柿の葉日記

主にドラマ『あばれはっちゃく』について語る個人ブログです。国際放映、テレビ朝日とは一切関係がありません。

何故受け入れられたのか?

大河さんから頂いた山際監督のインタビューの中で「俺はあばれはっちゃく」についての話題も少しですが登場してきました。そこで山際監督は1970年代とはいえ何故「あばれはっちゃく」が受け入れられたのか分からないような事を話されていました。

「『俺はあばれはっちゃく』っていうのは山中恒原作なんだけれどもガキ大将的なものを描いているんですよ。あんなものは70年代後半でも、受けるわけないんじゃないかと思いましたよ。ファンタジー的設定があるわけでもなく、ごく当たり前なね。まぁあえていえば、小学校5年生でクラスにアイドルの女の子がいて毎回その子に惚れこんじゃ、馬鹿にされてるみたいな(笑)学校の教室の中に、そういう擬似恋愛的なものを持ち込んでるという そういうところが新しいっていやぁ新しいかなと。それが受けたのかなと思いましたよ。」

監督の「ファンタジー的設定があるわけでなく、ごく当たり前なね」の言葉にインタビューアーの大河さんが「あの番組は、観ている子ども達は皆、等身大的に観ていた気がします。」と山際監督の言葉を受けていましたが、私もそう思います。「あばれはっちゃく」は自分達の日常と近い所にあって、だからこそ面白かったし、それでいて佐々木先生の存在は「ああいう先生がいたらいいな」という夢もあったように思います。当時の幼稚園児、保育園児、小学生にとっては身近に感じる事の出来る親しみのある話でありながら、やはりドラマでそのドラマとしての理想もあり、子どもが主役で子どもが中心になって長太郎が活躍する事で見ていてわくわくしていたのかなって…まあ、いろいろとそれらしき理由を考えてみますが、当時見ていた子どもの頃の自分に問いただすと、

「そんな難しい理屈は分からない。ただ、面白かったから見ていた。理由なんて分からないよ。だって面白かったでしょ?」

と答えてきます。確かにそう。強いて言えば子供の頃は長太郎のヒトミちゃんへの思いや行動よりも馬鹿さ加減の方が面白かったなという印象があります。後は、やっぱり佐々木先生の存在。どんなに長太郎が鼻つまみ扱いされてもちゃんと長太郎の味方でいてくれる先生の存在に凄く安心感がありました。子どもの意志で子どもが活躍する。大人の付属ではない子ども中心のドラマは私達子どもの為のドラマだったと思います。現実とかけ離れ過ぎないで絶妙に憧れが入っていて、ファンタジーではなかったのが逆に良かったのかなと思うのです。大抵は長太郎のいいように話が運ぶけど、そればかりではない所もちゃんとあって子どもの自由は大人の庇護の中での制限のある自由だったという事にも気付かされるし、大人もじゃあ全て自由かというと会社や社会の中での制限がある。制限のある中で力の限り自由に生きるというのも「俺はあばれはっちゃく」を見ていて感じる事です。

あの時代1979年で既に「俺はあばれはっちゃく」に描かれていたガキ大将や義理人情というのは既に古臭い存在だったかもしれません。でも、まだそれを受け入れる事も出来ていた時代だった気がします。現実の世界でもドラマの世界でもそうだったと思います。ドラマの中で長太郎は厄介者として見られる事が多くありました。それは主に大人たちに見られましたが、正彦達もそうした所があり、第14話で正彦が長太郎の事を「なにしろホラ吹きはっちゃくだから」と皆で笑い者にしたり、長太郎を見下す事は多々ありました。大人たちはもっと多く、第33話の校長先生が長太郎の事を否定したり、第15話でもヒトミちゃんのママ達が長太郎を否定していたりもしました。でも、それでも長太郎を認めてくれる佐々木先生がいて、大熊先生がいて、ヒトミちゃんのパパがいて、否定していた大人たちだって時には長太郎の味方になってくれた時もありました。

長太郎の駄目な所は駄目な所として父ちゃんも佐々木先生も母ちゃんもちゃんと怒って叱っている。全部長太郎が正しいのではなくて悪い所は悪いといい、でも、長太郎は決して非難されるような悪い子ではない。義理人情やガキ大将が古臭く感じたりしても、それが決してカッコ悪い事ではない。人の心を大切にするのがそんなに悪い事ではなくて素敵な事なんだと思わせてくれる話が「俺はあばれはっちゃく」には沢山あります。カッコ悪いけれどカッコよく見える。そんな義理人情や人の心が勝るなんてドラマだけの話だよと、まだ完全には言い切れない現実がまだあった時代だったのからこそ、「俺はあばれはっちゃく」は受け入れられたのだと思います。

でも、今回の山際監督のインタビューを読んでも、2007年のあばれはっちゃくシリーズの同窓会での母ちゃん役の久里さんの言葉を見ても、2005年に発売されたDVDの吉田さんや島田さんのインタビューを読んでも「俺はあばれはっちゃく」の撮影が始まった33年前の今頃は誰もがあれほど長く続くシリーズになるなんて思ってもみなかったんだろうなと思いました。

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