柿の葉日記

主にドラマ『あばれはっちゃく』について語る個人ブログです。国際放映、テレビ朝日とは一切関係がありません。

鯉のぼり 込められる思い(ドラマを見て分かる設定63)

上司に外孫の男の子が生まれて鯉のぼりを買ってあげようかと迷っていました。買ってあげても結局大人になったら邪魔になってしまうしね、と。また、外孫なのでもう一方の祖父母の方に気を使っているようでした。それでも、子供の成長を願うものでもあるし、買ってあげたら喜ぶとは思うんですけれど、安い買い物でもないし…。そう考えると、私の両親も雛人形をかなり無理して買ったんだなと思います。私と妹の雛人形は一段飾りで子供の頃は友達の7段飾りがいいなと思ったりもしたのですが、両親は両親なりにちゃんとしたものを買ってくれていたんだなと後から分かって、そう思った事を悪かったなと思ったりもしました。今では、飾る事もなくなりしまったままで、これはこれでお人形に対して悪いなと思ったりもします。お人形を納める所もありますが、手放すのも寂しいし…勝手だな。

初代長太郎は第14話で苦労して、自分の鯉のぼりを手に入れますが、てるほの方はどうだったんでしょうね。「俺はあばれはっちゃく」の中で雛祭りを題材にした話はなかったのですが、てるほは第一子でもあるし、女の子で父ちゃんはてるほびいきの所がありましたから、なんだか雛人形を買っているような気もするんですけれど、そこで、かなり無理をして買って3年後に生まれた長太郎の鯉のぼりを買えなかったのかな?と思ったりもして。でも、雛人形がある気配がないので、てるほもまた雛人形を買ってもらえなかったりしたのかな?

物を買ってもらうというのも愛情表現の一つだと思いますが、第28話で信如が感じていたように何でも買ってもらえるだけが愛情ではないし、それだけでは何か物足りない。長太郎が鯉のぼりを買ってもらえなくても「俺の父ちゃんはいい父ちゃんだ」と言い切れるのは、やはり、どれだけ怒られても、叩かれても自分が父ちゃんに愛されて大事にされている事がちゃんと分かっていて感じ取る事が出来ていたからだと思うんです。父ちゃんはてるほびいきの所は確かにありましたが、長太郎の事が心配で大熊先生の所へ来たり、新聞を逆さに読んだりして長太郎の事を大事に考えていた事が分かります。

私には妹がいますが、子供の頃って親が自分よりも妹の方を大事にしているように感じて悲しくなった事が何度かあります。(妹は妹で逆に私の方が大事にされていたと思っていたようです)でも、親にとってはそうではなかったんだなと今では思います。これは、それぞれの家庭によって違うかもしれないので、一概には言えないのですが、親にとっての自分の子供とは好きと嫌いとかではなく、かけがえのない大事な存在なのかもしれません。(私はまだ自分が親になっていないので、想像することしかできませんが)そして、前にも書きましたが、本気で怒ってもらえる人は幸せな人だと思います。相手の為に八つ当たりではなく、怒るというのはかなり難しい事だと私は思っているのですが、本当に相手の事を考えて怒っているのであれば、長太郎のようにちゃんとその裏にある愛情を受け止めて、恨むことはないと思うのです。なかには逆恨みといのもありますが。父ちゃんもまたそうしてちゃんと受け止めてくれる息子の長太郎がいて幸せだったと思います。長太郎はそうした所がとても素直で、本当に大熊先生の言うとおり「いい子」だったんだと思うのです。物に込められた思い、普段からの気付かない親の子供に対する感情や思い。そうしたものが、「俺はあばれはっちゃく」の中にはあったなと思うし、ドラマだけでなくもしかしたら気付かないだけで、実際の自分の生活の中にもあるのかもしれませんね。

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