柿の葉日記

主にドラマ『あばれはっちゃく』について語る個人ブログです。国際放映、テレビ朝日とは一切関係がありません。

暑い日が続く

まだ夏というには早いと思うのだが、暑い日が続く。

少し前は寒かったのに、今年は極端な寒さと暑さがやってきて、安定していないような気がする。

本格的な夏が来た時にどうなるか、今から心配である。

誕生日が設定されている唯一のあばれはっちゃく

誕生日が設定されている唯一のあばれはっちゃく

4年前の記事でも書いたのですが、今日4月1日は『痛快あばれはっちゃく』の主役桜間長太郎の誕生日です。

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あばれはっちゃく』ドラマ5作品で長太郎の誕生日が明確になっているのは、4代目の長太郎だけです。

4代目は4月1日の早生まれになっていて、誕生日が1日遅ければ、まゆみちゃん達よりも1学年下になっていたのですね。

1話で長太郎は父ちゃんに「4月2日生まれにしてくれていれば、小さいことで馬鹿にされずに済んだのに」と文句を言っているんですが、それだとまゆみちゃんとは同じ学年クラスにはなれなかったので、そこは父ちゃんに感謝しなきゃです。

4代目は、1話のアバンタイトルで長太郎を演じる坂詰貴之さんの自己紹介をしています。

これは、長太郎としてではなく、坂詰貴之としての自己紹介なんです。

そこで、坂詰さんの生年月日が分かりますし、家族構成も分かります。

ちなみに坂詰さんは、三人兄弟の末っ子とのこと。

長太郎役に就任して、視聴者に自己紹介をしたのも4代目だけで、こうしたメタ要素を4代目の1話を担当された初代から参加されていた脚本家の田口成光さんは好きだったんだなって改めて思います。

また、4代目まできて視聴者に『あばれはっちゃく』シリーズが定着していたからこそ、こうした自己紹介も出来たのかなって思います。

4代目は、2代目に続いて長く放送され、2代目と同じく6年に進級しました。

視聴者に『あばれはっちゃく』が定着したというのは、同時にマンネリも招いていて、『痛快あばれはっちゃく』は、梃入れをしている印象があります。

初代長太郎役を演じた吉田友紀さんを準レギュラーの島津隼人役に迎えて、早生まれで小さい4代目長太郎をアマチュアレスリングで鍛えるお兄さん役にして1話から登場させたり、3代目までエンディングも堀江美都子さんが歌っていたのを、4代目ではエンディングは松下丸子さんが歌っていたりしています。

何よりも、それまで逆立ちで閃いていた長太郎がブジッジではっちゃけたことは、大きな変化でした。

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ただし、このブログで8年前にも書きましたが、初代長太郎が閃くポーズは逆立ちが定番ではなく、様々なポーズが存在していて、その中で1話からあり、インパクトや使用頻度が高かったのが逆立ちによる閃きで、それを強く印象付けたのが、2代目、3代目でした。

特に3代目は、エンディングで毎回逆立ちをしているので、より強い印象をつけていたと思います。『巨人の星』での星一徹ちゃぶ台返しみたいなものです。

これが、5代目になるともっと大胆に変化をさせています。

4代目と5代目の変化については、4年前の記事をお読みください。

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様々な試行錯誤の中で、飽きられないようにと作り続けた『あばれはっちゃく』シリーズ。残念ながら、5代目で終わってしまいましたが、『あばれはっちゃく』で育った当時の大半の視聴者が幼稚園児、保育園児、小学生が小学校をするまでの間の私たち世代の児童ドラマだったのだなって感じています。

ともかく、4代目長太郎お誕生日おめでとう!

『俺はあばれはっちゃく』最終回

アバンタイトル

公園で花束をもらってるヒトミちゃん。

「お世話になりました」 

 長太郎が正彦を押しのけて花束を渡すと、蜂が出てきて長太郎を刺し、みんながあつまってきてオチ。

最終回のアバンタイトルは、メタ的な要素を含んでいます。

本編

先週からの続き。スキー場でヒトミちゃんの様子が変だと確信した長太郎は、ヒトミちゃんがおかしい原因を探り出そうと決意して登校し、廊下で佐々木先生に真っ先に問いただします。ヒトミちゃんは欠席。長太郎は不注意を佐々木先生に怒られますが、ヒトミちゃんのことを教えてくれないことや欠席しているヒトミちゃんを気にしない佐々木先生に怒りの目を向ける長太郎は、放課後、ヒトミちゃんの家にいきますが、一足違いでタクシーで外出してしまったヒトミちゃん。

ヒトミちゃんを追いかける長太郎ですが、追い付かず、お腹が減ったとへたり込みます。

場面は、河原で長太郎が佐々木先生と歩く場面。枯れた河原に座り、佐々木先生が長太郎に話しかけます。

「人と人の出会いがあるということは別れがあるということだ」 

 長太郎は、ヒトミちゃんの悩みを知りたいのに、そんなことを話し始めた佐々木先生の話に不審な顔をしますが、佐々木先生の話は続き、ヒトミちゃんが北海道に転校することを長太郎に伝えます。

1話からの回想シーン。ヒトミちゃんとの思い出の映像が長太郎の頭の中を駆け巡ります。ヒトミちゃんとの別れを拒絶する長太郎。長太郎は、ヒトミちゃんの家に行き、ヒトミちゃんのパパに転校の取りやめをいいますが、ヒトミちゃんのパパはこれは会社の都合だからと長太郎を優しく諭します。

会社の決めたことだから、転校は取りやめができないこと。

それは、大人の勝手の都合と怒る長太郎。

ヒトミちゃんのパパはヒトミちゃんのママと違って、長太郎に好意的で優しく微笑みながら長太郎の言葉を受け止めてくれるのです。

ここは、原作『あばれはっちゃく』を読んでいると、原作のみに登場する中学生苫村清治との会話を彷彿させます。

苫村清治の父親がヒトミちゃんのパパと同じ会社で、入れ違いにヒトミちゃんの家は北海道引っ越し、苫村の家は長太郎達のいる美玉市に引っ越してきたのです。

苫村はそれを長太郎に伝え、子どもは大人の都合に振り回される存在だからと告げ、長太郎にこう言います。

「僕たちは早く大人になることだよ」

苫村はてるほと同じ中学なのですが、ここで、てるほが中学の放送部で長太郎のことを話していることを伝えいて、これは、24話、50話でてるほが中学の放送部で長太郎のことを話していたエピソードの元になっています。

長太郎は、ヒトミちゃんのパパの会社の社長にもヒトミちゃんのパパの転勤を取りやめに交渉にいくのですが、受付で来月まで社長が戻らないと知り、それじゃ意味がないと怒ります。

なんとかして、ヒトミちゃんの転校を阻止したい長太郎。家に帰ると母ちゃんが喜んでいて、父ちゃんが課長になったことを告げます。額縁に入った辞令の紙を隣にご機嫌で酒を飲む父ちゃん。

会社の人事がその紙切れ一つで決まることを知った長太郎はヒトミちゃんの家のポストに、辞令の紙を入れますが、誤字だらけのその紙はヒトミちゃんのパパに添削されて戻されます。

「長太郎君 ありがとう!」 

 この一文が、長太郎の気持ちを分かってくれるヒトミちゃんのパパの優しさを感じます。ちなみに、父ちゃんがもらった辞令はこれです。

辞令 桜間長治殿 

右の者営繕課課長を命ず 

昭和五十五年三月二十日 

駅前スーパー株式会社 

取締役社長大野正一郎 

 ここで、父ちゃんの勤め先の会社名が判明します。父ちゃんが務めているスーパーは、ダイエーをロケ地にしていたのですが、劇中の会社名は「スーパー株式会社」だったのでした。

長太郎は、ヒトミちゃんの引っ越しが阻止できないことが分かると、今度は自分が北海道に転校しようと、父ちゃんの会社の支店が北海道にあることを正彦に確認して、父ちゃんが転勤することを考えて、父ちゃんの会社に行って父ちゃんの異動を父ちゃんの勤める支店長に求めますが、当然、それは父ちゃんの怒りを買います。

父ちゃんに怒鳴られて、長太郎は自力で北海道に行こうと、北海道に向かいます。

ヒトミちゃんの家に家の前で、一足先に北海道にいくことを心の中で告げる長太郎。

部屋ではヒトミちゃんがスキー場でみんなで撮った写真を見つめています。

翌朝、桜間家に一本の電話が入り、長太郎が警察に保護されたのを知り、父ちゃんと母ちゃん、佐々木先生、ヒトミちゃんが長太郎のいる交番に向かいます。

ヒトミちゃんが真っ先に交番の中にいる長太郎の元に駆け付け、長太郎の頬に平手打ちをします。

「大嫌いよ!長太郎君なんて!」 

 河原の水辺で長太郎とヒトミちゃんの二人。

転校をしないで自分の家から学校に通ってほしいという長太郎に、ヒトミちゃんは別れを受け入れない長太郎は、長太郎君らしくないと告げます。

「長太郎君なら、笑ってさよならいってくれると思っていたのに、それを教えてくれたのは長太郎君なのよ」

って。それは、39話で芸能の仕事の為に東京に転校することを拒絶して、長太郎に助けを求めた長太郎とヒトミちゃんの姿を思い出させます。

この時とは、違う態度をそれぞれした二人。

あばれはっちゃく』はドラマ化された時点で、原作は連載が終わっていたので、ヒトミちゃんの転校に関して、長太郎とヒトミちゃんの態度が違う姿を描いていたことが、ここの最終回で、ヒトミちゃんの転校を阻止する長太郎と、受け入れたヒトミちゃんの言葉に生きてきます。

「長太郎君なら、笑って「さよなら」言ってくれると思っていたのに」 

 39話の脚本もこの最終話を書いた市川靖さんの脚本です。

この脚本の担当の順番は、最初から決まっていたのか?それとも偶然だったのか?どちらにしても、ヒトミちゃんと長太郎の別れに対する態度のそれぞれ、39話と最終話で違う態度にしたのは、とても深いと思います。ヒトミちゃんの気持ちを理解した長太郎に笑顔で「大好きよ」と告げるヒトミちゃんに喜ぶ長太郎。

花が咲いているのを見つけたヒトミちゃんの言葉。

「もう春なのね」

3月になっているとは言え、まだ寒さも残る時期。撮影の時期を考慮すると、まだ冬の時期の頃。

それでも、春はそこまで来ている、小さい春を見つけてたヒトミちゃんの言葉に、別れの寂しさと、もうすぐ来る春の暖かさに希望を感じます。

終に、別れの朝。

長太郎を起こして、空港にヒトミちゃんを見送らないといけないと母ちゃんに言う父ちゃん。でも、長太郎は部屋にいなくて、てるほが出てきて何か朝早くからやっていて、もう外に出たことを告げます。

空っぽの長太郎の部屋の机の上にあるガラスの花瓶。それは、53話で割ったガラスの花瓶と同じもの。53話での話を思い出します。

てるほがガールフレンドのヒトミちゃんの為に動いた長太郎を褒めると、父ちゃんが女のケツを追いかけやがってと言えば、母ちゃんが父ちゃんが自分に結婚を申し込んだ話をして、てるほが両親が恋愛結婚だと知って冷かします。

そんな雰囲気で、桜間家の場面が終わり、羽田空港でヒトミちゃんが佐々木先生、正彦、公一、恵子ちゃん、明子、小百合からプレゼントをもらい、別れの挨拶をしています。

そこには、長太郎がいなくて、長太郎は正彦達がヒトミちゃんへのお別れのプレゼントの話し合いの誘いにも、ヒトミちゃんの転校阻止、父ちゃんの転勤願い、それが駄目なら自分が北海道に行くのに忙しくて、正彦達とは別行動をしていて、最後のお別れの空港にも来なくて、こんな大事な時にも遅刻をするなんて、と正彦達に呆れられます。

ヒトミちゃんも、皆との別れをしながら、目は不安そうに長太郎を探しますが、長太郎の姿はなく、飛行機に搭乗して外の景色を見て、隣に座るヒトミちゃんのママに話しかけます。

「ママ、この窓、曇っているわ」 

 窓は曇ってないので、ヒトミちゃんのママは少しだけびっくりしますが、ヒトミちゃんの目を見て、泣いていることに気づいていいます。

「そうね、曇っているわね」 

 娘の悲しみを素直に受け止めてくれるヒトミちゃんのママ。ヒトミちゃんのママは長太郎に偏見を持っていて、長太郎を大根で叩いたり、嫌味をいってきたりもしましたが、こうした優しさも持ち合わせていたんだなって。

ヒトミちゃんが窓の外で見つけたもの。

長太郎の最後のヒトミちゃんへのメッセージ。それは、あばれはっちゃく、長太郎らしいものでした。

長太郎が朝早くからしていたこと、飛行機から見えるようにヒトミちゃんへ書いた大きなメッセージの文字。

それは、幼かった視聴者の私たちへのメッセージにも感じました。

「はっちゃく、暴れようね。いつまでも…」

 ヒトミちゃんが乗る飛行機にいつまでも、手を振る長太郎。大きな声でヒトミちゃんに約束をします。

「ヒトミちゃん、約束するぞ!俺はあばれはっちゃくだ!これからも、ジャンジャン暴れるぞ!やあ!」

飛行機にいるヒトミちゃんと長太郎は離れていて、二人は直接に会話を交わしてないのですが、長太郎とヒトミちゃんが実質最後の会話をした時に既に気持ちが通じ合っていて、この二人の離れた距離での会話、思いのやり取りが実現しています。

長太郎の最後の言葉に、ドラマのタイトル『俺はあばれはっちゃく』が入っていて、「あばれはっちゃく」がどんな人物かということを、この1年間の中で伝えてくれました。

今は、このドラマを知らない若い世代がやんちゃをすることや、羽目を外すことなどで、「はっちゃける」と使いますが、人に迷惑をかけるだけではない、義理人情というか、生きるエネルギーに溢れ、辛いことも乗り越えていくバイタリティーのある生きる力があり、自分の為にも、家族の為にも、人の為にも力の限り生きる長太郎の生き方を知ってほしいなって、『あばれはっちゃく』で育った私は思います。

『俺はあばれはっちゃく』の最初で最後の前後編

アバンタイトル

インド風の衣装をきて、大きな壺の前で縦笛を吹く長太郎。

本編

朝の登校の風景から。

佐々木先生と、公一、正彦、恵子ちゃん、明子、小百合の集団に挨拶をして入っていく長太郎。

長太郎に早起きが珍しいと佐々木先生。でも、『俺はあばれはっちゃく』の1話の長太郎は、すごく早起きで登校前にドンペイの散歩をすましていて、登校しているみんなに走りかけながら、挨拶をして登校していたりするですよね。長太郎の遅刻が定番になってきたのが、どこからかはこのブログでも過去に触れています。

開校記念日の学校が休みの日に、佐々木先生はスキーにいくとのこと。

長太郎はそれに便乗して、いつものメンバーを誘って、スキーに行くことにします。

さて、登校風景にいつもなら、いるはずのヒトミちゃんがいないのが気になります。

ヒトミちゃんは学校にいて、花壇の手入れをしているのですが、長太郎がスキーにいくアイディアを持ってきて、ヒトミちゃんの手を止めさせると、ヒトミちゃんは急に怒ります。

この話は、『俺はあばれはっちゃく』全56話の中での最初で最後の前後編になっており、1話完結ではなく、来週に話が続きます。

ただし、その前編にあたる脚本は安藤豊弘さん、次の後編、最終回の脚本は市川靖さんになっています。

『俺はあばれはっちゃく』は、山中恒先生の原作『あばれはっちゃく』に一番近いドラマ化で、最終回も原作『あばれはっちゃく』にちなんでいます。

ここで紹介した漫画版の『俺はあばれはっちゃく』も最終回は山中恒先生の原作と同じですが、原作、ドラマ、漫画とその結末に向かう話の内容は違っています。

ヒトミちゃんが最初の登校の場面でいなかったこと、花壇で怒ったこと、スキーに行くときに遅れて来たことなどは、先に山中恒先生の『あばれはっちゃく』を読んでいると、ある程度の予想がつきます。

今、結末を知って、こう何度も見返していると、ヒトミちゃんの空元気や長太郎と見た雪山の夕日を見て言った言葉がとても、深く心に沁みていきます。

「あの夕日、いつまでも忘れないわ 」

ヒトミちゃんの様子が変なことは、最初は正彦が気が付くのですが、長太郎がヒトミちゃんがそんないつまでも、長太郎がヒトミちゃんを怒らせたことを根に持つタイプじゃないと一蹴するも、スキー場でのヒトミちゃんの行動や先の発言を聞いて、いつものヒトミちゃんじゃないと思い、佐々木先生に問いただします。

雪山でヒトミちゃんといい感じになったりして、とてもかわいい。ソリで遊んだり、雪だるまを作ったり、雪合戦をしたり、このロケにはドラマには出番はなくても、父ちゃん役の東野さん、母ちゃん役の久里さん、姉のてるほ役の島田さんも来ていたのだそうです。

島田さんが解説書のインタビューで話されています。

ロケ地は伊豆と石打スキー場に行きました。石打は劇中には出ませんでしたが、私や東野さん、久里さんも同行して打ち上げしました。

さて、話はドラマに戻ります。

みんなが遊ぶ中、一人、ヒトミちゃんだけがどこかにいなくなります。長太郎は、吹雪の中ヒトミちゃんを探し、他のみんなは佐々木先生に報告。

ヒトミちゃんは雪に足を取られて転落して、助けを求め、長太郎が駆けつけます。

ヒトミちゃんがとった不自然な行動。 長太郎とヒトミちゃんが遭難したのは、緑のまぶしい19話の時以来。あの頃と比べると、長太郎もヒトミちゃんも成長しました。

ヒトミちゃんが長太郎に、隠し事を話そうとしたときに、佐々木先生が来てそれを止めます。

みんなのところに戻り、何事もなく過ごす長太郎達ですが、ヒトミちゃんの話そうとしたことが気になり、心配してきた公一に長太郎は怒鳴ってしまいます。

山中恒先生の『あばれはっちゃく』の最終回があり、それを踏まえていつもと違うヒトミちゃんを書いた安藤豊弘さん、そのバトンを受け継ぎ最終回を書く市川靖さん。監督はどちらも松生秀二監督です。

この頃は、既に並行してもっと前に、2代目『男!あばれはっちゃく』の撮影が始まっていたと思われます。山際永三監督は、『男!あばれはっちゃく』1話の監督をされています。

原作の最終回はもちろん、この話に限らず、これまでの約1年1か月と一週間、最終話56話までを踏まえた形での最終話が1980年3月8日に放送されました。

1980年は閏年だったために、『俺はあばれはっちゃく』55話は3月1日土曜日放送になっています。

この話が、長太郎のヒトミちゃんへの初恋の話でもあったことを改めて思い出させてくれる話でした。

母ちゃんと父ちゃん

アバンタイトル

金髪の鬘をつけドレスを着たヒトミちゃんが、ジュリエットになり、あの有名なセリフを喋っているところへ、鬘をつけた公一、正彦がきて、そして本命の長太郎のロミオが登場。

だけど…

本編

長太郎が学校から帰ってくると、母ちゃんがため息。いつも、元気に迎えてくれる母ちゃんの様子がおかしいです。

母ちゃんの主役の話の脚本は唯一の女性脚本家三宅直子さんと監督は川島啓志監督です。

専業主婦の母ちゃんは、自分とドンペイを重ねています。

そこへ、てるほが帰ってきて、母ちゃんに高校の同窓会のことを切り出します。

てるほが来ても、母ちゃんは落ち込んでいて、いつもとは違います。

家事の心配をする母ちゃんに、てるほが自分がいると母ちゃんを送り出すのですが、その途中で配達途中の公一母子と会っても母ちゃんは元気がなく、長太郎が様子を伝え、公一の母親も母ちゃんにクラス会で羽を伸ばすようにとアドバイスします。

気持ちが塞ぎこんでいた母ちゃんですが、高校時代のクラス会の会場になったカラオケの場で、合唱部の頃の素敵な歌声を聞かせてと言われて、大好きな歌を熱唱。

母ちゃんが歌がうまいのは、母ちゃん役の久里さんがオペラ歌手を目指していた方だから。

ちなみに、母ちゃんが合唱部だと分かるのは、この話の前、49話で50話の予告をした時に、ディスクジョッキー風に喋るてるほの後ろに来て、家族に合唱部だったことを明かしている予告で判明しています。

49話は予告も含めて、脚本は田口成光さん、50話は山根優一郎さんです。

この予告と、久里さんの経歴も踏まえての今回の母ちゃんの話になったのかなって思います。

母ちゃんの帰りが遅くて、父ちゃんは怒っていて、母ちゃんがご機嫌で帰ってきて、友達のとこで働いていいかと父ちゃんに聞きますが、父ちゃんは母ちゃんに家庭で自分達を迎える側にいて欲しいと反対します。

この話だけでなく、父ちゃんは母ちゃんに家庭にいて欲しいという願望が大きかったです。

それは、44話の女詐欺師が出てきた同じく三宅直子さんの話でも書かれています。

専業主婦としての仕事を優先させて欲しいという父ちゃんの気持ちを汲んで、自分のやりたいことを我慢する母ちゃん。

父ちゃんの妻になり、主婦になり、母親になって、自分の為よりも父ちゃん、家庭、子ども達の為に生きるようになって、それに対して生きることに疑問を持たずに母ちゃんは元気にいましたが、ここにきて母ちゃんが自分は何のために生きているのかと悩みだすのです。

母ちゃんが父ちゃんに仕事をすることを反対されたので、長太郎は母ちゃんにママコーラスのことを教えて、ママコーラスをさせますが、やはりここでも問題は父ちゃん。

公一の母親も誘われますが、公一の家は母子家庭の八百屋。

公一の母親は、笑いながらいいます。

「父ちゃんがいればね」 

 父ちゃんをどう説得するか?しかし、父ちゃんの考えは変わりません。仕事ではなく、趣味なんてと。

母ちゃんがママさんコーラスに参加している間に、父ちゃんがデパートの屋上で寒い中働いている場面があるのですが、この場面は2話で長太郎が父ちゃんが怒られながら、上司の正彦の父親に怒られている場所と同じで、2話で長太郎が父ちゃんの働く大変さを知る場面と重なります。

1979年に始まって1年近くで、父ちゃんの働く大変な場面を知る2話とこの最終回ちかくの54話で同じ父ちゃんの働く場面を持ってくることで、てるほ曰く、年中無休で働いている母ちゃんに対する息抜きであるママさんコーラスを反対する父ちゃんに説得力をもたせているのですが、専業主婦は息抜きも許されないという父ちゃんの考えに、長太郎もてるほも激しく父ちゃんに反発します。

今、思うと母ちゃんは軽い鬱状態だったのかもしれません。

父ちゃんが働いているからこそ、生活が出来るという母ちゃんの考えと、父ちゃんがいても母ちゃんが好きなことも出来ないのならいない方がいいという長太郎とてるほ。

これは、公一の家と比べているのですね。

母ちゃんの夫で、子ども達の親である自分が稼ぐから、その代わり自分を支えて欲しいという父ちゃんの願望。

外に出て大変なことは自分が引き受けて、家を守っているという父ちゃんのプライドがあるのでしょう。

けれども、それは母ちゃんをがんじがらめにしていること。

でも、母ちゃんはその前に一人の人間。桜間和子なのです。

てるほと長太郎に責められて、家を出ていく父ちゃん。

この話では、父ちゃんの母ちゃんへの依存の高さが見えて、それを長太郎が指摘して父ちゃんを駄々っ子のように言ってしまったのが、父ちゃんの心を傷つけました。

親離れ、子離れとありますが、妻離れというのも家庭の中である程度は必要なのかもしれないと感じました。

家族の自由をある程度認めること。なんでも、妻がいないと何も出来ないのではなく、妻を自由にしてあげる余裕も必要でそうでないと、相手の心が虚しくなってしまう。

父ちゃんは自分が母ちゃんになに不自由のない幸せを与えていると思っていても、母ちゃんはそれに感謝しながらも、どこか空虚を感じていたという、父ちゃんと母ちゃんの幸せに対するズレが今回の母ちゃんの元気のなさ、父ちゃんの母ちゃんの外への仕事、趣味への無理解に繋がったように思えます。

父ちゃんが出ていき、想定外の大事になって、てるほも心配をし、長太郎が閃きを発揮して、父ちゃんと母ちゃんが互いに相手を探し出し、お互いが大切な存在であることを再確認します。

父ちゃんと母ちゃんは、最初の頃はラブラブっぷりを子ども達の前でも見せていて、それは1年間変わらず、仲の良さを見せてくれた夫婦でした。

でも、三宅直子さんの脚本の時には、母ちゃんの日頃の我慢と父ちゃんの考えが今回のように対立することが多くありました。

初代『俺はあばれはっちゃく』の母ちゃんは専業主婦ですが、2代目以降では、仕事を持つようになる(2代目床屋、3代目洋裁屋、4代目クリーニング店、5代目美容室)のも、時代の流れや、この話があってのように感じるのです。

父ちゃんの考えは、今の時代だと母ちゃんに対するDV案件として、Twitterで叩かれそうにも感じるのですが、1年間父ちゃんと母ちゃんを見ていれば、僅かな考えの違いであり、互いを大事にしているのは伝わると思いますし、最後の収まりを見れば、安易に父ちゃんの考えを叩くことはないと思うのですが、最近の傾向を見ていますと、カチンときた言葉や自分の事を刺激する単語に反応して、全体の話の流れを理解することなく、非難する人が多く見られるようなので、この話に書かれた話をちゃんと見てくれるかどうか?不安になってしまいます。

1980年代、当時でもそんな視聴者はいたのでしょうか。

以前、紹介した東野英心さんの自伝の本の中で、『あばれはっちゃく』のこと、父ちゃんのことを東野さんに直接、非難した女性を紹介したので、当時もいたと思うのですが、それでも、その女性は旦那と子どもが好きだから、『あばれはっちゃく』と東野さんを応援すると話されていて、女性は認めなくても、認めて好きな人の存在とその作品や出演者の存在を許しているというのがあって、そんな人達の存在があってこそ、『あばれはっちゃく』は、その時代家庭に、親に、子ども達に受け入れられていたのだと感じました。

父ちゃんと母ちゃんの考えのズレは、現代と放送されていた時代の考えのズレとも言えるのではないかと思います。

父ちゃんが母ちゃんのことを思って、自分よりも母ちゃんを優先する気持ちを選択して、和解、共存が出来て、それを気づかせるのに、長太郎が出した閃きは単純なものですが、充分効果があったように思います。

それぞれの価値観が違っても、相手を尊重して認める大切さもこの話から感じられました。この話もやっぱり、心に残る素敵な話です。

だまれ!ヒトミちゃん!

アバンタイトル

一人で焚火をしている長太郎、そこにヒトミちゃん、正彦、恵子ちゃん、公一、明子、小百合達が来て、焚火に当たらせてときます。

その前に、長太郎は焚火から取り出したサツマイモをジャンバーの中に、でも焼き立ての焼き芋を入れたから熱がり、ヒトミちゃん達が不思議に感じたところで、ドンペイがじゃれついて、ジャンバーの中から焼き芋が地面に。

一人、焼き芋を食べようとした長太郎を非難され、焼き芋が台無しになってオチ。

この焼き芋は、本編でも別の形で登場するので、このアバンタイトルは本編に繋がります。

本編

バス停でバスを待っていた佐々木先生がゴルフの素振りをしていると、近くにいた女性のスカートを傘で捲りあげる結果に。

そこに長太郎達がきて、結果的にスカート捲りをした佐々木先生を冷かします。否定をする佐々木先生。それを笑いながら見る、長太郎、ヒトミちゃん、恵子ちゃん、公一。

佐々木先生をからかう小学生達、先生も大変ですね。 バス停には『神奈中 美玉一丁目 美好団地行』とあります。この「神奈中」からも、28話で信如が書いたヒトミちゃん宛の手紙の住所、33話の佐々木先生の母親が佐々木先生に宛に書いた手紙からも、51話で二郎を探した時のパトカーに書いてあった「神奈川県警」からも、『俺はあばれはっちゃく』の舞台が神奈川だと推測出来るのです。

バスが来た佐々木先生はバスに乗り込み、去っていきます。

雨は降っていないのですが、佐々木先生は傘を持ってゴルフの練習をしていて、長太郎達も傘を持っています、路面を見ると濡れいますので、登校するときには雨が降っていて、下校時間には晴れたのだと思われます。

そこで、さす必要のない傘を使って、バスを待っている間に佐々木先生は、ゴルフの素振りをしていたという訳ですね。佐々木先生と別れた後で、長太郎が佐々木先生のスカート捲りに関心をして、同じように傘でヒトミちゃんのスカートを捲って、ヒトミちゃんに怒られています。

26話でてるほのスカートを捲っていたいじめっ子達をやっつけた長太郎ですが、ヒトミちゃんに同じことをしてしまいましたね。今回の脚本は市川靖さん、28話の脚本は安藤豊弘さんでした。

下校途中で、恵子ちゃんが知っている大きな家の前を通り、恵子ちゃんがそこに住んでいるのがプロゴルファーのナカムラ キミオの家であることを長太郎達に教えます。ナカムラさんは、恵子ちゃんのお父さんが勤める銀行のお得意さんだということ、息子のトオルが長太郎達と同じ美玉小学校に通っていることを長太郎達に教えます。

恵子ちゃんが、トオルがよく自分の家に遊びに来ていること、ゴルフの遠征で両親が海外に行っていて、トオルが一人で留守番していることもつけくわて説明します。

大きな家を見て、長太郎はゴルファーになろうといいます。

一人で留守番しているトオルが淋しがっていると言って、みんなに遊びに行こうとナカムラ宅に入っていきます。

トオルは、父親が学生時代から獲得してきたトロフィを自慢します。外で、的に向かってゴルフの球打ちをしていく長太郎達、一人部屋に残るヒトミちゃん。ここで、ヒトミちゃんが一人部屋に残ったことと、長太郎達が外でボール撃ちに行ったことが後で関連してきます。

パターを使ってボールを飛ばそうとした長太郎に、ボールを飛ばすクラブの違いを教えて笑う正彦と笑うみんなに、うまくボールを打てない長太郎はヒトミちゃんのいる部屋に戻ります。大きな家に住めるからゴルファーになろうとした長太郎は、野球のほうがいいと言って。あれ?でも38話では、サッカーのセンスがあると言われてサッカーの興味を持っていませんでしたっけ?運動神経のいい長太郎、ゴルフも野球もサッカーも本気に取り組んだらそれなりの成果は出そうな気がします。

でも、ゴルフの球打ちでは、止まっているゴルフボールに当てることが出来なくて、それは道具選びの間違いにもあるのですが、運動神経のいい長太郎にして珍しいですね。長太郎が思い通りに球打ちが出来なくて、正彦達に笑われてふてくされて、ヒトミちゃんが残る部屋に戻ってくるのも、この話の騒動の元になるきっかけを作るものになっています。

一人で部屋に残っていたヒトミちゃんは、綺麗なガラスの花瓶を見ていて、持ち上げてしげしげと見ていた時に、花瓶を割ってしまいます。そこに長太郎が来て、ヒトミちゃんと入れ替わります。ゴルフの素振りをしていて、ヒトミちゃんが戻した花瓶をゴルフクラブに当ててしまった長太郎は、自分が花瓶を割ったと思って、ネズミが出たと大騒ぎをして、ガラスの花瓶を粉々にしてしまいます。でも、不自然に割れていること、ネズミがおもちゃであることを正彦と公一に、特に正彦はガラスの花瓶を割ったことを誤魔化した長太郎を責め立てます。

ヒトミちゃんは、自分が割ったことをみんなに話そうとしますが、そのヒトミちゃんを見て事を察した長太郎はヒトミちゃんに向かって、大きな声で口止めをします。

「黙れ!ヒトミちゃん!俺が割ったんだ!」

長太郎は弁償をすることを約束させられ、父ちゃんが働くダイエーで同じ花瓶を見つけますが、300円だと思ったそれは、300000円。当然、長太郎の小銭で買えるわけもなく、そこに父ちゃんが通りかかり、長太郎が欲しがっていると見て、花瓶を買ってきますが、それは安い方。

父ちゃんが本物の高い方を買ってきたと喜んだ長太郎ですが、安い方だと知ってがっかり、事情を知らない父ちゃんと母ちゃん、てるほは、長太郎にこんなに綺麗な花瓶なんて勿体ないと父ちゃんに言います。

翌日、トオルや正彦達に弁償の目処がついたかと責められていますが、ヒトミちゃんは、本当のことを話そうとしても、長太郎は口止めするし、正彦達は長太郎の仕業だと思い込んでいて耳を貸しません。ヒトミちゃんも心が咎めながらも、強く言い出せないまま。でも、なんとか長太郎の無実を証明しようと、ナカムラ宅で捨てられた花瓶の破片を見つけて、花瓶がヒトミちゃんが割る前から、割れていたという事実を見つけます。冬で手ぶくろをしていたとはいえ、人の家のガラスのゴミをあさるヒトミちゃんの行動力がすごいですね。長太郎は、焼き芋の屋台の手伝いをして、花瓶を買うためのお金を貯めますが、お金ではなく報酬は焼き芋。

ここで、アバンタイトルで焼き芋を食べ損ねた長太郎が、いっぱい焼き芋をもらってがっかりするのが、なんだか皮肉ですね。長太郎が焼き芋の屋台の手伝いをヒトミちゃんが見ていて、事情を知るヒトミちゃんが焼き芋を多く買い、長太郎を気遣って焼き芋を渡す場面は、ヒトミちゃんの温かさを感じます。

長太郎がトオルや正彦に強く責められていたのがその前にあるだけに余計にそう感じます。

ヒトミちゃんは、家でテープを使いながら割れたガラスの花瓶を直していきます。

一方、ツアーから予定より早くナカムラプロが戻ってくる知らせを受け、恵子ちゃんが正彦と公一に、ナカムラプロが戻る前にガラスの花瓶を戻さなければ、連帯責任になるということを知らせ、正彦が慌てます。それまで、自分には関係がない、長太郎を責める立場だったのが、長太郎と同じ立場になって、冗談じゃないという気持ちが狼狽となって表に出てきています。他人事から、我が身の問題になってしまった時に、長太郎に押し付けていた正義感が自分を苦しめることになったのですね。

テープで直していたガラスの花瓶を直していたヒトミちゃんは、自分が貼る前にテープが貼ってある破片を見つけます。ここで、ヒトミちゃんが予測していた、自分が割る前に割れていたことの証拠を掴むのです。

その頃、連帯責任にされて焦った正彦、公一、恵子ちゃんは、長太郎の家に文句を言いに来ていました。正彦の長太郎を責める口調とその言葉が、無関係な自分たちを巻き込んだこと、正彦達も罪に陥れたことを責めているのですが、同じ場所にいて、同じようにナカムラプロの家に上がり込んで、そこで起きた事件。

ナカムラプロの家に遊びに行こうと言ったのは長太郎ですが、そもそも恵子ちゃんが紹介をしなければ、下校の寄り道を正彦が注意していれば、事故は起きなかった可能性があります。「たら」「れば」を言えばきりがありませんが、遡ってみれば長太郎だけが悪いのではなく、正彦達も全くの無関係とは言い切れないのです。たまたま、ガラスの花瓶に接触しなかった。割れた後で今回の騒動を知る立場になっただけで、長太郎を非難する立場を得ることが出来たという、運の良さを持っていたに過ぎません。

玄関先で責められ、母ちゃんもてるほも心配して、長太郎に聞きますが、長太郎は部屋に戻り、逆立ちをして父ちゃんが買ってきた安い3000円の見た目は同じ花瓶に「0」を足してナカムラ宅に向かいます。母ちゃんが、玄関先で聞いた話を正彦に確認していたところに、長太郎が廊下の奥の自分の部屋から花瓶を抱えて出てきます。

長太郎が、弁償しようと行動を起こす時、白い光の背景にナカムラプロの怒っている顔が何度か映像で出てくるのですが、それは、長太郎は部屋に貼ってあったナカムラプロの姿を見て、ナカムラプロが大事にしている外国製のガラスの花瓶を割ったことを怒っている姿を思い浮かべているのですね、それが段々と怒りが行動に出てきて、長太郎が偽の花瓶(プラスチック製)を持って出た時には、長太郎の頭の中のナカムラプロはゴルフクラブを振り上げています。

こうしたカットを合間、合間に入れてくることで、長太郎が30万円もするガラスの花瓶を弁償することに対しての責任の重さと、弁償が出来なかった時の恐怖を見せていて、視聴者にも長太郎の追い詰められた心境を感じ取ることが出来ます。

今回の監督は、川島啓志監督ですが、川島監督は、『俺はあばれはっちゃく』の初期チーフ助監督をされていて、『俺はあばれはっちゃく』11話で監督に昇進されています。

途中で助監督にも戻っていたりするのですが、最終的には監督になっています。

山際監督、新津監督の下で働いたことで、一年間『俺はあばれはっちゃく』の制作現場にいたことで、川島監督なりの長太郎の感情を見せる演出を考えてきたのではないか?と思うのです。

ナカムラプロにぶっ飛ばされるのを覚悟でプラスチックの花瓶が入った箱を抱えて走っている姿に長太郎の心の声が重なり、走り去っていったあとで、交差している道の奥からテープでガラスの花瓶を直してそれを赤い風呂敷らしきものに包んで持っているヒトミちゃんが走ってやってきます。

走っていく長太郎、奥から見ている私たち視聴者の前にやってくるヒトミちゃん。二つの画面情報が時間差で、視聴者の前に現れます。長太郎の無実を証明するために、ヒトミちゃんが走っている。ガラスの花瓶を粉々にして、証拠隠滅を図ったのは長太郎で実際に割ってはいるのですが、それは、真っ二つに横に割れていたガラスの花瓶が割れていたのをヒトミちゃんが割ったと思ったから、そもそも割れていなければ、ヒトミちゃんも長太郎も誤魔化す必要はなかったのです。

長太郎はナカムラ宅に向かいましたが、ヒトミちゃんは長太郎の家に向かって、そこに残っていた恵子ちゃん達に、自分が復元したガラスの花瓶にある自分がテープで修復する前のテープの色の違いを指摘して、元々割れていたガラスの花瓶であったこと、長太郎の不自然のことを言って、みんなに長太郎の無実を訴えます。

それに対して、すぐに反応したのは公一。長太郎がやけに自分が割ったこと主張していたことを思い出します。そこで、ヒトミちゃんは、長太郎が自分を庇ったこと、自分が持った時に変な音がしたことを話し、長太郎が自分を庇っていたことを話すと、それを聞いたてるほが、長太郎を褒めます。

これまで、正彦が長太郎を「男らしくない」と正論で非難したいただけに、てるほの言葉はしんみりきます。母ちゃんも満足そう。

ヒトミちゃんは、長太郎一人を悪者にしたくないと、真実を伝えにナカムラ宅に行くことを決め、それに同意する恵子ちゃんと公一、正彦にも公一が同意を求め、それまで長太郎を悪者にしていた正彦はバツが悪そうな様子で、行くことを承諾しますが、一言。

「でも、壊したことは謝るべきだよ」 

これを言えるのは、やはり正彦らしいなって思います。長太郎が粉々にしたのは事実ですから。だけど、長太郎がヒトミちゃんを庇っていたこと、元々割れていたことを知って、ちゃんと逃げないでヒトミちゃん達と長太郎の為にナカムラ宅に行こうとした姿は、連帯責任を取らされることに怒っていた正彦を考えると、結果的に連帯責任を受け入れたわけで、そういうところは偉いなって思います。

場面は走っている長太郎に変わり、長太郎が車に轢かれそうになり、慌ててよけると、抱えていた箱が落ちて、自動車のタイヤの下敷きに。運転席から出てきたのは、ナカムラプロ。 長太郎がナカムラプロに気づき、花瓶が割れたことを伝えると助手席から出てきたナカムラプロの奥さんが、立ち話もなんだからと、自宅に来てもらいましょうと言って自宅へ行くことに。長太郎は心の中で思います。

「これで、おあいこだな」 

 ナカムラ家にナカムラ夫婦と一緒にきた長太郎。部屋にいたトオルに長太郎がガラスの花瓶を割ったことを告げ口するトオル

残念がる奥さんと、とうとう割れたか?というナカムラプロ。

奥さんの反応はともかく、ナカムラプロの反応はどこか不自然。長太郎が弁償すると言ったというトオルに長太郎は、ナカムラプロの自動車で割られた自分が持ってきた花瓶の箱を振り、破片の音を立てます。

そんな長太郎に、本当に割ったのか?と穏やかに尋ねるナカムラプロ。大事にしていた外国製のガラスの花瓶を割られたことを知ってのナカムラプロの反応は、長太郎が想像していたよりもずっと、穏やかです。30万もするものを小学生の長太郎が弁償しいたことに不信を感じて、破片を手にして見たナカムラプロは、大笑いをして言います。

「似てる、似ている。そっくりだ」 

 そこで、偽物だとばれたところに、ヒトミちゃん達が本物の割れたガラスの花瓶を持ってきて、事情を説明。長太郎の無実は晴らされます。

ヒトミちゃんが持ってきたガラスの花瓶のテープの貼ってあった破片で、犯人が分かり息子を叱るナカムラプロ。しかし、さらにもう一人の真実の犯人が、奥様の口から分かるのです。

「あなただって、人のこと言えないんじゃないの?パットの練習で花瓶の底にヒビを入れちゃったじゃないの」 

 突き詰めれば、ナカムラプロがガラスの花瓶を割る下地を作っていたのですね。大きな家に住み、海外遠征をして賞金を稼ぐプロゴルファーなら、30万円の新しいガラスの花瓶を買えると思うのですが、トオルが「パパのお気に入り」と言っていたのを考えると、そのガラスの花瓶自体に思い入れがあったのだと思まいます。

それが割れても、笑っているところが懐がでかいなって思うのと、ヒビを隠していたことの矮小さも感じられて、ナカムラプロにお茶目な印象を受けました。それまで、長太郎の頭の中でのナカムラプロが怖かっただけに、今でいうギャップ萌えを感じました。

また、奥さんの言葉からガラスの花瓶が、初優勝の記念の物であることも話されて、大事にしていた理由も判明します。

「せっかく初優勝の記念なのに、この中に球を入れる練習をしていて、本当にもったいないわ。それが ただ飾ってあるだけ代物よ」

 これを受けて、ナカムラプロの言った言葉。

「ま、名誉っていうのは品物じゃなくて、努力の積み重ねだ。ピタゴラス曰く、形あるものは壊れる」 

 これで、円満に解決だと思えば、長太郎が父ちゃんが大好きな酒も飲まずに買ってくれた花瓶はどうなるのか?と聞くと、ヒトミちゃんがプレゼントしてくれるといい、恵子ちゃんもそれにのり、ナカムラ夫妻も「私たちも」と言って、長太郎はみんなからの言葉に照れてしまいます。

「もて過ぎちゃうのも困っちゃうな」 

 目出度く汚名が晴れ、明るい笑顔が戻った長太郎の姿に胸を撫でおろした話でした。

少女漫画の長太郎

アバンタイトル

長太郎が外で上半身裸で「はっちゃく寒けいこ中」たくさんの水をいれたバケツがそろっています。マフラーを巻いて手袋をして半纏も着て完全防備の公一がそんな長太郎を見て一言。

「ばかみたい」 

 長太郎は、なんか雪も舞う中、カンフーのようなアクションをしています。そんな長太郎にまとわりつくドンペイの手綱を持っているのは、公一。長太郎は水の入ったバケツの一つを取って頭から水をかけますが、中が凍っていて、長太郎の頭を氷が直撃して、驚く公一でオチ。

本編

今回の脚本は、市川靖さん、監督は山際監督です。

いつもは、目立たない明子と小百合がメインの話。以前、山際監督にお会いした時に、印象に残っている話だとお聞きした話です。

また、主役の長太郎役の吉田友紀さんも、今回の話のロケで死ぬ思いをしたとDVDBOX2の解説書のインタビューで話されていた話でもあります。

少女漫画のページから本編がスタート。明子と小百合が『乙女コミック』という少女漫画雑誌を二人で本屋で立ち読みしています。

そこへ長太郎がやってきて、立ち読みをしている二人を注意。となりには、ヒトミちゃん恵子ちゃん、正彦、公一もいます。

ヒトミちゃんが明子と小百合が読んでいる漫画の作者の名前を言い、恵子ちゃんが長太郎を押しのけて小百合と明子が読んでいる漫画の主人公がどうなるかと内容を聞いてきます。

明子が漫画の主人公「ユリとアコ」の事を話して、どんな展開になるのかな?って期待に胸を膨らませていると、後ろから呆れた長太郎が、「ユリとアコ」の名前が「小百合と明子」に似ていると話して、来月号の話の予想を言い出します。

「なんだこの二人、お前らみたいじゃないか。小百合と明子でユリとアコだろ?でもな、きっとこの二人、このババアに殺されちまうな。第一、お前らが主人公になんかなれるはずないもんな」 

 それを横で聞いていたヒトミちゃんが、小百合と明子に助け舟。

「あら、そういうときは素敵な人が出てきて悪人を懲らしめてくれるのよ」 

 このヒトミちゃんの一言が、今回の話の伏線の一つ。ここでは、本屋の店先でいつものメンバーが立ち読みをしているのですが、小百合と明子が『乙女コミック』を読んでいる時に斜め手前に『瞳はいつもエメラルド』という漫画の単行本が積まれていて、実はこの本が小百合と明子が読んでいた漫画作品だと後に分かります。

雑誌に掲載されている漫画の絵から始まり、コミックスを積んでいる絵を立ち読みしている二人と一緒に映すことで、一度に漫画作品の情報を視聴者に見せているのです。

また、ヒトミちゃんに、二人が読んでいる漫画を

「三ッ色すみれの漫画ね」 

 と言わせることで、漫画家の名前の情報も与えています。小百合と明子が『乙女コミック』を買いに行こうとしたとき、別冊マーガレットを読んでいたヒトミちゃんが、三ッ色すみれのサイン会が長太郎と正彦の父親が務める駅前のデパート(ダイエー)で今日の午後2時からあることを伝えます。興奮した女の子達は、サイン会に向かって走り出します。

『乙女コミック』は私が知る限り、1980年には存在しない少女漫画雑誌なので、番組用に作られた架空の少女漫画雑誌だと思うのですが、『別冊マーガレット』は実在する少女漫画雑誌です。違う、雑誌に他誌で連載している漫画家のサイン会の情報があるということは、三ッ色すみれが多くの雑誌で活躍されている人気少女マンガ家であることを思わせます。

走り去って残されたのは、長太郎と公一。そこへ、佐々木先生が来て、寄り道した長太郎と公一に注意。長太郎は事情をはなし、みんなとスケートに行く約束をしていたのに、漫画家のサイン会に行ってしまったことを佐々木先生が知ると、今度の休みにワゴンを借りてスケート場に連れて行ってくれるという約束をします。喜ぶ長太郎と公一。

一方、サイン会に来たヒトミちゃん達。ずっと、サイン色紙を持って待っている小百合と明子を見守るようにヒトミちゃん、恵子ちゃん、正彦が付き添っていますが、お目当ての三ッ色すみれ先生が登場してきません。そこへ、サイン会中止のアナウンス。ショックを受ける小百合と明子。その合間に学校帰りのセーラー服のてるほの顔が抜かれます。どうやら、てるほも三ッ色すみれのファンでサイン会に来ていたようです。嘆く小百合と明子に正彦が慰めの言葉をかけますが、二人は正彦を無視して、恵子ちゃんに泣きつきます。戸惑う恵子ちゃんが正彦に助けを求めて見ても、当てが外れた正彦は複雑な顔でこちらも戸惑い、ヒトミちゃんは悲しむ二人を可哀想に感じて見つめています。

この正彦のなんとも言えない複雑で微妙な居場所のない感じの戸惑いの表情と仕草が面白いですね。その前に、「素敵な人が助けてくれる正彦くんみたいな人」って持ち上げられて鼻高々になっていた分、鼻をへし折られた感じが強く出ています。

場面が変わって、外で水を撒いてスケートリンクを作っている長太郎。呆れながらも付き合っている公一。

こんなのでスケートリンクが出来るかと疑問に思う公一に、長太郎は夜になると寒くなるから出来ると答えます。

私は、小学生の時に長野県松本市の小学校にいましたが、冬の体育にスピードスケートがあり、浅間国際スケートセンターに行くか、校庭に水を撒いてスケートリンクを作ってスケートをしていたので、この場面を見ると小学生時代のスケートの授業を思い出します。『俺はあばれはっちゃく』の舞台は神奈川県、撮影場所は東京都でしたが、関東でも、水を撒いただけでスケートリンクが出来るのかな?って思って、ここは長太郎の単純な考えを笑う場面でもあると思うのですが、アバンタイトルでバケツの水が凍っていたというオチがあるために、今の季節は外の水が凍りやすいという印象をつけているので、長太郎の言うようにスケートリンクが出来るかも?という期待を視聴者に持たせていますね。

さて、撒いていた水がサイン会をドタキャンして、担当編集者と歩いていた三ッ色すみれの足元にかかってしまいます。怒った担当編集者が長太郎の襟首をつかんで責め立てると、アイディアが浮かばないと言っていた三ッ色すみれが、「閃いた」と一言。

アイディアが浮かんだのか?と問う担当編集者に、実際に行けばいいと答える三ッ色すみれ。

「閃いた」というのは、こちらが元祖と走り去る二人を見て言う長太郎。これは、一年『俺はあばれはっちゃく』があればこそ、言えるセリフですね。その前にも、他の人に「閃いた」を言われて突っ込む長太郎はありましたけれども。

夜、長太郎の家。スピードスケートの刃を手入れしている長太郎の手元から始まり、父ちゃんが帰ってきます。父ちゃんは、三ッ色すみれのサイン会の為に会場を準備したのに、急に中止になったことに怒りを見せています。三ッ色すみれのことを「ポンチ絵」という父ちゃんに自室から出てきたてるほが「劇画作家」と言ってと抗議しますが、そんな「ポンチ絵」つまり、漫画のことですね、その漫画を読んでいることを逆に責めて問いただすと、父ちゃんの迫力に負けたてるほが「卒業」したこと答えます。

「なんとかというポンチ絵のサイン会があったと思いねぇい」

「やだ、お父さんたらポンチ絵描きなんて、それを言うなら劇画作家って言ってよ。三ッ色すみれのサイン会でしょ」

「なんだい。お前、まだ、そんなポンチ絵見ているのか?」

「そんなのとっくに卒業したわよ。どうしたの三ッ色すみれ」

ドラマ内に出てくる三ッ色すみれの漫画を見ても、劇画という印象はないのですが、この時代1980年の漫画文化の時代では、漫画に台頭して「劇画ブーム」時代だったと思いますし、また、父ちゃんが漫画のことを「ポンチ絵」と言っていたのも、1980年代の父ちゃんの世代には漫画は子どもが読むくだらない絵の話という認識が強く残っていた時代で、ここに父ちゃんとてるほの世代間における「漫画」への意識の違いがあるのが見て取れます。父ちゃんの年齢は、これまでの話の映像の手がかりから、演じていた東野英心さんと同じ1942年昭和17年生まれ。『俺はあばれはっちゃく』放送当時(1979年2月3日~1980年3月8日)では、37歳~38歳。

私の中学時代の担任が東野さんと同じ昭和17年生まれだったのですが、漫画に理解がなく、漫画を一段低く見ていた国語と体育の先生だったので、父ちゃんの漫画に対しての反応もさもありなんって感じました。ただ、父ちゃんや私の中学の担任より、2歳年下の私の父は漫画好きな人だったので、まあ、同世代でも漫画に対しての評価は分かれているんだなって感じたりもします。人それぞれですね。長太郎は漫画の立ち読みをしていた小百合と明子、サイン会に興奮したヒトミちゃん達に呆れていて、長太郎はどちらかと言えば外で遊ぶことが好きで、漫画に対しては、父ちゃんと同じ価値基準を持っているように思います。ま、私の同級生にも漫画の読み方が分からないから、漫画を読んだことがないという人もいましたし、こちらも世代で一括り出来ない漫画に対する意識の違いはあると思います。

父ちゃんは、急にサイン会にこなくて、せっかく作った会場が無駄になったこと、上司の正彦の父親に八つ当たりされたこと、詫びの一つもいれてこない三ッ色すみれに腹が立ち、サイン会に来た子ども達が悲しんでいたことにも腹を立てていて、長太郎にそんな義理知らずのポンチ絵の漫画なんて読むんじゃないぞと言います。

父ちゃんは、漫画に理解はないようですが、それよりも人の礼儀を欠いた三ッ色すみれに腹を立てているようで、こっちの怒りの方が大きいようです。

どんなに人気漫画家であろうと、どんなにいい作品を描いても、人間としての義理人情を忘れた人間なんて、一番良くないというのが父ちゃんの心情で父ちゃんらしいですね。作品内容とそれを生み出した作家が同じなんていうのは、一つの幻想に過ぎないということを伝えてもいます。

長太郎は、そんなの見る気もないという答えに安心する父ちゃん。てるほは、三ッ色すみれの漫画が女の子の気持ちをちゃんと描いているとうっとりしながら、反論しますが、父ちゃんに卒業したんじゃないか?と聞き返されると、友達から聞いたと言い、勉強しなくちゃっと部屋に逃げてしまいます。

そんなてるほを見ながら、ニヤニヤ笑う長太郎。

「俺、ちゃんと知っているんだからな」

長太郎は、てるほが漫画の愛読者であることを知っている様子。

さて、翌日、佐々木先生の運転でスケートリンクに向かう車中。車の中では、中村メイコさんの『田舎のバス』を歌っています。ここは、台本では『東京のバスガール』になっています。現場で変えたのか、二曲歌って、『田舎のバス』の方を採用したのかってことを山際監督に聞いておけば良かったな。

さて、スケートリンクについて、滑っている長太郎達。長太郎はさすがにうまいですが、正彦もなかなか。ヒトミちゃんと滑ろうと長太郎はエスコートしますが、ヒトミちゃんは正彦で間に合っていると言い、小百合と明子の面倒を見るように言いますが、長太郎は小百合と明子に冷たい態度。

おぼつかない足取りで、公一が滑りながら、こういう時に親切にすると女の子の人気があがるのにって言う公一。そこへたどたどしい滑りの恵子ちゃんが来てワタワタ。

どうやら、公一と恵子ちゃんはスケートが苦手の様子。私もスケートには苦労したので、二人の滑りが他人ごとに思えない。

小百合と明子は、スケートを滑ることなく退屈そう。佐々木先生も知らない女性の相手をしていて、面白くない様子。

そんな二人は、三ッ色すみれの姿を見つけて、追いかけて話しかけます。スケート場に向かう車中でも、三ッ色すみれの漫画を読んでいて、漫画に描かれた湖を見て、これから向かう場所に似ていると大騒ぎしていて、三ッ色すみれがいた湖のほとりがまさに漫画に描かれた場面で、自分たちの名前が漫画の主人公と似ていると話して三ッ色すみれにサインをもらった小百合と明子達。

そんな二人の話を聞いて、二人をモデルにして漫画のネタを考えようと、小百合と明子に支持を出して、漫画のストーリを作り出します。

お昼になって、小百合と明子達がいないことを心配したヒトミちゃんと正彦が長太郎に二人を探すように言いますが、この時の正彦の言い分が、先のデパートのサイン会中止の時の話を思い出すと、普通なら正彦が行きそうなのに、長太郎に行かせるのは、また、プライドを傷つけられたくないという正彦の心理があるのかなって思いました。

長太郎は、ほうぼう探していきますが、小百合と明子は見つからず、そこで車内での二人の話を思い出し、湖に向かっていく長太郎。小百合と明子が襲われていると思い、三ッ色すみれの指示で小百合と明子の二人を襲っていた担当編集者に食って掛かる長太郎ですが、誤解だと分かり、そんなおっちょこちょいの長太郎を笑っていた湖でボートに乗っていた小百合と明子ですが、ボートに穴が開いていて、水が浸入して悲鳴を上げます。

長太郎はその二人を助けるために、三ッ色すみれの車からスカーフなどを出して、引き裂き一本のロープにして、三ッ色すみれと担当編集者に持たせて、ドラム缶の桟橋ボート代わりにして小百合と明子の救出に向かいます。

小百合と明子が乗るボートまで来たとき、ここで撮影で死にかけたことをDVDBOX2の付属の解説書にあるインタビューで吉田友紀さんが話しています。

富士急ハイランドのロケ(52話)で沈みかけているボートにいる女の子を助けるシーンがあったんです。ドラム缶の桟橋をボート代わりにして助けに行くときに、女の子2人が同時に体重をかけたんでオレ落っこっちゃって(笑)。それで落ちた先がボートの縁で、縁を掴んだらボートがひっくり返っちゃったんです。それで、ボートの中に閉じ込められてちゃって、中に空気はないし浅いから潜って出られないし、死にかけました(笑) 

この話を山際監督にしたら、「そんなことあったかな?」ってびっくりされていたので、実際に体験した吉田さんの記憶と、監督として現場にいた山際監督での認識の差があったのではないか?って思いました。多分、ボートに閉じ込められた吉田さんが体感していた時間よりは、すぐに出てこれたんじゃないか?それが二人の認識の記憶の差になっているのではと思うのです。

この話の冒頭で、ユリとアコが殺されるという長太郎の予想通りに、モデルにされた小百合と明子は死にかけるのですが、ヒトミちゃんの助言通りに「素敵な人が来て助けて」くれました。それが、現実では長太郎だったということ。

助かった小百合と明子はげんきんなもので、「もっと素敵な人に助けられたかった」と言います。

全員が無事だったからこそ、言えた言葉ですね。三ッ色すみれと担当編集者は佐々木先生にこっぴどく叱れます。

長太郎は、小百合と明子を危険な目に合わせないと漫画のストーリが描けないなら、漫画なんてやめちまえ!って三ッ色すみれにいうのですが、これは、漫画に限らず作家には耳の痛い言葉なんだろうなって思います。この話を書いた市川靖先生の作家としての気持ちも込められていたのでしょうか。

三ッ色すみれは、後日、『湖は今日もエメラルド』の最終回が掲載されている『乙女コミック』とコミックスを持って長太郎の家にやってきます。長太郎に言われて、目が覚めて、担当編集者と結婚して漫画家を引退する報告をしてきたのです。

最終回に描かれているのは、長太郎をモデルにしたと思われる男の子がユリとアコを助ける姿。ここで少女漫画の長太郎を見ることが出来ます。

『俺はあばれはっちゃく』は、漫画化されましたが、劇中でもこんな形で少女漫画になっていたのです。なかなか、少女漫画の長太郎もかっこいいですよ。

この時代、作品が放送された1980年2月9日では、まだなっていなかったのですが、手塚治虫先生がこの放送の9年後1989年2月9日に亡くなられ、現在では2月9日は「漫画の日」になりました。

奇しくも2月9日に『俺はあばれはっちゃく』で少女漫画を題材にした話があったのが奇妙な縁を感じます。