柿の葉日記

主にドラマ『あばれはっちゃく』について語る個人ブログです。

善意の中の悪意

日頃、やっていて当たり前の事程感謝される事はありません。実は、その日頃の地味な小さな仕事の積み重ねの継続こそが一番大変で一番感謝をしないといけないものなのですが、人は大きな特別な出来事に対して感動し、感謝する傾向があると思います。『男!あばれはっちゃく』第48話では、そうしたものが長太郎の中で出ていて、母ちゃんが複雑な嫌な思いをします。理容店をしている母ちゃんは家の仕事、食事や洗濯などが、少しおろそかになってしまっている事を気にしていますが、それでも、出来る範囲で理容店の仕事と家の仕事を両立させています。両立の為に長太郎に次から次へとお手伝いを注文する母ちゃんに、ちょっとだけ長太郎はうんざりします。

一方、親友の章の母ちゃんが章の父ちゃんが仕事で留守になってしまって、落ち込み、まだ引っ越してきて親しい友人もいないという事を知り、理容店の仕事で忙しく、家の仕事が満足に出来ない母ちゃんの家事の手伝いをさせる事で、友人になって貰おうとします。その発想や考え方はいいと思いますが、そのアイディアを家に持ち込んだ時の長太郎の発言は母ちゃんの気持ちを無視し、逆なでする言葉ばかりでした。また、兄の信一郎も何気なく言った章の母ちゃんの料理を褒めた事で、知らない間に母ちゃんを傷つけています。母ちゃんは、時々、不満そうな顔をしますが、はっきりと嫌だという事は出来ずに、自分の不愉快な気持ちを抑えながら、嫌な気持ちを抑えて平静を保つのに精一杯でした。その対応が母ちゃんが出来る精一杯の優しさだったと思います。その母ちゃんの気持ちを分かる事が出来ない長太郎は、部屋で騒いで叱られた時に「章ん家の方がずっといいや!」と言い切ってしまうのです。例のごとく、父ちゃんと長太郎の言い合いになりますが、ここでは母ちゃんのやるせない割り切れない表情がとても印象的です。

カヨちゃんが母ちゃんの気持ちを察して長太郎に助言をしても、悪意のない長太郎には通じません。また、章の母ちゃんにも悪意がないので、母ちゃんの立場は余計辛くなります。次の日曜日に母ちゃんは張り切って、ホットケーキやシチューを作って、母ちゃんだってやれば出来るんだという所を見せます。地道に家の事を両立させるよりも、こうしてアピールをしないと、「凄い」と感心されないのは寂しいことです。母ちゃんは家事を優先し、休みの日に訪問で行くお爺さんの事をカヨちゃんに任せて、家の事をする事で、長太郎に認めて欲しかったのだと思います。でも、カヨちゃんは「見習いをよこすなんて馬鹿にしている」と言われたと戻ってきます。長太郎はそれを知って、母ちゃんにお爺さんの所に行くように何の悪意もなく言うのですが、家の事をちゃんとやれると意固地になっている母ちゃんはそれを受け入れません。長太郎は「そんな事言うなんて、母ちゃんらしくないぞ」と言いますが、それまでを見ていると、この一見正しい言葉があまりに無神経で、母ちゃんの気持ちを考えていないと思います。

そんな長太郎は母ちゃんの気持ちが分からないまま、母ちゃんとカヨちゃんの代わりにお爺さんの所に向かい、その途中で章親子に会います。章は長太郎を追い掛け、章の母ちゃんは鍋を持って桜間家にむかいます。章の母ちゃんは、持ってきた鍋の蓋を開けて「今日はおでんを持ってきたんですよ。もう少し煮込むと美味しくなるんです」と屈託なく言って当たり前のように母ちゃんの代わりに家事をしようとします。章の母ちゃんの行動もその前の長太郎の一言も、普段なら正しいでしょう。しかし、2人の行動は、母ちゃんの気持ちを考えてない行動で母ちゃんが可哀相です。ついに我慢の限界に来た母ちゃんが「当てつけは、もうやめてください」とそれまで溜まっていた感情を吐き出します。母ちゃんの気持ちを分かっていたカヨちゃんも加勢に入ると、章の母ちゃんはちょっとびっくりして、ようやく自分の勘違いに気づき、「私ったら、おっちょこちょいでごめんなさいね」と少し悲しく母ちゃんの気持ちを察して謝ります。

でも、その後で長太郎の立てた『デコボコ作戦』の目的を話して、今度は母ちゃんが勘違いしていた長太郎の本当の気持ちを伝えるのです。そこで、引っ越してきたばかりで知り合いのいない章の母ちゃんと仕事で忙しい母ちゃんが助け合う事で友達にさせる事を話し、そのお陰で自分がどんなに楽しく、救われたかという事を話します。それを聞いて母ちゃんは、長太郎の真意と章の母ちゃんの気持ちを知り「わたしも、おっちょこちょいだから、これからも仲良くやっていきましょう」と章の母ちゃんを受け入れるのです。それまで、悲しく悔しい思いをしてきた母ちゃんは、この話では怖い顔が多いのですが、全てを知った時に柔和な優しいいつもの長太郎が言う母ちゃんに戻ってホッとします。

それまでの母ちゃんは長太郎が自分の事を、家の事が満足に出来ない、章の母ちゃんは騒いでも怒らない、それに比べて母ちゃんなんてと思っていたはずです。でも、そうではなかった。しかし、長太郎のその思いは長太郎の章の母ちゃんをべた褒めしていた姿からは分かりません。章の母ちゃんも自分が助ける事で母ちゃんが感謝してると思い込んでいるので、母ちゃんが嫌な気持ちを持っていた事も分かりませんでした。でも、母ちゃんが自分の嫌な気持ちを相手に伝えた事で、母ちゃんや章の母ちゃんの互いの勘違いを正す事が出来、二人の仲が深まったのは良かったと思います。不愉快な気持ちがあっても抑える事なく、言うべき事ははっきり言った方が良いというのと、その時に言う方も言われる方も辛い思いはするけれど、相手の立場や事情を察したり、知った後で相手を思いやる事を忘れなければ、最悪な事態は避けられるのだと母ちゃん達を見て思います。

さて、母ちゃんの代わりにお爺さんの所へ行った長太郎と章は、お爺さんの家の手伝いをし銭湯に連れて行き喜ばせます。その後で母ちゃんと章の母ちゃんがお爺さんの所へ出向き出張散髪をします。そこで、お爺さんから「お前さんたち、いい息子を持って幸せだな」と言われます。お爺さんは、普段はしてもらえない長太郎達からのサービスが嬉しかったと思いますが、いつものように母ちゃんに散髪してもらったのも、同じ様に有難かったと思います。普段にない事に喜び嬉しく感謝するのも当然ですが、いつも、当たり前の事を毎回ちゃんとしてもらえるというのにも、受ける相手には分からないする方の地道な努力があるのですから、そこにも感謝するのが人間だと私は思います。今回の話の中で、長太郎がその地道な母ちゃんの連続する仕事の大切さ、大変さ、それを出来てないと指摘されたも同然の振る舞いを受けて嫌な思いを母ちゃんがしていた事は分からない形で幕を閉じてますが、章の母ちゃん、カヨちゃん、お爺さんがそれを理解していて、母ちゃんの嫌な気持ちが解けて、いつもの優しい母ちゃんに戻った姿を見て、長太郎や見ていた子どもだった私達が母ちゃんと同じ大人になってから気づくのでも遅くはないと思うのです。

この話は三宅さんの脚本で、三宅さんはこうした母ちゃんの複雑な気持ちを丁寧に、優しい目線で書かれています。三宅さんの話は主婦から脚本家になった女性ならではの視点だと以前も書きましたが、脚本家山根優一郎さんと市川靖さんについて - 柿の葉日記この話で改めて思います。『あばれはっちゃく』は子ども目線でも楽しめますが、父ちゃんや母ちゃん、先生達の大人達の気持ちも丁寧に表現されているので、(今回は母ちゃんでしたが)大人になっても今度は父母や先生の立場で楽しめる事の出来る作品だと私は思うのです。

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