柿の葉日記

主にテレビドラマ「あばれはっちゃく」について語る個人ブログです。国際放映、テレビ朝日とは一切関係がありません。

あばれはっちゃく桜間一家紅白出場?

お尋ねしたいこと

皆さんにお尋ねしたいことがあります。以前、Facebookあばれはっちゃくを語るページで『あばれはっちゃく』桜間一家それも初代の吉田友紀さん、島田歌穂さん、久里千春さん、東野英心さんが紅白歌合戦に出ていたというコメントを頂きました。また、その情報をくれた人は、楳図かずお先生の『まことちゃん』の着ぐるみも一緒に出ていたことも付け加えて教えてくれました。

その情報をもとに、紅白歌合戦出場を裏付ける情報を数年探し続けているのですが、全くその情報が見つかりません。初代の桜間一家なら、1979年12月31日第30回の紅白歌合戦の可能性が高いです。

また、『まことちゃん』は1976年〜1980年まで『週刊少年サンデー』で連載され、1980年7月にアニメ映画化されているので、もしかしたら1980年第31回の紅白歌合戦の可能性もがあるかもしれませんし、来年アニメ映画化されることで、前年の1979年の紅白歌合戦に出たのかもしれません。

これに関してオープンのコメント欄で他に追随される方はなく、私の島田歌穂さんが1988年に歌手として初出場する前に、紅白に出ていたんですね、と返した時に、証拠がないのが残念ですが記憶に確かにありますとの答えを貰ったので、他の代と間違えてるとも思えません。

ただ、確かな裏付けがない情報なので、今まで伏せていたのですが、今年の紅白歌合戦の出場者も、発表されたのもあって思い出し、私もずっと調べてきて何も情報を取れてないので、ここでこのブログの読者で『あばれはっちゃく』のドラマが好きな方、好きだった方にお尋ねしたいのです。

 

あなたは紅白歌合戦に出場した初代桜間一家を見ましたか?

 

はっちゃくクイズ5・解答編 (ドラマを見て分かる設定110)

11月18日に出題したはっちゃくクイズの解答です。問題はこちらの記事にあります。

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問題1

2代目『男!あばれはっちゃく』の寺山先生の故郷はどこ?

解答・和歌山県東牟婁郡那智勝浦町

寺山先生の故郷に関しては、下記の記事で紹介していますが、ここでも簡単に説明をすると『男!あばれはっちゃく』21、22話で寺山先生を追いかけて長太郎達が寺山先生の故郷に行くために乗船したさんふらわあ号の航路、22話で登場したくじらの博物館などから和歌山県東牟婁郡、さらに南紀勝浦温泉ホテルながやまが寺山先生の実家が経営してるホテルの設定であることから和歌山県東牟婁郡那智勝浦町であることが分かります。

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問題2

3代目『熱血あばれはっちゃく』の桜間家の住所は?

解答・世田谷区あけぼの町三丁目十七番地

こちらは1話に住所を書いた表札が出てきますので、それをご覧ください。

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『熱血あばれはっちゃく』1話より

問題3

4代目『痛快あばれはっちゃく』桜間クリーニングの電話番号は?

解答・416-0160

桜間クリーニングの電話番号は毎回1年目のオープニングで見ることが出来ました。

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『痛快あばれはっちゃく』OPより

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『痛快あばれはっちゃく』1話より

問題4

初代『俺はあばれはっちゃく』の舞台は神奈川県美玉市、ではコミカライズ版『俺はあばれはっちゃく』の舞台はどこの都道府県の何市?

解答・東京都町田市

コミカライズ版の『俺はあばれはっちゃく』はタイトルこそ、ドラマ初代『俺はあばれはっちゃく』と同じですが、人物設定、舞台設定が微妙に違っています。また、原作『あばれはっちゃく』とも違っています。

コミカライズ版は東京郊外と始まっています。また長太郎が家出して家に帰ってきた時に降りた駅が町田駅でそこへ父ちゃん達が迎えに来る話があることから、コミカライズ版『俺はあばれはっちゃく』の舞台は、東京都町田市と言えるのです。

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徳間書店・くまのよしゆき著『俺はあばれはっちゃく』コミックス12ページより

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徳間書店・くまのよしゆき著『俺はあばれはっちゃく』コミックス82ページより

過去にコミカライズ版についても下記の記事で書いていますので、興味があったら読んでみてください。

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ちなみに山中恒先生の『あばれはっちゃく』は美玉市という設定だけで都道府県の明記はありません。ただ、正彦が東京からの転校生であり、ヒトミちゃんが北海道に転校することから、東京都と北海道以外であると考えられます。

なお、ドラマ『俺はあばれはっちゃく』では、ドラマの映像、小道具から美玉市が神奈川県に設定されたと推測できます。それについては以下の過去記事に詳しく書いていますので、目を通してくれたら嬉しいです。

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何問分かりましたか?

久しぶりのはっちゃくクイズでしたが、皆さん、何問正解できましたか?今回の解答と解説は画像を用いて一目で分かってもらえるようにしてみました。問題の殆どが、ドラマを見ていたり、私のブログを読んでくれていたら分かる問題でした。また、今回出題しなかった問題もありますので、また、出題が出来るように整ったら、はっちゃくクイズを出したいと思います。

鍛冶昇さん死去

ドラマ『あばれはっちゃく』の生みの親

私が11月6日に書いた下記の記事について、日本映画監督協会のHP、酒井一圭さんのTwitterで広く情報が公になりましたので、11月6日に書かけなかったことを書きます。

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鍛冶昇さんは『あばれはっちゃく』のプロデューサーです。元々は日活の映画監督でした。1931年8月16日生まれ。慶応義塾大学仏文科を1954年に卒業して日活撮影所に入社。ちなみに山際永三監督の大学の1年先輩(学部も同じ)になります。

鍛冶昇さんは、主に滝沢英輔監督、市川崑監督、斎藤武市監督の下、助監督を務め、1966年の映画『おゆきさん』で映画監督デビューされます。その前年1965年にテレビドラマ『山のかなたに』で監督デビューしています。1969年日活を退社後、フリー監督になり『帰ってきたウルトラマン』などの監督をされた後で国際放映のプロデューサーとなります。

その国際放映のプロデューサー作品の一つとして、鍛冶昇さんが手掛けたのが『俺はあばれはっちゃく』でした。過去記事にも書きましたが、あばれはっちゃくの長太郎役はプロデューサーが長太郎を吉田友紀さんに決めてオファしました。

このプロデューサーがテレビ朝日の落合さんか鍛冶さんか山際監督にお聞きしても、はっきり分からなかったのですが、私は様々な状況証拠から鍛冶さんが決めたのではないかと思っています。あるいは、落合さんと2人で決めたかもしれません。

鍛冶昇さんは『あばれはっちゃく』の後にも吉田友紀さんを自身のプロデュースドラマに起用されました。工藤夕貴さん主演のドラマ『ジャンプアップ!青春』(1986年日本テレビ)がありましたが、これは鍛冶昇さんがプロデューサーで吉田友紀さんが出演しています。また、このドラマには脚本家として、『あばれはっちゃく』シリーズでお馴染みの市川靖さんも参加されていました。

市川靖さんは、鍛冶昇さんが連れてきた若い脚本家であったことを7年前に山際監督にお会いしてお話を伺った時にお聞きしました。

また、鍛冶昇さんは日活監督時代に『二人の銀座』(1967年)を撮って、長く日本の映画、ドラマ界に影響を与えたのですが、この『二人の銀座』の主演が長太郎の担任の先生を演じ続けた山内賢さんでした。

もしも、鍛冶昇さんがいなければ、山中恒先生の『あばれはっちゃく』がドラマ化されることはなく、吉田友紀さんが長太郎になることもなく、山内賢さんが長太郎の先生になることもなく、市川靖さんが脚本家として『あばれはっちゃく』のドラマを生み出すことはなかったでしょう。

ドラマあばれはっちゃくは全て鍛冶昇さんから始まっていると言っても過言ではないと思います。その鍛冶昇さんが亡くなられたことは、本当に本当に残念で悲しくて堪りません。一度でいいからお会いしてお話をお聞きしたかったです。

ここに謹んで心からのお悔やみを申し上げます。

鍛冶昇、享年90歳。

長太郎の親友の親

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『俺はあばれはっちゃく』15話より

スピンオフ

あばれはっちゃく』シリーズでは、スピンオフで前作に出演されていた俳優の人達が別人として、シリーズの後作品に再登場してくることがありました。スピンオフとは、今ではドラマの脇役だった人物を主人公にして新たに作った作品のことになっていますが、元々は前番組のドラマに出演されていた俳優の方が、後番組の作品でも別役で出演することを意味していました。

これは、あばれはっちゃくシリーズに限らず、昔のドラマでは当たり前にあったことで、また、シリーズではなくても、前のドラマの出演者が後番組のドラマに出演するというのもあり、さらには、テレビアニメの声優に関しても、前番組に出演していた声優が後番組にも出演するのが普通でした。

現在は、そうした意味での「スピンオフ」の意味合いが薄れてしまったので、私がここでスピンオフと書いても、間違ったことを書いているなって思われる人もいると思いますが、かつてのスピンオフの意味を理解してくださると嬉しいです。以前も過去記事で紹介しましたが、毒蝮三太夫さんがスピンオフを本来の意味でご自身の公式YouTubeチャンネルで話されていますので、見て理解していただけると嬉しいです。

公一の母ちゃん

そんなわけで『あばれはっちゃく』にはスピンオフで、シリーズ作品に再登場される俳優の方々が多くいて、それは1話限りのゲストだったり、間をあけての数本のゲスト出演だったり、準レギュラーだったりと様々な形がありました。その人数は多くて、とても1つの記事では書ききれないので、今回は長太郎の同級生、親友の親に絞って紹介していこうと思います。

今回、最初に紹介するのは、初代『俺はあばれはっちゃく』(1979年2月~1980年3月)で、長太郎の親友・沢田公一こともやしの母親を演じた青木和代さんです。青木和代さんは、公一の母親として初代『俺はあばれはっちゃく』から出演されています。公一の父親が亡くなった後、女で一人で八百勝を切り盛りして、公一を育てています。長太郎には比較的好意的で、勘違いやらが多いけども、気風が良い女性です。

私は初代26話で長太郎に「公一と仲良くしてやってくれよ」っていう場面がとても好きなんですね。この26話は長太郎と公一が喧嘩をしてしまう話なんで、この公一の母ちゃんの言葉がとても身に沁みるんです。あと、これは大人になって見直すと、ずっと当たり前のように毎日学校であっていて、ずっと友達でいるのが当たり前だと思っていたのに、大人になったら、今はどこにいるかも分からなくなってしまった友達のことを思い出すと、私はなんか泣いてしまうんですよ。

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『俺はあばれはっちゃく』26話より

章の母ちゃん

『男!あばれはっちゃく』で長太郎の親友の洋一が34話で転校していなくなってしまうと、35話で加納章が長野県から転校してきます。その章の母親を演じたのが、初代で公一の母ちゃんを演じた青木和代さんです。章は35話で登場しますが、母親の青木和代さんが登場するのは36話からです。初代の公一の母ちゃんは、夫と死別して公一の家は母子家庭ですが、章の方は父ちゃんと離れて暮らしていたりしていましたが、父ちゃんが健在で、章の母ちゃんと父ちゃんはとっても仲良しです。早とちりで人がいいところは公一の母ちゃんと似ているかなって思います。

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『男!あばれはっちゃく』36話より

あきらの母ちゃん

さて、ここで単発になるのですが、青木和代さんは4代目『痛快あばれはっちゃく』でも、長野県からきたあきら君の母親を演じています。え『痛快あばれはっちゃく』で青木和代さんが演じた長太郎の同級生の母親って、けい子ちゃんの母親じゃないの?あきら君って、加納章とは違うのって混乱されている方もいるかと思いますが、恵子ちゃんの母親を演じる前に青木和代さんは、『痛快あばれはっちゃく』38話「焼きイモケーキだマル秘作戦」に登場したあきら君の母親で登場しているのです。

ちなみにこの38話の脚本は田口成光さんで、『男!あばれはっちゃく』で章が初登場してきた話を書いたのも田口成光さんなのです。で、ここで2人の章とあきら君は共に長野県から来た子になっているのですが、脚本を書いた田口成光さんが長野県出身の信州人なのです!

で、私事ですが柿の葉の母親の故郷が長野県で柿の葉は長野県で生まれて、引っ越しですぐに長野県を離れましたが、子どもの頃は長野県松本市で育ったのです。母方の親戚がみんな長野県の人達、8歳からは長野で成人まで育ったので(ちなみに松本市市内で学区違いによる転校しています)長野県の言葉(方言)は私には分かるんですよ。で、ですね、2人の章とあきら君の一人称が「おいら」っていうのは、おいおいって思うんですわ。

だって、母方の伯父も、母の従兄の松本のおじさんも、同級生の男子もみんな自分のこと「おいら」って呼んでなかったから!いや、でも、同じ長野県とはいっても、田口成光さんの故郷である南信の飯田市と私が育った中信の松本市では、食文化、文化も言葉もちょっと違うので、南信で田口成光さんの世代では「おいら」って言っていたかもしれません。私、就職で飯田市に住んだ時に、同じ長野県なのに松本と違う!ってカルチャーショック受けましたので。

あ、2人の章とあきら君は長野県の方言を話してくれなかったけど、青木和代さんは「ずら」って言ってくれたので嬉しかったです。長野県では語尾に「ずら」ってつけますからね。ちなみに松本だと「ずら」の他に語尾に「だ」を付けて強く発音するのですが、飯田だと語尾につけるのが「だら」になっていて、これは隣県の静岡の言葉に近いんですね。静岡出身の友達が「だら」ってつけていて、ああ、飯田は静岡の方が近いもんなって納得しましたね。

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『痛快あばれはっちゃく』38話より

けい子ちゃんのお母さん

4代目『痛快あばれはっちゃく』2年目の6年生から登場してきた山本けい子ちゃん。そのけい子ちゃんの母親を演じたのも、青木和代さんです。けい子ちゃんという名前は、初代『俺はあばれはっちゃく』のレギュラーである松岡恵子ちゃんと同じ名前で、ヒロインのちょっと太めの友人というところも初代松岡恵子ちゃんと4代目山本けい子ちゃんは同じなので、こんがらかる人も多いんじゃないかなあって思います。

でも、初代の恵子ちゃんは金持ちの一人っ子で、4代目のけい子ちゃんの家はそうではなかったり、弟がいたりするので、そういうとこで区別がつくかなって思ったりもしています。

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『痛快あばれはっちゃく』79話より

他にも

青木和代さんだけでなく、長太郎の同級生の親を演じて、シリーズに出演されていた方々は他にも、たくさんいます。

例えば、前々回の記事で取り上げた『俺はあばれはっちゃく』でヒトミちゃんのママを演じ、『熱血あばれはっちゃく』であけみちゃんのママを演じた木村有里さん。『俺はあばれはっちゃく』9話でマサミの母親を演じ、『男!あばれはっちゃく』でみゆきちゃんのママを演じた藤江リカさん、『俺はあばれはっちゃく』35話で正彦の父親の見合い相手を演じ、『痛快あばれはっちゃく』で信彦の母親を演じた一谷伸江さん、『俺はあばれはっちゃく』22話で誘拐犯、『男!あばれはっちゃく』21話、22話で寺山先生の親友を演じ、『熱血あばれはっちゃく』で実の父ちゃんを演じた冷泉公裕さん、『俺はあばれはっちゃく』で正彦の父親の吉井部長、『男!あばれはっちゃく』18話で占い師を演じ、『熱血あばれはっちゃく』34話でもんたの父親役を演じた頭師孝雄さんもスピンオフでシリーズに再び登場してきてくれました。

今回は、わらさんのコメントをきっかけにして、青木和代さんに的を絞って大まかな役を紹介してみました。(漏れがあると思うので、後で少しずつ補完するかもです)青木和代さんも、また、『あばれはっちゃく』シリーズには欠かせない役者さんでしたね。

はっちゃくクイズ5

7年ぶりのはっちゃくクイズ

久しぶりにはっちゃくクイズを出題します。前回、出題したのが7年前の2014年なので、最近、このブログを読んでくれるようになった方には、なんのこっちゃって思うかもしれませんが、はっちゃくクイズは、原作の『あばれはっちゃく』を読んでいたり、ドラマの『あばれはっちゃく』を見ていたら誰でも分かる『あばれはっちゃく』の作品世界のことを私が勝手にクイズにしている遊びです。

一人で勝手に2012年(9年前)からやっています。クイズにすることで『あばれはっちゃく』の登場人物設定とか世界設定を知って理解してくれたら、嬉しいなっていう柿の葉の自己満足企画です。過去に4つ作成しているので、興味のある人は、下記の過去記事のクイズに挑戦してみてくださいね。

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問題編

今回は、問題編と解答編を分けます。解答編は日曜日(11月21日)に書く予定です。

問題1

2代目『男!あばれはっちゃく』の寺山先生の故郷はどこ?

問題2

3代目『熱血あばれはっちゃく』の桜間家の住所は?

問題3

4代目『痛快あばれはっちゃく』桜間クリーニングの電話番号は?

問題4

初代『俺はあばれはっちゃく』の舞台は神奈川県美玉市、ではコミカライズ版『俺はあばれはっちゃく』の舞台はどこの都道府県の何市?

 

それでは、チャレンジしてくれると嬉しいです。

『俺はあばれはっちゃく』39話と『熱血あばれはっちゃく』35話

脚本にはない小百合と明子の感情

『俺はあばれはっちゃく』39話と『熱血あばれはっちゃく』35話は、それぞれヒロインのヒトミちゃん、あけみちゃんがモデルになっていく話です。『俺はあばれはっちゃく』39話の脚本は市川靖さん、監督は山際永三監督、『熱血あばれはっちゃく』35話の脚本は山根優一郎さん、監督は磯見忠彦監督です。

それぞれにヒロインがモデルとなって、ちやほやされ女の子達からやっかまれる展開が入っています。初代の場合は普段からヒトミちゃんと仲の良い恵子ちゃん、明子、小百合が最初はヒトミちゃんの写真、ヒトミちゃんのことを褒めていたのがあった上で、3人のヒトミちゃんに対しての不満を徐々に見せていき、最終的にヒトミちゃんを仲間外れにして直接嫌味を言ってくるので、とてもそれが重く心に突き刺さっていきます。

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『俺はあばれはっちゃく』39話より

上記の画像で長太郎と公一、正彦がヒトミちゃんを見に来た他のクラスの男子について語っている時に、その後ろで不満そうな顔で何かを言い合っている小百合(左側のおさげの子)と明子(右側)この後の2人の目線の先には席に座っているヒトミちゃんがいて、ここで男の子達に注目を浴びていて、まんざらでもないヒトミちゃんに対して小百合と明子が不満を持っているというのが推測できます。

また、手前にいる台詞のある男の子達(長太郎、公一、正彦)と奥にいる台詞のない女の子達(小百合と明子)での、男女のヒトミちゃんを巡る騒動に対しての温度差も出ていて、後で恵子ちゃん達に痛烈な嫌味を言われるヒトミちゃんを目撃した公一の言葉にも、男女差の認識の違いがあるんだなって感じました。

画面の奥にいる小百合と明子のセリフはなく、2人は表情としぐさだけなので、おそらくは脚本にはない演出なのではないかなって思っています。後の方で、小百合と明子が恵子ちゃんと一緒に長太郎が企画したヒトミちゃんの撮影会を目撃して、ヒトミちゃんに嫌味を言ったり、また学校の休み時間でも、直接ヒトミちゃんに嫌味を言ってくるので、それを踏まえた上で、その前段階で既に小百合と明子の不満を出させてたのだろうと思いました。

このちょっとした前段階の小百合と明子の感情が入ることで、後に出てくる小百合と明子の言葉の効果が大きくなってくる。また、恵子ちゃんも自分の隣の席のヒトミちゃんの席にたくさんのプレゼントが置かれた時に嫌味を言ってきている、と、ちゃんと女の子のヒトミちゃんに対する悪感情を少しずつ出してきて、また、ヒトミちゃんに意地悪をするのも、先にした自分達の約束を無視したという、恵子ちゃん、小百合、明子達の心情の背景、経緯も語られているので、この3人の感情の変化やヒトミちゃんへの嫌味が感情の流れの中で出てきたものだと感じ取ることが出来ます。

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『俺はあばれはっちゃく』39話より

台詞がなくても演技をさせる。教室での小百合と明子は、台詞がないことから脚本にはないものだと推測したので、これは、恐らくは監督の山際監督の演出なんだろうと思います。

恵子ちゃん達がヒトミちゃんをやっかんで仲間外れにしていくのは、市川靖さんの脚本に当然あるもので、あの教室の小百合と明子の場面を入れなくても、その後で小百合と明子も直接言葉でヒトミちゃんを攻撃してくるわけですが、言葉にない2人の動作を入れることで、より深い4人の亀裂が表現されていて、ヒトミちゃんの孤独と意地っ張りなゆえにモデルの仕事を引き受けてしまって、取り返しのつかないことに発展していくことに繋がっていった大事な場面だったと思います。

山際監督は脚本に書いてある言葉をより深く汲み取り、さらにその効果を増大させるために、感情の蓄積を積み上げていく演出をしていくところがあるように私は思います。

ただのクラスメイトからの嫌味

初代『俺はあばれはっちゃく』では、普段からヒトミちゃんと仲の良い3人の女の子達、恵子ちゃん、小百合、明子から文句と嫌味を言われ、仲間外れにされてしまったヒトミちゃんでしたが、3代目『熱血あばれはっちゃく』のあけみちゃんの場合は普段から仲の良いみどりちゃんではなく、クラスメイトの数人の女の子達から文句を言われました。

また、ヒトミちゃんの時のように先にした自分達の約束を後回しにしたとか、ヒトミちゃんのファンの男子が迷惑をかけたという具体的な被害があったのに対して、『熱血あばれはっちゃく』35話では、そうした場面が映像で出てくることはなく、女の子達の台詞からしか聞くことがなかったために、何も迷惑をかけていないのに一方的に女の子達から攻撃されているあけみちゃんが可哀相でした。

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『熱血あばれはっちゃく』35話より

この教室での出来事を実と輝彦が見ていて、実が女の子は恐ろしいと言い、輝彦がうなずきます。これは、『俺はあばれはっちゃく』39話の公一と同じですね。初代39話では、ヒトミちゃんが立ち去るとボールを取りに来た公一が立ち去ったヒトミちゃんの後ろから登場してきます。画面で見ると手前に恵子ちゃん達3人、ヒトミちゃんがいた画面のさらに奥に公一がいて、ヒトミちゃんが退場したことで奥の公一が出てきたという感じでしょうか。

なんというか、こう多重構造になっていた画面が、一つの段(ヒトミちゃん)が抜けたことで、もう一つの段階(公一)が出てきて、女の子達の嫉妬の感情とヒトミちゃんのまだ仲が良いと思って深刻に考えていなかったのが、段々と3人との溝を感じ取って表情が曇っていく場面があって、女の子達の嫌な世界が生まれた後で、別の世界の男の子視点の世界が公一の登場と言葉で示されて、ここでも同じ出来事を巡る男女の認識の温度差を感じました。

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『俺はあばれはっちゃく』39話より
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『俺はあばれはっちゃく』39話より

映像で段々とその感情の温度差を見せいった後での、公一の「女の子って恐ろしい」がかなり共感を持って耳に入ってきました。『熱血あばれはっちゃく』35話もこうした一連の場面や台詞があるのですが、具体的なクラスメイトの女子たちの被害が目に見える形でないのと、一通りの流れの中での実と輝彦の目撃と言葉だけになっていて、実と輝彦の目撃が自然に見える反面、初代39話と比べると私にはインパクトが弱く見えました。

また、やはり普段から仲の良い子達からの痛烈な嫌味や仲間外れの方が信頼が大きいのもあってショックが大きく、普段からそんなに仲の良くない女子から言われるのとは、かなり違うなって思いました。もちろん、普段、そんなに仲良くなくても悪意を持っていないと思っていた人達から集団で文句を言われるのも、かなりきついのは私も自身の体験から知っていますが、それ以上に信じていた人からの裏切りや誤解はもっとショックで立ち直るのに時間を費やすことも、現在進行形で知っていますから、初代39話の方が心に刺さってきますね。

それぞれのママ

『俺はあばれはっちゃく』39話と『熱血あばれはっちゃく』35話で面白いなって思うのは、ヒトミちゃんのママとあけみちゃんのママですね。どちらも木村有里さんが演じています。ヒトミちゃんのママは画像の情報から宮村麗子、あけみちゃんのママはドラマを見ていると松山アサコという名前です。

ヒトミちゃんのママが降ってわいたようなヒトミちゃんのモデルの話に浮足立っていて、ヒトミちゃんがあわよくば有名人になっていくことに浮かれてミーハーになっていて、ヒトミちゃんがモデルになることよりも、有名人になることの方に関心があるように思いました。

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『俺はあばれはっちゃく』39話より

一方であけみちゃんのママは、あけみちゃんをモデルにしたいという強い意志がありました。初代39話と3代目35話を見ていると、ヒトミちゃんがモデルになるという強い決意を持ったのに対して、あけみちゃんが自身のモデルになるという強い決意をあまり感じません。

ヒトミちゃんもあけみちゃんも最終的には自分の意志でモデルを辞める、しないことを決めますが、その過程でモデルをすると腹を決めるところで、ヒトミちゃんが恵子ちゃん達との関係から距離を置く決意を固めたのに対して、あけみちゃんの場合はあけみちゃん自身がモデルをしたいという感情が薄く、嫌だけど仕方がないという印象の方が強いのです。

本人が乗り気ではないから、あけみちゃんの場合はクラスの女子達から言われた言葉の影響でオーディションがうまく応対できずに、嫌な気持ちが生まれてモデルの仕事に対して意欲的ではなく、長太郎にモデルの仕事をやめられるようにお願いすることになります。

初代39話でもヒトミちゃんが同じお願いを長太郎にするのですが、これは自分が予期しない方向へ話が展開してモデルの仕事の為に転校する話が出てしまったことに対して戸惑いからのヒトミちゃんのお願いで、元々、乗り気ではなかったあけみちゃんのモデルの仕事って嫌だなっていう消極的な感情からと、ヒトミちゃんの売り言葉に買い言葉でモデルの仕事をやってみて、自分が思った以上の展開になってしまったことへの積極的な感情からの行動の違いがあって、結果は同じでも消極的な行動から生まれたものか、積極的な行動から生まれたものかで、印象が変わってきました。

こうした、ヒトミちゃんとあけみちゃんの感情、行動の違いは2人の性格の違いもありますが、それぞれのママのモデルに対しての捉え方の違いにもあると思います。ヒトミちゃんのママはモデルに対しての思い入れがないように見えました。

とにかく、ヒトミちゃんのママは有名になってくれたらいいと考えているところが多く、その一つの足掛かりとしてモデルの仕事を捉えていて、有名になるには東京へ引っ越しても構わない(初代の舞台は神奈川県)というミーハーで安易な考えがあったなって思うのですね。娘がダメなら、自分がモデルになると水着になろうとする場面を見ても、有名になるという気持ちが強く感じます。

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『俺はあばれはっちゃく』39話より

あけみちゃんがモデルになるのは、雑誌記者のママがモデルの仕事を持ち込んだことがきっかけで、あけみちゃんのママは少女時代に月刊誌のモデルに憧れていて、自分もモデルになりたいという夢を抱いていました。まだ、テレビもない時代に月刊誌のモデルの女の子達を見て胸をときめかせていたあけみちゃんのママ。

あけみちゃんのママにはヒトミちゃんのママにはないモデルに対しての情景があり、夢があり、憧れがあります。自分の叶えられなかったモデルの夢を娘のあけみちゃんに託す、自分が憧れたモデルだから、あけみちゃんも同じように憧れて、その仕事を喜んでくれるに違いないと、あけみちゃんの意志や思いを確認することなく、自分の夢を優しくそれでいて強引に押し付けています。

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『熱血あばれはっちゃく』35話より

あけみちゃんは優しいので最初は自分のモデルの仕事が嫌だという感情から長太郎にモデルの仕事をダメにして欲しいと願っても、ママの思いを聞くとモデルの仕事を引き受けてしまう。あけみちゃんはママへの思いで動いていて、それもあけみちゃん自身の感情ではあるんだけども、自分の気持ちよりもママへの思いを優先していて、あけみちゃんの感情が出てこない。だから、あけみちゃんの主体性が見えなくて、モデルが嫌だと言ったり、またやると言い出したりして、長太郎を振り回すことになるんですね。

ヒトミちゃんが常に自分の感情を優先していたのに対して、あけみちゃんはママのことを自分の感情よりも優先していたのが違うなって感じました。最終的にはあけみちゃんもママに謝って自分の感情を優先することになるのですけれども。

あけみちゃんのママがヒトミちゃんのママよりも、モデルの仕事に対して真面目で思い入れが深くあるだけに、同じ木村有里さんが演じていても、ヒトミちゃんのママがミーハーで軽いノリに見えたのに対して、あけみちゃんのママは真剣で真面目で深刻に見えるので、正反対な印象を受けます。

あけみちゃんに言われ、編集長に諭されて、あけみちゃんをモデルにすることを諦めるしかなくなったあけみちゃんのママの顔はとても寂しく悲しく見えました。と、同時に子どもは親とは別人格であり、自分の叶えられなかった夢や欲望を満たすための道具ではないということなんだなって思いました。

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『熱血あばれはっちゃく』35話より

子どもが無理なら自分がやってやるわというのがヒトミちゃんのママなら、自分が子どもの頃に叶えられなかった夢は自分の子どもで叶えてみせるというのがあけみちゃんのママだったなって思うのです。

自分自身の夢を叶えるのなら、自分自身でというメッセージも初代39話と3代目35話には、それぞれのヒロインのママを通じて描かれていたわけですが、その表現方法が初代39話は笑いの中で、3代目35話は悲しみの中で教訓として書かれていたのが、山際監督が話してくださった、市川靖さん(初代39話脚本)と山根優一郎さん(3代目35話脚本)の性格の違いだったのかなって思いました。

『男!あばれはっちゃく』2話と『熱血あばれはっちゃく』2話

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左『男!あばれはっちゃく』2話より、右『熱血あばれはっちゃく』1話から2話予告より

自分か否か

『男!あばれはっちゃく』2話「リスを探せマル秘作戦」と『熱血あばれはっちゃく』2話「消えたオカリナマル秘作戦」は共に山根優一郎さんの脚本です。この2つは、それぞれに新しく始まった『あばれはっちゃく』の2話に該当し、話の大きな粗筋もその結末も同じです。

違いとしては、なくなったものがリスからオカリナ。疑われた人が長太郎からヒロインのあけみちゃんに変更になったというところが、2代目と3代目の違いだと思います。2代目からは長太郎が転校生になり、その人柄を周囲に理解されていない上に、1話で悪印象からこれからのクラスメイトの仲間と出会っているということで、2話でも引き続き嫌われ者扱いになっているのが、2代目以降の『あばれはっちゃく』の最初のストーリーになっています。

これは、3代目に続く4代目、5代目も同じで、そこから少しずつ長太郎を理解する人達が増え、見直されていく展開になっていきます。また、いずれ別の記事で取り上げるつもりですが、周囲にとって初代長太郎以外は、長太郎は外部から来た新たな得体のしれない存在として、物語の舞台に参入してくる存在です。

この違いが初代と2代目以降で視聴者とドラマの長太郎達の周囲との認識の違い、温度差になっていたなと今なら思ってしまいます。このことについては、またいずれ整理して書けたらいいなって思います。

2代目は周囲からリス泥棒の汚名を着せられた長太郎が自身の無実を晴らすために奮闘し、3代目は泥棒の疑いをかけられたあけみちゃんの為に奮闘します。長太郎が自分自身のプライドの為か、好きな女の子の為に動くかで、少し長太郎の印象が違うなと感じました。3代目の2話では、あけみちゃんの為に動くことで、同時にあけみちゃんへの長太郎の気持ちも表現したのだろうと感じました。

また、長太郎が自分の為に動いてくれたことで、あけみちゃんも長太郎に協力しますが、ここでもあけみちゃんの優しさ人柄を出したんだなって思います。2代目は長太郎の男としてというよりは人間として譲れない部分の強調、3代目は自分には関係ないけれども大事な人の為にその人を信じる長太郎の気持ちを強調したんじゃないかなって、私は感じました。

疑われる相手が変わっただけで、長太郎の中で何を一番に重んじているのかが変わって受け止められるのは、面白く感じましたし、2代目も3代目もこの先で話が進むことで、2代目の長太郎も3代目の長太郎も同じ部分を大事にしていることが分かってくるので、この2話だけで決めつけるものでもないんだなってことも分かってきます。

ただ、最初の方で描かれると、今度の長太郎の場合は大事にしているのは同じであっても一番の基盤はここにあるのかなって、こうして大人になってDVDでまとめて見返すと思うようにはなってくるのですね、少なくとも私は。

纏めると2代目2話と3代目2話は、泥棒だと疑われたのは長太郎か否かによって、誰の為に長太郎が事件を解決するかから、長太郎が何を一番に重んじているのかの違いが分かるようになっているのかなって思いました。2代目の長太郎もまた人の為に動く人物であることは、もちろんこの2話以降でちゃんと見えてくるようになっています。

無視された持ち主の心

盗まれたものは2代目では長太郎のクラスで飼っていたリス。3代目では京子ちゃんのオカリナです。犯人の正体はそれぞれに学校に行くことが出来ない幼い妹、近所の弟代わりの男の子の為にリスとオカリナを盗っていきました。

長太郎からしてみれば、どちらも盗んでいったようなものですが、ここでも2代目は明確に盗んだという認識があるのに対して、3代目は公園のとこに置いてあったのを拾ったという認識の違いがあります。

この結果は同じでも微妙な盗った人間の認識の違いは、なんとなく、どんな理由があるにせよ、盗むという行為があまり好ましくないということに対する視聴者からのクレームをかわすために、こう2代目とは違う感じにしたのかなって思いました。なんといいますか、今もそうですが、『あばれはっちゃく』放送当時でも『あばれはっちゃく』がけしからんという意見があったことは、放送当時に出版されていた東野英心さんの本や昨年出された三宅直子さんの本にも書いてありましたから。

さて、犯人の犯行動機が分かった後の長太郎の対応は2代目も3代目も同じなのですが、私はここで同じ対応でありながら、3代目長太郎の対応に対しては、とても腹が立ったのです。どちらの長太郎も事情を聞いて、それぞれにリスとオカリナをその犯人に譲渡し、その代わりに自分達のお小遣いをはたいて、代わりのリス、オカリナを用意します。

けれども、私は3代目の長太郎のしたことは許せなかったのです。なぜなら、そのオカリナは長太郎の物ではなく、京子ちゃんの大事なオカリナです。それを持ち主の京子ちゃんの承諾もなく、勝手に譲渡したことが私は許せませんでした。代わりのオカリナを用意したとしてもです。せめて、京子ちゃんには報告して、その上で自分が代わりのオカリナを買ってやるからと言ってあげたらよかったのにって思いました。

私がそう思うのは、新卒で実家を離れて一人暮らしをしていた頃、実家の両親が私が子どもの頃から大事にしていたぬいぐるみ達を私の承諾もなく勝手に近所の子ども達にタダで配ったからです。私は近所の子ども達にタダで配ったのが嫌だったわけではありません。私にとって思い出があり、それぞれに名前を付けて大事にしていたぬいぐるみ達が私の全く知らないところで勝手に処分されていたのが、とてもとても悲しかったのです。

どうして一言でも、私に近所の子ども達にあげてもいいと電話一本でもくれなかったのでしょうか。6体ほどあったぬいぐるみ達にそれぞれに幼い頃からの思い出があり、寂しい時、辛い時、怖い時に常に寄り添ってくれていたぬいぐるみ達は転校が多く、仲良くなった友達と離れて行ってしまう私にとっては、引っ越し先でも常に一緒にいてくれた大事な友達でした。

私はこの悲しい出来事を大人になってから経験しましたが、その時の衝撃と悲しみは大げさかもしれませんが、計り知れなく大きくて、3代目の2話を見た時にその時の感情が蘇ってきて、京子ちゃんが可哀相でなりませんでした。

3代目の長太郎がオカリナを渡したのは長太郎の優しさだと思いますし、京子ちゃんの為にオカリナを買ってあげたのも、それを見つけたふりをしてあけみちゃんの無実を晴らしたのも長太郎の優しさだと思いますが、オカリナの京子ちゃんの気持ちを無視したことが私には許せなかったのです。

2代目も長太郎と洋一以外のクラスメイトの気持ちを無視はしているのですが、なんというかクラス全体のリスと個人の京子ちゃんがお父さんに買ってもらったオカリナでは、なんか意味合いが違うなって私は感じます。

話の構造は同じでも

2代目2話と3代目2話は、長太郎が何を大事にしているか、その優しさが見える話になっていて、同じ構造の話だから同じように感じる部分と、微妙に違うところがあって、また違って感じる部分がありますが、私はどうしても、上記に書いた個人的な理由で、3代目の2話に関しては、やはり素直にいい話だなって思うことが出来ないのです。

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