柿の葉日記

主にドラマ『あばれはっちゃく』について語る個人ブログです。国際放映、テレビ朝日とは一切関係がありません。

何かが

とろろいもさんの所で8.15 爆報!THE フライデーに久里千春さんが出演していた|あばれはっちゃくファンブログ母ちゃん役の久里さんのテレビ出演が紹介されていましたが、原作の復刊の動きとか、久里さんのテレビ出演の2ヶ月前のネットのインタビュー記事を読んでいると、なんだか、『あばれはっちゃく』関連で何かが動き出しているような気配がします。5代目の終了から今年で29年となると、来年で30年になるのですね。時の経つのは早いです。今年が初代の放送開始から35年になるのですが、放送開始35年に原作の復刊があり、母ちゃんのテレビ出演があって、次の放送終了から30年で何があるのかと思ってしまいます。6代目が始まるとしたら、私はちょっと複雑です。

初代のドラマ化の時点でさえ、原作の発表から9年経っていて、原作を下敷きとしながらも、初代の放映当時の風俗に合わせた当時の小学生の等身大に変更させて、その当時の子ども達の目線に合わせたドラマを作り、それは受け入れられ人気を得ることが出来ました。その初代が引いた人気の下敷きの上を2代目以降は歩み、その人気を不動な物としましたが、やがて、5代目でその不動の人気は失速し、番組は終了しました。もしも、6代目が現代に生まれてきて、35年前のスタッフ達のように、『あばれはっちゃく』という作品を現代の子ども達の目線に合わせたドラマ作りが出来るかどうか疑問です。

初代のドラマ化の時でさえ、メイン監督だった山際監督は『『俺はあばれはっちゃく』っていうのは山中恒原作なんだけれどもガキ大将的なものを描いているんですよ。あんなものは70年代後半でも、受けるわけないんじゃないかと思いましたよ。ファンタジー的設定があるわけでもなく、ごく当たり前なね。』と語っていた程、古い作品(現代に合わない作品)と語っていました。その言葉の前に『80年代になって僕は現場から離れていったんですね。確かにその頃に、僕が更に新たな才能で、新たな作り手として映画を作っていくべきだったし当然そうすべきだったんだけどもそれをまぁ、ある意味では怠けて現場から遠ざかっていったんだけど。
つまり僕の才能の枯渇というのもあるのは確かでそれはもう決して否定しないんですけども。ただ、僕がテレビの世界にいられなくなっていったっていう現実もあるんですよね。それはもう、残念ながらテレビ自体が仰るとおりに幸せを売りにすればそれでいいんだよって社会に対して物申すなんてやめてくれという方向へ行った。そういう中で僕はもう干されていって失業させられていったんだと。事実7時台8時台の子ども番組は全滅していったからね。実際問題、我々のやる仕事が無くなってったわけですよ。それはもう、前から兆候があったんだけど国際放映で『俺はあばれはっちゃく(79年)』というのをやって。』
と語られています。

1979年(企画が出たのは1978年)でさえ、『あばれはっちゃく』の世界観、価値観は受け入れられないという予測があったのです。これは、山際監督だけでなく、父ちゃん役の東野英心さんの著書『クラブと恋と夢』(1982年出版民衆社)でも『『あばれはっちゃく!』のシリーズも、出発の当時は三ヶ月続けばいいといわれていたが、』と書かれていて、作り手の方に、テレビが変化していく中で、『あばれはっちゃく』が受けいられるという気持ちが半信半疑であった事が分かります。私は、ネットをするようになって驚いたのは、『あばれはっちゃく』がよろしくないという事で見せてもらえなかった人達がいた事でした。『あばれはっちゃく』の内容に眉を潜める大人達が存在したこと、また、その存在は同じく東野さんの著書にも書かれていました。

私の中では、東野さんの著書にあったスタッフの方の言葉『『あばれはっちゃく!』は不滅です」という言葉に深く頷いたように普遍的な人間としての価値観、親子関係、先生と生徒の関係、友人関係等があると思っているのですが、それを初代はっちゃくのように放送される当時の社会状況に合わせて、作品を作る事が出来るのかというのが、甚だ疑問で心配になります。また、来年で終了から30年という時が流れ、『あばれはっちゃく』を知らない世代が作品を作る可能性も高く、しかしながら、知っている世代が作るとなれば、過去の作品に縛られ過ぎてしまい、現代の子の為の『あばれはっちゃく』は出来ないのではないかと思ってしまいます。東野さんの本に寄れば、プロデューサーの鍛冶さんは脚本家の本を何度も直し、あくまでも、子ども中心のドラマ作りをしていたとありますが、それが、6代目に出来るかどうか、『あばれはっちゃく』の原作の話を変えても、本質を変えないで伝える作品作りを出来るのか、また、それが出来たとして、初代が受け入れられたように6代目を受け入れられる社会が現代の日本にあるかどうかと不安になります。

ですから、もしも6代目があったとしても、私は素直に喜ぶ事が出来ません。気持ちは複雑です。それならば、再放送の方を望んでしまいます。『あばれはっちゃく』が現代の子どもに認知されるのも、かつて『あばれはっちゃく』を好きだった人達が『あばれはっちゃく』を思い出してくれるのも嬉しいですが、リメイクや6代目に関しては、それとは別に大切な思い出はそっとしておいて欲しいというファンの身勝手だと思いますが、勝手な願望も抱いてしまうのです。

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