柿の葉日記

主にドラマ『あばれはっちゃく』について語る個人ブログです。

監督

あばれはっちゃく』シリーズの監督の一人に川島啓志監督がいます。この方は、初代では、1話から7話、9話を助監督として参加し(ちなみに8話と10話の助監督は芝山隆二さんが助監督をされています)、初代の第11話で監督に昇進されます。でも、その後、第22話から第30話で再び助監督に戻られ、第35話から監督に戻り、結果的に川島監督は初代では第11話、第13話、第35話、第36話、第45話、第51話、第53話、第54話の全56話中8話を監督されました。川島さんが、助監督から監督、再び助監督そして再び監督に昇進されているのに気づき、川島監督について少し調べてみると、初代『俺はあばれはっちゃく』よりも10年前の作品『青空に飛びだせ!』で助監督をされていた事が分かりました。この作品はピンキーとキラーズ主演の作品で制作は『あばれはっちゃく』と同じ国際放映。放送局はTBSで不二家一社提供の枠で放送された作品でした。(脚本に、このブログでも取り扱っている『気まぐれ本格派』の松木ひろしさん、他に市川森一さん、上原正三さんも参加されていました)それを知ると川島監督は10年目にして、ようやく助監督から監督へ昇進されたのだと分かります。川島監督に関しては、あまり情報が少ないのですが、お名前で検索するとアテネ・フランセ文化センターのHPで1962年の卒業制作として川島監督の名前で恐山が紹介されていました。(でも、もしかしたら同名異人の可能性があるかもしれません)

川島監督以外の『あばれはっちゃく』シリーズの監督、新津左兵(あらつさへい)監督は1940年8月23日生まれ、1962年に早稲田大学第一文学部卒業。国際放映に入り今井正監督、山本薩夫監督に師事し、1967年に『うしろの正面だアれ』で監督デビューされ、現在、国際放映で社会情報系のプロデューサーをされているそうです。詳しくはリンク先参照。http://www.dgj.or.jp/members/detail.php?id=22&sig=4c37d1a4fef17ff44eda47ec419de24e松生秀二(まつおいひでじ)監督は1941年5月7日生まれ1963年日本大学芸術学部中退し、大映テレビ室、円谷プロ、東京映画等で助監督を務め、1970年に『あなたはいない』で監督デビューされ、以後はフリーとして活躍し『華の嵐』『愛の嵐』の監督をされました。『華の嵐』ではヒトミちゃん役の早瀬さんが後年出演されていますね。こちらも同じくhttp://www.dgj.or.jp/members/detail.php?id=479&sig=0e4bc3a3f1deaf18be06e9d97614330fを参照してください。

また、私がシリーズ監督で一番大好きな監督山際監督についてはてるほの好み(ドラマを見て分かる設定89) - 柿の葉日記で少し触れ『山際監督の経歴を僭越ながら簡単に説明させて頂くと、山際監督は1961年に、新東宝の系譜の大宝から『狂熱の果て』で映画監督デビューしています。(この『1961年』から始まる太字の記述は昨年、大河さんから頂いた山際監督のインタビュー記事からの抜粋です)』と書きましたが、新津監督、松生監督の経歴を紹介している『日本映画監督協会』の山際監督の項目を見ると、1932年7月22日のお生まれで1955年慶応義塾大学文学部を卒業されています。監督としては上記した1961年の『狂熱の果て』が監督デビュー作。1969年にはフリーとして活躍されています。(山際監督は2代目の第19話を最後に番組を去りますが、これは同年(1980年)の9月に始まった『サンキュー先生』の方へ人事異動された為だと思われます。山際監督と入れ違う形で2代目からは磯見監督が参入されます)

初代『俺はあばれはっちゃく』シリーズの監督は山際監督、新津監督、松生監督、川島監督の4人の監督がいらっしゃいましたが、その中で一番実績があり、年長だったのが山際監督で、一番若いのが助監督から参加し、監督に昇進するも、途中助監督に戻りながら、2代目以降からは監督として参加した川島さんだという事が分かります。4人の中で川島監督だけ生年月日が分からないのですが、経歴から考えて3人の監督よりも一回り下なのではないかと思われます。10年近く助監督として現場に関わり、そこで、その時々の監督の下で監督としての仕事を学び、『俺はあばれはっちゃく』シリーズ中に監督に昇進されながら、途中8本助監督に戻られたのは、助監督が最初の頃は川島さんと芝山さんしかいなかったというのもあるのかもしれません。ちなみに、初代の53話から助監督に新たに朝妻秀明さんが加わります。朝妻さんは53話から初代では最終回の56話まで、助監督を務めます。再び監督に返り咲いたとはいえ、もう一度助監督をされたのは、気持ち的に大変、苦しかったのではないかと推察します。

川島監督が初監督した第11話では、普段元気な長太郎が友人から仲間外れにされて、夕暮れの中、ハーモニカを吹く場面が、じんわりとした悲しさと寂しさ、やるせない長太郎の心情が良く出されています。また、第13話の佐々木先生がいいように岩崎先生に使われるのを見ていられなくて、「俺もドジだけど、先生も大ドジだよ」と叫んだ後の長太郎と佐々木先生の言葉を使わない気持ちのやり取りがとても印象に残ります。例として、この初期の2作品を出しましたが、川島監督の作品には、切ない悲しさ、寂しさ、やるせなさを上手く出している作品が多いような気がします。それは、10年間助監督として仕事をし、監督昇進後、再び助監督に戻りながら、また監督に戻って『あばれはっちゃく』シリーズを支えてきた川島監督の経歴を知るとより、深く感じられるのです。

参照先リンク:日本映画監督協会 – Directors Guild of Japan
アテネ・フランセ文化センター
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