柿の葉日記

主にドラマ『あばれはっちゃく』について語る個人ブログです。

メタモルフォーゼ

「気まぐれ本格派」を紹介していたある人のブログで吉田友紀さんが演じていた新ちゃんを「吉田友紀様がまだ綺麗だった頃」と紹介していて、納得するのと同時に失礼ながらずっこけてしまった事があります。(訂正:「綺麗」ではなくて「可愛い」でした。すみません)
確かに、新ちゃんの頃の吉田さんは綺麗というか、新ちゃんが出来のいい優等生で行儀のいい子なので、まあ、綺麗と言うか年齢も本当にまだ小学生でしたから、かわいいので、確かにその通りなのだけど…。この「まだ綺麗」というのが、まるで「かろうじて綺麗」にも受け取れて、それじゃ、長太郎の頃にはもう綺麗とは呼べなかったのだろうか?と邪推してしまいました。ひねくれすぎな捉え方だと思いますけど。

吉田さんは中学生の時にも二代目にゲスト出演してきますが、この時も綺麗だったなと私は思います。四代目の高校生の時も綺麗だったと思うのですけど、長太郎の頃は丁度子供から少年、少年から男性に変化していく途中というとても不安定な時で不安定だからこそ危うい段階があったと思います。

変化していく過程と言うのは異様なもので、さなぎから成虫になる時にその間でなんとも言えない不気味な形をしますが、長太郎役の時に丁度声変りなどの第二次性徴をむかえた吉田友紀さんはこの変化していく過程を長太郎と共に歩み、中でも第27話〜第44話の辺りは特に不安定で危うかったと思います。私の思いこみの部分もありますが、以前にも書いたようにこの時期の長太郎は何処か気弱な印象を持ちます。

この時期を見てみると、高い声が出にくくなっていても、無理に高い声を出そうとしてるというか、自分がそれまで出していた声の高さを出そうとして苦しんでるように見えます。吉田さんの声は元々が高いので声変り以前の声を出すのは苦しかったのではないかなと思ったりしました。成人後の声を聞くとさほど声は低くならなかったようですが、元が高かったせいか長太郎の最後の声はとても低い声に聞こえます。

もしかしたら、別に高い声をだそうなんて思ってなくて、声変わり故に声がうまく出せなかっただけなのかもしれませんけど。声変りをすると今までの発声の仕方では声が出にくくなっていくといいますし、その中で声の出しやすい発声を身につけていくそうなのですが、この時の吉田さんはこの変わっていく声の出し方を手探りしていた状態だったのではないかな?と思うのです。女性も声変りはしますが、男性ほどではないので変声期の苦しみは女の私には分かりにくい所です。

手塚治虫先生はメタモルフォーゼというか、変身していく過程が好きだったと聞きます。この気持ちは吉田さんが演じた長太郎を見ていて、なんとなく分かる気がしました。まさに長太郎を演じていた時の吉田さんはメタモルファーゼだったのだと、声だけでなく身長も伸びていくし、体つきもしっかりしていくし、どんどん変化していく、不安定で危うく完全体ではなないで、時に不気味な状態も出てきますが、このどちらともつかない妖しさは人を妙に惹きつけ、虜にしていたなぁと思うのです。

こうした変化の時期は本当に一時だけのもので二度とは来ない貴重な時期。見ていた人全員がとまでは言いませんが、こうした危うさは不安定なドキドキを生み出して、少なくとも私は惹きつけられました。不思議なのは子供の頃の私にはそれがなかったという事です。勿論、子供の頃から大好きでしたけど、こうしたなんというか色気というのを感じるようになったのは大人になってからでした。

DVDで纏めてみるのとテレビで毎週徐々に成長していくのと合わせて見ていた違いというのもあると思いますけど、子供の頃は年上の人が醸し出す(しかも本人でさえ自覚がない)色気なんて感じ取れなかったのでしょうね。