柿の葉日記

主にドラマ『あばれはっちゃく』について語る個人ブログです。国際放映、テレビ朝日とは一切関係がありません。

幻のオリンピックから

アバンタイトル

長太郎の重量挙げから。後ろには五輪のマークがあります。『俺はあばれはっちゃく』第20話初回放送は1979年6月16日。
『俺はあばれはっちゃく』は1979年2月3日〜1980年3月8日まで放送されていた作品なのは、皆さん、ご存知の通り。
翌年の1980年には、モスクワオリンピックが控えていました。だからこその、アバンタイトルのオリンピックネタだったのです。
残念ながら、日本はモスクワオリンピックをボイコットすることになり、日本と他のボイコットした国々にとっては、幻のオリンピックになってしまいました。

本編

脚本は市川靖さん、監督は山際監督です。
この話は、クラス会の劇『西遊記』の主役孫悟空が長太郎になるか、正彦になるかが話の始まりになっています。ヒトミちゃんは、長太郎の身軽さとおっちょこちょいの性格から、長太郎が孫悟空にピッタリといいますが、明子はかっこいい正彦君がいいといいます。ヒトミちゃんの言葉ですっかり主役になったつもりの長太郎は、父ちゃんの大工道具をつかって如意棒を作り、孫悟空になって活躍する夢まで見ます。
大工道具を勝手に使われて父ちゃんが怒ったのをかばった母ちゃんが長太郎をかばうのが優しい。
この時の夢の中の長太郎の立ち回りが見事で、長太郎役の吉田友紀さんの殺陣がとても見事です。

西遊記』の劇の脚本を書くのは、音楽教師の五十嵐先生。
五十嵐先生は、優等生の正彦を贔屓していて、長太郎に対しては、問題児として好ましく思っていません。クラス投票で2票差で長太郎に孫悟空が決まったものの、五十嵐先生が異議を出して演技で比べることを提案しますが、それよりも前に正彦に、まだクラスの皆の前では、出来ていないと言っていた脚本を先に正彦に渡してあって、長太郎には漢字が多い脚本を提案後に渡すという意地の悪いやり方をしています。
それでも長太郎は、裏でそんなことがあったことを知らず、姉のてるほに脚本で読めない漢字を教えてくれ!と土下座して頼んで、てるほを驚かせます。

翌朝の登校の場面では、あとの場面に続く情報が自然にさりげなく盛りこめられています。先に五十嵐先生からもらった脚本の写しを持って台詞を言いながら歩いている正彦、その正彦に声をかけるヒトミちゃん、驚いて紙を木の上に放り投げる正彦、後から来て正彦に声をかける長太郎。その後ろから大きな紙を丸めたものを抱えている公一。この4人の言動、持っているものを覚えておくと、後の展開で、ここで、これを使っていたのか、この展開につながっているのかが分かります。

必死で覚えていた長太郎ですが、全部を覚えることが出来ずに、公一の協力でカンペを使って、正彦との演技対戦に望みます。ここで、まず公一が抱えていた大きな紙を丸めていたものの正体が分かります。不正がばれた長太郎は馬の脚をやることになります。
しかし、三蔵法師役に選ばれたヒトミちゃんが正彦と一緒に台詞を覚えようとして、正彦の元へ訪ねた時に、ヒトミちゃんは五十嵐先生が先に正彦に脚本を渡していたことを知って、正彦に対して怒ります。

「正彦君って、そういう人だったのね。長太郎君よりも3日も前に台本をもらっていたなんて、そんなことまでして、主役をやりたかったの」
「発表会を成功させるためなんだ、しかたないよ」
「言い訳はよして!私、卑怯な人、嫌いよ!今になってはしかたないけど、発表会が終わったら長太郎君に謝ってね!いいわね!」

ヒトミちゃんの言葉に悔しくて悲しい顔をする正彦、台本を握り締める手の力に正彦の割り切れない悔しさを感じます。そもそも、五十嵐先生の要望を聞き入れてやった正彦にとっては、言い分があっても、結局、最終的に自分が決めたことであり、ヒトミちゃんが言うようにやはり、それは、卑怯であり、自分の言い分は単なる言い訳になってしまうということが分かって、ただ悔しさを口にせず、最小限の顔や手の表現であらわすしか正彦にはないので、より悔しさと悲しさと割り切れなさを感じます。

さて、登校時での4人の行動や持っていた意味についてですが、公一の時は、視聴者とドラマの世界では長太郎と公一以外は分からなかったことが分かり、ヒトミちゃんの時には、視聴者には正彦が持っていた紙切れの正体が分かっていたのが、ドラマの世界でドラマの中の住人が知るということになります。同じ、「正体を知る」という情報でも、少しだけ意味合いが違うのです。

次の日に、クラス発表会当日。正彦が熱を出して、ヒトミちゃんに連絡して、長太郎にどうしたらいいか?と助けを求めます。
この時の長太郎が閃く時のポーズは特になく、定番の逆立ちではありません。また、急なことでもあり、長太郎も焦りがあるのか、考え中にヒトミちゃんに声をかけられた時には、珍しくヒトミちゃんに対してやや乱暴な言葉を使っています。
クラス発表会での校長先生は、かなりおおらかに長太郎が出したアイディアの舞台を見ていて、物分りがいいように見えるのですが、この校長先生も後の33話では、五十嵐先生と同じような目線で長太郎を見ていたことが分かります。

なかなか、長太郎の良さをしっかりと認めてくれる先生は、佐々木先生以外には出てこないんだなって感じます。さて、長太郎の夢の中での『西遊記』の場面は、『俺はあばれはっちゃく』と同じ製作会社国際放映が1978年〜1979年まで日本テレビで放送されていた堺正章さん主演の『西遊記』がありましたが、それに似ています。これは、同じ国際放映だからこそだと私は思います。
また、『西遊記』の第2話には、『俺はあばれはっちゃく』の父ちゃん役の東野英心さんと、正彦役の草間光行さんがゲスト出演されているのです。

長太郎は台詞が覚えられない、漢字が読めないで、主役は無理と、言われたり、本人も言ってましたが、正彦の代役で機転を利かせて、皆の指揮をとり、ハチャメチャな舞台にしながらも、校長先生に認めさせています。
今回の脚本は、市川靖さんですが、この話の監督山際監督は、市川靖さんの脚本と相性が良く、一番面白いと、以前インタビューした時に話されていて、クラス発表会の劇の場面はスラプスティックに盛り上がっていて、山際監督が市川靖さんの脚本が面白いと話されたことに納得します。

何気ない登校の場面に後の展開につながる話の情報を詰め込み、後から自然にその情報の意味を視聴者に見せていき、ドラマ展開の流れに入れてきて、心に響く印象的な場面を作り、スラプスティックで盛り上げて、最後に長太郎とヒトミちゃんでほのぼのとしめる。話も20話となり、この頃には、既に1979年当時の子ども達の中に、『俺はあばれはっちゃく』が楽しいドラマとして心の中に住み着いていたと思います。