柿の葉日記

主にテレビドラマ「あばれはっちゃく」について語る個人ブログです。国際放映、テレビ朝日とは一切関係がありません。

幾重にも重なる話

赤ひげ2第6話「わたくしです物語」感想

録画しておいた『赤ひげ』第6話を見ました。田山の許嫁の伊久さんが小石川養生所を訪れてから、田山が起きた事件の犯人だと次々に名乗り出ていく話でした。

最初は伊久のせいで田山がそんな人の罪を被るような真似をしていたのかと思っていました。

伊久に愛想を尽かせて医師としての仕事を続けるためにしたことだと思っていたのですが、伊久が現れる前から田山の様子はおかしく、そのことを保本から聞いていたまさをの言葉がきっかけになり、田山が人の罪を被ったのは田山が赤ひげの用事で帰る道で起きた出来事が原因だと分かります。

すると、田山が伊久の驚くべき告白に対してとった行動も、否定せずに従った理由も分かり、それが結末を一筋縄で終わらせない伏線になっていたのかと分かって、そう単純な話ではなかったのだなって思いました。

また、およねが伊久がただの良いお嬢さんではないというのも、悪い方向ではなくて、少しこじれただけの煮え切らない田山に対してのちょっとだけ面倒くさい女というよりは、女の子だったということは良かったなと感じました。

伊久はただのいい人ではなかったのですが、それは田山の自分に対する不満からきていて、ちょっとした拗ねた気持ちからであって、決して悪い女ではなかったこと。伊久が自分を中心に物を考えていたのは、田山がやってもいない罪を次々と被っていって、それが自分への当てつけだと思っていたことを話したことから分かるのですが、そこで田山がついに真相を話した時に伊久が田山の事へ考えをシフトさせるところで、伊久が田山を好きなゆえに取った意地だったのだなって分かって微笑ましく、田山の朴念仁で実直で素直過ぎる性格が対比になって、この2人が夫婦になると対照的な夫婦になるんだろうなって思いました。

これは保本とまさをの夫婦にも言えて、優秀で真面目な医師でありながらどこか抜けている保本や田山にはまさをや伊久のような気の強い女性がよいサポーターとして支えるのだろうと感じました。

今回も話の最初に見えた表面の筋の下に隠れている話があって、一皮めくると同じ出来事の別の真相が見えてくるのが楽しく、それは最初に見た筋に既に伏線があって、その下にある話が最初の表面の話を壊していないのが面白く、さらには同じ画面の奥と手前で手前にいる人物が話すとその流れで奥の人物が話す流れ、またはその逆で話が進行するのが楽しく、今回はお常さんがなくしたお金を探すのに画面の上と下で同時に話が進行する場面が一場面だけ見られたのも楽しかった話でした。

ずっと気になっていたこと

間違えられた引用

 先日、ずっと気になって気掛かりだったことについて思い切って動いてみました。

それは以前ここでも愚痴のように不満を書いた事なのですが、あるサイトで私がこのブログ記事で使用した引用画像が誤って使われていた事です。

私は8年前に『気まぐれ本格派』(1977年10月~1978年9月)で吉田友紀さんが演じた清水新太と『俺はあばれはっちゃく』(1979年2月~1980年3月)で長太郎を演じた吉田さんの画像を並べて、それぞれに驚いた表情を比べることで、吉田友紀さんの演技の癖について思ったことを書きました。

kakinoha.hatenadiary.com

その記事(上記リンク先)の引用画像を『あばれはっちゃく』シリーズを紹介しているサイトが初代長太郎役の吉田友紀さんを紹介する画像として引用したのです。

そもそも、画像の著作権は私にはないので引用自体はいいのですが、私が悲しく残念だったのは、あばれはっちゃく』の長太郎として紹介する画像に『気まぐれ本格派』の清水新太の画像を使ったことでした。

隣に『俺はあばれはっちゃく』の長太郎の画像が並べてあったのにも関わらずに。

『俺はあばれはっちゃく』を見ていれば、どちらが長太郎かが分かります。

それなのにどうして、長太郎ではない画像を引用したのか、私の記事の書き方が悪かったのか、私が画像をUPしたのが間違っていたのかと悩み、しかし、著作権を持たない私がそれに対して異議申し立てすることは筋違いではないかと悩み、長太郎ではなくキャスト紹介は俳優紹介だから、画像は長太郎だろうが、新太だろうが関係なく、吉田友紀さんであればいいという判断でそのサイトは引用されたのだろう、と考えてずっとそのサイトを見つけてから3年以上悩み続けました。

私の方は今回復帰させましたが、そのサイトに気づいてから間違いの元になった画像を撤去しました。一方で私のブログから引用されたサイトは間違った画像のまま記事の公開は続きました。

私はブログで不満を書いて留飲を下げていました。

kakinoha.hatenadiary.com

これではいけない

しかし、このままではいけないと強く思うようになりました。不満を書いても間違いは直らない。著作権がないから言って、このまま間違ったままの情報が広がっていくのは、『俺はあばれはっちゃく』を始めとする『あばれはっちゃく』のファンとして、吉田友紀さんのファンとして、吉田さんを通して好きになった『気まぐれ本格派』の新ちゃんのファンとしても、間違いの元を生み出したのは私なのだから、もしかしたら、間違いに気づかないで引用しているかもしれない。筋違いかもしれないけど、相手に伝えるべきだとそのサイトに問い合わせの項目があったので、以下の文を送りました。

 初めまして。私は10年前よりはてなダイアリー、現在ははてなブログで『あばれはっちゃく』シリーズ、及び『俺はあばれはっちゃく』で主演した吉田友紀さんがドラマで演じた役についてブログを書いている『柿の葉日記』(https://kakinoha.hatenadiary.com/)の管理人をしているハンドルネーム「柿の葉」と申します。
今回、引用している画像についてお願いがあり、お問い合わせをしました。
こちらで掲載されている『あばれはっちゃく』の記事のキャスト紹介で吉田友紀さんの引用画像は、私がブログ記事にUPした引用画像です。○○さんでは、長太郎役を演じた吉田さんとして引用画像を使っていますが、私のブログからさらに引用した吉田友紀さんの画像は『俺はあばれはっちゃく』の長太郎を演じた時の吉田友紀さんの画像ではありません。○○さんが引用している画像は、長太郎の前に演じた『気まぐれ本格派』の清水新太の画像です。
私の記事では吉田さんが演じた清水新太と長太郎を比較する為にブログで引用し、記事を書きました。比較の為に清水新太と長太郎の吉田さんの画像を並べて引用しました。長太郎を演じた時の吉田さんの画像が隣にあるのにも関わらず、○○さんが清水新太役の画像をあばれはっちゃくの記事に使われた理由は私には分かりませんが、私がブログ記事と引用画像で○○さんが勘違いされた事、吉田さんが演じた別役を長太郎役だと誤解されるようにした原因を生み出した事、また、別役を長太郎だと思わせる一端を作った者として心を痛め、別役を長太郎として広めたことに対して俳優、吉田友紀さんに対して申し訳なく思っていました。
そう思いながら、これまで黙っていたのは、画像の著作権は制作会社にあり、私にはなく、こちらに対して私が異議申し立てをするのは筋違いだと思っていたからです。
しかしながら、いつまでも間違いを放置する事の方が問題であり、私もブログで不満を書いてしまった事は不健全であり、何よりも○○さんに不信感を抱き続けてはのは良くないと判断して、○○さんに私のブログから引用した『気まぐれ本格派』の清水新太役の画像を『俺はあばれはっちゃく』で長太郎を演じた吉田友紀さんの画像に差し替えて欲しいとお願いしたく問い合わせをしました。私のブログでは現時点で、そちらが引用している清水新太の画像、比較で並べた長太郎の画像は既に撤去しています。
文中に担当者様に不愉快で失礼な言葉があったかと思います。大変、申し訳ありません。
引用画像の修正、清水新太役の吉田さんの画像の撤去と改めて長太郎を演じた時の吉田さんの画像への差し替えをご検討をお願いします。

 読み返してみると、助詞の使い方が出鱈目で感情が先走り、重複するところもあり、とても読みにくい文章です。

こんな読みにくい文章だったのにも関わらず、送信後数十分で返信があり、素早い対応をしてくださいました。

それは本当に迅速で丁寧であり、私の心を気遣う言葉で綴られており、私はホッとしたのと同時に勇気を出して伝えて良かったと心の底から思いました。

このように丁寧に迅速に画像を変えてくださったことに感激し、こんなことならば早くに伝えておけば良かったと心から思いました。

柿の葉様

平素は格別のお引き立てを賜り、心より御礼申し上げます。
○○編集部の△△と申します。

この度は、柿の葉様のブログより引用させていただいた画像に関して、ご不快な思いをされたとのこと、誠に申し訳ございません。
柿の葉様の作品やキャスト様への想いに対して配慮が足らず、心よりお詫び申し上げます。

また、弊サイトを通して誤った情報を発信してしまったこと、深く反省しております。

ご指摘の記事に関して、現在非公開とさせていただいております。
修正後の記事URLを下記に貼っております。お手数をおかけして誠に恐縮ですが、柿の葉様にご確認をいただいた後に、再度公開の予定でございます。 

 記事掲載にあたり私の本名をハンドルネーム「柿の葉」に変え、先方のサイト名、お名前を伏字にした以外は頂いたメールそのままを掲載しています。

この素早い対応と丁寧で思いやりのあるメールに私は、それまで悩んでいた自分が恥ずかしくなりました。

今回の一連のやり取りで、ずっと気掛かりだった間違いを正すことができ、先方の誠意に触れることが出来て本当に良かったと思います。

このやり取りを「柿の葉日記」書きたいことを伝え、了承を得たので今回記事にしました。

 柿の葉日記

お世話になります。
○○の△△です。

さっそくのご返信いただきまして、誠にありがとうございます。

弊サイトの記事にて大変ご迷惑をお掛けし、改めてお詫び申し上げます。
ブログでの弊サイトへのご記述に関して、こちらがきっかけですので、どうかお気になさらず。

また、「柿の葉日記」でのお取り扱い、ありがとうございます!!

非礼をお許しいただけるだけでなく、弊サイトを取り上げていただける。
編集部一同、驚きと共に心より感謝申し上げます。

引き続き、何卒宜しくお願い申し上げます。

> △△様、○○編集部様
>
> 『柿の葉日記』管理人柿の葉です。
> この度は、突然のお問い合わせとお願いのメールに対して素早く誠意ある対応を
> していただきありがとうございます。
> 修正後の記事を確認いたしました。修正した吉田友紀さんの画像に関して問題は
> ありません。
> こちらに問い合わせをする前に、○○様の記事に対してブログで不満を
> 書いてしまったことをお詫びします。
> 早くにこちらに問い合わせをすべきでした。
> 今回の○○様の対応に感激しました。
> 今回の誠意ある対応を私の非礼のお詫びを兼ねてブログで紹介したいのですが、
> よろしいでしょうか。
> 紹介して欲しくなければいたしません。
> 私のブログの方も今回のような誤解をされぬように、画像の出典をより明確にし
> 引用していくように気をつけます。
> 現在、撤去している吉田友紀さんの清水新太と桜間長太郎の画像も後日、引用を
> 明確にさせて記事に再アップする予定です。
> 12月に入り寒さも厳しくお忙しい中、今回は唐突な私の問い合わせに心のこ
> もった対応をしてくださり本当にありがとうございました。
> 今年45歳の私にとって、○○は楽しく懐かしい記憶を呼び起こし、癒
> してくれるとても好きなサイトです。
> これからも記事を楽しみにしております。
> △△様、並びに書き手の皆様、編集部の皆様も寒さが本格的になってきました。
> お身体、ご自愛ください。
> 誠意ある対応ありがとうございました。
>
> 柿の葉

間違いは誰にでもある気づいたらお互いに教えあうこと

私自身、この『柿の葉日記』で『あばれはっちゃく』シリーズについて書く時に、思い込みや調べが足りずに、誤った情報を書いてしまったことがあります。指摘をされて気づいたり、自分で調べ直したり、ドラマを見直して気づいて修正します。記事にする前に確認をしますが、それでも、間違いは起きてしまうのが人間です。

それを馬鹿にしたり、嘆いたり、こんなことも知らないのかと見下すのではなく、間違いに気づいたら教えてあげるのがお互いの為になって、互いの知識が深まり、それに思いを抱き大事にしている人と人の繋がりが生まれてくるのだと、今回、思い切って問い合わせをして分かりました。

ようやく喉に刺さった魚の骨が取れて、恨んでいた憎しみの心から解放されて嬉しかったです。

『あばれはっちゃく』初代と2代目の中の漫画

読んでる漫画雑誌

『俺はあばれはっちゃく』『男!あばれはっちゃく』の中には、現実に存在する本や雑誌が登場してきます。

過去にもとりあげて紹介してきましたが、現在『俺はあばれはっちゃく』と『男!あばれはっちゃく』を見返しながら、特に大きく気づいた『あばれはっちゃく』の作品の中での「漫画雑誌」について書きます。

過去にも『俺はあばれはっちゃく』の中に登場してきた雑誌について記事に書きました。

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左・1話より、右・52話より
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左・52話より、右・1話より

 過去記事でも書きましたが漫画雑誌を読んでいたのは、女の子達が多く、長太郎の部屋にも漫画雑誌はありましたが、ヒトミちゃん、恵子ちゃん、明子、小百合が良く読んでいるという印象があります。

明子と小百合は52話で2人がメインの話「恐怖の劇画だ」の回が印象的です。この52話では、てるほも漫画の愛読者だと分かります。

ちなみに1話で恵子ちゃんとヒトミちゃんが読んでいる雑誌が『週刊少女フレンド』、52話で三ッ色すみれのサイン会の情報を得たのは『週刊少女マーガレット』、三ッ色すみれの漫画『湖は今日もエメラルド』を連載している雑誌は『乙女コミック』です。

講談社の『週刊少女フレンド』(1962年創刊、1974年から月2回、1991年月刊化、1996年10月号廃刊)と集英社の『週刊少女マーガレット』(1963年創刊、1988年から月2回、表記名を『Margaret』に変更、1990年に『マーガレット』に戻す、2016年『マーガレット』伸ばし棒はくるりと上にひねった形に表記変更。現在刊行中)は実在した、する少女漫画雑誌ですが、『乙女コミック』は架空の少女漫画雑誌です。

52話「恐怖の劇画だ」の回にゲスト出演した漫画家の三ッ色すみれ役の紅理子さんと担当編集者役の藤岡洋右さんは、役名こそ違いますが『男!あばれはっちゃく』71話「天才マンガ家」の回で紅さんが少女漫画家桜井亜子、藤岡さんが亜子の夫兼マネジャ一也役で『あばれはっちゃく』に再登場します。

 『俺はあばれはっちゃく』と『男!あばれはっちゃく』に限らず、『あばれはっちゃく』の世界はそれぞれの代で独立していて世界観に繋がりはないのですが、父ちゃんや母ちゃん、先生のレギュラー以外の単発のゲストキャラで、前作と同じ役どころで同じ俳優の方達が再登場するのは珍しく目立ちました。

『俺はあばれはっちゃく』の52話では結婚することが女の幸せとして三ッ色すみれが結婚して漫画家を辞めましたが、『男!あばれはっちゃく』71話では亜子と一也と結婚していても、亜子が漫画家として仕事を続けていて、ネタに詰まりながらも、長太郎の持ち込み原稿を見て活気を取り戻して漫画家として奮起していて、『俺はあばれはっちゃく』の三ッ色すみれとは対照的な結末を選んでいることが面白いです。

『俺はあばれはっちゃく』52話の脚本が男性の市川靖さんで、『男!あばれはっちゃく』の71話が女性の三宅直子さんというのも、社会での男女の役割、男性と女性の仕事を持つ女性に対する考え方の相違が時代背景と重なり、初代で専業主婦だった母ちゃんが腕に職を持つ自営業をする2代目以降の『あばれはっちゃく』の違いを感じたことでした。

母ちゃんの職業に関しては、過去記事でも追及しているので、よろしかったらお読みください。母ちゃんの仕事に関して私が考えるきっかけになった話『俺はあばれはっちゃく』54話の脚本も三宅直子さんでした。

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なお、『男!あばれはっちゃく』71話で漫画家の絵としてでてくるのは、いがらしゆみこ先生の絵で、協力としていがらしゆみこ先生の名前があります。『俺はあばれはっちゃく』52話の方では台本の方にも漫画協力者の名前がないので、どの漫画家の先生かは不明です。

いろいろな経験を積む

『男!あばれはっちゃく』71話では、亜子が長太郎のまた従妹、はとこの漫画家志望のはなえに漫画家は絵が描けるだけではダメで、いろいろな経験、体験、勉強をすることの大切さを伝えています。

これは、作劇をされる方々の多くが話されていることで、脚本家としての三宅直子さん自身の言葉のように受けとめました。

少女漫画家のサイン会、原画展、はなえの漫画の原稿などが本格的で、漫画がどんなものなのかというのが、誇張は少しあっても、現実に近いように思えました。

この辺りは初代よりも2代目の方が漫画に対する職業に対して、開かれているように感じました。

また、2代目長太郎も初代長太郎同様に、漫画を読んでいるイメージはあまりないのですが、最終回のアバンタイトルで、集英社の『週刊少年ジャンプ』を読んでいて、ああ、ジャンプ黄金期の頃だなって懐かしく嬉しく感じました。表紙は『キャッツアイ』です。2代目長太郎と同じ『週刊少年ジャンプ』を読んでいた視聴者も多かったと思います。

ちなみに2代目長太郎が読んでいる『週刊少年ジャンプ』は1981年40号で表紙の『キャッツアイ』が新連載として始まった号です。

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『男!あばれはっちゃく』102話より
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なりふり構わずあがく生き方の良さ

赤ひげ2第5話「幼なじみ」感想

『赤ひげ2』第5話を見ました。今回は過去に赤ひげが面倒を見た与助の話です。

与助は腕の良い彫り師でしたが、侍に利き腕を切られてから腕が上手く動かせず、職を失い、妻のおひろに養われています。

この話は、最初の方に出てきたそれぞれの登場人物達の一言の言葉が、後々の話の真相を知る手掛かりになっていきます。

それは、後で録画したのを何度か見返すことで気づいていきます。

私は、今回の話を見ながら、与助もおひろも何も悪い事をしていないのに、どちらも罪悪感、負い目を持っていることがとても可哀相に感じました。

罰があたったのかもな 

これは、与助の呟きですが、同じことをおひろも違う場面で言います。

今回は、およねを岡場所から小石川養生所に引き受けるために、赤ひげと保本が岡場所に足を運び、そこで保本は『通りゃんせ』の替え歌を歌う遊女に出会った事が話の始まりになっていて、この替え歌が話のキーワードにもなっています。

与助とおひろは幼なじみで、2人には共通の幼なじみ清吉がいます。

与助が利き腕が駄目になっても、彫り師に拘ったのは、おひろがそれを褒めてくれたから、それ以外に取柄のない自分は彫り師でなくなったら、おひろに捨てられるという脅迫観念がありました。

与助は、おひろが清吉を好きで、でも、清吉には家が決めた許嫁がいたから、自分の求婚を受けたという思いが強く残っていて、だから、そんな思いを抱えていました。

与助が怪我をしたのは、3年前におひろを侍から庇ったから。

おひろの心の中は与助への申し訳なさがあり、また、清吉に好意を持っていて自分の未練を断ち切る為に与助の思いを利用したということがおひろの口から語られます。それを聞いて、おひろの罪悪感になっていたのだろうと分かりました。

清吉が2人の前に現れ、2人を心配し、故郷(くに)を出て江戸に来た2人に2人がいなくなった時に言えなかった感情をぶつけ、それでいながら、2人のことを大事に思っている姿がいい人なんだなって思いました。

恐らく、与助とおひろは清吉に罪悪感を持ちながら、夫婦でいたのだろうと思います。でも、やがておひろは与助を人として、旦那として愛していったのだろうと思います。でないと、罪悪感だけで職を失った与助を支えることはなかったと思うのです。

それは、この話の最後でのおひろが選んだ道で分かります。

与助は入所した小石川養生所で自殺騒ぎを起こしますが、それを見て私は与助が本当は死ぬつもりはなく、清吉に対する嫉妬とおひろに対する申し訳なさと捨てられる寂しさから、どうにかしないといけないと思いながら、どうにも出来ない勇気のない自分の気持ちを誰かに聞いて欲しかった。誰かに自分の気持ちを肯定し、後押しして欲しかったように感じます。

多分、いろいろな不満。おひろの為に何かしてやろうとして出来なかった悔しさを受けとめて欲しかったからこそ、小石川養生所で自殺未遂を起こし、小石川養生所の人達に思いを受けとめて、何かの答えやその人達の言葉が欲しかったのだろうと感じました。

その与助の気持ちを受けとめ、真剣に向き合って言葉をくれた保本、およね、赤ひげ達は本当に与助の心を考え思いやっていたのだと感じられました。

私は、真面目に生きていた人が理不尽な理由で本来の姿を壊されたことに憤りを感じ、その破壊された人が立ち上がって生きていく姿に、それを受け入れる人達、励まし支え、離れていても遠くで思いやってくれる姿に涙を流します。

清吉は遠く離れていても、おひろと与助のことを思ってくれていることに、幼なじみの大切さと有難さを感じました。

今回も夫婦の話で、保本がまさをにおひろを投影させ、自分達夫婦が与助とおひろのようになったら、まさをがどうするかと問いただし、まさをを怒らせてしまいますが、最後でまさをの一枚上手の返しをして保本が素直に謝る場面と、まさをが怒るまでのちょっと冷や冷やしたそれでいて、コミカルなところが楽しかったです。

また、話冒頭でおよねが作る大根のお味噌汁と最後のお味噌汁の対比も和やかでした。

なんというか、人の思いの切なさ、相手を思いやる情の優しさが心に沁みた話でした。

 

記事訂正、引用画像追加の更新お知らせ

『おれは男だ』についての記事の追記のお知らせ

『おれは男だ』は『男!あばれはっちゃく』70話で初登場していたことが、記事を読んでくださった万江仁士さんからの情報で分かりました。

長太郎と寺山先生が河原でテントを立ててる場面で流れ、話の後半では長太郎、寺山先生、洋子さん、信一郎、かよちゃん、みゆきちゃん、母ちゃん達で火の回りに輪になって、寺山先生のギター演奏に合わせて歌っています。

70話は松生秀二監督、安藤豊弘さん脚本でした。この回では、挿入歌の作詞、作曲のテロップはエンディングにはありません。

また、88話(磯見忠彦監督、田口成光さん脚本)で長太郎が歌い、97話(磯見忠彦監督、市川靖さん脚本)でも言及しています。

この2話に関しても万江仁士さんからの情報です。

よって、下記の記事に上記のを追記して訂正しました。

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引用画像追加のお知らせ

また、以下の記事に引用画像を追加しました。

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時間をいただく

ふと思ったことのメモ書き

今、ふと思ったことを書きます。

私自身、他の方の好きなサイトやブログ、YouTuberの動画を見ます。

誰に頼まれるのでもなく、私自身の楽しみのために癒しのために、勉強のために見ていくのですね。

この「柿の葉日記」を始めてから14年ほどネットをしていると、好きで見て回るサイトやブログ、動画サイトが増えていきます。

残念ながら、サービスが切れてなくなったサイトや更新をやめたブログ、YouTubeチャンネル等があったりするのですが、今も続いているところ、新たなブログやサイト、YouTubeチャンネルが生まれてきて、減ることはなく見ていくところは増えてきています。

最近は、増えすぎて全てをチェックすることが1日では出来なくなり、フォローが完全ではなくなってきました。

YouTubeは時々、生配信をしますが、後でアーカイブで見る事が出来ても、生配信に参加出来るのは、時間がたまたま空いて重なった時と稀です。

動画サイトは、生配信を基準にしたツイキャスなどもありますが、私がこちらの動画サイトを苦手とするのも、いつ始まるか分からない、時間が合わない、終わりが見えない、後で見返すことを前提に配信をしている人が少ないというのが理由です。

インターネットのSNSは、楽しい交流の場でもあるのですが、そこに参加するには、見ている人は自分の為に使う時間を割いてきてくれて、読んでくれている、動画を視聴しているのだということを特に強く感じるようになりました。

ラジオのようにながら聴き出来るのは別にしても、例えば、この私のブログ「柿の葉日記」を読んでくれている時は、皆様の目と時間を私は拝借している訳です。

その間に読んでくれている人達は、ご自身のことをすることが出来ません。

私は楽しむため、癒されるため、勉強のためにブログやサイト、動画を見ると書きましたが、私のところに訪れてくれた人達も、同様の目的で来てくださる方が多いと存じます。

しかしながら、読んでいる時間にその楽しさを提供することが出来る以外は、読んでる方のご自身の身の回りや他の学習や技術の向上をするための練習時間、あるいは睡眠時間などを私は奪っていて、この貴重な人生の時間を割いて、ここに訪れて私の文章を読んでくれていることに対して、とても尊く、なんとおごがましいことをしているのだろうかと感じたのです。

人間の人生の時間は、実際にはそんなに途方もなく長いものではなく、その限られた時間の中で有意義に自分の為に時間を使うというのは、難しく、息抜きの時間も必要と感じながら、この私のところに迷い込んで、幾度となく来てくれるようになったくださった方達の貴重な時間を頂いていることに感謝をしつつ、このブログを書いていかないといけないなって思いました。

また、記事を書くには自分自身も情報をインプットしなければならず、まだまだ、足りない知識を増やすべく、改めてDVDを見返し、本を読み返し、情報を集めていく必要性があるなって思いました。

なので、今日のように過去記事も思い込みの誤り、情報不足、情報間違いがあれば、遡って修正していきます。

ここに来てくださった方達の貴重な時間を楽しい、懐かしい時間として、私の思い出話に付き合ってくださる方達に感謝を込めて、いつも、読んでくださりありがとうございます。

初めましての方は初めまして。

皆様の時間をありがとうございます。

過去記事の訂正更新

情報の補足と訂正

8年前に書いた「歴代校長」の記事の情報の足りない部分が見つかり、また、それに伴って考察も不充分であったために、情報と引用画像を追加し、記事の修正を行いました。

以下のリンクより読むことが出来ます。

このように柿の葉1人で書いていく記事なので、情報に正確性を欠く場合もあります。

私が気づいて直すこともありますが、気づかずそのままの場合もあります。

間違いや情報不足に気がついた方がいましたら、コメント欄などでご指摘いただければ嬉しいです。

kakinoha.hatenadiary.com