柿の葉日記

主にドラマ『あばれはっちゃく』について語る個人ブログです。国際放映、テレビ朝日とは一切関係がありません。

てるほの好み(ドラマを見て分かる設定89)

以前、過去記事でてるほが好きな芸能人(ドラマを見て分かる設定83) - 柿の葉日記てるほが一番好きな男性芸能人は三浦友和さんだと、(この頃は『赤いシリーズ』が流行っていた時代でしたから)書きましたが、ここで改めてその時に書いた『俺はあばれちゃく』第36話のてるほと友人の会話を書きます。
てるほ「私は水谷豊かな」
友 人「私はやっぱり世良公則。だってカッコイイもん」
てるほ「世良さんもカッコいいけどさあ、あ、後、桑田さん、桑田さんもカッコイイ」

また、てるほは俺はあばれはっちゃくに登場した本や歌(ドラマを見て分かる設定13) - 柿の葉日記で指摘したように、第6話の中で檀一雄さんの『火宅の人』を読んでいたり、(ちなみに『火宅の人』は1975年に新潮社で刊行され、『俺はあばれはっちゃく』と同じ年1979年に日本テレビの火曜劇場でテレビドラマ化されています。また、1986年には深作欣二監督によって映画化されています)それと危険な場所 - 柿の葉日記姉ちゃんにあまい父ちゃん - 柿の葉日記にも書いたように、第40話でディスコに純平君と通い父ちゃんの目を回させて、流石、長太郎の姉という堂々とした破天荒さを持っています。また、第52話で父ちゃん達に隠れて父ちゃんの言う『ポンチ絵』の少女漫画も読んでいます。しかし、ご存知のように勉強が出来るてるほは、長太郎に第18話で(これも過去記事姉弟喧嘩2(ドラマを見て分かる設定72) - 柿の葉日記も書きましたが)「勉強、勉強って、姉ちゃんの頭の中には勉強しかないのかよ!勉強虫!ほら!」と言われています。そんな、てるほのドラマで描かれる人物像を見ていくと、てるほはガリ勉という訳でもなく、趣味や文化に対して幅広く、自分の好みに合うか合わないかで文化や芸能に関して興味を持っているのだろうと推測できるのです。

このように、『あばれはっちゃく』は原作を含めてドラマ化された作品を見ても、主役の長太郎のみならず、子ども達がそれぞれに個性的で、自身の考えや主観を持たせている事が良く分かります。それは、以前に紹介した、初代『俺はあばれはっちゃく(1979年)』のメイン監督である山際監督のインタビュー記事『山際監督は、どこかに危険なものをはらんでいる子どもに惹かれる』という言葉からも分かります。(そのインタビュー記事についての過去記事山際永三監督のインタビュー - 柿の葉日記)ちなみに補足情報として、山際監督の経歴を僭越ながら簡単に説明させて頂くと、山際監督は東宝岡本喜八監督等の下で助監督を務め、1961年に、新東宝の系譜の大宝から『狂熱の果て』で映画監督デビューしています。(この『1961年』から始まる太字の記述は昨年、大河さんから頂いた山際監督のインタビュー記事からの抜粋です)

山際監督の師匠筋にあたる岡本喜八監督の作品を2作品『日本のいちばん長い日(1967年)』と『殺人狂時代(1967年)』を見ていますが、この2作品を見るだけでも、山際監督が岡本監督の影響を受けている事が良く分かります。私は2作品共に好きですが、特に『殺人狂時代』のどちらが現実か夢か、どちらが正気か狂気か分からない独特の世界観がとても好きです。こうした世界観について、私は同じような事を過去記事子供の頃の水曜日 - 柿の葉日記うる星やつら』を見ていた子どもの頃を思い起こして書きました。

その時出した作品がテレビアニメ『うる星やつら(1981年)』第101話『みじめ!愛とさすらいの母!?』と『うる星やつら(劇場版2)ビューティフル・ドリーマー1984年)』。この作品は共に押井守監督の作品です。押井監督もまた岡本喜八監督の大ファンなのだそうです。ちなみに私は、アニメの『うる星やつら』は押井監督が参加されていた時期が一番好きですが、上記した過去記事でも書いているように『ビューティフル・ドリーマー』が一番好きで一番嫌いなアニメ映画作品でもあります。これは私自身が、高橋留美子先生の漫画版の方が好きで、『ビューティフル・ドリーマー』でのあたるの一言がどうにも納得がいかない。その一部分のみで素直に好きと言えない私的な感情を持ってしまっているからです。しかし、それでも、その感情を抜いて見ればやっぱり一番好きで、最高傑作のアニメ映画だと思っています。

少し脇道に話が、逸れてしまいましたが、山際監督、そして『あばれはっちゃく』の原作者である山中恒さんは佐々木先生の名前の由来とモデル(ドラマを見て分かる設定87) - 柿の葉日記に書いたように『ここで、『コメットさん(67年)』が登場してきますが、調べてみると『あばれはっちゃく』の原作者の山中恒さんは『コメットさん(67年)』の脚本家として作品に参加され、また、山際監督も、佐々木守さんもそれぞれに監督、脚本家として参加されていたりします。3人、そしてTBSの橋本氏、教育評論家の阿部進さんやラジオ電話子ども相談室で御馴染みだった無着成恭氏等と共に横の繋がりがあり、交流があったようです。

佐々木守さんの事を調べてみると、明治大学時代に児童文学研究部に所属され、また、後に阿部進さん達と共に「現代こども研究会」(のち、「こどもセンター」)を創立をされていて、当時、そうした子ども番組に関わってきた人である事が分かります。』と書いたように、子どもの個性を伸ばす事を主眼に置き、子ども個人が感じ取った感性を大切にする事をテーマにしていたのだと分かります。それは吉田友紀さんが『俺はあばれはっちゃく』のDVDBOX2付録のインタビューで「当時、ご覧になっていた方でお子さんがいらっしゃる方は、子供と接する時に是非はっちゃくのことを思い出して欲しいです。自分は教育者ではないですが、やはり大人がしっかりしないと子供に教育が出来ないと思うんです。子供をもっと遊ばせて、自由に選択肢を与えてあげて欲しいですね」と話されている事からも感じ取れる事です。

そうした作品である『俺はあばれはっちゃく』(後にシリーズ化され『あばれはっちゃく』シリーズとして5作品、間を置く事無く制作され人気作品シリーズになった)に描かれる主人公の姉であるてるほが、ただのガリ勉人間として描かれる事はないと思うのです。だからこそ、てるほは好きな芸能人の話もするし、三浦友和さんにファンレターを出して山口百恵さんに焼きもちを妬くし(第50話から)男女交際に対しても父ちゃんに怒られても自分が悪い事をしていないとしっかりとした意見を持って行動していれば長太郎と同じように父ちゃんに反発して意見を曲げない。それでいて、漫画を読んでしまっているのは勉強に隠れて読んでいる後ろめたさがあったりしたのかなって思いますけれどね…。

そんなてるほが、好きな芸能人に三浦友和さん以外に水谷豊さんを挙げているとすれば、きっと私は水谷豊さん主演の映画『青春の殺人者(1976年)』を観にいっていたのではないかな、と思っています。(これはあくまで推測ですけれどね。水谷さんと原田さんの身体の絡み、市原悦子さん演じる水谷さんの母親の息子に対する母子を超えた異性間のような愛情、水谷さんが父親を殺した後に血を洗剤を振りまきながら楽しそうに片付ける場面等、結構、衝撃的な内容の映画なんですけれど、この作品は1976年に『キネマ旬報ベスト・テン 日本映画ベスト・ワン』を受賞している作品なので、てるほのように水谷豊さんが好きで自分の考えをしっかりと持っていて、表層だけで物事を見ないてるほは見ていたのではないかな…と思うのです。ちなみにこの『青春の殺人者』は1974年に実際に千葉県の市原市で起きた『市原両親殺害事件』を元に中上健次さんが小説化した『蛇淫』を原作にして長谷川和彦監督が映画化した映画作品です。

ここから、少し自分語りになりますが、自分がてるほ程にしっかりとした審美眼と自分の考えを持っているとは思いませんが、私も水谷豊さんが好きで、『青春の殺人者』も見ていたりして、私がてるほが大好きなのもあって、最後はちょっとした願望を交えてしまいました。

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