柿の葉日記

主にテレビドラマ「あばれはっちゃく」について語る個人ブログです。国際放映、テレビ朝日とは一切関係がありません。

世間は広いのよ

 

自分の物差しだけで人の体験を判断するな

世間って広いですよね、そしてこの地球上には多くの人達が存在しています。

そして、それぞれに様々な人生を送って生きています。世の中では、そんな体験をしてきたの?そんな人生を歩んできたのって驚く人達もいます。

するとですね、自分の生きてきた人生や周囲の人生と照らし合わせて、あまりにも縁のないことや体験するはずのないことをした人の話を聞くと、それを嘘だと決めつける人間っているんですよ。

でね、いちいちその人の過去の記録をデーターで取っている訳じゃないじゃないですか。写真とか日記とかってありますけど、一般人の全ての経歴が記録されているってことってありますか?仕事の経歴にしても小さいアルバイトとか、生まれてからの何年の何月の何日の何時何分何秒にどこで何をしたかっていうのまで逐一記録されているってっていうのは、今のところないと思うんですけどね。

例えばですね、映像業界でフリーであちこちで働いていた人がいて、まだ若手の下っ端で働いていて、そういう人って昔はスタッフの中に名前がない人なんてたくさんいるんですよ。

ドラマとかでも、監督の他に助監督が複数人いたりするんですが、ドラマのエンディングテロップで名前が出る助監督ってチーフ助監督1人で、セカンドやサードの助監督の人達って名前がでないですよね。

また、出演俳優の人達もエキストラとかの人達は名前が出ない。その名前の出ない記録されない助監督やエキストラの人達が過去にそうした仕事をしたと話したとして、今ならネット検索でスタッフや出演者の名前が分かって調べてみて、名前がないとそいつは嘘つきだ!って決めつける人が出てきてしまうのですね。

んで、その関係者の人に話を聞いたとしても、話をした人と関係者が仲違いをして、「そんなやつ知らない」って言えば、やっぱり嘘だったって確定するんですよ。

でもね、その仕事をしていない経験していないと分からない詳しい内容、仕事の裏側まで知っているのを聞いていると、記録に残ってなくても、仕事関係者が知らない(仲違いをしてワザと知らないと悪意でいう場合と昔のことで忘れた場合)って言っても、その人の話は嘘ではないんだって私は判断するんです。

業界に関わった人がいると、一般人はそんな人が自分と知り合えるなんて思えないって思うのかな。私も初めはそんな考えがあったりしたんですけど、このブログ書き始めて、意外にも業界の方達からコメントを頂いて話を読むと、おお、本当にその業界の人達が存在するんだって分かってきたんですよね。

こんな病気はありえない

私は30年前の高校1年生の時に乾癬という病気を発病しました。皮膚病の一種で難治性です。鱗屑と呼ばれるフケのような皮膚が剥がれ落ちる病気で汚らしく、お風呂に入っても常にフケが出てくる状態で、道を歩いていたり、買い物やお店で食事をしている時に見知らぬ他人から

「汚い、風呂にも入ってないんじゃないの」

って大声で言われて悲しい思いをしたことがいくつもありました。

友人に誘われて行ったスポーツジムでも皮膚の汚さから、他の客から苦情がきてジムのスタッフに追い出されたこともあります。皮膚が汚い人間はスポーツジムを使う権利もないということです。

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乾癬は現在は10月29日が世界乾癬デーがあり、TBSのラジオ番組でも取り上げられ、『はたらく細胞』でも取り上げられ、道端アンジェリカさんが発病されてしまったことで、30年前よりは認知度が出てきましたが、いまだに理解されず偏見がある病気であり、同じ皮膚病のアトピーと間違えられたり、病名から感染すると誤った知識のある病気です。

先に難治性と書きましたが、私は30年間ずっと治療中です。一時期良くなっても、ぶり返したりしてお薬を変えたりして、また、進学や就職などに伴う引っ越しで病院を一から探したりと一進一退を繰り返す30年間でした。

そうこうしているうちに、乾癬から併発した関節炎を13年前に発病。老人ホームの厨房で働いていましたが、とても立って仕事を出来る状態ではありませんでした。

立っているどころか、座っていても、寝ていても常に痛みがあって、まるで体中を竹刀で叩かれているようでした。最初は乾癬からくるものだと分からず、大きな病院から小さなクリニックから痛みの原因を調べましたが異常なし。

通院していた皮膚病の先生に話をすると、それは乾癬からくる関節炎だと教えてもらい、接骨院を紹介され、そこからさらに大きな病院のリウマチ内科を紹介されました。

私が痛みを訴えても、何にも異常がないんだから詐病だって言われ続けましたが、乾癬からくる関節炎だと教えてくれた先生方は、

「これはとてつもなく痛いんだよ、よく今まで耐えてきたね」

って言ってくれて、涙が出る程嬉しかったです。ちゃんと、病気のことを知って理解してくれる人達は分かってくれたけど、そうでない人達は私の痛みを嘘だと決めつけました。

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自分達が知らない理解出来ない病気はそういう症状で苦しんでいる人が目の前にいても、それを嘘だと決めつけるということを私は身をもって知りました。

そして外見が醜くなった人間を差別し罵倒して傷つけることは平気でやる人間がいることも分かりました。

一方で私の皮膚を見て心配して声をかけてくれる人、痛んで苦しんでいる私を助けてくれた心優しい人達がいることも知り、本当に世の中には酷い人間がいる一方で心優しい人達がいるんだってことを知りました。親切にしてくれた人の中に中国人の方もいたので、私の中で人の良い悪い、意地悪な人、優しい人は国籍や人種、性別なんて関係なんだなっていう考えに変わりました。

知名度の低い理解のない病気になって分かった事は、そういう知らない病気で苦しんでいる人のいう事を嘘だと決めつける人間がいるということ。

世の中には、まだ知られていない病気で苦しんでいる人がいるのに、自分や自分達の身近にない病気はこの世に存在しない、存在しない病気を話す人間は「嘘つき」と決めつける偏見の塊がいるんだってことが分かりました。

だから、人から問われて病気の話をする時は分かりやすいように、かなり簡易に全部ありのままに話すのではなく、世間で認知されている範囲で話すようになりました。

私は、皮膚科だけでなくリウマチ内科(膠原病内科)にも通院していますが、リウマチと同じ治療をしてお薬をもらっていても、厳密に言えばリウマチの関節炎とは違います。でも、それを話しても理解されないだろうと思って、リウマチです。関節炎です。脊椎炎ですって話すんですよね。それが嘘だと言われると辛い。病気への理解がないのがとても辛いですね。

同じように知名度の低い難病、難治性の病気を患っている人が病気のことを曖昧に話してしまうのを知ると、私と同じ理由から曖昧にしちゃうのかなって思ったりします。でも、曖昧に話すとその病気は嘘だって決めつける人間が出てきてしまうんですよ。

とても悲しい事ですけどね。

世間は広い

改めて世間は広いんですよ。体験してない出来ないことを体験した人の話をそんなことはありえないって思う人達は基準があくまでも自分とその周辺なんですよ。

私が社会人一年生の時に、職場の女性の先輩が一時期、お母さんと離れて施設で暮らしていて、その先輩が育った施設に連れて行ってくれたことがあったんです。そこで、その先輩を慕う子ども達にあったんです。それまでそうした施設の子達にあったことがなかった私は、こういう子達がいるんだ。

いろいろと事情があってここにいるんだろうけど、みんな可愛くて元気に挨拶していて、いい子達だなって思えて、なんか、自分は家族と生活してきたけど、そうでない人達もいるんだって、私の中で家族で生活しているのが常識って考えが変わったんです。

先輩がどうして私を連れて行ってくれたか分からないんですけど、社会人1年で見知らぬ土地で独り暮らしをして仕事でミスばかりで辛くて自分が不幸だと思い込んでいる私にあんたはまだ恵まれているんだから、もう少し踏ん張れって思いで連れて行ってくれたのかなって思ったりしています。

私は、人には型に嵌らない様々な家庭事情があって、中には家族と死別したり、生き別れてしまった人、両親の離婚で苗字が変わった人、若くして子どもや兄弟姉妹、両親、配偶者を亡くしてしまった人がいるんだってことを知り、また、そういう人達とも実際に会ったり、私自身が家族と絶縁した経験をして、様々なことで独りぼっちになってしまった人達がいることを知って、そいういう人達の話を嘘だと決めつける人間を見ると、ああ、あんたは家族に恵まれているから、そいういう家族と縁の薄い人間の話を信じないんだな、了見が狭いなって思うようになりました。

自分や自分の周囲が体験してないことを嘘だと決めつけるな

人には話せる事、話せない事があることを知る事、話しても通じないから曖昧に濁してしまう(本当は濁したくない)気持ちを理解出来ない人達が存在している。その人達の全ての記録が確認出来ないから裏付けがないからと頭ごなしに相手を否定する人間がいて、そんな人間の了見の狭さと想像力のなさに対しては諦めもあるんだけど、そんな人間の存在によって「嘘つき」扱いされて傷つく人間がいる。

人って自分の仮説を補強する情報だけを集めて、他の可能性や同じとこで収集できる自分の仮説を否定する情報を見ない、嘘だと決めつける傾向があると思います。

私自身が自分のブログ記事を書く時に情報を集める時にやりがちなことで、後で逆の視点から情報を集めると、間違った情報を集めていたんだと気づく時もあります。

自分の考えを補強するための情報だけを信じて、それ以外の情報を除外するのは危険ですし、自分や自分の周囲の出来事だけが真実だと思うのも、広い世界で起きている様々な人の体験や人生を否定することに繋がると思います。

人のことを「嘘つき」だと決めつける前に、そういう世界もあるんだっていう思いに至って欲しいです。