柿の葉日記

主にドラマ『あばれはっちゃく』について語る個人ブログです。

モンペとゆとり教育のことを考えてしまいました

『俺はあばれはっちゃく』第9話。長太郎に憧れた下級生マサミ君が登場です。保健室にいて上半身裸で校庭をランニングしている長太郎を憧れの眼差しで見ています。下校時間にそのマサミが中学生に絡まれているのを助ける長太郎ですが、正彦の機転で中学生が逃げます。
それでも、駆けつけた自分の母親に長太郎が助けてくれたというマサミがいいですね。ヒトミちゃん達は、正彦の手柄なんて言ってましたけれども。
さて、マサミの母親ですが演じた藤江リカさんは2代目『男!あばれはっちゃく』でヒロインみゆきちゃんのママ役で『あばれはっちゃく』シリーズに戻ってきます。

マサミが長太郎よりも年下なんですが、意外としっかりしていてちゃっかりしています。
長太郎の留守に長太郎の家に上がりこんでいるところとか、長太郎のようになりたくて行動をテープ録音しているところなんて時代を先取りしているというか、マサミの家が金持ちであることを垣間見られますよね。
それに長太郎と川で遊んで、ここでもパンツ一丁で遊んでいて川に落ちるんですが、健康な長太郎は平気で病弱なマサミは寝込んでしまい、長太郎の家にきて、母ちゃんの民間療法梅干を張るをやるんですけど、マサミのママが血相を変えてやってくるんですが、この態度がマサミ可愛さで失礼な態度を取るんで、長太郎が怒って礼儀を説きます。

普段ならば、長太郎を怒る父ちゃんですが、マサミのママの無礼さに父ちゃんがマサミのママに怒ってしまう。さらには、PTA会長のマサミのママとPTAで顔を合わす母ちゃんは父ちゃんが怒るのは勝手だけど、否応なしに付き合いがある母ちゃんの立場があって、ここに子どもの学校のことは母親任せで、男親は知らないという古風なそれでいて、この話が放送された1979年には一般的な既婚の子持ちの男性の考え方が出ていますね。
父ちゃんは、後に母ちゃんが外で働くことにも反対をするので、相当に家や子どもの学校のことは女だけの仕事だという考え方の持ち主だったのだなって思います。

それにしても、マサミのママのパワフルなこと。小学生の長太郎相手に本気でムキになって引っかいたりしていて、手加減がない。大人の本気の力でいくら女性にしても、ちょっと暴力的です。それと、長太郎に対して否定的な感情を前面に押し出していたのは、この第9話までは正彦の伯母さんぐらいでしたが、マサミのママの態度が一番強烈で大きいかと思います。
ヒトミちゃんのママも長太郎には否定的なんですけれども、まだパンダを見に行くときに長太郎の家にヒトミちゃんと一緒に来てくれた時点では、動物園に連れて行ってもらうというのがあるにせよ、そんなに長太郎に嫌な感情とか否定的な態度は見せていないので、マサミのママの態度が初めての長太郎を嫌う大人の態度のパターン化されていく、1つの典型的な形の1つにになっていったと感じました。

しかし、放送されたのは1979年3月31日なんですが、撮影は大体推測からして1ヶ月前だと考えられるので、空や川原の草などの状態から見ても2月か3月の頭だと思うと、パンツ一丁で川の中での遊びの撮影は相当冷たくて寒かったんじゃないかなって思います。
さて、父ちゃんが屋台で知り合ったサラリーマンがマサミの父親でという偶然から話がまたこの話のラストに大きく影響してきます。
マサミのママが学校まで乗り込んでくるあたり、近年問題になっているモンスターペアレント、モンペを感じさせますね。

あばれはっちゃく』は勉強も大事だけどそれ以上に元気で面倒見や人の世話や礼儀が大切であることを伝えていて、今回のマサミの件でもそうなんですが、正彦の中学受験問題にしても勉強の成績だけで子どもの良し悪しを判断するのはいかがなものか?という問題提起がさり気なく出てくるのですけれども、この勉強と人としての良さのバランスがうまくいかないで、ドラマではない現実の社会では極端に偏った方向へ転換してしまったのが、後の「ゆとり教育」になってしまったのかなって思いました。

この1979年に生まれていない、再放送も見てない若い人達がこの作品を見てどのように感じるか、とくに「ゆとり教育」の被害を受けてしまった人達にどんなふうに見えるのかという失礼な関心があります。
あばれはっちゃく』世代ではない人達が「ゆとり教育」の被害者なのかもしれないと考えてしまって、申し訳ないと感じます。