柿の葉日記

主にテレビドラマ「あばれはっちゃく」について語る個人ブログです。国際放映、テレビ朝日とは一切関係がありません。

秘密の約束

『俺はあばれはっちゃく』5話より

似てるなあ

『男!あばれはっちゃく』42話の感想記事を書きながら、思い出したのは『俺はあばれはっちゃく』5話でした。脚本も、監督も違うのですが、長太郎が本当のことを言えなくても言えないという状況が、とても似ているなって感じたのです。

初代『俺はあばれはっちゃく』の5話の脚本は市川靖さん、監督は山際永三監督、2代目『男!あばれはっちゃく』42話の脚本は安藤豊弘さん、監督は磯見忠彦監督でした。

初代5話は公一が長太郎が茂にやり込められた姿を目撃し、それを固く長太郎に口止めされます。長太郎にも、言い分があるものの、それをグッとこらえて耐え忍びます。長太郎とは関係なく、仕事で嫌なことがあった父ちゃんは長太郎に八つ当たりをし、長太郎も、また口でやり返します。

自分が我慢する部分では我慢をした長太郎ですが、それと別件のことでは、我慢しなければならないところの発散として、父ちゃんに対してやり返している、という印象を受けました。

長太郎はヒトミちゃんに誓った「暴力は振るわない」の約束を守るために、屈辱に耐えて、茂の言葉に従い、父ちゃんの八つ当たりの暴力に対しても、暴力は振るわず、言葉で言い返して耐えています。

一方、長太郎から固く口止めされた公一は、長太郎に剣幕におののくものの、口止めされた事自体には、それほど悩んでなく、長太郎が本当にピンチになった時には、素早くヒトミちゃんに報告をして、長太郎のピンチに駆けつけています。

『男!あばれはっちゃく』42話でも、邦彦が起こした事故の罪を長太郎が被って、邦彦に固く口止めをしています。長太郎は邦彦の罪を被ったことで、寺山先生や父ちゃんから、きつい叱責と罰を受けてます。

初代5話と2代目42話で私が似てるなと思ったのは、2点。それは、初代の長太郎も2代目の長太郎も事情を知らない周囲から不当な扱いを受けて、理不尽な思いをしていること。長太郎以外にその詳しい事情を知っているのは、初代では公一のみ、2代目では邦彦だけになっているところです。

違い

似ている、共通点は上記に書いた2点ですが、そこには微妙な違いがあり、これがそれぞれの話の印象を変えていると感じました。

初代では長太郎のこれまでの行動から始まって、自分から自発的に縛りを設けたのに対して、2代目長太郎は自分の行動とは関係なく、ある意味、巻き込まれた形であること。長太郎以外に、唯一、事情を知る公一と邦彦の立場の違いが大きく話の印象を変えています。特に長太郎の秘密だけを口止めされた公一と、自分の罪も口止めされた邦彦では、その言っちゃいけないという心の重さは大きく違うと感じました。

初代の長太郎の悔しさを含めた辛さと誤解されている親友を悪く言われる公一の辛さ、2代目長太郎の自分さえ我慢すればと耐える辛さ、長太郎に罪を被ってもらい、その為に周囲に嘘をつき、長太郎が罰を与えられているのを見るしかない邦彦の辛さ。

邦彦が罪の意識に耐え切れず、ノートに自分のしでかしたことを書いて、罪の告白をしたノートは、長太郎の口止めが、どれだけ邦彦の心の負担になっているかが分かります。本当のことを言えず、耐え忍ばないといけない4人(初代長太郎、公一、2代目長太郎、邦彦)の中では、邦彦が一番辛いことを耐えないといけないこと。4人の中では、唯一、非があるのが邦彦だけです。

『男!あばれはっちゃく』42話より
『男!あばれはっちゃく』42話より

解決に直接に繋がらない秘密とそうでないのと

初代5話と2代目42話では、黙っていないといけないことの大きさ、深刻さの違いがあって、初代5話が2代目42話に比べると、2代目42話を見た後で、初代5話を見直してみると秘密の重さが軽く感じました。

また、初代の公一はヒトミちゃんに長太郎と茂がボクシング対決をしていることを伝えに走りますが、長太郎に口止めされた長太郎が茂たちにヒトミちゃんとの約束を守って、暴力を振るわずにやられてしまったことは、話していません。秘密にしておくべきことと一連の出来事の解決に向かう出来事が繋がっていても、それぞれに分かれていることが、公一の心の負担の軽さにも繋がっていたようにも思います。

『俺はあばれはっちゃく』5話より

公一は最初の約束をうっかり破りそうにはなりますが、そこには初代長太郎がいて、すぐに公一を制しています。約束した後で、つい言ってしまうぐらいには、公一の中では重さがなかったように思うのですが、悔しさを堪えた長太郎を見ていた公一が、ヒトミちゃんに誤解されている長太郎を思ってのことだったので、それだけ、公一にとって、長太郎が大事な友人なんだなって思うのです。

一方で2代目の長太郎と邦彦が共有した秘密は、話の核であり、事件の解決に直接繋がる秘密でした。だからこそ、とても大きく深刻で、その秘密の重さもとても重かったのだと思います。それでいて、その秘密の重さが私には、2代目長太郎と邦彦では大きく違っていたように感じました。

2代目長太郎と邦彦が同じ秘密を共有しながら、秘密にした罪の重さや深さが違いすぎたことは、同じ秘密を同じ程度の重さで共有していたように見えた初代長太郎と公一の関係とは、別のように見えました。

自分自身が起こした事故が原因であるだけに、告白をして楽になりたいという邦彦の意志は長太郎に押さえつけられていて、さらなる苦しみを与えています。長太郎も本当のことを言えずに父ちゃんや寺山先生、みゆきちゃんや章、和美ちゃん、弘子ちゃん達にも非難され辛いかったと思いますが、その原因を生み出した邦彦が本当のことを言えずに、弘子ちゃん達に賛同することは、さらに辛かったと感じました。

『男!あばれはっちゃく』42話より

秘密の複雑さ

口止めした秘密というのは、どちらも一つでしたが、それが初代5話では意外と単純であったのに対して、2代目42話では複雑になっていたように感じました。初代でも、複雑に出来たと思うのですが、事件解決に向けて緩く繋がりがありながらも、長太郎が公一に口止めをした秘密と、長太郎が密かにした茂とのボクシング対決の秘密(こちらは口止めされていない)を分けたことで、単純化出来て、分かりやすくしたと感じました。

42話は理科室での事故を邦彦が起こしたことを秘密にし、長太郎と邦彦でその秘密の重さや秘密を守るために嘘をつくことへの罪悪感の違いを出したことで、同じ秘密を共有しながらも、両者の苦しみの違いを出して、同じ秘密でも、人の立場によって、その重さは大きく違い、良心の呵責が人を苦しめること、人の為を思っての行動が相手を苦しめることを2代目42話で見せてくれました。

私は、どちらの話も大好きですが、秘密の共有と真実を隠す苦しみを書いた2代目42話は、より深く、考えさせられた話でした。また、初代から続いてきて、2代目『あばれはっちゃく』の1年目を終わろうとする時期だからこそ、書けた話でもあるんだろうなって思いました。

守るべきものと正直に話すことと

初代は最初の秘密の約束は守られていながら、長太郎の名誉は回復しているところが素晴らしく、約束を守る大切を伝えていて、2代目は秘密の約束は守られることはなかったのですが、重大な事件の真実を隠さないといけない秘密の場合は、真実を正直に話すことが何よりも一番重要であるということを伝えているようにも感じました。

秘密の約束というのは、時にして守らなければいけない場合とそうでない場合があるということを、初代『俺はあばれはっちゃく』5話と2代目『男!あばれはっちゃく』から学んだように感じます。