『あばれはっちゃく』に出演した宝塚歌劇団OGや松竹歌劇団OGに関しては、長くなりそうなので、いずれ別記事にするかもしれません。なお、『俺はあばれはっちゃく』16話に出演した東郷晴子さんについては、この記事に追記しました。
あばれはっちゃくに出演した宝塚歌劇団OG
もっと詳しく調べるとまだいるとは思うのですが、現時点で私が把握している『あばれはっちゃく』に出演した宝塚歌劇団のOGは宮城千賀子さんです。宮城千賀子さんは『熱血あばれはっちゃく』42話にゲスト出演、『逆転あばれはっちゃく』で秀彦の祖母まさ子役で2話と5話に出演しています。
宮城千賀子さんは1935年に入団した宝塚歌劇団25期生。25期生は104名いてこの25期生は1936年に初舞台を踏んでいますが、初舞台が雪組公演『ラ・ロマンス』(8月1日~8月31日・宝塚大劇場)、月組公演『ゴンドリア』(9月26日~10月31日・宝塚大劇場)、星組公演『バービイの結婚』(11月1日~11月31日・宝塚大劇場)の3つに分かれていました。宮城千賀子さんはこの3つのうちの星組公演の『バービイの結婚』が初舞台でした。
宝塚歌劇団在団時は「東風うらゝ」の芸名の月組の男役で活躍し、1940年4月15日付で研6で退団されました。愛称は、「べこちゃん」と本名から「ユキ」。宮城千賀子さんは1922年11月26日生まれなので入団した時の年齢は13歳でした。これは宝塚歌劇団が現在のシステムになる前の入団ですので、現在、宝塚音楽学校に入学できる年齢、宝塚歌劇団に入団出来る年齢とは違いがあります。
この宝塚歌劇団についての歴史に関しては長くなるので、今回は割愛します。
また、改めて出演者についても調べていく中で、宝塚歌劇団OGの出演者がいましたら、書いていく予定です。ちなみに宝塚歌劇団のライバルである松竹歌劇団(現在のOSK日本歌劇団)のOGの方も『あばれはっちゃく』に出演されていて、現在、私が承知しているのが、『俺はあばれはっちゃく』で倉持さんを演じ、『男!あばれはっちゃく』17話に病院の事務長役で出演した石井富子(現・石井トミ子)さんが松竹歌劇団出身です。
松竹歌劇団というと『独占!女の60分』の司会でも有名だった水の江滝子さんことタッキーさんがいて、このブログを訪ねてくれた松原愛さんも出演されていました。『女の60分』は土曜日のお昼ごろに放送されていたと記憶しているのですが、この番組も子どもの頃に見ていて、懐かしい番組です。
松竹歌劇団出身の女優、声優の方々も数多くいて、『あばれはっちゃく』に出演されていた方もいるので、また出演した話を取り扱う時に書いていきたいなって思います。
追記・東郷晴子さん『俺はあばれはっちゃく』16話出演
コメント欄でさとうさんから、東郷晴子さんも宝塚歌劇団OGでしたねというコメントを頂いたので、東郷晴子さんについても記載します。
東郷晴子さんは『俺はあばれはっちゃく』16話で文太の祖母役で出演されました。孫に甘く、文太の母、嫁に厳しい姑役でした。『俺はあばれはっちゃく』の子役以外の出演者や『俺はあばれはっちゃく』16話の感想も過去に記事にしているので、暇があれば読んでみてください。
さて、『俺はあばれはっちゃく』16話に出演した東郷晴子さんは、1937年に入団された27期生。NHK朝ドラ『おしん』(1983年)のおしんの晩年を演じた乙羽信子さん、今年100歳で亡くなられた大路三千緒さんと同期でした。ちなみに27期生の入団は1937年でしたが、初舞台は2年後の1939年でした。27期生は94名いますが、小町みどりさんだけ1940年に初舞台を踏んでいます。
東郷晴子さんは93人中(1939年に初舞台を踏んだ27期生の中で)2番目の成績で宝塚歌劇団に入団された娘役で雪組に所属、愛称は「ハコちゃん」。1951年に雪組組長に就任、1952年まで務めました。組長は組を纏め指導する生徒の事でその組の最年長が務めることになっています。雪組組長を務めた後に演劇専科に組替えされ、研19の1955年星組公演『虞美人』の涼日(別名盧植)役を最後に退団されました。
宝塚歌劇団は5組(花組、月組、雪組、星組、宙組)以外に、どの組にも属さず、老け役や重要な役割などを演じる一芸に秀でたベテランが所属する専科がありますが、かつての専科はもっと細かく分かれていて、舞踊専科、声楽専科、映画専科、ダンス専科、演劇専科と分かれていました。
ちなみに八千草薫さんは映画専科にいて、在団中から映画に出演されていました。専科に所属していなくても在団中から映画やラジオドラマ、テレビドラマに出演していたタカラジェンヌは数多くいて、有名なのは76期生元花組トップ娘役の純名里沙さんがNHKの朝ドラ『ぴあの』(1994年)の主演をしたことでしょうか。
最近では、101期生の星蘭ひとみさんが研5の新人で専科に組替えになり、TBSドラマ『おカネの切れ目が恋の始まり』(2020年)に出演されて、かつての映画専科のような感じに専科も再び細分化されるのかなと思いましたが、寿退団されたのも記憶に新しいですね。
話を東郷晴子さんに戻して、宝塚歌劇団の入団成績と組長を務め、その後は演劇専科に所属して研19と長く宝塚歌劇団で活躍されていたこと、退団後の映画やテレビドラマでの活躍を見ていると、東郷晴子さんがいかに素晴らしいタカラジェンヌであり、女優であったかが分かります。
専科の中でも演技専科だったことから、特に演技が素晴らしかったということは、退団後の活躍でも証明されていて、『あばれはっちゃく』でも本当にその力を発揮されています。
宝塚歌劇団ということで、現在のOGはそうでもないのかもしれませんが、東郷晴子さんの退団後の映画の仕事も東宝の仕事が多かった気がします。『あばれはっちゃく』を制作した国際放映も東宝に縁のある会社で、宝塚歌劇団以外にも東宝映画所属だった俳優の方がかなり多く出演されていますね。
また、東郷晴子さんは2011年3月3日に90歳で亡くなられています。誕生日が1920年3月15日なのでもう少しで91歳だったのだなって思いました。
島田歌穂さんのお母さん
『あばれはっちゃく』に出演していた宝塚歌劇団OGや松竹歌劇団OGの方以外に、『あばれはっちゃく』に関連する宝塚歌劇団OGの方といえば、島田歌穂さんのお母さんの筑波嶺玲子さんです。
島田歌穂さんのお母さんは1950年に入団した宝塚歌劇団37期生。雪組に所属していた娘役でした。研5で1954年に退団されました。
愛称は「山崎」。これは、結婚前の本名からきた愛称だと思われます。涼風真世さんの愛称のかなめも本名からきていて、タカラジェンヌの愛称は違う方もいますが、本名からの愛称が多いです。
筑波嶺玲子さんは、宝塚歌劇団退団後ジャズ歌手として活躍し、ハナ肇とクレージー・キャッツの前身ハナ肇とキューバン・キャッツで歌手として活躍されていました。
ハナ肇とクレージー・キャッツといえば、2代目『男!あばれはっちゃく』のヒロインみゆきちゃんのお父さんの大島医師を演じた安田伸さん、4代目『痛快あばれはっちゃく』のヒロインまゆみちゃんのお父さん、春日教頭を演じた犬塚弘さんや『痛快あばれはっちゃく』にゲスト出演した谷啓さんが所属されていましたね。
ちなみに島田歌穂さんのお母さんの話題から少しずれますが、ミュージカル女優としても活躍されている島田歌穂さんは、2015年宝塚歌劇団・宙組の舞台『TOP HOT』(3月25日~3月30日・梅田芸術劇場メインホール、4月5日~4月20日・赤坂ACTシアター)の歌唱指導を行っています。
宝塚歌劇団のOGの娘が宝塚歌劇団の歌唱指導をするところに縁を感じますね。宝塚歌劇団は100年以上の歴史があり、退団後も芸能界に残って活躍された方が多くいらっしゃるので、『あばれはっちゃく』を始め、私が子ども頃に好きだったテレビドラマ等に関わっている人も多くいて、知れば知るほど芸能界での存在の大きさを感じています。