柿の葉日記

主にドラマ『あばれはっちゃく』について語る個人ブログです。国際放映、テレビ朝日とは一切関係がありません。

鴨志田和夫さん

 吉田さんの本名は鴨志田友紀。
鴨志田和夫さんは吉田友紀さんの実のお父さんです。
鴨志田和夫さんもまた吉田さんと同じく俳優でした。
(昔のウィキの吉田さんの項目にはこの事も記載されていましたが、現在はその部分は削除されています)
昔の特撮作品に多く出演され、主にスーツアクターとして活躍されていました。
スペクトルマン』(1971年)での怪獣から、『快傑ライオン丸』(1972年)『鉄人タイガーセブン』(1973年)の主役までと悪役からヒーローまでを演じられ、また『快傑ライオン丸』第12話ではゲストキャラの彦丸役として『鉄人タイガーセブン』第15話では太田役として顔出し出演もされており、他に『太陽にほえろ』(1973年9月14日放送第61話)や『ワイルド7』(1972年第2話)等にもゲスト出演されました。
また、『あばれはっちゃく』の山中恒先生の『おれがあいつであいつがおれで』を原作とした『転校生』(1982年版)にはチンピラ役、美術助手のスタッフとして参加され、『ウルトラマン80』(1980年)では制作進行として参加されています。

『鉄人タイガーセブン』で親子共演をしていた吉田さんと鴨志田さん。
次郎役の吉田さんとタイガーセブン役鴨志田さんの場面は私だけかもしれませんが見ていると、なんだかくすぐったいような感じがします。
吉田さんは『ウルトラ情報局』で『ウルトラマンレオ』(1974年)に出演した8歳の時はまだ現場に母親がついてきてくれていた時で、と話されていたので、『ウルトラマンレオ』よりも前の『鉄人タイガーセブン』の時もお母さんが現場についてきていたのかな?と思ったりもしました。
そうなると、親子で撮影現場に行っていたりしたのかな?と考えたりもしましたが、この時は父親の鴨志田さんがいるので、吉田さんのお母さんは現場には行かなかったりするのでしょうか?そこら辺は分かりませんが、私はそうだったのかな?とあれやこれやと考えてしまいます。
鴨志田さんはスーツアクターを務めただけあって運動神経は素晴らしく、『タイガーセブン』や『ライオン丸』を見ると分かりますが、脚が長くてスタイルがいいです。
吉田友紀さんも運動神経が良くて脚が長いなぁ……と思いますが、単純な意見になってしまいますが、これは父親譲りなのかな?と思ったりもします。

 吉田さんは5年前のインタビューで「子供番組から卒業したいと思わないのか?」の質問にこのように答えています。

「いや、そんなふうには思わないですね。20代の頃は“はっちゃく”のイメージを消さないとって思った時期もあり、テレビの『あの人は今』の出演依頼も何回断ったか……。でも、基本的にノーテンキなのか、考え方が変わってきました。『サイバーコップ』にしろ『グランセイザー』にしろ、ネットなんか見ると、もう何年も前の番組なのに、今も新しい書き込みがある。子供たちに影響を与えることができて、大人になっても覚えててもらえる、ってのはうれしいですよ」

 
 思うに吉田さんは自分の父親もまた自分自身も小さい頃から特撮の現場を知っていてその現場で働く人達が真剣に作品を作ってきた事を分かっているからこそ、子供番組とか大人の番組とか関係なく、仕事をして来たのではないのかな…と思います。
『俺はあばれはっちゃく』のファンとしては一時期、吉田さんの中で長太郎を鬱陶しく感じていた事があったのは、この時のインタビューからも『俺はあばれはっちゃく』のDVDの解説書のインタビューからも窺いしれて寂しく感じたりもしたのですが、それでも、『あばれはっちゃくHP』さんの掲示板に吉田さん本人が書き込まれた文章を読んだりすると、今ではそうではないのだろうと思えるのが嬉しいです。

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栗又厚さんの声

昨日、ツイッターで2代目栗又厚さんと3代目荒木直也さんだけ大人になった時の声を聞いていないなと呟いていた矢先、『大胆MAP』最終回のあばれはっちゃくプチ同窓会がUPされているのをとろろいもさんの所で知って、今さっき見て来て、大人になった栗又さんの声を聞いてきました。
これは、もう、ずっと見たかったのでもの凄く嬉しくて!UPして下さったkamakirieggさんにただ、ただ感謝するばかりです。
本当に有難うございます。
今年は『教室205号』といい、『大胆MAP』といい、もう見る事は出来ないと思っていた作品や番組を実際に見る事が出来て信じられないくらい嬉しくて幸せです。
こうした情報を提供してくれたり、見せてくれる方がいるのは本当に有り難いと思います。