柿の葉日記

主にドラマ『あばれはっちゃく』について語る個人ブログです。国際放映、テレビ朝日とは一切関係がありません。

山際監督の本

山際監督の本

コメント欄で、なんぱくさんから教えていただいた山際監督の本『監督山際永三大いに語る 映画『狂熱の果て』から「オウム事件」まで』を買いました。

内藤誠監督、内藤誠監督の息子さんの内藤研さんが山際監督にお話を伺う形で生い立ちから、映画界に入ってのこと、子ども作品と子役との関係、ロス事件の三浦氏との関りなどの山際監督の活動など、知らなかったこと、改めて確認したことなど認識を深く知ることが出来て、とても嬉しい本でした。

現在、私は1930年代の映画作品を見て、映画の歴史の勉強をしている最中なのですが、山際監督とその作品を知るにあたって、改めて映画の歴史を勉強をしっかり深くしなければいけないと、自身の勉強不足を恥じました。

山際監督の本を作る企画を出してこの本を作り上げてくださった内藤誠監督は、本書の中にも記載がありましたが、『鉄人タイガーセブン』(1973年)で監督をされていたことで、存じ上げていた監督の方で、私にとっては印象深く、好きな監督の一人であり、その方が同じく尊敬し大好きな山際監督の本を書いてくださったことは、とてつもなく贅沢で、裏表紙には大好きな『俺はあばれはっちゃく』(1979年)の吉田友紀さんの長太郎の写真もあって、本当に嬉しく大事な大切な一冊の本になりました。

なんぱくさん、本のことを教えてくれてありがとうございます。本の内容について、感じたことについては、いずれまた書きたいと思います。

監督 山際永三、大いに語る;映画『狂熱の果て』から「オウム事件」まで

監督 山際永三、大いに語る;映画『狂熱の果て』から「オウム事件」まで

 

 

『はてなダイアリー』今までありがとう、これからは『はてなブログ』でよろしく!

はてなダイアリー』がめぐり合わせてくれた出会いに感謝

 

はてなダイアリーの終了は残念です。2005年、13年前からはてなダイアリーを使い始めました。

様々なブログサービスの中で、はてなダイアリーが私にはとても使いやすく、やりやすかったので、すごく重宝しました。

既にはてなブログに移行させてもらいましたが、そこから始めた『あばれはっちゃく』シリーズの感想、考察を通して、ファンや出演者、制作者の方達との出会いがありましたから。

はてなダイアリーに、日々感じたこと、好きなことを書いてきて、それを通して普通なら出会えない人達と出会い、交流をすることが出来ました。

上に書いた『あばれはっちゃく』シリーズのファンや出演者、制作者の方達もそうですが、趣味の折り紙の愛好家の仲間、枡野先生の「かんたん短歌」など、はてなダイアリーがなければ、こうした自分の好きなものへの思いを書くことはなく、同じものを好きな人達との交流もなかったと思うと、とても寂しく、そうした交流があったからこそ、楽しい時間を持てたのだと、とても感謝をしています。

はてなダイアリーの終了は、とても残念ですが、これからは、こちらのはてなブログの方で引き続きお世話になります。

はてなブログのサービスが長く続くことを願っています。

はてなダイアリーおつかれさまでした。

はてなブログ、これから先もよろしくお願いします。

予期せぬ人気と延長がもたらした長太郎役の変遷理由(推測)

オーディションなし

『俺はあばれはっちゃく』の長太郎役は、オーディションなしで吉田友紀さんに決まりました。

プロデューサーが吉田友紀さんを指名したことは、『俺はあばれはっちゃく』DVDBOX2の解説書にある吉田友紀さんのインタビューの中で、吉田友紀さんが答えています。

ーー主役はオーディションで決められたのでしょうか?

吉田:当時『気まぐれ本格派』というドラマに出ていたんですが、それが終わった頃に母親から「主役の話が来ている」と言われまして、それでやってみることにしたんです。プロデューサーの方は主役を僕にきめていたそうで、「鼻があぐらを掻いているからお前に決めた」と言われました(笑)。ですから、オーディションは受けていません。

インタビューでは、『俺はあばれはっちゃく』が当初2クール、26話で終わる予定だったことも話されていて、クランクインした1978年12月時点で、1966年8月4日生まれの吉田友紀さんは12歳。

半年後に終了して中学生になったとしても、中学1年生の1学期で撮影が終了するとして、吉田友紀さんが小学5年生の桜間長太郎を演じるのに無理はないと判断と、それまでの吉田さんの実績から、長太郎役に指名したのだと考えられます。

しかし、予想に反して『俺はあばれはっちゃく』は10話を超えた頃から視聴率20%近くの人気番組となり、放送の延長が決定して、全56話約1年間と一ヵ月(1979年2月3日~1980年3月8日)の作品となりました。

この間に吉田友紀さんは13歳の誕生日を迎え、声変わりもしていき、身長も伸びていきます。

この成長は吉田友紀さんがこれ以上、小学生の長太郎を演じることが出来ないことを意味します。

予期せぬ人気と延長

人気番組になった作品を止めてしまうのはもったいない、主役の吉田友紀さんは小学生の長太郎を演じるのには無理が出てきた、そこで新たなシリーズとして続けていくことにし、2代目長太郎役を探し始めた結果、栗又厚さんを2代目長太郎役にした新シリーズ『男!あばれはっちゃく』を始めたと考えられます。

あばれはっちゃく』は最初から長期ドラマとして始まった作品ではなく、人気が出た結果、延長が決まった長期ドラマ作品であり、制作側が吉田友紀さんの成長を考えずにキャスティングしたという説、元々は半年で終わる予定のドラマだったことであることから中学生になった吉田友紀さんを1年しか使えなかった教訓として、後のシリーズの長太郎役の配役に生かしたという説は、いささか信憑性に乏しく、結果、長期ドラマシリーズになった『あばれはっちゃく』を後年から見て唱えた説に見え、当時の事情を見ていない説に思えます。

吉田友紀さんが成長によって1年しか使えなかったから、後のシリーズの長太郎役が役と同い年、年下の子役にしたのではなく、人気作品になった結果、長く続けていけることが分かったからそうなったと考えるのが自然のように思います。

 

吉田友紀さんのインタビュー記事から『俺はあばれはっちゃく』の延長が決まり25話の伊豆のロケがご褒美ロケだった事実、2代目に長太郎のライバル役、初代の正彦にあたる邦彦を演じた長野昇一さんがヒトミちゃんの従弟のサトル役で27話に出ていて、それがカメラテストであったという吉田友紀さんの証言から、当初の予定だった2クールを迎える頃、あるいは過ぎた頃に2代目の準備はその頃に始まっていたことが考えられます。また、本格的な2代目の主役探しは10月から始まっていたことが6年前の浮草さんのブログから分かっています。

制作側の配慮

長太郎役は吉田友紀さんのはまり役でした。

吉田友紀さんが中学生になり、小学生の長太郎を演じられなくなったのなら、中学生の長太郎の話にしても良かったように思います。

でも、『あばれはっちゃく』は小学生が主人公の物語であり、子どものためのドラマであったこと、小学生を中心とした子どもに向けて制作されていた作品であったこと、主演で出番が多い子役の学業への負担への配慮もあって、山中恒先生の原作の小学5年生~6年生の長太郎を演じるのは、その長太郎に近い年齢の子どもである必要があったのだと思います。

鍛治昇プロデューサーは作家の人達が書いて来た脚本を何度も何度も訂正しながら、おとな中心ではなく、あくまでも子ども中心のドラマにつくり上げていっているのだ。例えば、長太郎役が吉田友紀君から、栗又厚君へ、そして現在の荒木直也君へと変わって来ているのもそのためなのだ。

感受性がどんなに豊かで、お芝居がどんなに上手な子でも、その子が中学生になってしまうと、学校の勉強があったり、中学生として、また高校生としての人間的な生活を学んでいかなければ素晴らしい大人になることが出来ないだろう。

 そういった配慮が制作上の他の問題にもいろいろとなされているのだ。

 

クラブと恋と夢 (手をつなぐ中学生の本)

クラブと恋と夢 (手をつなぐ中学生の本)

 

これは3代目『熱血あばれはっちゃく』放送中に父ちゃん役の東野英心さんが書いた本『クラブと恋と夢』にある言葉です。

子ども中心のドラマ作りは、初代『俺はあばれはっちゃく』の企画段階からあったと作品を見て思うのですが、長期シリーズになって、見ている子ども達だけでなく、そこに更に演じる子役に対しての配慮も生まれてきたのではないか?と、私は東野さんの本を読んで思ったのです。

あばれはっちゃく』の人気と終わり

2代目『男!あばれはっちゃく』で最高視聴率21.7%、全102話の平均が15.7%だったのが、3代目『熱血あばれはっちゃく』になると最高視聴率19.7%、全49話の平均が15.7%になり視聴率の面から見て人気に陰りが見えてきます。

4代目『痛快あばれはっちゃく』で微妙なマイナーチェンジをしたことは、以前も書きましたが、これも過去に書いていますが、5代目『逆転あばれはっちゃく』は大きな変更をしています。

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設定年齢よりも年齢が低い酒井一圭さんを長太郎役にしたのも、4年生から話を始めたのも、5代目以降もDVDの解説書にある当時の企画書を参考に書いてある企画概要を読むと『あばれはっちゃく』を続けていこうという作り手の気持ちがあったと感じられます。
酒井一圭さんに決まったのは、実年齢よりも体が大きかったのも理由の一つだったようです。

初代は、思わぬ形で延長になり、当初の予定と違った形で番組が続きましたが、5代目はこれからも続けていこうとしたのが、予想に反してこれまでの視聴者や新たな視聴者の支持を得ることが出来ずに、半年で終わってしまったのだろうと思います。

短く終わるつもりで作った作品が長期作品になり、長期作品にするつもりでマンネリを打破して続けていこうとした作品がシリーズ最終作になってしまったというのは、皮肉な話です。

憶測『あばれはっちゃく』を支えた世代

私は放送当時の子どもの頃は4代目までしか見た記憶がないのですが、5代目の制作側にとって予想外の終了になったのは、『あばれはっちゃく』の主な視聴者であった小学生の大半が中学生になっていて、対象となる視聴者が離れていったのではないかと推測します。

私は1974年生まれですが、第二次ベビーブーム世代で子どもの数が多かった世代です。

この第二次ベビーブーム世代が『あばれはっちゃく』の中心視聴者だったのではないでしょうか。

その世代が成長して離れ、下の世代が『あばれはっちゃく』を選択しなくなっていき、『あばれはっちゃく』は終わってしまったのではないかと私は思います。

あばれはっちゃく』の原作小説は1970年~1972年読売少年少女新聞に発表されて1970年6月2日~1972年3月30日まで連載された作品で、1979年にドラマ化した時にも、今の時代に流行るのだろうか?と『俺はあばれはっちゃく』のメイン監督であった山際監督は話されていました。

その『あばれはっちゃく』が受け入れられ、1979年2月~1985年9月まで続いたことこそが奇跡であり、その奇跡の時代を『あばれはっちゃく』を受け止める子どもとして過ごせたことは、とても幸せだったのだと思います。

もしも、ドラマになってなかったら、原作の『あばれはっちゃく』もというよりも、『あばれはっちゃく』の世界を知らずに大人になっていたと思うと、私が幼児の頃から小学生時代までの間にドラマにして見せてくれた全ての『あばれはっちゃく』を生み出してくれた方々に感謝をしています。

ありがとうございました。

今日も私は、なんとか生きています。

悲しい知らせ

お久しぶりです。

ある日、4代目『痛快あばれはっちゃく』のDVDを再生していた時でした。5話の「富士山を走る少女」の途中で画像が乱れてしまったのです。

ディスクが汚れているのかなと思い、拭いてみたのですが、何度も同じところで乱れてしまいます。

よく見てみると、どうやら傷があり、研磨が必要だということが分かりました。

しかし、過去に個人的に研磨で失敗したことがあり、1話~4話まで正常に見られるDVDを研磨することが怖くて、そのままにしています。

プロに頼むのがいいのでしょうが、そこまでのずくがありません。

気持ちが折れてしまい、DVDを見ることも、研磨をすることも、頼むことも面倒になっていて、気持ちの立て直しが今でも出来ていない状態です。

大事に扱っていたので、どこで傷がついたのかと思うのですが、ノートパソコンに入れた時の入れ方が悪かったのかなと、同じノートパソコンにいれた別のDVDがノートパソコンの再生時に危うく同じような現象になりかけて、取り出し、テレビに接続してあるDVD再生機で見てみたところ、無事だったので、それくらいしか心当たりがないので。

一度は見ている話なのですが、もう一度見て、ブログで語りたいなって思って起きたことなので、私の自身の過失ですが、気持ちが沈んだまま、ブログの更新に手がつけられない状況が続いています。

暑い日が続く

まだ夏というには早いと思うのだが、暑い日が続く。

少し前は寒かったのに、今年は極端な寒さと暑さがやってきて、安定していないような気がする。

本格的な夏が来た時にどうなるか、今から心配である。

誕生日が設定されている唯一のあばれはっちゃく

誕生日が設定されている唯一のあばれはっちゃく

4年前の記事でも書いたのですが、今日4月1日は『痛快あばれはっちゃく』の主役桜間長太郎の誕生日です。

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あばれはっちゃく』ドラマ5作品で長太郎の誕生日が明確になっているのは、4代目の長太郎だけです。

4代目は4月1日の早生まれになっていて、誕生日が1日遅ければ、まゆみちゃん達よりも1学年下になっていたのですね。

1話で長太郎は父ちゃんに「4月2日生まれにしてくれていれば、小さいことで馬鹿にされずに済んだのに」と文句を言っているんですが、それだとまゆみちゃんとは同じ学年クラスにはなれなかったので、そこは父ちゃんに感謝しなきゃです。

4代目は、1話のアバンタイトルで長太郎を演じる坂詰貴之さんの自己紹介をしています。

これは、長太郎としてではなく、坂詰貴之としての自己紹介なんです。

そこで、坂詰さんの生年月日が分かりますし、家族構成も分かります。

ちなみに坂詰さんは、三人兄弟の末っ子とのこと。

長太郎役に就任して、視聴者に自己紹介をしたのも4代目だけで、こうしたメタ要素を4代目の1話を担当された初代から参加されていた脚本家の田口成光さんは好きだったんだなって改めて思います。

また、4代目まできて視聴者に『あばれはっちゃく』シリーズが定着していたからこそ、こうした自己紹介も出来たのかなって思います。

4代目は、2代目に続いて長く放送され、2代目と同じく6年に進級しました。

視聴者に『あばれはっちゃく』が定着したというのは、同時にマンネリも招いていて、『痛快あばれはっちゃく』は、梃入れをしている印象があります。

初代長太郎役を演じた吉田友紀さんを準レギュラーの島津隼人役に迎えて、早生まれで小さい4代目長太郎をアマチュアレスリングで鍛えるお兄さん役にして1話から登場させたり、3代目までエンディングも堀江美都子さんが歌っていたのを、4代目ではエンディングは松下丸子さんが歌っていたりしています。

何よりも、それまで逆立ちで閃いていた長太郎がブジッジではっちゃけたことは、大きな変化でした。

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ただし、このブログで8年前にも書きましたが、初代長太郎が閃くポーズは逆立ちが定番ではなく、様々なポーズが存在していて、その中で1話からあり、インパクトや使用頻度が高かったのが逆立ちによる閃きで、それを強く印象付けたのが、2代目、3代目でした。

特に3代目は、エンディングで毎回逆立ちをしているので、より強い印象をつけていたと思います。『巨人の星』での星一徹ちゃぶ台返しみたいなものです。

これが、5代目になるともっと大胆に変化をさせています。

4代目と5代目の変化については、4年前の記事をお読みください。

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様々な試行錯誤の中で、飽きられないようにと作り続けた『あばれはっちゃく』シリーズ。残念ながら、5代目で終わってしまいましたが、『あばれはっちゃく』で育った当時の大半の視聴者が幼稚園児、保育園児、小学生が小学校をするまでの間の私たち世代の児童ドラマだったのだなって感じています。

ともかく、4代目長太郎お誕生日おめでとう!

『俺はあばれはっちゃく』最終回

アバンタイトル

公園で花束をもらってるヒトミちゃん。

「お世話になりました」 

 長太郎が正彦を押しのけて花束を渡すと、蜂が出てきて長太郎を刺し、みんながあつまってきてオチ。

最終回のアバンタイトルは、メタ的な要素を含んでいます。

本編

先週からの続き。スキー場でヒトミちゃんの様子が変だと確信した長太郎は、ヒトミちゃんがおかしい原因を探り出そうと決意して登校し、廊下で佐々木先生に真っ先に問いただします。ヒトミちゃんは欠席。長太郎は不注意を佐々木先生に怒られますが、ヒトミちゃんのことを教えてくれないことや欠席しているヒトミちゃんを気にしない佐々木先生に怒りの目を向ける長太郎は、放課後、ヒトミちゃんの家にいきますが、一足違いでタクシーで外出してしまったヒトミちゃん。

ヒトミちゃんを追いかける長太郎ですが、追い付かず、お腹が減ったとへたり込みます。

場面は、河原で長太郎が佐々木先生と歩く場面。枯れた河原に座り、佐々木先生が長太郎に話しかけます。

「人と人の出会いがあるということは別れがあるということだ」 

 長太郎は、ヒトミちゃんの悩みを知りたいのに、そんなことを話し始めた佐々木先生の話に不審な顔をしますが、佐々木先生の話は続き、ヒトミちゃんが北海道に転校することを長太郎に伝えます。

1話からの回想シーン。ヒトミちゃんとの思い出の映像が長太郎の頭の中を駆け巡ります。ヒトミちゃんとの別れを拒絶する長太郎。長太郎は、ヒトミちゃんの家に行き、ヒトミちゃんのパパに転校の取りやめをいいますが、ヒトミちゃんのパパはこれは会社の都合だからと長太郎を優しく諭します。

会社の決めたことだから、転校は取りやめができないこと。

それは、大人の勝手の都合と怒る長太郎。

ヒトミちゃんのパパはヒトミちゃんのママと違って、長太郎に好意的で優しく微笑みながら長太郎の言葉を受け止めてくれるのです。

ここは、原作『あばれはっちゃく』を読んでいると、原作のみに登場する中学生苫村清治との会話を彷彿させます。

苫村清治の父親がヒトミちゃんのパパと同じ会社で、入れ違いにヒトミちゃんの家は北海道引っ越し、苫村の家は長太郎達のいる美玉市に引っ越してきたのです。

苫村はそれを長太郎に伝え、子どもは大人の都合に振り回される存在だからと告げ、長太郎にこう言います。

「僕たちは早く大人になることだよ」

苫村はてるほと同じ中学なのですが、ここで、てるほが中学の放送部で長太郎のことを話していることを伝えいて、これは、24話、50話でてるほが中学の放送部で長太郎のことを話していたエピソードの元になっています。

長太郎は、ヒトミちゃんのパパの会社の社長にもヒトミちゃんのパパの転勤を取りやめに交渉にいくのですが、受付で来月まで社長が戻らないと知り、それじゃ意味がないと怒ります。

なんとかして、ヒトミちゃんの転校を阻止したい長太郎。家に帰ると母ちゃんが喜んでいて、父ちゃんが課長になったことを告げます。額縁に入った辞令の紙を隣にご機嫌で酒を飲む父ちゃん。

会社の人事がその紙切れ一つで決まることを知った長太郎はヒトミちゃんの家のポストに、辞令の紙を入れますが、誤字だらけのその紙はヒトミちゃんのパパに添削されて戻されます。

「長太郎君 ありがとう!」 

 この一文が、長太郎の気持ちを分かってくれるヒトミちゃんのパパの優しさを感じます。ちなみに、父ちゃんがもらった辞令はこれです。

辞令 桜間長治殿 

右の者営繕課課長を命ず 

昭和五十五年三月二十日 

駅前スーパー株式会社 

取締役社長大野正一郎 

 ここで、父ちゃんの勤め先の会社名が判明します。父ちゃんが務めているスーパーは、ダイエーをロケ地にしていたのですが、劇中の会社名は「スーパー株式会社」だったのでした。

長太郎は、ヒトミちゃんの引っ越しが阻止できないことが分かると、今度は自分が北海道に転校しようと、父ちゃんの会社の支店が北海道にあることを正彦に確認して、父ちゃんが転勤することを考えて、父ちゃんの会社に行って父ちゃんの異動を父ちゃんの勤める支店長に求めますが、当然、それは父ちゃんの怒りを買います。

父ちゃんに怒鳴られて、長太郎は自力で北海道に行こうと、北海道に向かいます。

ヒトミちゃんの家に家の前で、一足先に北海道にいくことを心の中で告げる長太郎。

部屋ではヒトミちゃんがスキー場でみんなで撮った写真を見つめています。

翌朝、桜間家に一本の電話が入り、長太郎が警察に保護されたのを知り、父ちゃんと母ちゃん、佐々木先生、ヒトミちゃんが長太郎のいる交番に向かいます。

ヒトミちゃんが真っ先に交番の中にいる長太郎の元に駆け付け、長太郎の頬に平手打ちをします。

「大嫌いよ!長太郎君なんて!」 

 河原の水辺で長太郎とヒトミちゃんの二人。

転校をしないで自分の家から学校に通ってほしいという長太郎に、ヒトミちゃんは別れを受け入れない長太郎は、長太郎君らしくないと告げます。

「長太郎君なら、笑ってさよならいってくれると思っていたのに、それを教えてくれたのは長太郎君なのよ」

って。それは、39話で芸能の仕事の為に東京に転校することを拒絶して、長太郎に助けを求めた長太郎とヒトミちゃんの姿を思い出させます。

この時とは、違う態度をそれぞれした二人。

あばれはっちゃく』はドラマ化された時点で、原作は連載が終わっていたので、ヒトミちゃんの転校に関して、長太郎とヒトミちゃんの態度が違う姿を描いていたことが、ここの最終回で、ヒトミちゃんの転校を阻止する長太郎と、受け入れたヒトミちゃんの言葉に生きてきます。

「長太郎君なら、笑って「さよなら」言ってくれると思っていたのに」 

 39話の脚本もこの最終話を書いた市川靖さんの脚本です。

この脚本の担当の順番は、最初から決まっていたのか?それとも偶然だったのか?どちらにしても、ヒトミちゃんと長太郎の別れに対する態度のそれぞれ、39話と最終話で違う態度にしたのは、とても深いと思います。ヒトミちゃんの気持ちを理解した長太郎に笑顔で「大好きよ」と告げるヒトミちゃんに喜ぶ長太郎。

花が咲いているのを見つけたヒトミちゃんの言葉。

「もう春なのね」

3月になっているとは言え、まだ寒さも残る時期。撮影の時期を考慮すると、まだ冬の時期の頃。

それでも、春はそこまで来ている、小さい春を見つけてたヒトミちゃんの言葉に、別れの寂しさと、もうすぐ来る春の暖かさに希望を感じます。

終に、別れの朝。

長太郎を起こして、空港にヒトミちゃんを見送らないといけないと母ちゃんに言う父ちゃん。でも、長太郎は部屋にいなくて、てるほが出てきて何か朝早くからやっていて、もう外に出たことを告げます。

空っぽの長太郎の部屋の机の上にあるガラスの花瓶。それは、53話で割ったガラスの花瓶と同じもの。53話での話を思い出します。

てるほがガールフレンドのヒトミちゃんの為に動いた長太郎を褒めると、父ちゃんが女のケツを追いかけやがってと言えば、母ちゃんが父ちゃんが自分に結婚を申し込んだ話をして、てるほが両親が恋愛結婚だと知って冷かします。

そんな雰囲気で、桜間家の場面が終わり、羽田空港でヒトミちゃんが佐々木先生、正彦、公一、恵子ちゃん、明子、小百合からプレゼントをもらい、別れの挨拶をしています。

そこには、長太郎がいなくて、長太郎は正彦達がヒトミちゃんへのお別れのプレゼントの話し合いの誘いにも、ヒトミちゃんの転校阻止、父ちゃんの転勤願い、それが駄目なら自分が北海道に行くのに忙しくて、正彦達とは別行動をしていて、最後のお別れの空港にも来なくて、こんな大事な時にも遅刻をするなんて、と正彦達に呆れられます。

ヒトミちゃんも、皆との別れをしながら、目は不安そうに長太郎を探しますが、長太郎の姿はなく、飛行機に搭乗して外の景色を見て、隣に座るヒトミちゃんのママに話しかけます。

「ママ、この窓、曇っているわ」 

 窓は曇ってないので、ヒトミちゃんのママは少しだけびっくりしますが、ヒトミちゃんの目を見て、泣いていることに気づいていいます。

「そうね、曇っているわね」 

 娘の悲しみを素直に受け止めてくれるヒトミちゃんのママ。ヒトミちゃんのママは長太郎に偏見を持っていて、長太郎を大根で叩いたり、嫌味をいってきたりもしましたが、こうした優しさも持ち合わせていたんだなって。

ヒトミちゃんが窓の外で見つけたもの。

長太郎の最後のヒトミちゃんへのメッセージ。それは、あばれはっちゃく、長太郎らしいものでした。

長太郎が朝早くからしていたこと、飛行機から見えるようにヒトミちゃんへ書いた大きなメッセージの文字。

それは、幼かった視聴者の私たちへのメッセージにも感じました。

「はっちゃく、暴れようね。いつまでも…」

 ヒトミちゃんが乗る飛行機にいつまでも、手を振る長太郎。大きな声でヒトミちゃんに約束をします。

「ヒトミちゃん、約束するぞ!俺はあばれはっちゃくだ!これからも、ジャンジャン暴れるぞ!やあ!」

飛行機にいるヒトミちゃんと長太郎は離れていて、二人は直接に会話を交わしてないのですが、長太郎とヒトミちゃんが実質最後の会話をした時に既に気持ちが通じ合っていて、この二人の離れた距離での会話、思いのやり取りが実現しています。

長太郎の最後の言葉に、ドラマのタイトル『俺はあばれはっちゃく』が入っていて、「あばれはっちゃく」がどんな人物かということを、この1年間の中で伝えてくれました。

今は、このドラマを知らない若い世代がやんちゃをすることや、羽目を外すことなどで、「はっちゃける」と使いますが、人に迷惑をかけるだけではない、義理人情というか、生きるエネルギーに溢れ、辛いことも乗り越えていくバイタリティーのある生きる力があり、自分の為にも、家族の為にも、人の為にも力の限り生きる長太郎の生き方を知ってほしいなって、『あばれはっちゃく』で育った私は思います。