柿の葉日記

主にドラマ『あばれはっちゃく』について語る個人ブログです。

新しいオープニング

オープニング映像変化

31話でオープニング映像が変わります。これまでは長太郎が一人で踊っていたのが、長太郎がローラースケートで走り、その後、家からドンペイと一緒に散歩にでて、父ちゃんを皮切りにみんながいるところを颯爽と走って生きます。

オープニングで出てきたローラースケートは本編で、初登場してきます。

アバンタイトル

時代劇の撮影所のようなところで黒ずくめの忍者に扮した長太郎。

そこへ白装束の公一が出てきて、毬栗を長太郎に浴びせて

いが忍者

と駄洒落で落ち。

本編

長太郎が家に帰ると、見知らぬ爺さんが音楽かけて踊ってます。

もちろん、長太郎は怒るのですが、プレゼントされたローラースケートであっさり懐柔。

8話でも、おふでさんというおばあさんに降りまわされた桜間家ですが、今回はこの爺さんに振り回されてしまいます。

しかも、この爺さん、父ちゃんと母ちゃんの仲人で、大工の父ちゃんの師匠なんですって。

おふでさんも、父ちゃんの知り合いだったんですが、父ちゃんの知り合いの老人って、長太郎以上にお世話がせで、迷惑かけるんです。

今回は、夜中にラジカセで音楽かけて、ダンス踊っているし。

今回は、図工の授業で本立てを作る宿題がでるのですが、ヒトミちゃんを始めとして長太郎の友達はみんな、この宿題に文句がタラタラ。

正彦なんて、

 鉛筆以外持ったことないのに、

 という始末。

ここで、ヒトミちゃんの閃いたが飛び出します。

長太郎も台詞をとられて文句をいっています。

長太郎以外の閃いたは、母ちゃんも使いますが、ヒトミちゃんの閃いたは初で珍しいですね。

長太郎は、みんなにおだてられて、図工の宿題を引き受けるのですが、ヒトミちゃんの庭にある木のテーブルの上で、作業をした結果、そのテーブルに板を釘づけにしていまい、ヒトミちゃんの家のテーブルを台無しにして責められて、じいさんに助けを求めてきます。

なんとかお願いして、直してもらった長太郎。

それにしても、長太郎と公一に任せっぱなしにして、ゲームして飲み物飲んでいるなんてヒトミちゃんも人が悪い。

めでたく、ヒトミちゃん家のテーブルを爺さんに直してもらって、家に戻る爺さんと長太郎、そこに、爺さんの息子が爺さんを迎えにきています。

なぜか爺さんは、大工道具を持たないと頑固なんですが、長太郎の素人手つきに我慢ならずに、テーブルを直したり、長太郎が探して見つけた時にも家を建てているのを見て、感心していたり、そこはそうした方がいいと言ってみたりして、大工仕事をしないと決めていながら、大工仕事に対して未練があるようです。

で、爺さんの息子さんが来たことで、爺さんが大工仕事を引退して、息子の世話になるということで、爺さんは大工仕事をやりたいと思いながらも、諦めなければいけないから、意地を張っているようです。

父ちゃんと爺さん、爺さんの息子の話し合いから、大工仕事をやめて帰るという展開になり、図工の宿題をやってもらう約束をした長太郎は、爺さんの大工仕事への気持ちを無理に押し殺して、息子のいいなりになるのを阻止して、犬小屋作り勝負をけしかけます。

爺さんの息子は、大工仕事に偏見があるようで、爺さんは長太郎の言葉と、息子に大工仕事を見せたいことから、長太郎の勝負を引き受けます。

翌日、長太郎はヒトミちゃん、恵子ちゃん、公一、正彦とチームを組み、爺さんと犬小屋作り対決をするのです。

それを見ている父ちゃんは、長太郎を応援したり、親方の師匠爺さんを応援したりと忙しく、一緒にみていたてるほに

どっちを応援しているのよ 

 といわれる始末。

爺さんが犬小屋を丁寧に作り上げている姿を見ている爺さんの息子の態度と目が、みるみる尊敬の目に変化していくのが、見ていて素晴らしかったです。

大工仕事を馬鹿にして、年齢を重ねた父親に仕事は無理だと思い込んでいた息子が、軽蔑の目から尊敬の眼差しになっていて、その驚きの変化の中に、父親への尊敬が見えました。

そんな親方父子の姿に、父ちゃんが長太郎も親孝行しろっていい、父親に仕事をさせることが親孝行と死ぬまで仕事をさせてやると返す長太郎に父ちゃんが突っ込みます。

これは、長太郎流のジョークですが、現代、2017年では親の脛をかじらないと生活が難しい時代になったので、(働いていても実家住まいも含めて)今では笑えないジョークになってしまいました。

悲しいですね。

最後の締めで、長太郎がいつものお決まりの台詞をいうのですが、それを爺さんにとられてしまいます。

「今日もあばれるぞ!」 

「じいさん、それ俺のセリフ」

今回は、ヒトミちゃんの「ひらめいたわ」から始まって、最後の締めまで、セリフを取られてしまった長太郎でした。

親が仕事をする姿、年齢で出来なくなるという偏見で人のもつ可能性を小さく見てしまう愚かさ、職人の仕事への拘りの大切さを感じた話でした。