ドラえもんの放送曜日と時間
私が初めて『ドラえもん』を知ったのは、5歳になる手前の4歳の頃。今から45年前。テレビ朝日で『ドラえもん』が2度目のテレビアニメ化された時でした。その頃の『ドラえもん』はその当時は帯のテレビアニメで、日曜日にまとめて一週間分の放送のある形態の放送形式でして、私の中では長く多くの人達の中で定着していた、毎週金曜日夜7時からの放送枠にずっと慣れる事が出来ないままでした。
私の中では金曜夜7時枠の放送も新しい時間枠の感覚のままなんですね。もう、その金曜7時枠から移動して現在は、毎週土曜夕方5時になったというのに、金曜7時枠で見ていた年数の方が長かったというのに、最初に見ていた時の感覚がずっと抜け切れていないという。
繰り返し何度も
私が幼稚園の頃に始まった『ドラえもん』。当時は家庭用ビデオデッキが普及しておらず、我が家にもビデオデッキはありませんでした。当然、アニメ番組を始めとするテレビ番組を録画する事は出来ず、テレビ放送の時にテレビの前にいないとアニメを見る事が出来ない。ネットもない時代でしたから、当然、見逃し配信で後から見る事も出来ません。
そんな状態でしたが、くるくるテレビというおもちゃがあって、そのおもちゃで何度も何度も繰り返し、『ドラえもん』第1話「ゆめの町ノビタランド」を見ていました。音声はないのですが、何度も何度も繰り返し、繰り返し見ていたので、『ドラえもん』の第1話はとてもよく覚えています。一度、見逃したら、同じアニメを見る事は再放送がなければ出来ない時代にあって、くるくるテレビというおもちゃは画期的なおもちゃでした。他にくるくるテレビには『ウルトラマン』のカセットも持っていて、そちらもよく見ていました。
『ドラえもん』は金曜7時枠になってからは、帯番組時代の話も新作と一緒に放送する事があったので、再放送がなくても、昔、見たことがある話を再び見る機会に恵まれていきますが、まだ帯番組時代の再放送に類する過去の話を見る機会が日曜日のまとめ放送ぐらいしかなかった頃は、いつでもどこでも『ドラえもん』のアニメが見られるというのは夢のようでした。
ドラえもん漫画の思い出
『ドラえもん』が掲載されている『小学○年生』は一度だけ買ってもらったことがあって、その雑誌を見ながら、ドラえもんの似顔絵を小学1年生の時に描いたら、凄く褒められたことがあって、それがクラスでイラストの得意な子だったので、とても嬉しかった思い出があります。
また、ドラえもんの声優5人の人達の顔写真を見たのもこの頃で、この人達が声を出しているんだという驚きとショックも受けました。『ドラえもん』のコミックスは大長編以外は大人になってから買い集めたのですが、それ以前は従兄のお兄ちゃんが持っていたコミックスを借りて読ませてもらっていて、6巻の「さようならドラえもん」を読んで大号泣しました。
45年後…
『ドラえもん』のお話に有名な45年後ののび太がやってくるお話があります。コミックプラス5で大人になって初めて読んで感慨深く思いました。昨日の大山のぶ代さんの訃報を知って、私が大山さんのドラえもんを知ったのは、ちょうど、今から45年前だったんだなって思って、そしたら、『45年後』の話を思い出しました。
偶然かもしれませんが、ちょうど45年で、私が出会った『ドラえもん』ののび太君の小原乃梨子さんも大山のぶ代さんもこの世から去ってしまった事に驚いています。45年も経ったら、子ども時代に支えてくれた大人達とは別れて、今度は自分が大人として子ども達を支える大人になってしまうんだなって思えて……。
45年後ののび太が、怒るママを懐かしく思いママの料理の味に歓喜する。小学生自体からの友人達の元気な姿を喜ぶ事がどれだけ尊い事なのか、どれだけ今はもうない45年前の元気な周囲の人達の姿が嬉しいものなのか、その喜びの大きさを強く深く感じるのです。
大山さんのドラえもんに出会ってから45年後に、別れが来た事。45年後という年月の重みをとても強く感じます。5歳の頃の自分には想像も出来ない寂しさとたくさんの思い出の楽しさを今は強く噛みしめている所です。

