柿の葉日記

主にドラマ『あばれはっちゃく』について語る個人ブログです。

大多数の幸せの中に生きる人

私もそういう人になりたかったな。そうすれば、その人たちの常識と違う事もなく疑問も持たれず、わずらわしくなかっただろうに。

私の父は転勤族で私は子供の頃からよく転校をしていたけれど、最初の職場でその事を話したら「何、それ!」と言われた事がある。古くからその土地にいて、ずっとその土地で生活していた人にとっては、転勤と言うのは自分たちの常識外の事だから、おかしな事になってしまう。知識では知っていても周りや自分がそうではないから、感覚でおかしいと思うのだろう。

私が想像力が大切だと思うのは例え経験していなくても、相手の立場や心を想像し思いやる心が生まれるからだと考えるから。(これも下手をすると分かったつもりになっている、独りよがりの決めつけになる恐れがあるから難しいのだけど)

私は生れてから彼氏というのが出来た事もなく、当然この年齢になっても恋人もいなければ結婚もしていない。でも、周囲は結婚することが当たり前という考え方を持っている人が多く、私のような人間は少数派として異質な目で見られる。

結婚をしてる人にはしてる人の苦労がある。それは、母を見てれば分かる。だが、実際に自分が体験していない事は私には本当の意味で分からない。だから、私はあまり結婚生活で苦労している話を職場の人たちがしている時は、聞き役に徹している。でも、そんな私に「結婚しないの?」「いい人がいないの」「早くお嫁にいきなよ」という人もいる。そうすると、私は笑って誤魔化すが、本当は少し心が傷ついている。

時々、結婚生活の話を独身の私にする時に「結婚の苦労は分からないわよね」という雰囲気を感じ取ることがある。それは私が勝手に感じ取っているだけかもしれないが、そう感じる事がある。「女性は結婚して子供を生んで育てる」それが、大多数の常識。その常識に乗っていないとやっぱり、疎外感を味わう事になる。

それを日頃は意識してなくても、時々こうした悪気のない世間話で気づかされて傷つくこともある。それは、やはり自分の中にもそれが当たり前だと思っていて気にしてるからだと思う。

他にも、私は一般の人が常識で当たり前だと思われる人生とは、少しばかり違う道を歩いてしまった為、大多数の人が思う幸せに乗る事が出来ず、よって価値観も少しばかり偏屈になってしまった為にちょっとずれている。

でも、一見大多数の幸せの中にいる人でも細かく見れば、それぞれに違う人生や考え方があって違うのかもしれない。私の人生もそれ程異質でもないのだろう。その他大勢の日本国民の一員だし。

人の幸せや人生や価値観や考え方は様々で人の数だけ無限にある。でも、人は大多数が思う常識の中の幸せの中で生きるのが一番楽で安心するんだろうな…。