柿の葉日記

主にドラマ『あばれはっちゃく』について語る個人ブログです。

これは私の宝物

ヒトミちゃんの宝物はパパとママから二人の結婚記念日にもらったフランスの古い切手。この切手はヒトミちゃんのパパが言うには、幸せを招く切手なのだそうだ。ヒトミちゃんにとって貴重で幸せを招くというだけでなく、そうした幸せを招く切手をくれた両親の気持ちも込みで、寧ろそちらの気持ちが大きくてこの切手が宝物だったに違いない。

その切手を長太郎が預かった山羊が食べてしまう。一時は食べたと思ったのがそうではなくて、あー良かったという状態になるのだけど、結局食べられてしまって…。だいたいなんでいつもは登場してこない山羊が出てくるのか、よりにもよってヒトミちゃんが普段はもってこない切手を持って来た時に限って、タイミングがいいというのか悪いと言うのか。

ラッキーなことに同じ切手を所有しているフランス人のぺペールさんが偶然に日本にいるという。(ほら、25分以内に話をまとめないといけないからね)

切手がなくなってしまってヒトミちゃんのママが「悪い事の前触れ」というが、ヒトミちゃんは「迷信よ!たかが切手一枚で、人が幸せになったり不幸せになったりする訳ないわ!」と怒る。だが、この時はヒトミちゃんも長太郎もこのたかが一枚の切手に翻弄される。

長太郎は長太郎にとってこの世で二つとない唯一の宝物のヨットを手放してまで、ヒトミちゃんの宝物である切手を手に入れようとする。切手は長太郎の努力とそれに心を動かされたぺペールさんの心遣いで手に入れる事が出来る。どんなにお金を積んでも売れないと言っていた切手をぺペールさんが手放したのは、長太郎の心だった。

金と言うのは確かに大切で重要なものだし、お金がなければ人には心の余裕までは生まれない。しかし、最終的に人が動くのはお金よりも心の方だと私は思う。綺麗ごとかもしれないが、私はドラマの展開の中だけでなく、自分が経験した現実の世界でもそうだと感じている。

ぺペールさんから切手を譲ってもらった長太郎はヒトミちゃんに気を使わせないように、ぺペールさんの名前を使って手紙をつけて、こっそりとヒトミちゃんの家のポストに入れて切手を渡した。見るからに子供が書いた字だと分かるのに、ヒトミちゃんのママは「親切な方ね。誰かしらね」と言ってくれる。ヒトミちゃんのママはそう言ったが、きっと分かっていたと思う。そして、勿論ヒトミちゃんも。

食べられたのと同じ切手は戻ってきて、この切手はまたヒトミちゃんの宝物になったが、この切手は以前の切手とはまた違う価値がある。同じであっても個別の違いというのもあるが、それだけじゃない。そこに長太郎が自分の為に苦労して探して手に入れてくれたという付加価値がある。だから、この切手はヒトミちゃんの宝物なのだ。

「ありがとう、ぺペールさん」

長太郎もヒトミちゃんもこの切手一枚で不幸な気持ちになったり、幸せな気持ちになったりしたが、二人が最終的に幸せな気持ちになれたのは本当に良かったと思う。