柿の葉日記

主にドラマ『あばれはっちゃく』について語る個人ブログです。国際放映、テレビ朝日とは一切関係がありません。

人でなしの柿の葉

遠慮と油断

私、柿の葉は人間関係の構築が苦手です。自分から相手に積極的に関係を作るのが出来ないのです。

人から嫌われている。嫌われ者の私が一緒にいたり、私と仲良くしてはその人にも被害が及ぶと考えてしまいます。

だから、人とは一定の距離を保ち、相手から見るとその人を避けているように、私がその人を嫌っているように見えてしまいます。実際に相手からそういうことを問いただされたことがありました。

その時は、相手が聞いてくれたことで、私がそれを否定し誤解はとかれましたが、こんなのは一つだけです。

仲良くなるのに時間がかかる私ですが、仲良くなると今度は私は図々しくなります。

相手が私を受け入れてくれたことに安心して、油断をしてしまい、気がつけば相手から距離を置かれて、疎遠になり、縁を切られてしまうのです。

時に、相手の事を心配して声をかけたいと思いながらも、今、大変な時に私との時間を作る事は相手の負担になってしまわないか?相手に私の手紙、メール、文章を読む時間で体力と心を消費しないか?相手を気遣いながらも、結局は相手に私の存在をアピールするだけの自我を押し付けていないか?といろいろと考えて、結局は何も相手を気遣う言葉を相手に差し出すことなく、何もしないまま時が過ぎていきます。

私は、自分の身勝手さをよく分かっているので、仲良くしてくださる方にとって、負担がかかり、その方が私よりも付き合いが長く、信頼している人が私のような人間を信頼してはいけないと諭されれば、私は相手を思いやる言葉や行動を頭や心で思っていても、それを実行したらどうなるか、私のような人間が出しゃばって失敗したらどうなってしまうか、私の自己満足の相手に私を認めて欲しい承認欲求を満たす為だけに、相手の都合も考えず押し付けてしまうのではないか?と考えてしまうので、どうしても、どんな方でも壁を作ってしまいます。

私が必要最低限の言葉しかかける事が出来ない時、何かしら情報がない場合で相手に伝える内容がない時は、熟考した上でそれ以上の言葉を紡ぐと自我の押し付けになってしまうから迷った挙句に止めたということです。

それでも、好きな話題には、つい自分の知識を誇示したい悪い私の性格が出ます。

自分に自信がないくせに、人から嫌われる人間のくせに、人に何かしら与えることの出来る人間だと錯覚して、気持ちよくなって、相手の事を考えずに自我を出して押し付けて、快楽の中で気持ちよく溺れてしまうのです。

その後で激しい自己嫌悪に陥り、私は自分の気持ちを人に押し付けるのがとても怖くなって、相手が心配でも声をかけられない「人でなし」になります。

元々、優しさのない「人でなし」なので、それを自覚するだけなのですが。

こんな人間が『あばれはっちゃく』を通して、人の心を伝えるのも可笑しな話です。

それでも、『あばれはっちゃく』と柿の葉は別物。

このブログの管理人柿の葉は薄情で人でなしです。

私とは切り離して『あばれはっちゃく』という作品を楽しんで頂ければと思います。

人でなしの私も少しでも、心ある優しい人になるために『あばれはっちゃく』を何度でも読み、見ていきたいと思います。