柿の葉日記

主にドラマ『あばれはっちゃく』について語る個人ブログです。

見た目と年齢

「俺はあばれはっちゃく」第16話にゲスト出演した文太役の上野郁巳さんが1977年に公開された映画「はだしのゲン」にゲンの弟役で出演されていた事を知りました(上野さんはゲンの弟の進次とその進次と瓜二つの隆太の一人二役を演じています)この映画では「わが子は他人」で吉田友紀さんと共演し、吉田友紀さん演じるあきら君と取り違えられた一郎を演じた春田和秀さんがゲンを演じています。互いに取り違えられる同い年の子供の役を演じた同士ですから、吉田さんと春田さんの年齢は近かったんじゃないかなと思うのです。(確か、以前調べた時は一歳違いだったような…吉田さんの方が年下だったかな?)

なんというか吉田さんと同い年の役を演じていた春田さんの弟役で上野さんが映画に出ていたのかと思うと、第16話で長太郎が文太から「お兄ちゃん」と呼ばれている事に納得してしまっています。その一方で「それいけ!カッチン」で吉田さんと上野さんが同い年になっているのを見ると不思議な感じがしたりして…。同い年でも身長とか声変わりが遅かったりとかの理由などで、兄役になったり、弟役になったりする事があるようですが、そいうのって不思議な感じがします。でも、同級生の中でも大人っぽい子がいたり、子供っぽいと言うかそのクラスで妹や弟的な存在の同級生もいたなと思いだすとそうでもないのかなと思ったりもして…。吉田さん以外は正確な年齢が分からないのですが、春田さんも上野さんも年齢は吉田さんに近いか同い年なんだろうなと思います。実年齢よりも見た目で役の年齢が決まる。特に子役ではそれが大人の役者よりも大きいんだなと思いました。(ドラマの内容を理解して役を演じるのですから、役の年齢よりも少し上の年齢で見た目がその役の年齢に見る事が出来ればよりよいのですから、そう考えると「mother」出演時の芦田愛菜ちゃんは異例中の異例になるかな?)

その年齢の役に見える見た目かどうかというのは結構重要ですね。勿論、演技力も欠かせませんが、そんなふうに思いました。よく童顔とか、老け顔という言葉があったりしますが、人がイメージするそういう顔ってどこでインプットされるんでしょうかね。童顔の40代、老け顔の10代だって結構いると思うんですけどね。子供はこんな感じ、大人はこんな感じ、老人はこんな感じっていう殆どの人が思い浮かべるステレオタイプというのがあるのかな?妹はドラマはロールプレイでその役の年齢に相応しい人を当て嵌めて役をふるから、それなりにみえる人が配役されやすいんじゃないか?と言ってましたが、その年齢なりに見えるその年齢なりの顔って人の頭の中でいつ出来あがるのか、最近、それが不思議で仕方がないんです。この年齢の顔はこの顔ですってどこで決めてしまうのか…って。

五年前のインタビューで吉田友紀さんが「これでも、今年で40なんですよ、ええ、40。老けないのが昔から悩みで、年相応の役ができない。いつまでたっても、中途半端だっていわれてまして」と語っていました。年齢と共に経験を重ね役者を続けていくにはその外見も年齢と共に老けて見えるようにならないと大変だったりするのかな?でも、なんだか外見だけを見て中の積み重ねてきたその人の歴史がまだ若いと決めつけてしまうのは何か勿体ない気がします。中を見てみれば、見た目以上に経験があり、年相応の苦労や思い出や知恵があるのではないかと私は思うからです。