柿の葉日記

主にドラマ『あばれはっちゃく』について語る個人ブログです。

子どもを育てる難しさ

アバンタイトル

川から巨大な桃が流れるところから始まったアバンタイトル。今回は昔話。長太郎も鬘をつけて着物をきており、ついてくるドンペイはほっかむりをしています。ドンペイ、いつもに増して可愛い。

大きな桃をみつけて駆けつけた長太郎はさっそく川辺まで運んで、大きな斧でいきなり桃を割ってみると中から、赤鬼が登場。この赤鬼、実は長太郎の姉、てるほなのです。

島田歌穂さんは、DVDBOX2の解説書にあるインタビューで、赤鬼の姿になったことも含めて、『俺はあばれはっちゃく』でいろいろなことをやったことに対して、このように話されています。

島田:それまではお姫様タイプだったり象徴的な役が多かったんですが、はっちゃくではいろいろな格好もしましたし、水や粉もかぶりましたから、女優として何があっても怖くないっていう度胸みたいなものを学んだと思います。良い修行をさせてもらったとも言えるでしょうね。 

 9月19日の記事で、『俺はあばれはっちゃく』のメイン監督だった山際監督の島田さんに対しての言葉を紹介しましたが、山際監督が島田さんを「お嬢様でおとなしい」と評価されていたのと、合わせて島田さんのインタビュー記事の言葉を読むと、島田さんが『俺はあばれはっちゃく』の中で、役者として成長出来たと感じるのです。

本編

今回の脚本は安藤豊弘さん、監督は山際監督です。

今日も元気にランドセルを投げて学校から帰ってきた長太郎、いつも以上にランドセル投げが決まって、ご満足。

なぜか、父ちゃんが家にいて何かを作っています。父ちゃんは会社を早引きしてきたようです。

父ちゃんがおもちゃ箱を作っているのを見て、何かを悟った長太郎は父ちゃんを冷やかし、母ちゃんの体を気遣います。

どうも、長太郎は母ちゃんが妊娠したと思ったようです。

しかし、この時の長太郎の父ちゃんに対しての冷やかしの顔の表情を見て、言葉を聞いていると、父ちゃんがスケベな人に見えてしまいます。小学5年生の長太郎ですが、どうやって妊娠するかを正しく知っているようですね。

父ちゃんは、後輩の岡一平の娘マユミちゃんのためにおもちゃ箱を作っていると答え、長太郎の早とちりに、父ちゃん、母ちゃん、てるほに呆れられます。

しかし、兄になれると思っていた時に、母ちゃんに対して、買い物から帰ってきたてるほを指差しながら言う言葉は、よくも、まあ、てるほの前で言えたものだと思います。

「母ちゃん、産むんなら妹のほうを頼むぜ。ただし、こんな勉強のゲジゲジ虫じゃなくてさ、可愛い妹を産んでくれよな!

画面手前にいる長太郎と母ちゃんの後ろで、いきなりの長太郎の言葉に唖然とするてるほの顔がなんともいえません。怒りより、何が起きてるのか?という感じでしょうか。

さて、長太郎は父ちゃんが作り上げたおもちゃ箱を一平さんのところへ届けにいくのですが、いきなり夫婦喧嘩の場面に出くわしてしまいます。

家に戻ってきた長太郎の話から、一平夫婦の喧嘩はいつものことだということ。そこから、長太郎の赤ん坊時代の話に花が咲きます。アルバムの長太郎の写真は白黒写真で、時代を感じます。1979年はすでにカラー写真が一般的になっていますが、長太郎がうまれた11年前(『俺はあばれはっちゃく』は少し時間の捩れでてしまいますが、放送されていた1979年の設定になっていますので、長太郎の生まれた年は1968年だと推測され、この頃は白黒写真のほうが主流でした。現在、50代の方達の赤ちゃんの頃の写真は白黒写真が多いと思います。私の知り合いの50代の方も赤ちゃんの頃の写真は白黒でした)

翌日、一平さんが父ちゃんに妻のなつこさんが実家に帰って戻らないことを相談して、マユミちゃんを預かるから、なつこさんを連れ戻して来いと言ってマユミちゃんを預かるのですが、マユミちゃんはドンペイ以外になつかず、長太郎が遊び相手をしても見向きもしません。懐かずしゃべらないマユミちゃんに手を焼く長太郎。

そんな長太郎に対して、父ちゃんは言います。

「しかし、マユミちゃんも変わっているよな。俺にも姉ちゃんにも、ぜんぜん口きかないんだぜ」

「それはな、小さい子の扱い方があるんだよ。おめぇ達が下手なんだよ」 

 夜、長太郎の部屋で並んで寝ているマユミちゃんの布団の乱れを直して眠る長太郎。翌朝、マユミちゃんの泣き声で目が覚めます。謝りながら泣くマユミちゃん。マユミちゃんはおねしょをしてしまったのです。マユミちゃんを慰め自分がしたことにして、布団を干した長太郎を、公一が見つけて教室の黒板におねしょの跡を描いて、クラスの皆で笑います。長太郎はそれを否定せず、派手にやったと自慢しますが、休み時間に佐々木先生には事の真相を話します。

「なるほど、あのオーストラリアのおねしょ地図を描いたのは、本当はそのマユミちゃんって子だったんだ」

「そうなんだよ、メソメソしていてうるさいから、俺がやったってことにしてやったんだよ」

「はは、しかし、それはいいことかもしれないな」 

「いいこと?」

「うん。マユミちゃんって子の心を開くきっかけになるかもしれないからな」

「どうだか!」

「いや、小さな子の心っていうのはな、ちょっとしたきっかけで、大きく変わるものなんだ」

 長太郎が家に帰ると、マユミちゃんは両親が迎えに来て帰った後でしたが、マユミちゃんは、ドンペイに会いたくて長太郎の家に戻っていこうとします。長太郎の家に行く途中で迷子になり、ヒトミちゃんが見つけて保護します。長太郎と公一とドンペイに会ったヒトミちゃんとマユミちゃん。公園でマユミちゃんの面倒をみて家に帰るように言いますが、マユミちゃんは嫌がります。

マユミちゃんは喧嘩ばかりしているパパとママが嫌いで、家にいてもつまんないと言います。登場した時から、無愛想で無口で無表情で、おねしょをした時に泣きながら謝るマユミちゃんを見ていると、両親の不仲が幼いマユミちゃんの心をいかに傷つけていたかが分かります。一平夫妻の夫婦喧嘩は、マユミちゃんへの児童虐待だったのです。

公園でマユミちゃんの扱いに困っていると、ポータブルゲーム機を持った正彦がやってきて、長太郎達がゲームに夢中になっている間に、マユミちゃんはドンペイとどこかへ行ってしまいます。気がついた長太郎達はマユミちゃんを捜しだし、川で流れているマユミちゃんを見つけて、長太郎が川に入って助け出します。

マユミちゃんがいなくなり、捜していた一平夫婦は長太郎の家に来て、父ちゃんに相談していたところに、マユミちゃんを助けた長太郎が帰ってきて、父ちゃんはいきなり長太郎を殴ります。これは、父ちゃんの早合点で長太郎がマユミちゃんを連れ出したと思ったからです。

しかし、川で助けた時にマユミちゃんの本当の気持ちを聞いた長太郎は、一歩も怯まず、マユミちゃんの寂しさを伝えます。マユミちゃんも父ちゃんの暴力から長太郎を守ります。マユミちゃんの心を知った一平となつこさんは、マユミちゃんに謝り、3人で家に帰ることに。お別れの時にマユミちゃんが長太郎の頬にキスをしたのをみて、長太郎に対してもマユミちゃんが心を開いたのを感じました。

3人を見送りながら、いきなり殴った父ちゃんに「酷い」と言った長太郎に、素直に非を認めて謝った父ちゃん。この開かれた桜間家の親子関係がいいですね。

今回は、親の影響が良くも悪くも子どもの心理に大きな影響を及ぼし、人格や心を傷つけてしまう怖さを感じた話でした。両親が絶えず夫婦喧嘩をすることで、他人とのコミュニケーションが取れなくなり、対人関係を築くのが難しくなってしまうケースもあることを知ると、親としてのあり方はどういうのが、子どもにとって良いものなのか?と思い、それを含めて子どもを育てる難しさ、苦労を感じました。

歌穂さんの誕生日

歌穂さんの誕生日

今日は『俺はあばれはっちゃく』で長太郎の姉、桜間てるほを演じた島田歌穂さんのお誕生日です。

島田さんのお名前を知ったのは、『がんばれ!ロボコン』を再放送で見た時です。

島田さんは、今もテレビ、ラジオ、舞台、旦那様でピアニストの島健さんとの歌のコンサートと歌手として、俳優として、ミュージカル役者として幅広く活躍されています。

こらからもお元気で、ますますのご活躍を期待しています。

昔、『俺はあばれはっちゃく』のメイン監督で『男!あばれはっちゃく』の初期監督だった山際永三監督とお会いしてお話をした時に、山際監督は島田さんに関して、てるほを演じていた時は、

「お嬢様なところがあって、おとなしかったところがおしかったけれど、あれだけ大成するなんて、すごいね」

って話されていたのを思い出します。

島田さんも、子役の端境期を経験されて、紆余曲折がありましたが、こうして長く活躍されているのが、とても嬉しいです。

島田歌穂さん、お誕生日おめでとうございます。

新しいオープニング

オープニング映像変化

31話でオープニング映像が変わります。これまでは長太郎が一人で踊っていたのが、長太郎がローラースケートで走り、その後、家からドンペイと一緒に散歩にでて、父ちゃんを皮切りにみんながいるところを颯爽と走って生きます。

オープニングで出てきたローラースケートは本編で、初登場してきます。

アバンタイトル

時代劇の撮影所のようなところで黒ずくめの忍者に扮した長太郎。

そこへ白装束の公一が出てきて、毬栗を長太郎に浴びせて

いが忍者

と駄洒落で落ち。

本編

長太郎が家に帰ると、見知らぬ爺さんが音楽かけて踊ってます。

もちろん、長太郎は怒るのですが、プレゼントされたローラースケートであっさり懐柔。

8話でも、おふでさんというおばあさんに降りまわされた桜間家ですが、今回はこの爺さんに振り回されてしまいます。

しかも、この爺さん、父ちゃんと母ちゃんの仲人で、大工の父ちゃんの師匠なんですって。

おふでさんも、父ちゃんの知り合いだったんですが、父ちゃんの知り合いの老人って、長太郎以上にお世話がせで、迷惑かけるんです。

今回は、夜中にラジカセで音楽かけて、ダンス踊っているし。

今回は、図工の授業で本立てを作る宿題がでるのですが、ヒトミちゃんを始めとして長太郎の友達はみんな、この宿題に文句がタラタラ。

正彦なんて、

 鉛筆以外持ったことないのに、

 という始末。

ここで、ヒトミちゃんの閃いたが飛び出します。

長太郎も台詞をとられて文句をいっています。

長太郎以外の閃いたは、母ちゃんも使いますが、ヒトミちゃんの閃いたは初で珍しいですね。

長太郎は、みんなにおだてられて、図工の宿題を引き受けるのですが、ヒトミちゃんの庭にある木のテーブルの上で、作業をした結果、そのテーブルに板を釘づけにしていまい、ヒトミちゃんの家のテーブルを台無しにして責められて、じいさんに助けを求めてきます。

なんとかお願いして、直してもらった長太郎。

それにしても、長太郎と公一に任せっぱなしにして、ゲームして飲み物飲んでいるなんてヒトミちゃんも人が悪い。

めでたく、ヒトミちゃん家のテーブルを爺さんに直してもらって、家に戻る爺さんと長太郎、そこに、爺さんの息子が爺さんを迎えにきています。

なぜか爺さんは、大工道具を持たないと頑固なんですが、長太郎の素人手つきに我慢ならずに、テーブルを直したり、長太郎が探して見つけた時にも家を建てているのを見て、感心していたり、そこはそうした方がいいと言ってみたりして、大工仕事をしないと決めていながら、大工仕事に対して未練があるようです。

で、爺さんの息子さんが来たことで、爺さんが大工仕事を引退して、息子の世話になるということで、爺さんは大工仕事をやりたいと思いながらも、諦めなければいけないから、意地を張っているようです。

父ちゃんと爺さん、爺さんの息子の話し合いから、大工仕事をやめて帰るという展開になり、図工の宿題をやってもらう約束をした長太郎は、爺さんの大工仕事への気持ちを無理に押し殺して、息子のいいなりになるのを阻止して、犬小屋作り勝負をけしかけます。

爺さんの息子は、大工仕事に偏見があるようで、爺さんは長太郎の言葉と、息子に大工仕事を見せたいことから、長太郎の勝負を引き受けます。

翌日、長太郎はヒトミちゃん、恵子ちゃん、公一、正彦とチームを組み、爺さんと犬小屋作り対決をするのです。

それを見ている父ちゃんは、長太郎を応援したり、親方の師匠爺さんを応援したりと忙しく、一緒にみていたてるほに

どっちを応援しているのよ 

 といわれる始末。

爺さんが犬小屋を丁寧に作り上げている姿を見ている爺さんの息子の態度と目が、みるみる尊敬の目に変化していくのが、見ていて素晴らしかったです。

大工仕事を馬鹿にして、年齢を重ねた父親に仕事は無理だと思い込んでいた息子が、軽蔑の目から尊敬の眼差しになっていて、その驚きの変化の中に、父親への尊敬が見えました。

そんな親方父子の姿に、父ちゃんが長太郎も親孝行しろっていい、父親に仕事をさせることが親孝行と死ぬまで仕事をさせてやると返す長太郎に父ちゃんが突っ込みます。

これは、長太郎流のジョークですが、現代、2017年では親の脛をかじらないと生活が難しい時代になったので、(働いていても実家住まいも含めて)今では笑えないジョークになってしまいました。

悲しいですね。

最後の締めで、長太郎がいつものお決まりの台詞をいうのですが、それを爺さんにとられてしまいます。

「今日もあばれるぞ!」 

「じいさん、それ俺のセリフ」

今回は、ヒトミちゃんの「ひらめいたわ」から始まって、最後の締めまで、セリフを取られてしまった長太郎でした。

親が仕事をする姿、年齢で出来なくなるという偏見で人のもつ可能性を小さく見てしまう愚かさ、職人の仕事への拘りの大切さを感じた話でした。 

登場人物の性格が一言で

アバンタイトル

海の中をパジャマで泳ぐ長太郎と、ひとみちゃんが乙姫様の姿になって、玉手箱を渡してという、少し浦島太郎を思わせるアバン。

玉手箱をあけて、そこで夢から覚めるというものになってます。

このアバンも含めて、7月7日の七夕でみた長太郎とヒトミちゃんが彦星と織姫になって天の川で会うという長太郎の夢もそうでしたが、長太郎が水関係の夢を見て、起きると寝小便というのが出てきます。

水関係の夢、寝小便というのは定番ですが、それぞれ夢落ちになってます。

本編

今回の主人公は恵子ちゃん。ドンペイの散歩中に、恵子ちゃんが廃品回収の軽トラックをバックの誘導案内をしているのですが、長太郎に声をかけられて、「ストップ」を言いそびれて、軽トラックがブロック塀にあたって、ブロックや電柱が大破します。

しかし、豪快な大破だなあ。

運転手のおじさんが出てきて、そこへおばさんが駆けつけ、おじさんに文句をいいますが、この二人は夫婦。

おばさんがおじさんの運転を非難しますが、おじさんは恵子ちゃんの誘導が悪いと弁解します。

でも、恵子ちゃんは長太郎と逃げた後。恵子ちゃんは罪の意識を感じますが、長太郎は目の悪い恵子ちゃんにバックの誘導を頼んだのが悪いと、恵子ちゃんを励まします。

でもなあ。メガネかけてたし、目の悪いことは関係ないような。

場面変わって翌朝、長太郎が早起きして、父ちゃんのために鰻をとりに川へといきます。

これまで出てきた場面描写で、初代『俺はあばれはっちゃく』の舞台は神奈川県だと推測できるのですが、神奈川県の川に鰻なんているのかな。

さて、長太郎は川原で小さな男の子に出会います。この男の子が今回の話の騒動の原因の山田一郎君なんですが、この男の子に恵子ちゃんが絡み、冒頭の夫婦が一郎の両親でこの二人も絡んできます。

さらには、川原に行く途中で出会った御なじみの巡査山本さんが追いかけている配達された牛乳が盗まれる事件も絡んできます。

牛乳が盗まれ、それが犬を連れていた男の子ということで、ドンペイを散歩させている長太郎が疑われてしまうのですが、長太郎は無実。

翌日、学校で長太郎が鰻をとるコツを蛇のおもちゃを使って再現。教壇で正彦、公一や他の男子クラスメイトに話して聞かせます。

この教室での場面。長太郎たちの手前では、ヒトミちゃんと明子、さゆりがあやとりをして遊んでいます。

さらに、長太郎の後ろにある黒板には、ドラえもんの絵が描かれているのです。

『俺はあばれはっちゃく』は2月3日に放送が始まって、この話で30話ですが、同じ年1979年、『俺はあばれはっちゃく』放送開始から2ヶ月後の4月から、同じテレビ朝日で『ドラえもん』(大山のぶ代版)の放送が開始されたのです。

あばれはっちゃく』シリーズが終わるまで、『あばれはっちゃく』と『ドラえもん』は私が子ども時代にテレビ朝日で放送されていた人気子ども番組でした。既に子どもの人気番組であった『あばれはっちゃく』に『ドラえもん』を登場させたのも、同局の人気子ども番組だったからと思います。また、この話以外にも、初代の後も、『ドラえもん』はちょくちょく出てきます。特に4代目『痛快あばれはっちゃく』が多いです。

 

さて、長太郎の鰻の知識に学校では教えないことは詳しいと言うのが正彦なのが、教室での勉強が出来るのは正彦、教室の勉強以外のことが出来るのは長太郎だということが、正彦の呆れ気味に褒めているんだか、けなしているんだか分からない一言で表現されているのが、面白いですね。

調子にのり、悪ふざけをしてヒトミちゃんたちに、蛇を生きているように操って驚かしにきた長太郎は、窓際で佇んでいる恵子ちゃんにまでちょっかいを出して取っ組みあいの喧嘩に発展します。

体格のいい恵子ちゃんと細身の長太郎。いくら恵子ちゃんが体格が良いといっても、女の子相手に取っ組み合いの喧嘩を始めるとは……。正彦が真っ先に恵子ちゃんへ声をかけて止めに入ってます。正彦らしいですね。

いつもの休み時間ならば、ヒトミちゃんは恵子ちゃんと一緒のことが多いのですが、今回の話の主役の恵子ちゃんが一人休み時間に孤立していて、悩んでいるということで、今回は明子と小百合とヒトミちゃんはあやとりをしていたわけですね。

恵子ちゃんと長太郎の喧嘩にクラスは騒ぎ、佐々木先生が駆けつけ、正彦が事の経緯を説明して佐々木先生が長太郎を叱り、恵子ちゃんに謝らせますが、頭を下げた先で舌を出している長太郎を見ると、言葉と気持ちは裏腹のようです。

普段の恵子ちゃんらしくない態度に、長太郎、ヒトミちゃん、公一、正彦、明子、小百合がそれぞれに心配の声をあげるのですが、明子は恋の悩みがあると言うのですが、公一の給食を残していたという目撃談から恵子ちゃんが無理な減量をしていることからくる栄養不足であると正彦が言い、小百合が無理な食事制限の弊害を言い出します。

恵子ちゃんの様子を真剣で深刻に心配する長太郎達ですが、彼らのこの推測は当たってなく、明子の恋の悩みも違います。

長太郎は減量による栄養失調も恋の悩みも違うという、自分の勘を言いますが、この時点では恵子ちゃんの不調の原因が分かりません。

学校から戻ってきて、恵子ちゃんの姿を見て、川原で空の牛乳瓶を見たことで、牛乳泥棒の疑惑を恵子ちゃんに持った長太郎は、翌朝、確認をとります。

ここで、恵子ちゃんが元気のなかった理由と長太郎が山本さんにかけられた牛乳泥棒の事件が繋がり、さらには長太郎が追いかけた一郎君を一郎の家まで追いかけたことで、廃品回収のおじさんが一郎の父親であると判明して、恵子ちゃんが元気をなくしたのも冒頭のバック誘導失敗にあることが分かります。

このバック誘導失敗事件のお陰で、おじさんは壊した電柱の弁償を電力会社にしないといけなくて、おばさんと喧嘩別れ、仕事もクビになって、仕事をしなくなり酒びたり。一郎君が拾ってきた犬も捨てるように言われてしまい、一郎君の家を目茶目茶にした理由を感じて、一郎君と犬の世話することになった恵子ちゃんは悩んでいたという、恵子ちゃんの責任感を強く感じます。

小学生の恵子ちゃんがそこまでと思いますが、事情を長太郎に話すことになり、恵子ちゃんは長太郎にも責任があると言います。そのとおりなんですが、ここで恵子ちゃんも一郎の父親と同じでやっぱり人のせいにしちゃっているんですよね。

原因は確かにそうだけど、声をかけられたのは事実だけど、すぐに仕事に戻らなかった恵子ちゃんは悪くなかったのかと、それと犬の世話のために、牛乳や長太郎がとった鰻を盗むのが許されるかというのは別問題なんですよね。

悪いことは悪いんだぞ 

 長太郎はそう言いますが、これは長太郎が正論で長太郎がいたずらはしても、「悪いこと」と「良いこと」の区別がある少年であることが分かります。

今回の脚本は田口成光さんなんですが、教室での正彦の短い言葉や、長太郎のここでの言葉でも分かるように、一言で彼らの持つこれまで描かれていた、性格やクラスでの立ち位置、視聴者が感じている彼らの印象を端的に彼らの言葉や態度で表しているなって感じます。

これは、田口さんが長太郎や正彦などの性格の特性を的確に持って脚本を書かれていたのではないかなって思います。視聴者が持っているドラマの人物達の性格を脚本家が明確に理解しているのは、当然かもしれませんが、複数の脚本家でなくても、ドラマの登場人物の性格がブレてしまう作品があっても、『俺はあばれはっちゃく』にそれを感じないのは、複数の脚本家、監督を始めとするスタッフの間で、しっかりとドラマの人物達の性格の把握が出来ているのだなって感じます。

恵子ちゃんの話を聞き、自分にも責任があることを感じた長太郎が、ちり紙交換をしながら、出ていった一郎の母親探しも始めます。

一郎の母親が見つかり、そこで恵子ちゃんのせいにしたおじさん、長太郎のせいにした恵子ちゃんと違って、今回の事件の一番の原因は酔っ払い運転をしていたおじさんにあるとして、謝ってきた恵子ちゃん達を許しています。

おばさんがおじさんに反省を促すためにした家出のやり方はよい方法ではありませんでしたが、ここでようやくまともな大人が出てきたと感じました。

何かの失敗を誰かのせいにして、罪の意識や責任から逃れようとする心理は分かりますが、他人のせいにして逃れるのは何か違う。

人間は失敗をしてしまうけれども、その失敗を受け止め、罪を償う姿勢が大事なんだと感じました。

一郎の父親が調子がいいなって思います。おじさん、事件を起こして酔いつぶれてクダを巻くだけで何もしてない。弁償をしないといけないという責任もおばさんが出て行った原因が自分にあることも、長太郎と恵子ちゃんが動かなければ何も感じなかったと思うと、本当に母ちゃんと父ちゃんが言うように、長太郎の父ちゃんと母ちゃんの良さが分かりますね。ここでも、これまで父ちゃんと母ちゃんを見てきた視聴者の気持ちを、父ちゃんと母ちゃんの一言で表していて、やっぱり今回の話は、これまでのみんなの印象をそれぞれに言わせた一言で表現していた話だったなって思います。

お詫び

締め切りを作ってブログを書くと決めて感じたこと

本来ならば、1979年7月28日は放送が休みだったのにも関わらず、7月28日に感想を更新して、結果、1週分放送日とずれてしまった事をお詫びします。

30話から改めて9月の放送日に直して更新します。

ここ、最近、放送された日付に見返して感想を書くと決めたルールが守れていないことに苛立ちを感じています。

私は、ただ好きな『俺はあばれはっちゃく』を見て感想を書くだけに過ぎないのに、こうも停滞してしまっていることが残念で、それで改めて、脚本を書き、台詞を覚え、演技をし、撮影をして、編集をして、1日も遅れることなく『俺はあばれはっちゃく』を放送してくれて、最終作『逆転!あばれはっちゃく』まで、約6年の長きに渡り作品を生み出してくれていた、『あばれはっちゃく』シリーズの制作に携わった人達のすごさ、プロの仕事意識の高さを感じています。

趣味のアマチュアの素人感想、気がついたことを書くだけブログの管理人ですが、決められた日に仕上げることの大変さを身をもって知りました。

大人の建前と子どもの本音

アバンタイトル

今回は、侍の格好をした長太郎とその小姓の公一が弓矢の練習をしています。なかなか的に当たらず、どんどんとその距離を縮めて、最後には的に正彦の似顔絵を使っています。正彦に対する感情から、的に当てるのですが、ここで落ち。

現代設定ではなく、時代劇設定でのアバンタイトルは今回が初めてかな。また、場所も時代劇で使うようなところですね。

本編

長太郎が竹箒を振り回して走っています。

どうやら、長太郎が班長で公園の掃除をするようになっているようです。

場面が変わり、母親達が会議をしているのを公一と一緒になって覗いています。

どうやら、保護者で何かのスポーツの親睦会を開くというか、隣町の美良町婦人会からキックベースで親睦会をするためのメンバー集めなどの話し合いをしているようなんですが、長太郎の母ちゃんが引き受けないかという発言をすると、恵子ちゃんのお母さんが嫌味を言い、ヒトミちゃんのお母さんが、母ちゃんに面倒なまとめ役を押し付けています。

それを見た長太郎が母ちゃんを庇うのですが、母ちゃんは引き受けてしまいます。母ちゃんにまとめ役を押し付けておきながら、母ちゃんが協力を仰ぐと誰もが理由をつけて断ってしまいます。

公一の母ちゃんは仕事が忙しいとか(公一の家は母子家庭で八百屋の自営業)、ヒトミちゃんのママはキックベースなんて柄でもないと目を吊り上げて怒る。

面倒なことを人に押し付け、キックベースをやりたくないって子どもですか?長太郎が貧乏くじを引いてしまった母ちゃんを庇ってくれたことが母ちゃんは嬉しいといいますが、長太郎の余計な一言が母ちゃんの立場を悪くしたと、父ちゃんもてるほも言います。それで、長太郎は母ちゃんに謝るのですが、長太郎は今回は何も悪くないんですよね。

それでも、あばれはっちゃくの母親だから、運動神経はいいだろうし、キックベースも出来るだろうって、母親達のほうがどうかしているんだよね。

こういう、大人の建前というか、空気を読むこと、本音を隠す、相手に合わせることで社会をうまく渡っていくのと、長太郎のように立場の弱い人が我慢をしないように配慮して、本当のことを言うことの難しさを感じます。

長太郎は、佐々木先生にお願いしてキックベースのコーチを佐々木先生がやることを皆に伝えて、みんなのお母さん達にキックベースのチームに参加するようにします。

佐々木先生目当てで、キックベースの練習に参加してくるいやらしい母親達。

しかし、練習試合でまともに試合が出来ていないのを見て、長太郎が母親達を非難します。これに怒って、キックベースのチームを辞退すると代表してヒトミちゃんのママが不参加を伝えに長太郎の家にやってきます。

母ちゃんがそれまで腰を痛めても、やってきたことが無駄になり、長太郎はまた父ちゃんに怒られます。確かに長太郎の言葉は過ぎていて、大勢の前で恥をかかされて、心を傷つけれたヒトミちゃんのママ達の悔しさや怒りは分かるのですが、自分達のプライドを優先して子どもの長太郎の言葉にむきになるのもどうかと思うのと、子どもの言葉だとしても、人を傷つける言葉というのはあるのだなって思います。

弾みで出てしまうこともありますが、長太郎はそれを詫びて、キックベースのチームに戻ってきて欲しいとヒトミちゃんの家に行き、公一の家にも行って頭を下げます。

ここで、いいなって思うのは、ヒトミちゃんも、公一も長太郎の側に立って、長太郎を援護しているところです。

ヒトミちゃんはドラマの最初の頃は意地悪でしたが、この29話までくると、原作のヒトミちゃんと同じく、人を良く見ていて悪くない人に対しては、しっかりと自分の価値基準で味方をして、ちゃんと公平であることです。

例え、自分が母親と違う意見でも、母親のほうに「非」があれば、闇雲に長太郎が「あばれはっちゃく」だからという理由だけで責めないし、母親の傷ついた気持ちを理解した上で悪い部分、正す部分を怯むことなく、しっかりと言葉で面と向かって伝えています。

このヒトミちゃんの潔さというのは、原作のヒトミちゃんがもつ最大の長所の一つだと私は思っていて、ドラマでは18話からその長所が強くなってきたと個人的には感じています。

今回はキックベースでの親睦会で、キックベースのルールが野球に近いのですが、ヒトミちゃんのママたちは野球のルールも知らないのが、問題を大きくしてしまいました。

今よりも野球人気が高い時代の話ですが、興味のない人には分からないのがスポーツのルールで、これはスポーツのルールに限らないんだなって思います。

ちなみに、『俺はあばれはっちゃく』が放送されていた1979年2月~1980年3月は、江川卓投手が巨人に入団した年でもあり、『俺はあばれはっちゃく』の裏番組で巨人戦のナイター中継があると、『俺はあばれはっちゃく』の視聴率が下がったりもしたので、主演の吉田友紀さんは、DVDBOXの解説書のインタビューで、

オレ今でも江川嫌いですもん 

 と答えています。DVDは2005年発売なので、今から12年前の話です。

さて、この話を先週の予告で紹介する時に、西条八十の詩をアレンジしたので紹介しています。

あの「麦わら帽子」ですよ。たぶん、これは『俺はあばれはっちゃく』(1979年)よりも2年前の1977年に公開された映画『野生の証明』からの影響があったのでしょうね。 

 

ヒトミちゃんのペンフレンドがやってきた

アバンタイトル

長太郎がマンホールで金魚を釣っていて通行人の人達から注目を浴びていてます。

不思議そうに見られてご満悦な長太郎。そこで、種明かし。公一がマンホールの中で仕掛けていたのですね。

本編

恵子ちゃんとヒトミちゃんが写生をしています。

ここでヒトミちゃんが恵子ちゃんに中学生のペンフレンドの山川信如からの手紙と同封されていた写真を見せます。

この信如が使った封筒が白い縦長で筆であて先を書いているので、落ち着いた大人からの手紙の印象を受けます。少しですが、ヒトミちゃんへの住所もこの封筒から、読み取れて、「神奈川県」という文字を確認できます。

前回の浜降祭と合わせて考えても、『俺はあばれはっちゃく』の舞台は神奈川県であると考えられます。

信如の書いた詩といいますか、短歌?ポエムの朗読が入って、写真の中の信如が浜辺を走っているんですが、ヒトミちゃんも恵子ちゃんも、ちょっと発想が古風な感じがします。恵子ちゃんに、口止めをしたヒトミちゃんですが、木の上から公一の声が!

いつからそこにいたんだ!公一ってわけで、長太郎に報告へ行きます。

頼まれてもいないのに……。

しかも、長太郎がヤキモチを妬くように、尾ひれをつけてからかうように話すものだから、ホースで水をかけられてしまいます。

さて、場面は変わって一人の男の子がバスで降りてきて、そこにきた長太郎に道を尋ねます。

この男の子がヒトミちゃんの家への道順を聞いてきたもんだから、長太郎は慌てて一緒に案内も兼ねて一緒にヒトミちゃんの家に行くんですが、ここでこの男の子がヒトミちゃんのペンフレンドの信如だと判明します。

中学生だと思っていた信如は、長太郎たちよりも1学年下の小学4年生。

写真の信如に夢を抱いていたヒトミちゃんは、写真が違う人であったことにショック。

恵子ちゃんになんて言おうと困ってしまいます。一方で、長太郎は安心しているのですが、年齢が近い方が心配にならないのかなあ。ヒトミちゃんの好みが年上の人であるのは、これまでの佐々木先生の恋愛騒動でも判明しているので、長太郎の中では年下はヒトミちゃんの恋愛対象外だから安心しているのでしょうかね。

信如からヒトミちゃんとの関係を聞かれた時にも、ボーイフレンドと言い掛けて、クラスメイトと言いなおしたりして、長太郎の動揺や心の揺れを感じます。

夏休みを利用して、ペンフレンドのヒトミちゃんの家に来た信如ですが、ヒトミちゃんの飼っていた金魚が死んだので、ヒトミちゃんの玄関先でお経をあげて、ヒトミちゃんのお母さんから怒られて追い出されてしまいます。

この信如はお寺の子で、写経も書いているから、筆で達筆な字も隠し、お経もあげてしまいます。礼儀正しく真面目なんですが、少しずれているんですね。

追い出されて行くあてがないから、旅館に泊まると言い出すから、長太郎が家出少年って騒がれたらどうする!常識を考えろ!と信如に言い出します。

年下の子に振り回されて長太郎が常識を言い出すのは、これまでも、また、この話の後もあるのですが、いつもとは違う感じがして面白いですね。

今回の話は、定番の台詞に対しての崩しが入って突っ込みがあります。

信如を自分の家に連れてきた長太郎。夕食の席で父ちゃんと大喧嘩。

「父ちゃん、情けなくてな…」

「何が出てくるんだ」 

 信如の父親の和尚さんが迎えに来て、ヒトミちゃんと長太郎と公一が信如の家に行くことになりますが、信如の父親の弁慶さんからこき使われて、長太郎がとっちめてやろうと逆立ちしてアイディアを閃こうとするまえに、公一が

「ひらめいた!」

「公一、それ俺のセリフ」

弁慶さんが40を過ぎて生まれた信如に対して、めちゃくちゃ甘く育ているので、長太郎たちは文句をいうんですが、信如は甘やかされることが大嫌いで、悪いことをしたら怒ってほしくて、いろいろしても弁慶さんは怒らない。

長太郎の家で父ちゃんが長太郎に怒っているも羨ましがるくらいです。

この話を見ると、親が子どもを大事にするのってどんなことなんだろうって思うんですよね。弁慶さんのように欲しいものを買い与え、何でも許して、何でもしてあげることが大事にすることなのか、長太郎の父ちゃんのように子どもにちゃんとした人間になって欲しくて、怒ったり手をあげることがいいのか。

父ちゃんも時々、八つ当たりで長太郎に叱るのではなくて、怒りをぶつけるだけの時がありますからね。

子どもの成長のために叱るのと、怒りをぶつけるのは、似て非なるものであるし、この感情の違いというか、コントロールは大人だって難しいなって感じます。

本当の父親なら、子どもが悪いことをしていれば本気で叱る、怒るのが本当の父親だとこの話の中で、長太郎も信如もいいますが、よその子をこき使い、自分の子どもした悪いことをちゃんと見ないで甘やかすのは、確かに、どうよって思いますね。

それを子どもの信如が良しとしないで、不満に感じて何度も父親の弁慶さんを試すというのは、やや非常識に見えていた信如がまともな神経を持っていたと思えます。

信如は母方の祖父母と一緒に暮らしていて、祖父母が亡くなって弁慶さんに引き取られたので、弁慶さんと一緒に暮らすまでの間に、過保護すぎるのはよくないという価値観が培われたのだと思います。

長太郎や信如からの弁慶さんの態度に対しての拒否は、弁慶さんの考えを変えていきます。

ヒトミちゃんのペンフレンド騒動で始まった話で、ヒトミちゃんと信如から迷惑をかけられた長太郎ですが、長太郎が信如を引き取ったあたりから、ヒトミちゃんと長太郎の立場が逆転したようで、信如の家でヒトミちゃんもこき使われることに謝る長太郎に人の良さを感じます。