柿の葉日記

主にテレビドラマ「あばれはっちゃく」について語る個人ブログです。国際放映、テレビ朝日とは一切関係がありません。

誰も知らないけれど

今日は私の47歳の誕生日でした。いろいろなことがありました。死に向かって生きていて、どんなに頑張って健康を気遣っても、死んでしまえば何にも意味はないんだなって考えることが増えて、頑張って生きていることが虚しく感じることが強くあります。何かしら楽しいことがあって笑っても、その後に無意味だなって思うことが早くなってきて、心が疲れているようです。

47年前に結構大変な難産で生まれてきたんですが、いろいろとあって、30年以上も病気で無駄な時間を過ごしたこともあって、私の人生無駄に長くて無駄に生きてきたなあ。生きている意味なかったなあって考えることばかりで。嫌になりますね、こんなマイナス思考の考え方。

人に嫌われ、憎まれ、嫌がられ、気味悪がられて、適当に利用されて、ダシにされて、適当なゴミ屑扱いされて、踏み台にされて、引き立て役として、チリ紙程度の利用価値で使い捨て扱いで47年も生きてくると、こういう思想になってしまうんだなっていう悪い例ですね。

大人しいと先生にも馬鹿にして悪い例として晒上げて、いろいろなことにチャレンジするやることに対して、失敗して取り返しがつかなくなって笑い者にされたら、もう何もかも終わりだって小学生の時に担任の教師に刷り込まれると30年以上経っても、その後の人格に影響を与え続けるんだなってことを身をもって知ると、子どもを晒し者にする大人は酷い人だなって思うようになりましたね。

私が子どもの時に『あばれはっちゃく』の先生を信頼して、当時、好きだったのはその時に自覚はなかったけど、今ならば、ちゃんと子どもを育んでくれる信用できる大人だったからかもしれません。