柿の葉日記

主にドラマ『あばれはっちゃく』について語る個人ブログです。国際放映、テレビ朝日とは一切関係がありません。

みそっかす

私が子供の頃、近所の友達と鬼ごっこで遊ぶ時にそのグループの中で一番年下の子は「みそっかす」と呼んで、例え鬼になるような事があっても、それを無効にして遊んでいました。小さい子はそうして、遊びの中で優遇して遊ぶというのが当たり前のようにルールとしてありました。大きい子が小さい子を守りながら、遊ぶのが自然で当たり前でした。(時々、優遇される小さい子が羨ましい時もありましたが)ある意味、私の中では「みそっかす」というのは、特別扱いされれる人という意味がありました。

ですから、「俺はあばれはっちゃく」の第52話で長太郎に冷たくあしらわれた明子と小百合が「何さ、どうせ私たちはみそっかすよ」と言って不貞腐れるのを見て、なんでだろうと思ったりしました。私の中では「みそっかす」というのは特別待遇をされる人という認識でしたから、明子と小百合が言った意味と逆に捉えていたからです。しかし、「みそっかす」の言葉の意味を調べてみると、明子と小百合が使ったような意味もあるようです。どちらかと言うとこちらの意味の方が強いのかもしれません。

「みそっかす」とは茨城弁で味噌のカスから転じて価値のないもの、また、一人前と扱われない子供。という意味があるそうで、私が子供の頃に認識していたのは、二番目の意味の方。確かに、まだ小さいから力がないから同等に扱えないから小さい子を特別待遇をしてました。私は特別待遇が羨ましく思ったりもしたのですが、小さい子から見ればいつか、私達と同じように認められて遊びたかった、早く大きくなりたいなと思っていたりしたのかもしれません。

正彦と長太郎に相手にされなかった明子と小百合も「みそっかす」扱いではなくて、一人前の女性として二人に相手にして欲しかったりしたのかな?と思ったりもしました。終わった作品のその後を考えるのは不毛だと思いますが、明子と小百合も「みそっかす」ではなくて、やがて彼女たちをちゃんと見てくれる男性に出会えたかなと考えたりします。