柿の葉日記

主にテレビドラマ「あばれはっちゃく」について語る個人ブログです。国際放映、テレビ朝日とは一切関係がありません。

前番組(作品)の出演者を後番組でも起用するスピンオフ

今ではその意味を失った

「スピンオフ」の意味は今ではブログタイトルの意味は殆どなくなり、ある作品で主役ではない登場人物を主人公にして新たに作った作品(派生作品)のことを示す言葉になりました。また、スピンオフは経済用語としての意味、科学技術用語としての意味としての意味があります。現在、スピンオフの意味を検索すると、この3つ派生作品、経済用語、科学技術用語の意味の記述しかなく、かつて、日本のテレビ業界で使われていた意味でのスピンオフの意味の解説が殆ど出てきません。

ただより深く調べていくと、ウィキペディアの「派生作品」の項目に、私がお伝えしたい意味のスピンオフの記述が日本での広がりの項にありました。

日本での広がり

日本においては外国(特にアメリカ)映画などを扱う業界では比較的以前から使われていた言葉だが、一般には馴染みの薄い言葉であった。

テレビ業界では新作放映時に視聴者をつなぎとめるため、前作の出演者から1人次の作品に残すという慣習が存在したことがあり、これを出演者のスピンオフと呼んでいたことが桜井浩子毒蝮三太夫の対談などで語られている。具体的には、『ウルトラQ』から『ウルトラマン』への桜井、『ウルトラマン』から『ウルトラセブン』への毒蝮がそれに該当する。

ja.wikipedia.org

また、スピンオフの意味を分かりやすく語った毒蝮三太夫さんのインタビュー記事がありますので、そちらの記事へのリンクとスピンオフの意味を語られている部分を引用します。

「あれはアメリカのスピンオフっていう、番組のレギュラーで一人だけ残すというので、俺が残ったんだけど、『ウルトラマン』と『ウルトラセブン』という、一番おいしいところ2つに俺が残っちゃったんだからラッキーでしたね」(下記インタビュー記事一部より引用)

post.tv-asahi.co.jp

俳優は別人を演じる

俳優は別人を演じるのが仕事です。同じ人物が演じているからといって、必ずしも同一人物だとは限りません。極端な例を出すと、大河ドラマ真田丸』の真田信繁(幸村)と『半沢直樹』の半沢直樹は同じ堺雅人さんが演じていますが、全くの別人です。別作品、別の世界観になれば同じ俳優が演じていても別人になるのが俳優です。

あばれはっちゃく』の場合、同じ時間帯で結果としてシリーズが続き全てに原作の『あばれはっちゃく』のタイトルが入っているために、同じ作品がずっと続いたという錯覚、認識がある、あった人達が多いと思いますが、初代から5代目まで、それぞれに独立した別世界の別のドラマ作品です。

つまり『俺はあばれはっちゃく』『男!あばれはっちゃく』『熱血あばれはっちゃく』『痛快あばれはっちゃく』『逆転あばれはっちゃく』はそれぞれに別作品なのです。だから、毎回世界設定も人物設定、人間関係も前の『あばれはっちゃく』の世界を引き継いでいないのです。時々、メタ的にシリーズの定番や共通する俳優ネタをお遊びで使っていましたが、それはシリーズをずっと見ていた視聴者との間での楽しみの面がありました。

スピンオフと一人二役は違う

共通する俳優ネタが出来るのは、上記で説明したスピンオフを『あばれはっちゃく』シリーズでも使っていたからです。そして、俳優は違う役を演じるのが仕事であるので、別作品の次の『あばれはっちゃく』にも違う役、別人として再出演されるのです。違う作品で別の役を演じることは、一人が何役も演じている一人二役、一人三役とは意味が違います。一人何役というのは、同一の作品内で同じ役者が違う役を演じることです。

『俺はあばれはっちゃく』と『熱血あばれはっちゃく』は違う作品になるので、木村有里さんがヒトミちゃんのママとあけみちゃんのママを一人二役していたとはならないのです。これは『俺はあばれはっちゃく』で公一の母ちゃんや『男!あばれはっちゃく』で章の母ちゃん、『痛快あばれはっちゃく』で恵子ちゃんのお母さんを演じた青木和代さんも同様です。

また、その一方で同一の作品内で一人の俳優が複数役を演じる一人二役の話が『あばれはっちゃく』シリーズ作品にはいくつかありました。例えば『男!あばれはっちゃく』で弘子ちゃんそっくりな女の子イクエちゃんが登場した37話「売るゾ焼き芋マル秘作戦」での戸川絵夢さんが弘子ちゃんとイクエちゃんの二役、『逆転あばれはっちゃく』13話「珍登場はっちゃく兄貴」の話で東野英心さんが長太郎の父ちゃんと木戸洋一(演・栗又厚さん)の父親の木戸洋之助の二役を演じた話などです。

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『男!あばれはっちゃく』37話より

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『逆転あばれはっちゃく』13話より

ややこしい話になるのですが『逆転あばれはっちゃく』で、『男!あばれはっちゃく』の長太郎だった栗又厚さんが出演したのはスピンオフであり、さらに面倒なのはそのスピンオフが一人だけでなく『あばれはっちゃく』シリーズの場合長太郎の父ちゃんを演じた東野英心さん、母ちゃんを演じた久里千春さん、長太郎の担任の先生を演じた山内賢さんは『俺はあばれはっちゃく』から休むことなく『逆転あばれはっちゃく』までスピンオフで出演し続けた俳優であるということです。

このスピンオフと一人二役、また、シリーズを通して視聴者が理解できるメタ的な要素が『あばれはっちゃく』には混在していて『逆転あばれはっちゃく』13話はこの3つの要素がてんこ盛り状態なのです。前作品の出演者を引き続き使うスピンオフがあり、同じ作品内で同一俳優が違う役を演じる一人二役東野英心さんの長太郎の父ちゃんと洋一の父ちゃんの一人二役)があり、2代目あばれはっちゃく桜間親子のキャスティングがメタ的に入っているという具合です。

これは、俳優の仕事とかつてのテレビ業界でのスピンオフの意味を理解していないと、こんがらかって訳が分からない状態になると思います。だから、深く考えずに、よく似た世界のよく似た他人がいて、面白いなって受け止めたらいいのではないかなって思います。

その存在は唯一無二

私は子どもの頃は『あばれはっちゃく』の世界は本当の世界だと思っていました。『あばれはっちゃく』に限らず戦隊ヒーローもウルトラマンもテレビアニメの世界も自分と同じ世界だと信じて疑いませんでした。その中でも『あばれはっちゃく』は自分が今、現実に生きている世界と全く同じだったので、これは長太郎達の生活をひっそりと見ているんだ、東京には長太郎達が住んでいるんだって思っていました。

東京に住むお祖父ちゃんのおうちに帰省しても長太郎達を見かけたことはないのに、お祖父ちゃんの家は足立区だから、世田谷区の長太郎達はいないんだって勝手に納得していました。また、アニメも声優なんて存在は知らずに、アニメのキャラクターの声はそのキャラクターの声そのものだと思っていたので、小学校入学前に何かの雑誌で『ドラえもん』の声優の人達の顔写真を見た時は、ものすごいショックでした。

だから、わらさんが園児の皆さんに、ドラマは俳優さんがいろいろな役を演じているんだよって話すことが出来ないというのも、とても理解できます。ここでは、やはりスピンオフや一人二役、俳優の仕事については園児の皆さんにまだ話す時期ではないと思っています。

かつての子ども達の皆さんへ

基本的にこのブログが推定する読者はかつて子どもだった大人の人達、ドラマと俳優の演じる役の区別が既についている人達に向けて書いています。現在は意味が変わってしまった『あばれはっちゃく』が製作されていた時代のドラマのシステムを理解することは、作品をより楽しむことに繋がると思って書いてきましたが、わらさんのコメントを読んで私の配慮が足りなかったと思いました。

また、ここでしつこく書いてきた「スピンオフ」の意味も現在は殆ど意味が通じないので、私のブログで得た知識は他で披露しない方がいいと思います。でないと、嘘つきかスピンオフの意味も知らない無知な奴だと思われるのが関の山です。

私が嘘つきで無知で馬鹿でアホな奴だと思われるのは、長年、柿の葉日記を書いてきて、傷ついてきましたが慣れていますし「あー、そうですか」って思うぐらいには図太くなってきたのでいいのですが、私のブログの読者の方々に同じ嫌な思いはさせたくはありませんから、このブログで得たドラマ知識は外に出さない方がいいと思います。

このブログでは『あばれはっちゃく』を覚えていて、今も好きな大人になった皆さんがドラマをより楽しむことを願って、拙いながら私も当時のドラマ制作の常識を勉強しつつ、現在では廃れてきたシステムについても、勉強して得た知識をこのブログで書いてきました。ただこの知識は、今は通じないことが多いので、読者の皆様と私だけの分かる者達だけの共通の認識にしておいたほうが無難だと思います。

もしも、その共通認識が正しく伝わっていないと感じたら、私はより理解出来るように説明していきます。だから野暮だと思いましたが今回の記事を書きました。お気を悪くされた方がいましたらごめんなさい。