アバンタイトル
長太郎が外で上半身裸で「はっちゃく寒けいこ中」たくさんの水をいれたバケツがそろっています。マフラーを巻いて手袋をして半纏も着て完全防備の公一がそんな長太郎を見て一言。
「ばかみたい」
長太郎は、なんか雪も舞う中、カンフーのようなアクションをしています。そんな長太郎にまとわりつくドンペイの手綱を持っているのは、公一。長太郎は水の入ったバケツの一つを取って頭から水をかけますが、中が凍っていて、長太郎の頭を氷が直撃して、驚く公一でオチ。
本編
今回52話の脚本は市川靖さん、監督は山際監督です。
いつもは、目立たない明子と小百合がメインの話。以前、山際監督にお会いした時に、印象に残っている話だとお聞きした話です。
また、主役の長太郎役の吉田友紀さんも、今回の話のロケで死ぬ思いをしたとDVDBOX2の解説書のインタビューで話されていた話でもあります。
少女漫画のページから本編がスタート。明子と小百合が『乙女コミック』という少女漫画雑誌を二人で本屋で立ち読みしています。
そこへ長太郎がやってきて、立ち読みをしている二人を注意。となりには、ヒトミちゃん恵子ちゃん、正彦、公一もいます。
ヒトミちゃんが明子と小百合が読んでいる漫画の作者の名前を言い、恵子ちゃんが長太郎を押しのけて小百合と明子が読んでいる漫画の主人公がどうなるかと内容を聞いてきます。
明子が漫画の主人公「ユリとアコ」の事を話して、どんな展開になるのかな?って期待に胸を膨らませていると、後ろから呆れた長太郎が、「ユリとアコ」の名前が「小百合と明子」に似ていると話して、来月号の話の予想を言い出します。
「なんだこの二人、お前らみたいじゃないか。小百合と明子でユリとアコだろ?でもな、きっとこの二人、このババアに殺されちまうな。第一、お前らが主人公になんかなれるはずないもんな」
それを横で聞いていたヒトミちゃんが、小百合と明子に助け舟。
「あら、そういうときは素敵な人が出てきて悪人を懲らしめてくれるのよ」
このヒトミちゃんの一言が、今回の話の伏線の一つ。ここでは、本屋の店先でいつものメンバーが立ち読みをしているのですが、小百合と明子が『乙女コミック』を読んでいる時に斜め手前に『湖は今日もエメラルド』という漫画の単行本が積まれていて、実はこの本が小百合と明子が読んでいた漫画作品だと後に分かります。
雑誌に掲載されている漫画の絵から始まり、コミックスを積んでいる絵を立ち読みしている二人と一緒に映すことで、一度に漫画作品の情報を視聴者に見せているのです。
また、ヒトミちゃんに、二人が読んでいる漫画を
「三ッ色すみれの漫画ね」
と言わせることで、漫画家の名前の情報も与えています。小百合と明子が『乙女コミック』を買いに行こうとしたとき、別冊マーガレットを読んでいたヒトミちゃんが、三ッ色すみれのサイン会が長太郎と正彦の父親が務める駅前のデパート(ダイエー)で今日の午後2時からあることを伝えます。興奮した女の子達は、サイン会に向かって走り出します。
『乙女コミック』は私が知る限り、1980年には存在しない少女漫画雑誌なので、番組用に作られた架空の少女漫画雑誌だと思うのですが、『別冊マーガレット』は実在する少女漫画雑誌です。違う、雑誌に他誌で連載している漫画家のサイン会の情報があるということは、三ッ色すみれが多くの雑誌で活躍されている人気少女マンガ家であることを思わせます。
走り去って残されたのは、長太郎と公一。そこへ、佐々木先生が来て、寄り道した長太郎と公一に注意。長太郎は事情をはなし、みんなとスケートに行く約束をしていたのに、漫画家のサイン会に行ってしまったことを佐々木先生が知ると、今度の休みにワゴンを借りてスケート場に連れて行ってくれるという約束をします。喜ぶ長太郎と公一。
一方、サイン会に来たヒトミちゃん達。ずっと、サイン色紙を持って待っている小百合と明子を見守るようにヒトミちゃん、恵子ちゃん、正彦が付き添っていますが、お目当ての三ッ色すみれ先生が登場してきません。そこへ、サイン会中止のアナウンス。ショックを受ける小百合と明子。その合間に学校帰りのセーラー服のてるほの顔が抜かれます。どうやら、てるほも三ッ色すみれのファンでサイン会に来ていたようです。嘆く小百合と明子に正彦が慰めの言葉をかけますが、二人は正彦を無視して、恵子ちゃんに泣きつきます。戸惑う恵子ちゃんが正彦に助けを求めて見ても、当てが外れた正彦は複雑な顔でこちらも戸惑い、ヒトミちゃんは悲しむ二人を可哀想に感じて見つめています。
この正彦のなんとも言えない複雑で微妙な居場所のない感じの戸惑いの表情と仕草が面白いですね。その前に、「素敵な人が助けてくれる正彦くんみたいな人」って持ち上げられて鼻高々になっていた分、鼻をへし折られた感じが強く出ています。
場面が変わって、外で水を撒いてスケートリンクを作っている長太郎。呆れながらも付き合っている公一。
こんなのでスケートリンクが出来るかと疑問に思う公一に、長太郎は夜になると寒くなるから出来ると答えます。
私は、小学生の時に長野県松本市の小学校にいましたが、冬の体育にスピードスケートがあり、浅間国際スケートセンターに行くか、校庭に水を撒いてスケートリンクを作ってスケートをしていたので、この場面を見ると小学生時代のスケートの授業を思い出します。『俺はあばれはっちゃく』の舞台は神奈川県、撮影場所は東京都でしたが、関東でも、水を撒いただけでスケートリンクが出来るのかな?って思って、ここは長太郎の単純な考えを笑う場面でもあると思うのですが、アバンタイトルでバケツの水が凍っていたというオチがあるために、今の季節は外の水が凍りやすいという印象をつけているので、長太郎の言うようにスケートリンクが出来るかも?という期待を視聴者に持たせていますね。
さて、撒いていた水がサイン会をドタキャンして、担当編集者と歩いていた三ッ色すみれの足元にかかってしまいます。怒った担当編集者が長太郎の襟首をつかんで責め立てると、アイディアが浮かばないと言っていた三ッ色すみれが、「閃いた」と一言。
アイディアが浮かんだのか?と問う担当編集者に、実際に行けばいいと答える三ッ色すみれ。
「閃いた」というのは、こちらが元祖と走り去る二人を見て言う長太郎。これは、一年『俺はあばれはっちゃく』があればこそ、言えるセリフですね。その前にも、他の人に「閃いた」を言われて突っ込む長太郎はありましたけれども。
夜、長太郎の家。スピードスケートの刃を手入れしている長太郎の手元から始まり、父ちゃんが帰ってきます。父ちゃんは、三ッ色すみれのサイン会の為に会場を準備したのに、急に中止になったことに怒りを見せています。三ッ色すみれのことを「ポンチ絵」という父ちゃんに自室から出てきたてるほが「劇画作家」と言ってと抗議しますが、そんな「ポンチ絵」つまり、漫画のことですね、その漫画を読んでいることを逆に責めて問いただすと、父ちゃんの迫力に負けたてるほが「卒業」したこと答えます。
「なんとかというポンチ絵のサイン会があったと思いねぇい」
「やだ、お父さんたらポンチ絵描きなんて、それを言うなら劇画作家って言ってよ。三ッ色すみれのサイン会でしょ」
「なんだい。お前、まだ、そんなポンチ絵見ているのか?」
「そんなのとっくに卒業したわよ。どうしたの三ッ色すみれ」
ドラマ内に出てくる三ッ色すみれの漫画を見ても、劇画という印象はないのですが、この時代1980年の漫画文化の時代では、漫画に台頭して「劇画ブーム」時代だったと思いますし、また、父ちゃんが漫画のことを「ポンチ絵」と言っていたのも、1980年代の父ちゃんの世代には漫画は子どもが読むくだらない絵の話という認識が強く残っていた時代で、ここに父ちゃんとてるほの世代間における「漫画」への意識の違いがあるのが見て取れます。父ちゃんの年齢は、これまでの話の映像の手がかりから、演じていた東野英心さんと同じ1942年昭和17年生まれ。『俺はあばれはっちゃく』放送当時(1979年2月3日~1980年3月8日)では、37歳~38歳。
私の中学時代の担任が東野さんと同じ昭和17年生まれだったのですが、漫画に理解がなく、漫画を一段低く見ていた国語と体育の先生だったので、父ちゃんの漫画に対しての反応もさもありなんって感じました。ただ、父ちゃんや私の中学の担任より、2歳年下の私の父は漫画好きな人だったので、まあ、同世代でも漫画に対しての評価は分かれているんだなって感じたりもします。人それぞれですね。長太郎は漫画の立ち読みをしていた小百合と明子、サイン会に興奮したヒトミちゃん達に呆れていて、長太郎はどちらかと言えば外で遊ぶことが好きで、漫画に対しては、父ちゃんと同じ価値基準を持っているように思います。ま、私の同級生にも漫画の読み方が分からないから、漫画を読んだことがないという人もいましたし、こちらも世代で一括り出来ない漫画に対する意識の違いはあると思います。
父ちゃんは、急にサイン会にこなくて、せっかく作った会場が無駄になったこと、上司の正彦の父親に八つ当たりされたこと、詫びの一つもいれてこない三ッ色すみれに腹が立ち、サイン会に来た子ども達が悲しんでいたことにも腹を立てていて、長太郎にそんな義理知らずのポンチ絵の漫画なんて読むんじゃないぞと言います。
父ちゃんは、漫画に理解はないようですが、それよりも人の礼儀を欠いた三ッ色すみれに腹を立てているようで、こっちの怒りの方が大きいようです。
どんなに人気漫画家であろうと、どんなにいい作品を描いても、人間としての義理人情を忘れた人間なんて、一番良くないというのが父ちゃんの心情で父ちゃんらしいですね。作品内容とそれを生み出した作家が同じなんていうのは、一つの幻想に過ぎないということを伝えてもいます。
長太郎は、そんなの見る気もないという答えに安心する父ちゃん。てるほは、三ッ色すみれの漫画が女の子の気持ちをちゃんと描いているとうっとりしながら、反論しますが、父ちゃんに卒業したんじゃないか?と聞き返されると、友達から聞いたと言い、勉強しなくちゃっと部屋に逃げてしまいます。
そんなてるほを見ながら、ニヤニヤ笑う長太郎。
「俺、ちゃんと知っているんだからな」
長太郎は、てるほが漫画の愛読者であることを知っている様子。
さて、翌日、佐々木先生の運転でスケートリンクに向かう車中。車の中では、中村メイコさんの『田舎のバス』を歌っています。ここは、台本では『東京のバスガール』になっています。現場で変えたのか、二曲歌って、『田舎のバス』の方を採用したのかってことを山際監督に聞いておけば良かったな。
さて、スケートリンクについて、滑っている長太郎達。長太郎はさすがにうまいですが、正彦もなかなか。ヒトミちゃんと滑ろうと長太郎はエスコートしますが、ヒトミちゃんは正彦で間に合っていると言い、小百合と明子の面倒を見るように言いますが、長太郎は小百合と明子に冷たい態度。
おぼつかない足取りで、公一が滑りながら、こういう時に親切にすると女の子の人気があがるのにって言う公一。そこへたどたどしい滑りの恵子ちゃんが来てワタワタ。
どうやら、公一と恵子ちゃんはスケートが苦手の様子。私もスケートには苦労したので、二人の滑りが他人ごとに思えない。
小百合と明子は、スケートを滑ることなく退屈そう。佐々木先生も知らない女性の相手をしていて、面白くない様子。
そんな二人は、三ッ色すみれの姿を見つけて、追いかけて話しかけます。スケート場に向かう車中でも、三ッ色すみれの漫画を読んでいて、漫画に描かれた湖を見て、これから向かう場所に似ていると大騒ぎしていて、三ッ色すみれがいた湖のほとりがまさに漫画に描かれた場面で、自分たちの名前が漫画の主人公と似ていると話して三ッ色すみれにサインをもらった小百合と明子達。
そんな二人の話を聞いて、二人をモデルにして漫画のネタを考えようと、小百合と明子に支持を出して、漫画のストーリを作り出します。
お昼になって、小百合と明子達がいないことを心配したヒトミちゃんと正彦が長太郎に二人を探すように言いますが、この時の正彦の言い分が、先のデパートのサイン会中止の時の話を思い出すと、普通なら正彦が行きそうなのに、長太郎に行かせるのは、また、プライドを傷つけられたくないという正彦の心理があるのかなって思いました。
長太郎は、ほうぼう探していきますが、小百合と明子は見つからず、そこで車内での二人の話を思い出し、湖に向かっていく長太郎。小百合と明子が襲われていると思い、三ッ色すみれの指示で小百合と明子の二人を襲っていた担当編集者に食って掛かる長太郎ですが、誤解だと分かり、そんなおっちょこちょいの長太郎を笑っていた湖でボートに乗っていた小百合と明子ですが、ボートに穴が開いていて、水が浸入して悲鳴を上げます。
長太郎はその二人を助けるために、三ッ色すみれの車からスカーフなどを出して、引き裂き一本のロープにして、三ッ色すみれと担当編集者に持たせて、ドラム缶の桟橋ボート代わりにして小百合と明子の救出に向かいます。
小百合と明子が乗るボートまで来たとき、ここで撮影で死にかけたことをDVDBOX2の付属の解説書にあるインタビューで吉田友紀さんが話しています。
「富士急ハイランドのロケ(52話)で沈みかけているボートにいる女の子を助けるシーンがあったんです。ドラム缶の桟橋をボート代わりにして助けに行くときに、女の子2人が同時に体重をかけたんでオレ落っこっちゃって(笑)。それで落ちた先がボートの縁で、縁を掴んだらボートがひっくり返っちゃったんです。それで、ボートの中に閉じ込められてちゃって、中に空気はないし浅いから潜って出られないし、死にかけました(笑)
この話を山際監督にしたら、「そんなことあったかな?」ってびっくりされていたので、実際に体験した吉田さんの記憶と、監督として現場にいた山際監督での認識の差があったのではないか?って思いました。多分、ボートに閉じ込められた吉田さんが体感していた時間よりは、すぐに出てこれたんじゃないか?それが二人の認識の記憶の差になっているのではと思うのです。
この話の冒頭で、ユリとアコが殺されるという長太郎の予想通りに、モデルにされた小百合と明子は死にかけるのですが、ヒトミちゃんの助言通りに「素敵な人が来て助けて」くれました。それが、現実では長太郎だったということ。
助かった小百合と明子はげんきんなもので、「もっと素敵な人に助けられたかった」と言います。
全員が無事だったからこそ、言えた言葉ですね。三ッ色すみれと担当編集者は佐々木先生にこっぴどく叱れます。
長太郎は、小百合と明子を危険な目に合わせないと漫画のストーリが描けないなら、漫画なんてやめちまえ!って三ッ色すみれにいうのですが、これは、漫画に限らず作家には耳の痛い言葉なんだろうなって思います。この話を書いた市川靖先生の作家としての気持ちも込められていたのでしょうか。
三ッ色すみれは、後日、『湖は今日もエメラルド』の最終回が掲載されている『乙女コミック』とコミックスを持って長太郎の家にやってきます。長太郎に言われて、目が覚めて、担当編集者と結婚して漫画家を引退する報告をしてきたのです。
最終回に描かれているのは、長太郎をモデルにしたと思われる男の子がユリとアコを助ける姿。ここで少女漫画の長太郎を見ることが出来ます。
『俺はあばれはっちゃく』は、漫画化されましたが、劇中でもこんな形で少女漫画になっていたのです。なかなか、少女漫画の長太郎もかっこいいですよ。
この時代、作品が放送された1980年2月9日では、まだなっていなかったのですが、手塚治虫先生がこの放送の9年後1989年2月9日に亡くなられ、現在では2月9日は「漫画の日」になりました。
奇しくも2月9日に『俺はあばれはっちゃく』で少女漫画を題材にした話があったのが奇妙な縁を感じます。