持ちが伝わってきて、その関係性がとてもいいなあ、好きだなって感じられた話でした。

ともだち

長太郎と正彦

佐々木先生が長太郎に

「正彦は友達じゃないか」

っていう場面が『俺はあばれはっちゃく』にはあります。それを聞いて思ったのは、正彦って長太郎の友達なのかなということでした。長太郎と正彦の関係って、ヒトミちゃんを巡っての恋のライバル関係と言えなくもないんですけれども、それ以外は単に同級生という関係ではないかなって思ったり、けれども、休み時間に一緒にいたり、お店に行っていたり、遊んでいることもあって、そいういう面では友達ともいなくもないんですよね。

特に取り立てて仲が良いわけではないけど、家の方向が同じだから一緒に帰っていた同級生とかは私にもいましたが、学校につけばバラバラで話をすることも、遊ぶこともない関係で、そういう私や同級生と比較すれば、長太郎と正彦の関係は「友達」と見てもいいのかなって思います。けれども、なんか、どこか引っかかるというか、これは、長太郎と正彦の関係だけでなく、歴代通して正彦の立ち位置に存在していた、父ちゃんの上司の息子と長太郎の関係全般に感じることなんですね。

正彦に該当する人物

『俺はあばれはっちゃく』の正彦に該当するのは、『男!あばれはっちゃく』だったら、邦彦と克彦、『熱血あばれはっちゃく』だったら輝彦、『痛快あばれはっちゃく』だったら信彦、『逆転あばれはっちゃく』だったら秀彦。この中で秀彦って歴代の中では長太郎との関係性が薄いなって、個人的には思っているんです。

秀彦は最後まで登場してきましたけれども、なんというか、長太郎のライバルとしては、秀才タイプではなかったけれど、大下五郎の方の印象が強いですね。5代目は長太郎と五郎が一見すると、似たものタイプ。また、五郎は確か町内会会長の子どもだったこともあって、権力もそこそこありますし、こうして書いていくと、五郎は長太郎とこれまでの正彦タイプの人物を合わせた人物だったのかななんて、思ってみたり。

長太郎と正彦、邦彦、克彦、輝彦、信彦、秀彦達の関係って、同級生で父ちゃんの上司の息子達で、好きな女の子が被っていたり、好きな女の子がその男の子に関心があったりして、長太郎とは何かしらの関係性があって、時に長太郎が彼らを助けたり、また長太郎が彼らに助けられている関係で、友達として仲良しこよしという訳ではないんだけど、共通の友人(公一、洋一、章、実、清、ワタル)がいて、微妙なつかず離れずの関係が外から見たら、「ともだち」に見えるのかなって。

殴っても嫌味を言っても嫌がらせをしても

正彦が長太郎を殴るなんてことはなく、歴代の正彦に該当する人物たちも殴ることはなかったけれども、長太郎を嵌めたり、嫌味を言うことはあって、そうした意地悪をするような関係でも「ともだち」なのかなって思うことはあるんですね。

ドラえもん』でのび太ジャイアンスネ夫にいじめられているのに、友達の括りなのも、子どもの頃から、なんか変だなって感じていたり、のび太をいじめていない出木杉君は、同級生だけど、友達と言えるほどの親密さはないから、ジャイアンスネ夫の方が親密で友達なのかなって思ったりして、友達の定義ってなんだろうなって考えてしまいますね。

同じように、長太郎と正彦(後のシリーズの正彦に該当する人物)との関係性も、友達なのかちょっと関係性がある同級生なのかというところで、悩んでしまいます。公一の立場になると友達、親友と素直に受け取れるんですが、なかなか難しいなと。公一は、長太郎にとっても、正彦にとっても友達で、公一が2人を繋ぐ人物だなって感じています。

2人を繋ぐ公一的立場

この公一の繋ぐ立ち位置というのは、2作目の『男!あばれはっちゃく』以降になると、『男!あばれはっちゃく』の洋一と4作目の『痛快あばれはっちゃく』の清になるんじゃないかなって思っています。

初代『俺はあばれはっちゃく』の公一に該当する人物は、『男!あばれはっちゃく』は洋一と章、『熱血あばれはっちゃく』は実、『痛快あばれはっちゃく』は清、『逆転あばれはっちゃく』はワタルになりますが、私が作品を見た個人的な感覚として、洋一と清以外は、長太郎寄りという印象が強かったり、ワタルは秀彦よりは五郎との関係の方が強い印象を受けます。(あくまでも、個人的な感覚での話なので、人によって違うという意見もあると思います)

公一や洋一、清が長太郎と正彦、邦彦、信彦との関係の潤滑油の役割をもっていたんじゃないかなって、私は思っています。

個人的に面白いなと思うのは、公一は、ドラマの原作『あばれはっちゃく』から登場する人物なんですが、長太郎との関係はドラマとは違っていて、ドラマのような親友関係ではないとこなんですね、原作で長太郎は色白で女の子みたいな公一をからかっていて、そんな長太郎を公一は苦手にしていたり、少し距離をとっている。そんな関係の長太郎と公一を親友関係にして、こちらも原作とは少し人物像を変えてドラマに登場させた正彦との関係を繋ぐ人物にしている。

ドラマを作るにあたって、原作の人間関係や人物像を少し変えて変化させることで、ドラマ内の人間関係や登場する人物を決めて固定化させる。作品を通して人物像と人間関係を作って、配役を決めて人物関係を定着させて、シリーズを通して、それを微妙に変化させていく。ある程度のことは、決めるけど、後は流れに任せているところもあって、ドラマを作っているのかななんて、思いました。

フレネミー

昨日、あるごめとりいのYouTubeチャンネルの動画で「フレネミー」という言葉を知りました。友人(フレンド)のふりをして、人を貶める、敵(エネミー)を合わせた造語なんだそうです。

長太郎と正彦(正彦に該当するシリーズの登場人物達)って、一見すると、このフレネミーに該当するようでいて、していない関係性になっていて、そこがとても絶妙で、それは、公一の存在も大きく影響しているのかなって思いました。

フレネミーという言葉の存在を知って、意地悪したり、嫌味を言ったりしても、困った時に助けてくれる存在が長太郎と正彦の関係性で、正彦達はフレネミーのような長太郎を不幸に陥れることはない存在なんだって確信することが出来て、長太郎と正彦って「ともだち」なのかなって疑問に思っていた私の疑問が解決しました。

 

長太郎と正彦はともだちなんだなって。

謎!制服が変わった(ドラマで見て分かる設定114)

セーラー服から

『男!あばれはっちゃく』49話の感想でも触れたのですが、2代目長太郎の兄、信一郎が通うちとせ第三中学校の女子の制服はセーラー服でした。下の引用画像の『男!あばれはっちゃく』3話と29話の信一郎のクラスメイトの千春さんの制服を見ると、セーラー服だということが分かります。

『男!あばれはっちゃく』3話より、『男!あばれはっちゃく』29話より

ちなみに、初代『俺はあばれはっちゃく』初代長太郎の姉、てるほが通う学校の女子の制服もセーラー服。3代目『熱血あばれはっちゃく』3代目長太郎の兄、修一郎の通う女子の制服も、4代目『痛快あばれはっちゃく』4代目長太郎の兄賢一郎と信彦の姉友子さんの通う中学の女子の制服もセーラー服です。5代目『逆転あばれはっちゃく』5代目長太郎の姉カオルの制服はブレザーになっています。

『俺はあばれはっちゃく』1話より、『熱血あばれはっちゃく』29話より
『痛快あばれはっちゃく』2話より、『逆転あばれはっちゃく』11話より

引用画像を見て思うのは、4代目までは『あばれはっちゃく』の衣装は国際放映の衣装部の衣装だそうなので、通して長太郎の姉や兄の中学の女子の制服はセーラー服と決めていたんじゃないかなって思うんですよね。

一時的なの?

『男!あばれはっちゃく』63話より

けれども、『男!あばれはっちゃく』63話では、セーラー服ではなくなっている。最終作の5代目『逆転あばれはっちゃく』はともかくとして、シリーズ途中で2代目だけ中学の女子の制服が変わっていることに違和感を感じます。けれども、洋子さんもちゃんとセーラー服を着ているんですよ。それは63話よりも前の56話「マスコットを追えマル秘作戦」。

『男!あばれはっちゃく』56話より

これが63話よりも前だから、63話以降に制服が変わってしまった。しかも時期的に1学期の途中という中途半端な時期に!ってなるんですけれども、なんと63話以降の話である81話「社長になれるぞマル秘作戦」でも、洋子さんの制服はセーラー服なんです。

『男!あばれはっちゃく』81話より

そうなると、どうして『男!あばれはっちゃく』63話の時は、セーラー服ではなかったのか、とても疑問です。一時的に衣装として、セーラー服が用意できなかったのでしょうか?とても不思議ですね。

スカーフの纏め方

歴代の中学のセーラ服を並べて見ると、スカーフの纏め方が2種類になっていることに気づきます。洋子さんの着ている56話と81話の引用画像が分かりやすいんですけれども、筒状の中にスカーフを入れているのと、スカーフをリボン結ぶどちらか選んでいるようなんですよね。比較しやすいように、引用画像を並べてみます。

『男!あばれはっちゃく』56話より、『男!あばれはっちゃく』81話より

これは、分かりにくいんですが、初代『俺はあばれはっちゃく』のてるほもそうなんですね。下記のてるほを見ると、左側の36話「女は強いやマル秘作戦」のてるほはスカーフを結んで纏めていて、右側の37話「父ちゃん社長だマル秘作戦」では、筒状というか、ネクタイ風に纏めています。

『俺はあばれはっちゃく』36話より、『俺はあばれはっちゃく』37話より

それぞれ違う中学だけど

あばれはっちゃく』の長太郎の姉や兄の通う中学校は、シリーズごとに変わっていて、それぞれに違う中学なんですけれども、こうして見ていくと、2代目のちょっとした時期と5代目の中学の制服以外は、実は歴代通して同じだったんじゃないかなって思ったりするわけです。

ところで、『男!あばれはっちゃく』で一時的にも女子の制服が変わった理由をご存じの方はいらっしゃいますか?

男女兼用水着

カルチャーショック!

数日前、男女兼用のスクール水着のニュースが話題になりましたね。

www.kknews.co.jp

このニュースを見て思い出したことがあります。それは……。

あ、私が小学生の頃も水着は男女同じだったわ!ということです。

は?と思う人も多いでしょうね。私が小学生だった頃というのは、今から41年、40年前の話。その時代に水着が男女で同じわけがないと。ええ、私だってそう思っていましたよ。小学2年生の時に福島県から長野県に転校してくるまでは。

長野に転校してきたら、なんと!女子の水着も男子と同じ水泳パンツだったのです。なんと、長野の小学校では小学3年生まで女子も男子と同じ水泳パンツ。理由は、低学年女子はまだ胸も膨らんでいないから、と聞きました。もう、びっくりです。女子の水着も男子と同じなんて!カルチャーショックですよ。

福島では女子は女子用のワンピースの水着でしたので、私は改めて水泳パンツを買ったのでした。ちなみに、同じ思い出を持つ方もちゃんといらっしゃいました。

komachi.yomiuri.co.jp

長野県全てがそうではない

ちなみに上記の引用先のリンクにもありますが、同じ長野出身でも女子も低学年までは水泳パンツだったという人とそんなわけないという人に分かれていますが、これはどちらも正しくて、長野県の全ての小学校が女子も水泳パンツではなかったんです。

というのも、私は長野県の同じ市内で学区内が変わったことで、別の小学校へ転校したのですが、その小学校では女子は低学年から女子用の水着だったんですね。同じ長野県の同じ市内の小学校なのに、別の小学校になったら違っていたんです。

だから、長野県出身者、さらには同じ市内の出身者でも、女子も男子と同じ水泳パンツだったよ、という人もいれば、そんなわけないでしょ、という人も出てくるわけです。さらには、私が最初に転校した小学校では3年生まで女子も水泳パンツだったのが、4年生まで水泳パンツという小学校の人もいて、期間の違いもあります。

私は小学3年生の頃から、胸が膨らみ始めたので、体育の水泳で水泳パンツを履くのは、嫌でしたね。というよりは、福島では小学1年生の時から女子用の水着でしたから、小学2年生で水泳パンツにしなきゃいけないというのも、とてもストレスでした。

今はさすがに違うでしょうね

今は長野を離れて長いし、昨今は女子に男子と同じ水泳パンツを履かせて水泳の授業をするなんてことは大問題になると思うので、さすがにないと思いますし、最初に取り上げた男女兼用水着への概念と男子も女子も水泳パンツという考えは、全く違うというか、正反対というか、似て非なるものというか、もう男子も女子も同じ水着ってとこしか、一緒のとこないじゃんというか、女の子の気持ちなんて1ミリも考えていない男女共に水泳パンツと、男女兼用水着を一緒にするな!っていう話ですよね……。

 

今回、男女兼用水着のニュースから、長野の小学校は女子も水泳パンツ!とカルチャーショックを受けたのを思い出して、記事を書いてみて、長野県以外でも女子も水泳パンツだったのかなって調べてみても、他の都道府県の方々も「そうだったよ」という意見を見られなかったんですが、長野県以外の方で「うん、うちの地元も男女水泳パンツだったよ、小学校は」という人はいらっしゃるんでしょうか。

好きなものを語る

孤独

好きなことを語ったり、考察したり、調べたりするのって、とても楽しくて、ああ、こんなことがあったんだとか、そうだったのか!とか、見落としていたことに気がついたりするのって、とても楽しいです。

で、それを同じように好きな人達と共有して、そうそうそうなんだよ、とか、私の知らないことを教えてもらって、そうだったんだとか、逆に私が発見したことに「そうだったのか!」って感心されてると、とても嬉しかったりします。

でも、最近は好きなことを共有することが、なくなってしまって、孤独を感じることが多くなりました。孤独を感じない為には、人との関係に拘ることなく、見返りも、感心にも拘ることなく、ただ好きなことを好き勝手に、壁打ちをして、自己満足で完結していればいいのかなって思います。

私の気づきの情報提供なんてのは、所詮、素人の気づきですし、何より玄人に叶う訳もないわけですし、好きに対しての熱量を誰かと競う、勝っているというやましい気持ちがある時点で、私の心というのは卑しいものですし、ただ、好きだから書いているだけなのに、お前は何様だと思ったりします。

孤独な中で「好き」を持続させるのって、結構、大変なんだなあって、最近、感じることです。

『男!あばれはっちゃく』49話「決闘!ちとせ河原」感想

『男!あばれはっちゃく』49話より

1981年3月7日放送・脚本・安藤豊弘さん・磯見忠彦監督

兄弟

長太郎と信一郎の喧嘩から始まる話。長太郎は寺山先生に「兄弟は他人の始まり」と言いますが、寺山先生は自分のお兄さんとの関係を話して、長太郎に兄弟愛の大切さを説きます。寺山先生のお兄さんは、21話「踊れ!黒潮マル秘作戦」で登場しているので、ああ、このお兄さんとそんなことがあったのか、と思いながら寺山先生の話を聞きました。

『男!あばれはっちゃく』49話より

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初代『俺はあばれはっちゃく』50話「クシャミ一発マル秘作戦」(脚本・山根優一郎さん・山際永三監督)でも長太郎に旅のお坊さんが、自分のお姉さんとのことを話して、長太郎に姉であるてるほと仲良くやっていけよ、と諭しますが、今回も兄弟喧嘩から始まっても、互いに兄弟を大事にすることを説いています。

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あばれはっちゃく』は、原作から優秀な長子が長太郎より親に贔屓されていますが、ドラマになると、それに僻む長太郎と取っ組み合いの喧嘩をする長太郎と姉や兄を話があっても、互いに姉や兄、長太郎の為に助け合う姿が描かれていて、喧嘩をしても、互いに家族として大切に思う心や姿が描かれています。

私が個人的に感じることですが、姉の場合は長太郎が物凄くストレートに姉のことを大嫌いと言っているのに対して、兄の場合は姉よりは大嫌いという感情を表には出していないなということですね。

それなのに、姉に何かあると、長太郎はとても心配をしていて、それは兄の場合もそうなんですが、兄の場合は親(特に父ちゃん)に贔屓された兄に普段から、悪態をついていたとしても、姉の時よりはそれが少なくて、嫌いという感情と心配している感情では、心配する気持ちが上回っているのに、姉の場合は、あれだけ「大嫌い」と悪態をついているのに、あんなに心配するのかという落差が大きいなって感じてしまいます。

姉と兄という長太郎にとって、異性か同性かという違いの差か、各代の長太郎の性格の差なのかは分かりませんけど。

兄の為に

今回は、信一郎が同級生のの松田と竹田にいじめられているのを章が見て、長太郎に報告し、長太郎が松田と竹田に決闘をするようにと信一郎を説得して、特訓し、2人でボクシングをしている松田と竹田と闘うことになります。

長太郎と信一郎が同じ目標に向けて2人でトレーニングをしたり、闘いの対策を立てたりして、仲良く協力している姿、兄の信一郎を馬鹿にしていじめる松田と竹田に怒る長太郎の姿を見ると、父ちゃんに贔屓されている信一郎を恨めしく思いながらも、長太郎は結局のところ、兄・信一郎が好きなんだなって感じました。

決闘の日に、信一郎が熱を出してしまって、長太郎が一人で対決に行ってしまうのですが、長太郎が一人で対決に行ったのを知った信一郎が、必死になって長太郎のところに駆けつけていく場面や、長太郎の無事を見て安心する姿を見ると、長太郎と信一郎は喧嘩をしても、互いに思いやっているんだなって感じました。

『男!あばれはっちゃく』49話より

強い力の使い方

今回は、松田と竹田のボクシングのコーチがことを収めてくれたのですが、そこは、初代『俺はあばれはっちゃく』26話「モヤシも男だ!マル秘作戦」を思い出させました。ボクシングのコーチは、途中途中で少し様子を見ていて、あまり出番はないのですが、要所、要所をしっかり見ていて、ちゃんと適切な行動をしています。ただ、初代26話の五郎の兄と比べると、印象が薄かったなと感じました。

格闘技の強さを持つものが、格闘技で持った強さを自分の憂さ晴らしや弱い者いじめに向けてはいけない。自分の弟子や弟が間違った力の使い方をしたら、戒め、正すということが、初代26話と今回の話にもあって、そういう力の使い方の一つの例を見せてもらったように感じました。

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再登場する2人

今回の敵役である、松田と竹田を演じているのは、高瀬良安さんと藤本正則さんなんですが、この2人この後の63話「家出のコーチだマル秘作戦」(脚本・安藤豊弘さん・磯見忠彦監督)にも再登場しています。以前の過去記事にも書きましたが、藤本正則さんは、見栄晴さんのことですね。

『男!あばれはっちゃく』49話より
『男!あばれはっちゃく』63話より

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63話では、信一郎も中学2年生に進級しているので、信一郎は中学2年生になっても、松田と竹田と同じクラスになったということですね。

変わった制服

また、63話を見ると、それまでちとせ第三中学校の女子の制服はセーラー服だったのが、そうではなくなっていて制服が変わっていることが分かります。3話「ドジな兄貴さマル秘作戦」の千春さんと63話「家出のコーチだマル秘作戦」の洋子さんの着ている制服を並べてみます。

『男!あばれはっちゃく』3話より、『男!あばれはっちゃく』63話より

おまけで思うこと

ふと思うのですが、信一郎の通う世田谷区立ちとせ第三中学校も、信一郎を利用する生徒会長(33話「あばれプロレス」に登場)や改心するとはいえ、信一郎をいじめる松田や竹田がいると考えると、なんというか、いろいろと大変な中学校で、そこで信一郎は信一郎なりに頑張っているんだなって思うと、すごいなというか、さすが、あばれはっちゃくのお兄ちゃんなんだなっておもいますね。

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