柿の葉日記

主にドラマ『あばれはっちゃく』について語る個人ブログです。国際放映、テレビ朝日とは一切関係がありません。

後姿

「気まぐれ本格派」第2話で入院した利昌さんに必要な衣服などを取りに来て病院に行く霧子を見送った新ちゃんの後姿。新ちゃんも「僕も行きたいよ。病院に」と言ったものの、「行っても仕方ないの、明日までお父さん目を覚まさないから」と言われてお留守番する事になります。新ちゃんは利昌さんが心配で傍にいたいのにそれが出来ず、新ちゃんの後姿からは、我慢している寂しさや不満を感じ取る事が出来ます。「俺はあばれはっちゃく」第33話で長太郎が佐々木先生の実家を訪ねて先生が学校を辞める事情を知り、家に戻る場面がありますが、この時の後姿も寂しさが出ていて、私は好きです。吉田友紀さんの背中から醸し出される静かな感情が好きなのです。

新ちゃんはとても不満だという感情を持ってはいても、それを抑え込みます。この第2話に限らず、第4話でも、第9話でも、第25話でも新ちゃんは感情を抑え込んでいる事が多かったように思いました。感情を抑え込む時、新ちゃんは怒っているという態度が出てきます。その態度を大人達から怒られる、もしくは注意される事がありましたが、そこで我慢をしている新ちゃんが多少怒りの態度を見せても、見逃してあげてもいいのに…と思ったりはしました。楓さんも劇中の中で言っていますが「まだ、子供なのに」と思うのです。でも、母親の袖子さんは「あの子には我慢させることを覚えさせなきゃ、これからだって、まだまだ厳しい事があると思うの。父親のいない子供なんですからね」と言います。

新ちゃんの凄い所は一時は感情的に怒りを見せたり、出したりしても、その後でちゃんと冷静にそれを受け止めて、その怒った人や注意した人の意図をちゃんと理解しているところです。新ちゃんが頭がいいと思うのは勉強が出来るという事もありますが、そうした相手の事を考える優しさや理解があるのが最大の原因だったりします。最初に我慢した時はただ感情を抑えつけるので怒りが出てきますが、新ちゃんはその怒りを最小限に抑えるので暴走はしません。ただ、怒りを抑えたうえにその感情を無視されて、我慢を上乗せさせられた時は感情が爆発して、大きな声を出してしまう時はありました。そんな時は袖子さんに頬を叩かれてしまっていましたが…、大人でも我慢していた上にそれ以上感情を抑えこめられたら、爆発してしまうと思います。

自分の気持ちを抑えて相手の事を考える。これは、難しい事です。頭で分かっていても、心というものは突発的で直感的な所があり、自分でも対処しきれないものがあると思うからです。新ちゃんも長太郎も自分の思う通り物事が運ばない事に我慢しなければいけない時がありました。その時、一応我慢する時は釈然としないものがありますが、理由が分かれば新ちゃんも長太郎もちゃんと納得して我慢する事が出来る。彼らはいろんな出来事を体験して、世の中は何でも自分の思い通りにはいかない。相手の立場や気持ちを考えて自分の気持ちを我慢する事を覚えていったのだなと思うのです。そこには自分の気持ちを犠牲にするというのではなく、相手の事を思いやる優しさ、思いやりの方が強くあったように思います。そして、私は吉田友紀さんはそうした感情を表すのが上手い役者さんだったと思います。

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