柿の葉日記

主にテレビドラマ「あばれはっちゃく」について語る個人ブログです。国際放映、テレビ朝日とは一切関係がありません。

『男!あばれはっちゃく』21話「踊れ!黒潮」感想

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『男!あばれはっちゃく』21話より

1980年8月9日放送・脚本・市川靖さん・松生秀二監督

アバンタイトル

アバンタイトルは今から見ると、今回のロケ先で撮影したものだと本編の内容を見て分かります。子どもの頃に見た時には気づきもしませんでしたが、こうして大人になってDVDで見返すと、いつもと違う場所でのアバンタイトルは長期休暇(夏休みや冬休み)こそのロケが出来ての撮影なんだなって分かります。

寺山先生との亀裂

夏休み、多くの宿題を抱えたみゆきちゃん達に適当にあしらわれた長太郎は、いつものみんなにあるアイディアを提案して、自分の家に連れていきます。一方、長太郎の母ちゃんが経営する床屋に寺山先生がお客として来店。そこで、家に来た長太郎達と寺山先生が出会うのですが、長太郎達は寺山先生に気づかず、部屋の中へ。すると、信一郎が奥から怒って登場。長太郎達の夏休みの宿題をお小遣いでやらされることに対して怒っている信一郎。

これは、信一郎が怒るのも無理はない。百歩譲って家庭教師として、夏休みの勉強を見てあげるならともかく、全部宿題をやらせようという魂胆なのですから。それに信一郎自身にも夏休みの宿題がありますしね。信一郎と同じ、それ以上に怒ったのが寺山先生。

夏休みの宿題は本人が取り組んで勉強して身につけるもの。形だけ片付けても、本人に身につかない。宿題で学習して勉強を身につけて自身の力にして欲しい、成長して将来の夢に役立てて欲しいというのがあって、寺山先生は宿題を出しているんだと思います。後で、寺山先生が「教育は難しい」とぼやいているのが、そう思っているんだろうなって感じるのです。

寺山先生は長太郎達に怒って、まだ母ちゃんが何もしていないのに、帰ってしまいます。長太郎達は罰が悪い顔。仕事から帰ってきた父ちゃんに怒られ、長太郎は寺山先生に謝りに寺山先生のアパートへ。そこには、同じように謝りに来たみゆきちゃん達の姿が。しかし、寺山先生は田舎に帰ったとお隣の人の言葉に長太郎達は公園で落ち込みます。ここで長太郎達が自分達に怒って、先生は田舎に帰ってしまったんだって発想をしてしまうのですね。

相手を怒らせ、さらにそれ以上の行動をされてしまうと、相手を怒らせた自分の行動がどれだけ相手を深く傷つけてしまったかと考えてしまう、あんな行動をしたから、こんなことをさせてしまったんだって考えて、取り返しがつかないけれども、自分のした行動に対して激しく後悔したことが、先生が怒って田舎に帰ったって発想になったんだと私は思うのですね。

あんなことをしたから、相手が怒ってこんな行動をしてしまった(させてしまった)と自分達の行動を反省し後悔する考えは、とても優しい考えだと私は思います。謝りに来たのにいないなんて、あのくらいで怒って田舎に帰るなんて、なんだよ!ってならないところに長太郎達の心根の良さを私は感じます。

長太郎が口火になって、田舎に帰った寺山先生を追いかけて勝浦まで謝りに行こう!となり、次々に立ち上がります。面白いのはこの順番で、それぞれの性格が出ていて面白いです。長太郎の言葉に、ちょっと困ったような態度をするのは邦彦、しかしそこに長太郎に勢いよく賛成するのがみゆきちゃん。続いて弘子ちゃん、和美ちゃんときて、洋一、次々長太郎に賛同するみんなに戸惑いつつ、最終的に賛成する邦彦。それぞれの性格が出ていて、この先の旅?での行動にもその性格が出ているのが面白いです。

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『男!あばれはっちゃく』21話より
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『男!あばれはっちゃく』21話より
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『男!あばれはっちゃく』21話より

さんふらわあ号に乗って

場面が変わり、長太郎達は船に乗って寺山先生の田舎に行くことになり、みゆきちゃんがみんなのお金を預かっていきます。みゆきちゃんがみんなから受け取った金額を見ると、小学5年生の長太郎達にとってはかなりの大金だと感じました。みゆきちゃんや弘子ちゃん、和美ちゃん、邦彦なんかはお小遣いをコツコツ貯めている感じがしますが、洋一や長太郎、特に長太郎なんかはよくお金を調達できたなって感心してしまいました。

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『男!あばれはっちゃく』21話より

長太郎、ちゃんと千円札を渡しているんですもの。見てみると、全員千円は確実に渡しているんですよね。後は細かい小銭も渡しているように見受けられました。小銭の額は分かりませんが、6人それぞれが千円だしていたとしたら、6千円。プラス小銭数百円ということに、みゆきちゃんはそれで船の切符を買いにいっている。当時のさんふらわあ号の船の切符が子ども料金でいくらしたのか調べてみると、長太郎達の旅費がいくらくらいか目安がつきますね。

長太郎達が目指すの寺山先生の田舎は那智勝浦。長太郎達が乗船した船はさんふらわあ号。調べてみると、東京から那智浦経由、高知行きという船便があり、この航路に使われたさんふらあ号がさんふらわあ8号なので、長太郎達はそれに乗って行ったのだと分かります。長太郎達が乗船した時は、運営していた会社は日本高速フェリーでしたが、1990年に譲渡によって商船三井グループの所有に変わりました。

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『男!あばれはっちゃく』21話EDより

また、長太郎達が乗った船便は現在は経常赤字が数億になりなりなくなっています。21年前の2000年に和歌山県等が存続を求め、2001年6月まで継続されたようなのですが、今はありません。長太郎達が乗った便やルートでの船旅はなくなってしまいましたが、さんふらわあ号は自体は現役で動いています。

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話の中で長太郎が船長さんに手招きをされて船の操縦部分を見る場面がありますが、この時に登場した船長さんは当時の本当の船長さんだと思います。『あばれはっちゃく』では、本職の人が出演されることがたまにあるのと、OPのキャストテロップに該当する俳優の方の名前が見受けられないので、そのように判断しました。

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『男!あばれはっちゃく』21話より

この本当の船長さんが子どもが関心を持った船の部分を見せてくれるというのは、嬉しいことで、船に関心を持って船乗りになりたいという興味を持たせてくれる素敵なことだなって思いました。そして、仕方がないことですが、小田急百貨店にしろ、さんふらわあ号の那智浦経由高知行きにしろ、子どもの頃は普通に近年まで存在していたものがなくなっていくのは寂しいですね。

はっちゃくまっしぐら

さて、話を戻してこの乗船する場面でBGMに『はっちゃくまっしぐら』(作詞・山中恒・作曲・渡辺岳夫・編曲・小谷充・歌・堀江美都子)が流れます。このBGMに流れた挿入歌は、初代『俺はあばれはっちゃく』(1979年2月~1980年3月)の放送期間中の1979年10月にレコード発売され、『俺はあばれはっちゃく』39話「逃げろヒトミちゃん」の回で最初に挿入歌として使われました。現在、この挿入歌は『なつかしのファミリードラマ主題歌全集』のCDに収録されていて聞くことが出来ます。

 初代の時もそうでしたが、『はっちゃくまっしぐら』は、無謀なことをして大変でピンチな状況を打破する時に流れ、どうなるだろうかという不安がありながらも、なんとかやってやる!という気持ちを掻き立ててくれるメロディーであり、歌だなって思います。もう一つの挿入歌『はっちゃくひとりうた』とは対照的なんですが、どちらの歌も『あばれはっちゃく』の世界観にあっていて、やはりそれは作詞したのが『あばれはっちゃく』の原作者の山中恒先生だからこそだと思っています。

一筋縄ではいかない

みんなで協力して、辛いけれども楽しい船旅を経て、寺山先生の実家が運営するホテルに到着。しかし、またも入れ違いのすれ違いで先生は留守。一方、東京ではみゆきちゃん達の置手紙をみたみゆきちゃんのママ達が、桜間家に怒鳴り込み。邦彦の父親の佐藤部長も来て、父ちゃんに休暇を与えるから、子ども達を迎えに行けとの指示。

確かにみゆきちゃんのママ達が心配するのも分かるのですが、父ちゃん大変だなって、なんでみんなで迎えに行かないのだろうって今なら思いますね。それぞれに仕事があるんだろうけども、父ちゃんも仕事があるし、だから佐藤部長がきて休暇をあたえるのかっていや佐藤部長も一緒にはダメか。

和美ちゃんのママも仕事があるし、洋一の母ちゃんは父ちゃんに任せてとか、みゆきちゃんのママと弘子ちゃんのママなら行けると思うんだけどなって考えちゃうですが、これは子どもの頃に見た時の話で、今なら俳優さんのスケジュールとか、ロケの予算の都合があったんだろうなって考えちゃいます。

長太郎が出かけた寺山先生の行き先を教えてもらって、そこに行くまでの行き方がバスなどの交通機関を使う正攻法ではないんですね、そのせいでみゆきちゃんがみんなから預かったお金をなくしてしまう。そこに冒険要素が出ていて、どうなってしまうのだろうって気持ちが高揚します。みゆきちゃんがお金を失くしたことで、パンを買うことが出来ず、海で魚を捕まえる展開に。ここで、この海がアバンタイトルの海と同じなんだって分かるんですね。

トラックに乗ったり、走ったり、お金を失くして海で魚を捕ることになったり、節約の船旅で食事も碌に出来なくて、寺山先生にもまだ会えない状態になって、みんなの不満が吹き出てしまい、その不満の1つを作ったみゆきちゃんがみんなの元を走り去ってしまうことで、また事件が起きてしまう。みゆきちゃんは無事に見つかるのか、長太郎達は寺山先生に会えるのか、ハラハラドキドキ。

それなのに長太郎がみゆきちゃんを探し出すためにひらめいたやり方に少し笑ってしまう。みゆきちゃんの立場からすると、ちょっと恥ずかしい方法に感じたし、みゆきちゃん自身も「やだ、長太郎君たら」って言っているので軽くショックだったと思います。女の子の体型に関しては悪意がなくても言葉を選んでも、あんまり公で言ってほしくはないですね、私だったら。でも拡声器を使ってみゆきちゃんの特徴を言って捜し歩いたことで、寺山先生にもみゆきちゃんとも合流が出来て、会うことが出来たのが良かったです。ここでやっとホッと出来ました。

山中恒先生の『あばれはっちゃく』以外の作品を思い出す

あばれはっちゃく』の原作者である山中恒先生の別作品に『ぼくがぼくであること』があります。これは、主人公の秀一が、夏休みに本人の意図とは別にトラックに乗って知らない町に行きついてしまう話なのですが、トラックの荷台に乗ったことで知らない町に行ってどうなってしまうのかという未知の世界への旅の恐怖と期待があって、これがなんかトラックの荷台に乗り込んで、初めて訪れた町を走り回る今回の長太郎達と重なるなって思いました。

 今回の脚本は市川靖さんなのですが、恐らく市川さんは『あばれはっちゃく』の原作はもちろんですが、それ以外の山中恒先生の作品も読んでいたのではないかなって、今回の話を改めて見直して思いました。確かめることは出来ませんし、これは勝手な私の憶測にすぎず、また、『あばれはっちゃく』シリーズを見ていけば、市川さん以外の他の脚本家の方達も山中恒先生の『あばれはっちゃく』以外の作品を読んで、脚本に反映させているかもしれません。ちなみに私は山中恒先生の作品では『あばれはっちゃく』よりも『ぼくがぼくであること』の方がとても好きです。

夏休みだからこそ

今回は夏休みだからこその冒険の旅だったと思います。また、そのきっかけも夏休みの宿題で始っていて、この話のオチも夏休みの宿題で落ちているのが面白いです。寺山先生に謝るためだけが、いろいろなハプニングに遭遇して、宿題も免除されるかと思えば父ちゃんがちゃんと宿題を持ってくる。不満が出るのは仕方がないけど、長い目で見れば宿題を持ってきてくれたことに感謝出来る。やっぱり、宿題は自分の力でやらないとダメだよねってとこを含めて、悪いことをしたら謝る、自分のことは自分でする、そんなことを教えてくれていた話だったんだなって思いました。

こういうメッセージって、教訓というか、お説教のようで見ていたり、聞いている方にはつまらないとか、余計なお世話とか、押しつけがましいと感じてしまうのですが、この話は、なぜ、寺山先生や信一郎や父ちゃんや母ちゃんが怒ったのか、なぜ、謝りにいかないといけないのかという人の感情に共感出来て、その流れが自然で、また謝りに行く旅が未知の世界への冒険になっていて、ハラハラドキドキしてどうなるんだろうという関心を高めてくれて、この行方を見届けたい!という気持ちを強くしてくれるので、とても心に入り込んでいく話だなって思いました。

長太郎達の持つ真面目な優しさや相手を思う気持ちから生まれる行動は、無茶苦茶で少しずつ軌道修正する必要はありますが、大元になる純粋な原動力は大事にしていきたいとそんなことを思いました。