柿の葉日記

主にテレビドラマ「あばれはっちゃく」について語る個人ブログです。国際放映、テレビ朝日とは一切関係がありません。

どれだけのものが伝わっていくのかしら

分かるものと分からないものと

わらさんからのコメントを読んで、今の子ども達には分からない『あばれはっちゃく』に登場するものについての劇中の質問を受け付ける「はっちゃくなんでもそううだんしつ」の存在を知って、私の中で今の子達にはどこまで理解されているのかなっていう疑問がわきました。

私はリアルタイムで幼少時代から、初代『俺はあばれはっちゃく』を見てきて、それは現実の自分達が生きている時代と全く同じで、ドラマに登場してくる小道具も、街の中も教室の中も、自分達が使い慣れ、見慣れたものばかりなので、なんの疑問を感じることなく、ドラマ世界に入っていったのですが、保育園児のみなさんにとっては、それこそ、お父さん、お母さんよりも前のお祖父ちゃん、お祖母ちゃん時代の大昔、テレビは箱でチャンネルは回すようになっているし、黒電話なんてあの黒い変な形のものは何?って感じなんだろうなって思います。

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初代長太郎達が遊んでいた携帯ゲームなんてのは、現在では見かけないし、竹の子族も知らないだろうし、スマホタブレットもスイカもない世界だから、どうしているのって疑問に感じているんでしょうね。

4代目『痛快あばれはっちゃく』でようやく信彦がパソコンをするようになってきて、パソコンが登場してきますけど、今から見たら、どんな旧式なんだの世界だし。台所用品や家事道具も現在とは形が変わっていますしね。圧力鍋やら洗濯機やら。

そういう時代の変化で進化していった、消えていった日常生活の小道具やら、風習やら文化やらを『あばれはっちゃく』を通して、知ってもらうというのは、歴史を知る意味で大事なんだなって思います。また、時代や生活様式や道具が変化しても、変わらない人が心惹かれ、心打たれるものが確実に存在しているからこそ、『あばれはっちゃく』を知らない世代にも受け入れたんだなって思うと、とても嬉しいです。

当時、分かっていたものと知らないものと

放送当時、同じ時代を生きてきてドラマの世界のことは、そのまま自分達の生活と変わりがなく、自然に受け入れてきた私ですが、子どもの頃に見ていた時は分からなかったものがドラマに登場してきました。その殆どが、私が幼稚園児の頃の初代『俺はあばれはっちゃく』に多く、後に調べて知ったり、一緒に見ていた両親から教えてもらったものもあります。

例えば、初代18話「友情と引っ越しソバマル秘作戦」で正彦が歌った「馬鹿は死ななきゃ治らない」が浪曲師2代目広沢虎三の『清水の次郎長』の一節だったりとか、初代52話「恐怖の劇画だマル秘作戦」で車中で長太郎達が歌っていた歌が、中村メイコさんの1955年のヒット曲『田舎のバス』だったとかというのは、父に教えてもらったり、職場のパートのおばさん達に教えてもらって知ったことでした。

過去記事にも、それらについて記載しているので、興味がある人は読んでみてください。

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こうして、現役で『あばれはっちゃく』を見ていても、ドラマ(劇中)に出てくるもので知らないものもあったりしたので、そのドラマの世界から40年以上、一番近い5代目『逆転あばれはっちゃく』でさえも36年も離れた現代の子には不思議なことがいっぱいなんだろうなって思います。

『痛快あばれはっちゃく』35話「ばあさん退治だマル秘作戦」で長太郎達が柳さん宅に討ち入るのは、『忠臣蔵』のパロディだと分かる人は現在、どのくらいいるのかなって思います。『忠臣蔵』の時代劇は12月になると放送されていたのも、随分、昔の話になってしまいましたからね。他にもその時代に流行った流行歌や歌手や文化なども、その時代を知らない人達には新鮮なんだろうなって思っています。

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『痛快あばれはっちゃく』35話より

途切れるもの変化していくもの変わらないもの

なんというか、こう、みていくと、途切れて断絶してしまって今は通用しなくなってしまった文化や道具、形を変えて今も存在しているもの、時代が変わっても変わらないものが、こんなにたくさんあるんだなってことを、わらさんのコメントを読んで、私自身の半生を『あばれはっちゃく』と共に振り返りながら思いました。

そして、もうすぐ今年もあと僅かで「過去」になっていき、その過去から残るもの、変わっていくもの、変わらないものが出てくるんだなって感じています。後に残らなくても、その時代に確かに存在していたことは、現在を生きている私達が証人なんですよね。いつか、この時代(2021年)を知らない世代にこの時代のことを尋ねられた時が来たら、教えてあげることが出来たら素敵だなって思います。