柿の葉日記

主にテレビドラマ「あばれはっちゃく」について語る個人ブログです。国際放映、テレビ朝日とは一切関係がありません。

声と喋り方の印象

 吉田さんが演じた智、新ちゃん、長太郎の初期は演じた時期がそれぞれ近く、智の最後と新ちゃんの始めの時期は少し重なっている。新ちゃんから長太郎も4カ月程しか間が開いていない。
『気まぐれ本格派』の撮影が終わったのが恐らく1978年の8月頃だと思う。『俺はあばれはっちゃく』の撮影開始は1978年の暮れ(12月)

 しかし、3人の声というか声のトーンは微妙に違う。喋り方というかしぐさというか質が少しずつ違うのだ。元気で少し早口でキビキビと話す感じがあるのが智、それよりもゆっくりで少し優しく可愛らしくちょっとませた感じで喋るのが新ちゃん。ガキ大将で堂々としていてストレートに感情を出して話すのが長太郎。

 智の終わりと新ちゃんの最初は同じ時期だから特に声変わりをしている訳ではないが、二人の声の印象はどことなく違う。違いは僅かでやはり同じ人物が演じているから、同じ声なのだが違う。

 智と新ちゃんのキャラクターが違うせいもあるかもしれないが、それだけではなくて声やしぐさや動きが違うから、同じ人物(役者)だと分かっていても、違う人物に思えてくるから不思議だ。

 例えば、素人でも本を朗読するとき違う登場人物の台詞を意識して少し声を切り替える事があるが、台本を読みながら自分の演じる人物の声が頭の中で作られて、それを声に出してその登場人物の声を出す事で、それぞれに違う声や喋り方になるのだろうか?

 長太郎の後半は声変わりが始まり、完全に声は智や新ちゃんとも変わってしまったが、初期の長太郎と智、新ちゃんは特に声に大きな違いがない中で印象が違うので奇妙に感じてしまう。
また、新ちゃんと長太郎の間に『東映スパイダーマン』(1978年)で演じた良一君もまた印象が違う。素直でこまっしゃくれた所がない良一君の喋り方はとても子供らしく感じる。

 私は演技のことなど素人なので全く分からないが、ドラマを見ていてこうも演じる役で印象が変わるのかと少し驚いてしまい、そうした印象というか感想を持ってしまった。考えてみるとこんな事を書くのは恥ずかしいな。